廃墟
街の中へ入るのは簡単だった。
検問らしきものはあったが、
おざなりなものでほとんど素通りだった。
うつろな目をした門兵の前を通り過ぎただけだ。
どうにも、気味の悪い街だとラランは感じた。
壁沿いの取り壊された区画だけではなく、
街全体にまるで廃墟のような雰囲気が漂っていた。
住人たちは珍しいものでも見るような、
血走った目でララン達を見つめていた。
「……もうじきに日が沈むね。
国境を越えるのは明日にして、まず宿を取ろうか」
「ああ、そうだな」
二人は住人たちの視線から逃れたくて、宿を探し始めた。
宿はすぐに見つかった。
広場に立て看板がいくつも出ていたからだ。
二人は看板の中から比較的、
まともそうなところに宿を決めた。
陰気な主人から鍵をもらって部屋に入り、
ようやく二人は一息つくことができた。
アリエスは荷物を投げ出し、
兜をとるとベッドに倒れこみ、途端にせきこんだ。
「うげっ! ホコリっぽい!」
「客なんかほとんど来ねえんだろうな」
「ううう……」
「窓開けるぞ」
「うん」
アリエスは渋い顔で立ち上がり、
兜をかぶって、ホコリをはらいはじめた。
ラランは錆びているのか歪んでいるのか、
開きにくくなった窓をどうにかこじ開けて、
外の空気をいれた。
「一週間ぶりに野宿じゃねえと思ってたのにな。
これじゃあ、大して変わんねえ」
「さすがに、そんなことは……」
アリエスは否定しかけたが、言い切らなかった。
「この後、どうする?」
「メシ、行こうぜ。金はあるんだろ?」
「あるよ」
アリエスは荷物へ視線をむけて言った。
リュックの中にはラランが英雄祭で優勝したときの、
賞金がほぼそのまま入っていた。
ラランは賞金を全部ダイナーのところに置いてきた。
……そのつもりだったのだが、
出発してみれば賞金は全部そっくりそのまま、
カバンの中に入っていた。
アリエスのカバンに。
『私からの餞別です。気をつけていってらっしゃい』
とメモがはさまれていた。
それを読んでから半日ちかく、
ラランはずっと鼻声だった。
宿を出て適当な店へ入った。
メニューをみてもよくわからなかったので、
おすすめを注文すると、
チャーハンを目指して作ったような米料理が出てきた。
見た目よりもまずくはなかったが、
水っぽく、油くさく、
とても美味しいともいえない代物だった。
客はほとんどいない。二人だけ。
ラランとアリエスだけだ。
「誰もいねえな」
「そんなにまずいかな……」
「ハッキリ言うなあ、お前。
そうじゃなくて、旅人がいねえんじゃねえか?」
「壁ができてここに来なきゃ、
国境を越えられなくなってるのに? そんなことある?」
「あるから、こうなんだろ。聞いてみようぜ」
ラランは手をあげて店主を呼んだ。
店主はすぐに来た。
「まあ、座れよ」
「どうも。ここ、俺の店だけどな」
「つ、連れがすみません」
「……変な客だな、あんたら」
「この街の方が変だろ。
なんでこんなに旅人がいねえんだ」
「あんたら旅人なのか?」
店主は不思議そうな顔で二人をみた。
ラランは怪訝そうに顔をしかめた。
「それ以外になにに見えるんだよ。
この街に住んでるように見えるか?」
「旅券は?」
「持ってません」
「そうか。知らないで来たんだな」
「リリーボレアは旅券を売ってねえのか?」
「いや、ちょっと違う。
おおむねその通りだがな。高いんだ」
「高い? どれくらいですか?」
「三十万ほどだったかな」
ラランとアリエスは目をむき、顔を見合わせた。
「高いね」
「またずいぶんとふっかけたもんだな」
「これが旅人が来なくなった原因だよ。腑に落ちたか?」
「落ちた落ちた。ストンとな」
ラランはそういうと最後の一口を食べ終えた。
「まあまあだったよ。ごっそさん」