侵入
ララン、アリエス、ファルの三人は無事に壁を越えた。
壁の反対側の風景も特に変わりはない。
延々と平野が続いているだけだ。
壁沿いにはバンダリーの街が見える。
三人はバンダリーを目指して歩いた。
「急ごう。月が昇りきる前に街に入らなくちゃ。
もちろん正面じゃなくて、横からね。
こっち側は修復されてるけど、二人でもよじ登れるから。
さっと登れば大丈夫」
「そんなことして見つからないか?」
「領主の屋敷に塔があって、
そこに見張りがいるんだけど、死角がある。
たぶん普通に登っても大丈夫」
「どうしてそんなこと知ってるの?」
「ずっと調べてたから。
壁を登って、領主の屋敷を眺めてた。
忍びこめそうなら、入ってやろうって。
でも捕まったら終わりだし、怖かった。
今は、二人がいるから……」
「囮にして逃げられるって?」
「ララン!」
「へっ」
「そうだね! ラランは囮にしてもいいかな?
そのひねくれた性格も直してもらえるかもしれないし」
「ひねくれてるだあ? お前が言うな!」
三人は目立たないように壁の際ぎりぎりを歩いて、
街に近づいた。
月は壁の反対側にあるので、こちら側は暗い。
照らされることなく、街に近づくことができた。
「……バレてないのかな?」アリエスが不安そうに言う。
「おびき寄せられてるとか……」
「それでもやるしかねえ。進むしかねえ。そうだろ?」
「そうだけどさあ……」
「ファル、バレてると思うか?」
「どうだろ。
街の外にはあんまり関心が無いんじゃないかなあ。
見張り塔に、こっち側の窓もあるんだけど、
ちょっとしか顔をのぞかせないし。
どっちかっていうと、街の中を見張ってる感じ」
「ほらみろ。ビビってんの、お前だけだぞ、アリエス」
「もう! ラランのいじわる!」
「しっ。声がでけえよ」
三人は無事に街を囲う塀にたどり着いた。
それは壁の反対側の街と同じような造りの塀で、
ラランとファルを足したくらいの高さだった。
塀の反対側は住宅地になっている。
「よし、じゃあ、おいらが―――」
「待て」
塀にとりついて登ろうとしたファルを、
ラランは首根っこをつかんで止めた。
「おれが先に行く。お前たちは待ってろ」
「なんだよ、ララン兄ちゃん。
一番乗りなんて、いいとこどりか?」
「ふん。アリエス、持っててくれ」
ラランは背負った刀を外してアリエスに渡した。
そのまま塀をよじ登り、向こう側へ消えた。
向こう側から声だけが聞こえる。
「ちょっと様子を見てくる。待ってろ」
「うん」
のしのし、という足音が消えて、
アリエスとファルは息をひそめてラランの帰りを待った。
さわさわ、と風が野原をなでる音と、
虫の鳴く声を聞きながら二人は待った。
「ララン兄ちゃん、大丈夫かな」
ファルがぽつりと言った。
足元の草をぶちぶちと引き抜いている。
根っこについた土を丁寧にとっては、
引き抜いた草を整列させている。
「待ち伏せされたりとか……」
「大丈夫だよ」
アリエスはファルの頭をそっとなで、
ファルにならって草を引き抜いた。
「ラランは口が達者だし、意外と頭がいいから、
捕まったりはしないよ。なにより強いし」
「そう……」
「ちょっと間が抜けてるけど」
「そうだね。そこが心配だよ」
「……おい」
ラランの声がした。
アリエスとファルが驚いて振り返ると、
塀のてっぺんからラランの目から上だけがのぞいていた。
「戻ったぞ。大丈夫そうだ。
それより、お前たち、何の話をしてたんだよ」
「ラランには、内緒だよ」とアリエス。
「うん、内緒の話だ」ファルも笑う。
「ふん。いいさ、どうせおれは間抜けだよ。
自覚してるぶん、ましだろうが」
「うんうん、そうだね。立派だと思うよ」
アリエスは塀をよじ登り、てっぺんをまたいだ。
