告白
「あーあ……、ララン行っちゃった……」
目立たないように窓から外をのぞき見ていたファルは、
ため息をついて窓から離れた。
ズボンだったものを抱えて、
うずくまっているアリエスの肩をたたく。
アリエスは泣いてこそいないものの、
茫然自失寸前といった様相だった。
「まあ、元気だしなよ。逃げ回ってるラランが待ってる。
さっさと終わらせて帰ろう」
「う~、ごめんね」
アリエスは元ズボンをチェックした。
まあ、履けなくはない。
履いたところで見えてはいけないものが見えてしまうが、
履かないよりはマシだろう。
「今からもう一度これ履くから、あっちむいてて……。
男の子には、あんまりその、見られたくないから……」
「えっと、その、今さらなんだけど……」
「?」
「内緒にしてたことがあって……」
ファルは恥ずかしそうにもじもじと手を合わせている。
なんだろう、とアリエスは思った。
「おいら、その、おいらも、女……なんだよね……」
「ええっ!?」
「ちょっ、声! 大きいよ!?」
「ご、ごめん」
謝ってから、アリエスはあらためて、
ファルをまじまじと見つめた。
よくよく見れば……、いや、子供だからよくわからない。
男の子だと思っていたが、
女の子だと言われればそう見えなくもない。
だけど……。
「疑ってる?」
「そうじゃないんだけど……」
「しょうがないな。はい」
ファルはズボンを下ろした。
アリエスは見た。
ファルの言葉が真実だと、確認させられた。
「信じた?」
「う、うん。ごめんね」
「いいよ」ファルはズボンを履き直した。
「だから、気にしないでよ、アリエス」
「うん」
アリエスは立ち上がり、自分もズボンを履いた。
多少破れていたが、もう気にならなかった。
「お金を取るついでにどっかでズボンも失敬しようよ。
すぐに見つかるといいけどさ」
「どうして内緒にしてたの?」
「ラランに言わない?」
「え? うん」
「おいら、別に隠してたわけじゃないんだ。
ただ、誤解を解かなかっただけで……。
ララン兄ちゃん、けっこうズバズバ言うからさ……。
その、おいらが女だって知ったら、
バカにされるんじゃないかって……。
ほら、女の子に見えない、とかさ」
ファルは気まずそうにしている。
アリエスは微笑んで、ファルの頭をなでた。
「大丈夫だよ。ラランはああ見えて、
けっこう優しいから。きっと、言っても平気だよ」
「でも、もし……」
「もし、ラランがごちゃごちゃ言ったら、
僕がぶん殴ってあげるよ。
ご飯も抜きにするから!
いや、ご飯は抜きにするんだったっけ。
あいつ、僕にズボン脱げとか言いやがって……」
「アリエス、口調がラランっぽくなってるよ」
「あらら、うつっちゃったかしら?」
アリエスが「ほほほ」と笑うと、ファルも笑った。
少しは元気がでたみたい、とアリエスはほっとした。
アリエスは部屋を見渡した。
月明かりだけでは暗くてわかりにくいが、
どうやら物置のようだ。
ホコリの積もった木箱があちこちに置かれている。
「この部屋にお金があるのかな?」
ファルが木箱の一つを調べながら言った。
蓋を探しているようだが、見つからないらしい。
「どうやって開けるんだろ、これ」
「たぶん壊して開けるしかないと思う」
「たくさんあるね」
「うーん……。
たぶん、この部屋には、お金はないかな。
値打ち物はあるかもしれないけど。
この荷物はたぶん、
商人が持ちこもうとして止められたやつだよ」
アリエスは木箱についた札をながめながら言った。
「一応、預かり物あつかいみたいだし。
盗むわけにはいかないね。ホコリ積もってるけど」
「へー、そうなんだ。中身は何なの?」
「なんだろう……。武器とかかな。
持ちこめない食べ物もあるって、
聞いたことあるような……」
「とにかく、この部屋じゃないんだね」
「うん。お金があるのは、金庫のある部屋だね」
「え、金庫……?」
ファルは部屋を出ようとしていた足を止めた。
ゆっくりと振り返った彼女の目は丸くなっていた。
「金庫なんて、そんなの、開けられるの?」
「ラランに斬ってもらうつもりだったんだけどね。
まあ、鍵があれば開くよ」
「すぐに見つかるの? そんなの」
「目星をつけて大体で探しましょう。
これだけ厳重な屋敷なら、泥棒なんて滅多に入らない。
ってことは、鍵は金庫のすぐ近くにあるはず」
「ホントにぃ?
用心深いからこそ見つかりにくいとこに、
隠してるんじゃあ……」
「大丈夫大丈夫。僕、こういう探し物は得意だから。
人の裏をかくのは得意なの」
アリエスはそれこそ得意げに指をふりながら、
部屋を横切った。
「昔から、よくお城を抜け出してたんだから。
付き人をまいて、よく街に―――」
「へ? お城?」
ファルが不思議そうな顔をした。
「どういうこと? アリエスってお姫様なの?」
しまった、とアリエスは思った。
自分がリリーボレアの王女だと、
ファルには言っていなかった。
言うつもりもなかった。
今さら、ファルが告げ口をするとは思わないが、
知っていることでひどい目にあう可能性だって、ある。
よほどのことがない限り、伝える必要はない。
よし、誤魔化そう。
「ち、ちちち違うよ。そんなわけないでしょ。
こんなところにお姫様がいるわけないよ。
ほら、口調だって、こんなに悪いし」
「別にそんなに悪くないよ?」
「え、そうなの?」
「あと、びっくりするくらい美人だなって思ってたし。
お姫様だったら、納得なくらいに……」
「えへ、えへへ、そうかな? 照れるなあ……」
「やっぱお姫様じゃん」
「な! 卑怯じゃない! 嘘でひっかけるなんて!」
「嘘じゃないし。
アリエスが勝手にひっかかっただけだよ」
「え~、そうなの? 嘘じゃないんだ、そっかあ~」
「アリエスって意外と照れ屋っていうか、
調子に乗りやすいよね……」
「褒めても何も出ないよ?」
「今のは褒めてないよ」
かつん、と部屋の外で足音がした。
「……話し声がするというのは、ここか?」
「この部屋だと言ってました」
突然聞こえた話し声に、アリエスとファルは息をのんだ。




