回転
ラランとアリエスは無言のまま、宿屋まで戻った。
それぞれ疲れ切った様子でテーブルと、
ベッドに身をあずける。
「……ごめんね」
しばらくしてアリエスが言った。
彼女はベッドの上でうつぶせになっていた。
ラランは椅子にどっかりと座り、足を組んだ。
「お前は、悪くないだろ」
「ラランを悪者にして、ごめん」
「ならなくて済んだ。お前のおかげでな」
「どうしよっか。これから」
「金を稼ぐしかねえだろうな」
ラランは顔を上げ、頭の後ろで腕をくんだ。
足でテーブルをちょいちょいと蹴りながら、
椅子の後ろ脚でぐらぐらと揺れている。
「行儀わるいよ」
「この街は出よう。
ここで五、六十万もかき集めんのは無理だろ。
仕事が余ってるようには見えねえ」
「そうだね。街道沿いに戻れば仕事にありつけるかな」
「……どうしてここの連中は、
この街にへばりついてるんだろうな」
「ここで生まれ育ったからか、
誰かを待ってるんじゃない?」
「へっ」
ラランは鼻で笑っただけで、それ以上言及しなかった。
「一応聞くが、強行突破は―――」
「しないよ」
「オーケー、わかった。街を出よう」
「うん、よし。準備しようか……」
「そのセリフは起き上がってから、言えよ」
その時だった。
コンコン、と部屋の扉をノックする音が聞こえた。
ラランはガタン!と椅子ごと倒れたが、
すぐさま起き上がり、刀を手に取った。
アリエスも慌てて起き上がり、兜をかぶった。
ラランは刀を持った手を後ろに回して扉を開けた。
「誰だよ……って、お前か」
「お前か、ってなんだよ。失礼な兄ちゃんだな」
戸口に立っていたのは、ファルだった。
ついさっきラランの財布をくすね、見逃した少年だ。
ぼろぼろの布のような服を着ている。
肌は浅黒く、髪はぼさぼさで青みがかった黒髪だ。
「ふん、ファル、だったか。お前なんざお前で十分だ」
「けっ……」
「どうしてここがわかった?」
「兄ちゃんたち有名なんだよ。なんせ何にも知らずに、
こんなところまで来るような世間知らずだからな」
「生意気なやつだな。まったく……」
「ラランみたいだね」とアリエス。
「お前も一言多いぞ!
……おれたちが有名なのは、わかった。
で? なにしに来たんだ、お前」
「なにって、これだよ」
ファルは顔をしかめて、
ポケットから取り出したものを突き出した。
ざら、と硬貨が音をたてた。
「返しに来たんだ」
「……」
ラランは無言でアリエスを振りかえった。
アリエスも無言でうなずいた。
「いらねえ」
「は?」
「いらねえ。おれんじゃねえ」
「な、なに言ってんだよ。あんたらのだろ?
おいらが盗ったんだぞ。わかってるだろ?」
「知らねえ。盗られてねえ」
ラランは持っていた刀を壁に立てかけた。
刀をみたファルがギョッとした隙に、
ドアノブに手をのばす。
「それ持って帰れ。母ちゃん大事にしろよ」
「ちょっ、ちょっと待てよ!」
閉まりかけていたドアをファルは足をつっこんで止めた。
「あいた!
なんだよ、返すって言ってるだろ!
情けでもかけてるつもりか!?」
「うるせえ知らねえ帰れ!」
「あだだだだ!」
「ララン、やり過ぎだって……」
アリエスがラランの肩をたたいた。
ラランはむすっと顔をしかめ、
ドアを閉める力をゆるめた。
「ララン、なんでそんなにムキになってるの?」
「ムキになんてなってねえ」
「はいはい……」
アリエスはラランを下がらせて、
ファルの目線までかがんだ。
「さっきはごめんね。それ、本当にいいの。
よければもらって?」
「で、でも!
か……母さんが、これ返すまで帰ってくるなって……」
「ウソつけ」
ラランがぼそっと言った。
「あの母親がそんなこと言うわけねえだろ」
「なんだよ、お前、
何にも知らないだろ。母さんのこと!」
「ふん、いっくらでもわからあ、そんなもん」
「なんだと……!?」
「なんだ、やんのか―――」
「そこまで!」
アリエスがぱしん!と手をたたいた。
その大きな音に、ラランとファルは目を見開いた。
すかさずアリエスがラランの目の前に指をつきつける。
「もう!だからケンカはしないでって言ってるじゃん!」
「……だってよお」
ラランは口をへの字に曲げて頭をかいた。
アリエスは腰に手を当て、
ラランの頬にぐりぐりと指を押しつけた。
「だってじゃない!いーからちょっとあっち行ってて!」
「……ちぇっ」
「……」
ファルは泣きそうな顔で突っ立っていた。
アリエスはどう声をかけたものか迷ったが、
まずはちゃんと話をしよう、と決めた。
「とりあえず、中に入らない? ミルクならあるよ」
ファルは手に持った財布と、
アリエスの顔を見比べて、うなずいた。
ほとんど泣きそうな顔だった。
「……じゃあ、もらう」