恐怖
金庫をみつけ、
後は逃げるだけとなったアリエスとファルだが、
一方でラランは退屈そうにあくびしていた。
最初は普通に逃げ回っていたラランだったが、
どこまで逃げても追ってくる兵士たちに嫌気がさし、
兵士たちをボコボコにして逃げおおせていた。
今は、道端にあった空樽の中に身を隠しながら、
アリエスとファルが侵入した窓を見張っている。
樽の中には虫だかネズミだかの先客が、
数匹うごめいていたが、
ラランはそれを追い出していすわっていた。
ラランを追う兵士の姿も、
もうずいぶんと少なくなっていた。
元通り、巡回の兵士くらいしかいなくなっている。
今ならアリエスたちが出てきても、
どうにか逃げおおせることができそうだ。
ラランはそんなことを考えながら、
樽の中でじっと眠気をこらえていた。
そのとき、窓から白い顔がのぞいた。
「おっ?」
ラランは身を起こして窓を注視した。
今度は白い手が出て鉄格子をひょいひょいと引き抜いた。
間違いない。アリエスか、ファルのどちらかだ。
ラランは音もなく樽から出ると、
兵士がいないことを確認して、
斬った鉄の柵を倒して素早く中に入った。
いつの間にか、空が白みかけていた。
時間が経ちすぎたのだ。
ラランは少し焦った。
今なら、顔を見られれば一発でアウトだ。
顔を見られてから旅券を買うなんて、
捕まえてくださいと言っているようなものだ。
迅速に、慎重に……。
ラランは身を伏せて巡回の兵士をやりすごし、
窓の真下に立った。
息を合わせるようにして、アリエスが降りてきた。
ラランは手を伸ばして、アリエスの足を支えた。
そのとき、ピンク色のなにかが、
チラリと見えたような気がした。
おかしいな、とラランは思った。
アリエスはピンク色のものなんて、
身に着けていなかったはずだ。
上着もズボンも紺色だ。髪は金で、瞳は青。
肌を見間違えたのだろうか……?
不思議だなあとラランが、
アリエスをじろじろと見上げていると、
アリエスと目が合った。
顔を真っ赤にしている。目が怒りで燃えているようだ。
声をださずに口だけが動く。
「み・な・い・で・よ・!」と言っていた。
おかしなやつだ。
しょうがないので、ラランは顔を伏せた。
あれは、なんだったのだろうか……。
ただの見間違いか? いや、たしかに見た。
どうにも気になるな……。
ぐるぐると思考を巡らせているうち、はたと気づいた。
アリエスは侵入時にズボンを鉄格子にひっかけている。
そのときに破れたのだとしたら?
だとしたら、あれは、あのピンク色は……!
「アリエス」
「なに?」
アリエスはラランの肩にのり、ファルを肩に乗せ、
バランスを取りながら、上の空で返事をした。
ファルは一番上で鉄格子を並べ直す作業を行っていた。
「おまえさ……」ラランは好奇心に負けた。
「ひょっとしてパンツ見えてんのか?」
「なっ……。見たの、ララン!?」
「うわあ!? 揺らさないで、揺らさないで!」
三人の塔が動揺でぐらぐらと揺れる。
小さな悲鳴が漏れ聞こえた。
ファルは最後の鉄格子を置くと、
これはまずいと飛び降りた。
それなりの高さだったが、
ファルは羽のように軽やかに着地した。
ラランとアリエスの二人は、
激しくぐらぐらと揺れている。
アリエスは、ラランの肩の上でしゃがみこみ、
ラランの頭をぽかぽかと殴りはじめた。
ファルはその目を見て、この日一番の恐怖を覚えた。
「もう! もう! もう!」
「ア、アリエス、危ない。静かに……」
ラランはどうにかバランスを取っているが、
火のついたアリエスはそんなことお構いなしだ。
やがて当然の結末がやってきた。
ついにラランがバランスを崩し、
アリエスが投げ出された。
ファルは思わず目を閉じた。
おそるおそる目を開くと、
より恐ろしい光景が目の前にあった。
ラランがアリエスをお姫様だっこしていた。
ラランは落ちそうになったアリエスを、
とっさにキャッチした。
そのせいで、お姫様だっこのような形になった。
アリエスは生まれたての赤ん坊のように、
きゅっと手足を縮めている。
そして、やはり赤ん坊のように顔が真っ赤だった。
恥ずかしさからか、怒りからかは、わからない。
ラランはただ、やわらかいな、とか、顔が赤いな、とか、
ぼんやりと考えていた。
きっと、
次の瞬間にみまわれるビンタの恐怖から、
目をそらしたかったのだろう。




