実家
「ねえアリエス、晩御飯、何がいい?」
村の道を歩きながらダイナーが言った。
もうすでに日が傾いていて、上の空が赤くなっていた。
森があるため、地平線にかかる夕日は見えない。
もう沈んだも同然の暗さだった。
「リクエストしていいよ。何が食べたい?」
「えっ? 僕、先生のところにお世話になるんですか?」
「そうだよ。ラランに聞いてなかったの?
ラランも、うちに住んでるんだよ」
「そんなことを聞いたような、聞いてないような……。
言ってくれたっけ?」
「さあな。覚えてねえ」
「どっちでもいいでしょ。それより何食べたい?
あ。あんまり高そうなのはダメよ。作れないからね」
「じゃあ、シチューがいいです」
「そんなのでいいの?」
「そんなのがいいんです」
「意外と庶民的ね」
「お! おお! ララン! ラランじゃないか!
おーい、みんなー! ラランが戻ったぞ!」
通りすがりの村人はラランを見つけると、
大声でうれしそうに叫んだ。
その声をきいて夕飯時だというのに、
たくさんの村人が集まってきた。
「おお、おかえり、ララン」
「おう、戻ったぜ」
「無事かい? どこもケガしてないのかい?」
「心配すんな、ケガなんかねえよ」
「英雄祭はどうだった?」
「勝ったぜ! 当然な!」
ラランは村人の質問攻めにガッツポーズで答えた。
「おや、見慣れない子がいるな。ラランの連れかな?」
「英雄祭で会った、アリエスだ。よくしてやってくれ」
「そうかい。ラランの友達か。歓迎しなくちゃなあ」
「よろしく、アリエス!」
村人たちは今度はアリエスを質問攻めにした。
「ラランはどうだった? 戦ったのかい?」
「え、ええはい。決勝で戦って、僕、負けました」
「へえ、決勝! あんたも見かけによらず強いんだねえ」
「ありがとうございます」
「なんで兜かぶっててるの?」
「顔に傷があるから……」
「みなさん!」
ダイナーが手をたたいて、村人の注意を引いた。
彼女は全員が注目しているのを確認するとふっと微笑んだ。
「今日はもう遅いですし、二人は疲れているので、
また明日にしていただいてもいいですか?
二人に特製のシチューをふるまわないといけませんから」
「おおっと、こりゃいけねえ」
「すまなかったねえ」
「また明日なー」
ダイナーの一声で村人たちは帰っていった。
アリエスはほっと息をついた。
あまり経験のない勢いある村人たちだった。
ダイナーの家はすこし盛り上がった土の上に建っていた。
玄関扉の上にオレンジ色のランプがついている。
ダイナーは扉をあけた。
「キノリー。ただいまー。
ラランが帰ってきたよー」
家の中に入るなり、ダイナーが叫ぶと、
頭の上の方でどたばたと音が聞こえた。
ダダダ、と走る足音がして誰かが階段を駆け下りてきた。
「おかえり、ララン!」
駆け下りてきた誰かはラランに飛びつこうとして、
空中でキャッチされた。
「おう、ただいま、キノリ」
「もう! ララン、つれない!
あたしがどれだけ心配したと……。うわっ、誰!?」
キノリと呼ばれた少女はアリエスがいることに気づくと、
途端に大人しくなり、ラランを盾に後ろに隠れた。
ラランはキノリに構わず、
テーブルにどっかりと腰を下ろした。
「アリエス。おれの友達だ」
「こんばんは、僕、アリエスです」
「ラランと戦って友達になったんだって」
「……ふーん。よろしく」
***
「……というわけで英雄祭はラランが優勝しました」
「へえー、やるじゃない。さすがは私の弟子だね」
「へへへ!」
「ダイナーさんの指導ってどういうものだったんですか?
僕も剣士なので気になってて……」
「なんにも? よくわからないから、
素振りでもしたらって言ったらこんなんなっちゃった」
「噓ですよね?」
「ホントホント。
剣を教えてくれってしつこいから、
物置にあった刀をわたして、振らせた。それだけ」
ダイナーはシチューをすくい、口にふくんで笑った。
「そもそも私、魔法使いだもの。
剣なんかなんにも知らないわ」
「ダイナーさん、剣士じゃないんですか?
ラランが先生先生言ってるから、てっきり……」
「違うのよ。期待にそえなくて悪いけどね」
「ふっふっふ……」
ダイナーがにこにこ笑っていると、
キノリがシチューをすくいながら笑った。
もっとも視線はアリエスではなく、
自分の手元のスプーンにむいていた。
「先生は、すごい魔法使いだよ。知らないでしょ……?」
「どういうマウントの取り方だよ、お前。
あと、シチュー、垂れてるぞ」
「わあっ!」
「そそっかしいなあ……」
そう言ってあきれるラランだが、彼の分の皿は無い。
ダイナーは本当にラランの夕食を抜きにしたのだった。
「キノリはお前よりそそっかしくないよ、ララン」
「そりゃないぜ、先生」
アリエスはシチューを食べながら、彼らを見つめていた。
この三人はどうやら親子ではないようだ。
でも、だったらどうして一緒に暮らしているのだろう?
それを聞くのはデリケートな部分に触れそうだ……。
アリエスがそんなことを考えていると、
いきなりダイナーが振り向いて微笑んだ。
「どうして私たちが一緒に暮らしているのか、
って考えてるでしょう、アリエス?」
「えっ!? かっ、考えてないです!」
「隠さなくていいぞ」
ラランがつまらなさそうに言った。
不機嫌そうではあったが、話題に怒っているのではなく、
自分の分の食事がないことにいらだっているようだった。
「大した話じゃない」
「えーと、その、はい。そうです。実は気になってます。
いったい、どういうご関係なのかな、って……」
「親がいないんだよ。おれたち」ラランは頬杖をついた。
「おれの親は魔物に襲われて死んだ。
キノリの親は、病気で死んだ、だったか?」
「正確には、お母さんは私を生んだときで、
お父さんは病気だね」
「で。子供のいない私が引き取ったと。それだけだよ。
毎日やかましくて、まいっちゃう」
ダイナーはそういって、にやっと笑った。
ラランとキノリがやかましく抗議するのを、
アリエスは微笑みながらきいていた。