壁
「なあ、アリエス」
「なに、ララン」
「お前、どうやって国境越えてこの国に来たんだよ」
ウィルゴ村を出てから一週間たって、
ラランとアリエスは国境で呆然と立っていた。
視線の先にはものものしい威圧感を放って、
そびえたつ巨大な壁があった。見上げるほどに高い。
「歩いて。半年前は、こんな壁なかったよ」
「どうする? 迂回は無理だぜ」
ラランは左から右へ首を回しながらいった。
地平線の果てから果てまで壁は続いていた。
「どうせぐるっと囲んでんだろ」
「そんなわけないよ。
たった半年でこんな大きな壁、国境全部作れっこない」
「じゃあ、この壁沿いに歩いていくか?」
「……」
アリエスは無言で壁沿いに歩き始めた。
ラランが呆れてため息をつく。
「おいおい、ムキになるなよ。
本当に切れ目を探すのか?」
「じゃあ、どうするの? 登れるの、これ」
「登れなくはないだろうが、落ちねえ保証はねえな」
「危ないね。ケガはしたくない。
ついてきて。この先に街があったはずだよ。
そこで旅券を買おう」
「? 旅券、持ってないのか?」
「持ってても使えるわけないでしょ。
ステラって書いてあるんだよ?
そんなの一発で捕まっちゃうよ」
***
そのまま壁沿いに一日歩いて、
国境沿いの街バンダリーに到着した。
「え、なんだこれ……」
「ひどいね……」
アリエスいわく、
バンダリーは国境をまたぐ位置にあった街だ。
壁のなかった半年前まで、旅券の無い旅人は、
ここでリリーボレアの旅券を買って入国していた。
もっともそれは一部の真面目な旅行者だけで、
大半の旅人は適当な道を通り、
いつのまにか入国していた。
知らずに入国している者も相当多かったらしい。
リリーボレアはそれでも問題のない国だった。
半年前までは。
今、バンダリーの街は、
壁にへばりつくようにそこにあった。
いや。へばりつくように、というと、
街の方が壁に寄りそっているような印象を、
与えてしまうかもしれない。
逆だ。
壁の方が、街に侵入して建てられていた。
つまり、街の城壁を崩し、
並んでいた家々を壊して、
街を二つに分断して、
国境をへだてる壁が建てられていたのだ。
壁のすぐそばには、かつて家だったとおぼしき瓦礫が、
散乱していた。
壁沿いに進んできたラランとアリエスには、
崩れた壁から、その歪な光景がよく見えた。
「裂け目から入るのは、よくないね」アリエスは、
無感情に言った。
「正面にまわって街に入ろう」
「……」
「ララン?」
「ああ、今行く」
崩れた城壁の境目をながめていたラランは、
急いでアリエスのところへ走った。
ラランは「考えが甘かったな」と思った。
別にアリエスを見捨てよう、なんて考えはさらさらない。
見捨てることなどありえない。
どれほどの想像を絶する苦難が待っていようと、
自分がアリエスを裏切ることはない。
そう、ラランは根拠もなく確信していた。
しかし……、敵は思ったよりもたやすく、
「自分の想像を上回ってくる」のだと、
ラランは痛感した。
敵を甘く見ていたということを、知ったのだった。