少年騎士アリエス
爆発したような黒髪の男が叫んでいた。
「おれはラランだ! 優勝するからな! 見ててくれ!」
「ああ、そうかね。はい次の人ー」
「……ちぇっ」
黒髪の男……ラランはつまらなさそうに舌打ちをして、
英雄祭の出場登録の列から離れた。
街の中央にあるコロシアムの外で、登録は行われていた。
あとは英雄祭がはじまるのを待つだけだ。
ラランはどこかで飯でも食べようと通りに出た。
と、不愉快なものをみた。
大柄な男たちが、小柄な少年を囲んで笑っていたのだ。
少年は全身に鎧を着こんでいたが、
男たちより頭一つか二つ分は小さかった。
「こんな小さいのに英雄祭に参加するってぇ?
なーんか勘違いしてんじゃねえの?」
「これじゃあ、坊ちゃんじゃなくて嬢ちゃんじゃねえか。
ぎゃはははは!」
少年は兜をかぶったままうつむいている。
顔は見えないが、まるで涙をこらえているようだった。
「けっ……!
おい! お前ら!」
ラランは刀を男たちに突き付けた。
もちろん刃はぬいていない。鞘に納めたままだ。
男たちが振りかえりラランをにらんだ。
彼らはそろって大層な悪人面を並べていたが、
ラランは一切ひるまなかった。
「子供相手にそんなことして恥ずかしくねえのか!」
「だから、大人の俺たちが教えてやってんじゃねえか!
お嬢ちゃん、こんな所に来たら危ないですよ~ってな!」
「やめろ! バカにするな!
大会に出るならおれ達は対等な対戦相手だろ!
やんなら、勝ってからにしろ!」
「なーに言ってんだ、てめえ。
おれ達がお前らみてえなガキに負けるわけねえだろ」
「そうかい。じゃ、おっさん、ドゲザな!」
「は? ドゲザ?」
「頭ぁ地面にこすりつけて謝んだよ。
おれが勝ったらな!」
「は! 面白い!
じゃあ、おれが勝ったらお前の有り金全部もらおうか!」
「ははは! いいぜ!」
「なっ……」
言い出した男だったが、ラランの即答に色を失った。
ああ言えば、ひるむと高をくくっていたのだろう。
「ほ、本気だぜ、俺は!」
「おれだって本気だ! 忘れんなよ、ドゲザだぜ!」
「ふ、ふん! そっちこそ!
……くそっ、行こうぜ! 胸糞わりい!」
男たちは言い捨ててどこかへ去っていった。
「あらら?」ラランは首をかしげた。
「いいのかな。登録すんでねえんじゃないの?」
「……ううん」
鈴の鳴るような声がして、ラランは驚いた。
声の主はさっきまで男たちにからまれていた、
兜をかぶった少年だった。
「あの人たち、もう登録終わってたよ」
「あ、ああ、そう」
少年が、あまりに綺麗な声だったので、
ラランは不覚にもドキッとしていた。
咳払いをして気を取り直す。
「お前なあ、もっと胸張れよ。
この大会に出るくらいなら、腕に自信はあんだろ?
強そうにしてねえとナメられるぜ?」
「ふふっ」
「な、なにがおかしいんだよ」
「乱暴そうなのに、優しいなと思って」
「へっ」
「僕はいいんだよ。別に。ナメられてもいいんだ。
僕の目的は君たちとは違うから。
ナメられるくらい、どうってことないよ」
「……目的が違う? じゃあ、なにしに来たんだよ?」
「それは内緒」
少年の兜には目隠しがついていた。
だからパッと見ただけでは、
少年の顔はよく見えなかった。
……のだが、
少年は兜の目隠しを上げ、口に指を立てた。
少年の素顔があらわになる。
桃色の唇に、淡い金髪。
そして目の覚めるような青い瞳だった。
「君が優勝したら教えてあげる。
……あ、そうだ。君、名前は?」
「……」
「どうしたの? 名前、教えてよ?」
「ん? あ? ああ、名前?
おれは、ラランだ」
「ラランか。僕はアリエス」
アリエスはラランに、
ガントレットをはめた手を差し出した。
ラランは少しおくれて、その手を握り返した。
「ララン。助けてくれてありがとう。嬉しかった」
「お、おう……」
「じゃあね、また、大会で」
少年はそういうと目隠しを下げた。
ラランは逃げるようにその場を後にした。