試験
「……さて」
夜が更けて、キノリが遊びつかれて眠りについた後で、
ダイナーは読んでいた本をふせて立ち上がった。
「二人とも、話があるんでしょ? コーヒーでいい?」
ラランとアリエスがうなずくと、
ダイナーはキッチンへ行き、
すぐにコーヒーを手に戻ってきた。
「リリーボレアへ行くのね? どう、当たり?」
「当たってます!」
「……」
アリエスが「どうやって当てたんですか?」と、
感心したようにダイナーを見つめている。
ダイナーはダイナーで、
「どうしてかしらね~」とはぐらかしている。
ラランはそんな二人を冷めた目でながめながら、
コーヒーを飲んだ。
おおかた自分と同じで、
アリエスの顔をみてピンときたに違いない。
「ラランも行くのね?」
「ああ。反対するのか?」
「しないよ。お前の決めたことだから。好きにしなさい」
「ありがとう、先生」
「ところで、お前はアリエスに何があって、
何をしようとしてるのか、わかってるんだろうね?」
「ああ」
ラランはカップに目を落とし、コーヒーを飲んだ。
「聞いたよ」
「よければ私にも教えてくれる、アリエス。
この子の親として、知っておきたいの」
「わかりました」
アリエスは兜を脱いでテーブルに置いた。
細い金髪が一瞬宙を舞う。
彼女は椅子に座り直し、
あらためて姫としての自分の正体を明かしてから、
事の顛末を緊張した面持ちで話した。
約一年前。
リリーボレアの将軍の一人、黒鎧のビルハイドが、
突如反乱を起こした。
反旗を翻したのは彼直属の黒獅子騎士団だけだったが、
精鋭ぞろいの彼らは、
近衛兵をしりぞけ、王族を人質にとり、
忠臣たちを屈服させ幽閉し、懐柔か死を迫った。
アリエスは城外に遊びに出ていたので無事だったが、
父上や母上をふくめた王族はいまも囚われている。
王の代理として、全権を掌握したビルハイドは、
重税を課して民を苦しめている。
アリエスは、半年かけてビルハイドの手をのがれて、
リリーボレアから脱出し、
この国でずっと仲間を探していた。
ビルハイドの圧政を止め民を救い、
囚われている家族を助けるため、
戦うことを決意した……。
アリエスの言葉は後になるほど感情がはいり、
熱を持つようになっていた。
言い終えるとアリエスはコーヒーを一口飲んだ。
「そのためにラランさんの力を借りたいのです」
「いくつか、聞いてもいいかしら」
「はい」
「あなたは自分が正義だと思っている?」
「少なくとも、敵は正義ではないと思っています」
「もしもラランが捕まったら、どうする?」
「助けられるなら、助けます」
「無理なら?」
「助けられるだけの力を準備して、助けます」
「その間に殺されてしまったら?」
「……」
アリエスは質問に答えられずに苦悩に顔をゆがめた。
それを見てラランは顔をしかめた。
「先生、意地が悪いぜ。
おれは、自分を試す場が与えられるのが、
嬉しいんだ。
それで死んだなら、それは仕方ないって思ってるんだぜ?
それじゃあ、ダメなのかよ」
「死に対する、お前の覚悟は疑っていない」
「じゃあアリエスの何を疑ってるんだよ」
「いや、アリエスのことも、もう疑っていない。
彼女はお前のことを思って悩んでくれる。
私はそれで十分」
「よくわかんねえなあ」
「さて次は、ララン。お前だよ」
「おん?」
「お前、アリエスが捕まったらどうするつもり?」
「助けるさ。是が非でも」
「無理なら?」
「無理なんてのは、ただの思いこみだ」
「そう思うのは、
お前が本当の意味で、絶望したことが無いからだよ」
「ああ。一生無いだろうな」
「……」
「……」
しばらくの間、ラランとダイナーはにらみあっていた。
……これはケンカなのだろうか。
アリエスは冷や汗をかきながら、
どうにかケンカの仲裁ができないかと思ったが、
妙案がうかぶ前にダイナーが微笑んだ。
「ふ……。本当に馬鹿だな、お前は。
面白い馬鹿になった。
せいぜい、その馬鹿を死ぬまで突きとおしなさい」
「へっ! 言われなくても、やってやらあ」
ラランは勝ち誇ったように、ふんぞり返った。
足をくんでテーブルの上におき、
コーヒーを一気に飲み干す。
けれど、その品の無い所作が、
ダイナーの鼻についたらしい。
「ララン、行儀が悪いね。朝食も抜きがいいのかしら?」
「げっ!? うわっ!?」
ラランは驚いたせいか座ったまま、
バタン!と大きな音をたてて床にひっくり返った。
***
「えらく慌てて旅に出るのねえ」
翌朝、夜明けと同時にラランたちは出発することにした。
その見送りにダイナーは村の入り口まで来ていた。
キノリはまだ眠そうにダイナーの足にしがみついている。
「ちょっとは休んでいけばいいのに」
「いい。先生とキノリの顔を見に来ただけだから」
「村人にウソ言っちゃったわねえ。
また今度聞けばいい、なんて。いつになることやら」
「そのぶん、土産話をたーーーっぷり、
用意して帰ってくるよ」
「ララン、」キノリが目をこすりながら、
ラランの袖を引いた。
「ケガしないでね」
「おう。お前もな、キノリ。風邪ひくなよ」
「うん」
ラランが眠そうなキノリの頭をわしゃわしゃとなでる。
「で、なんでお前が泣いてるんだよ」
「だってえ……」
アリエスはその様子をみてだらだらと涙をながしていた。
他の誰よりも泣いている、というか、
アリエス以外は誰も泣いていなかった。
「これが今生の別れになるかもしれないって思うと……」
「縁起でもねえな!」
「うっうっ、ダイナーさん、ラランをお借りします。
きっと無事に返しますから……」
「もらわれてく子牛かなんかか? おれは」
「ララン、ぶつくさ言わない。
アリエス、ラランをよろしく。
こき使ってやって。馬車馬のように」
「馬だったか……」
「ほら、しゃんとしな、ララン」
ダイナーはラランの頭をなでる。
ラランは嫌がったが、がっちりと捕まえてなでた。
「ララン、お前の一番の役目はアリエスを守ること。
忘れるんじゃないよ」
「わかってるよ、先生」
「アリエス、この馬鹿をよろしくね。
馬鹿だけど、役に立つ馬鹿だから」
「はい。任せてください」
「馬鹿馬鹿いいすぎじゃねえか、先生?」
「だって本当のことでしょ?」
「ふふふ……」
「ああもう! 笑うなよ、アリエス!」