どこへ手をつけばいいか迷っていると、
ラランが手を伸ばしてきた。
「ほら、飛べ」
アリエスはラランの手を取って、
その言葉通りジャンプした。
着地で少しよろけたがラランがしっかりと支えたので、
倒れはしなかった。
アリエスがちゃんと立ったのを見届けて、
ラランはすっと距離を取り、そっぽを向いた。
「なんでそっち向くの?」
「もう少し気をつけろ」
「飛べって言ったのはラランじゃん。
なんでそっち向くの?」
いつのまにか塀を越えていたファルが、
トトト、と回りこんでラランの顔を見た。
にや、と口の前に手を当てて笑う。
「あはは、兄ちゃん、顔真っ赤になってら」
「え、大丈夫、ララン? 体調悪いの?」
「うるせえ。悪くねえ。赤くねえ。
こんな暗くて顔色なんかわかるわけねえだろ」
「おいら、夜目がきくんだ……いででででで!」
ラランはファルをつかまえると、ほおを引っ張った。
「いい加減なことを言うのはこの口か?」
「いででででで! もう言わない、もう言わないよ!」
***
ララン達は寝静まった街を横切った。
そこかしこに巡回の兵士がいたが、
慎重に回避して進めば問題なさそうだった。
三人は家々の隙間から見える見張り塔を目指した。
そこが領主の館だとファルが言ったからだ。
しばらく歩くと、目当ての館に到着した。
鉄の柵で囲われている。
ぐるりと一周してみたところ、
柵と建物の間には、庭のようなものはほとんどなかった。
柵の中には領主がいるとおぼしき、
立派な屋敷と、塔と兵舎らしきものが併設されていた。
正面には門番がいるが、通してはもらえないだろう。
「どうやって入ろうか?」
三人は近くのわき道から屋敷をのぞきこんでいた。
屋敷のこちら側は、見張り塔から死角になっている。
アリエスが柵をながめながら言った。
柵の上部は鋭くとがっている。
ファルはともかく、ラランとアリエスは、
刺さらずに登ることはできなさそうだった。
「登るのは危ないし、飛び越えるには高すぎるし……」
「おいらだけなら、慎重にのぼれば向こう側に行ける。
おいらだけで屋敷に入るよ」
「いや、それはダメだ。危険すぎるし、
時間がかかりすぎる。巡回もあるだろ」
ラランが言った矢先、巡回の兵士が歩いてきた。
三人は物陰に身を隠した。
兵士が通り過ぎてから、ラランは続けた。
「おれが行く。柵を斬って中に入ろう」
「そんなことしたら、バレちゃうじゃない」
「倒れなきゃあ、いいんだろ?」
「? それってどういう―――。あ、ちょっと!」
「さっさとしないと夜が明けちまうからな」
言うが早いかラランは屋敷に音もなく駆けより、
刀を抜いた。
きらりと白い刃が三度ひらめく。
……何も起こらない。
が、ラランはアリエスとファルに手まねきをした。
二人がいくと、ラランは柵をつかんで、引いた。
きぃ、と小さく金属がこすれる音がして、
ぐらり、と柵が傾く。
よく見ると、柵は四角く切り取られていた。
下側がほぼ完全に水平に切れているため、
前後のどちらにも倒れなかったのだ。
「すっご……」とファル。
「うん、すごいね……」とアリエス。
「いいから、さっさと行け。重いんだから、これ」
ラランは柵を支えながら言った。
二人が柵を越えると、
今度は逆に内側に倒してラランも乗り越えた。
柵を戻し、巡回の兵士に見つからないよう、
しゃがんで柵の土台のレンガに隠れた。
侵入するのは屋敷だ。
塔は無視。兵舎ももちろんスルー。
ただし、屋敷に扉は一つしかない。正面玄関だけだ。
正面に回りこみ、門番や中にいるであろう、
使用人や護衛に気づかれずに扉を開け、
中に入るのはどだい無理なので、
三人は他の入口から入ることを決めていた。
窓からだ。




