教師ダイナー
「せ、先生、どうしてこんなところに……?」
「私がお前の気配の一つや二つ、
わからないわけないだろう?
驚かせようと思って、隠れてたのよ」
「趣味が悪りい……」
「黙って英雄祭なんかに出てくほうが悪い」
ダイナーは微笑みをうかべながら、
ラランの鼻先に指を突き付けた。
ラランはその指を手ではたいた。
「まったく、皆がどれだけ心配したか」
「先生は心配しなかったのかよ」
「するわけないだろう?
そんなことより、そちらのお友達を紹介して頂戴?」
「自分で心配がどうのって言っておいて……。
こいつは、アリエス。英雄祭で戦ったやつだ」
「よろしくね、アリエス」
ダイナーは朗らかに笑って手を差し出した。
アリエスは兜の目隠しをあげて握手に応じた。
「おや、ずいぶんと綺麗な顔ね。へーえ……」
ダイナーはゆっくりと身を起こし、
ラランをみてにやりと笑った。
「たまには、ラランもやるじゃない」
「たまにはってなんだ。おれはいつもやるやつだろうが」
「家事の一つもろくにできないくせによく言うわよねえ」
「家事なんかできなくたって生きていけらあ」
「はいはい」
少し目の前が開けてきた。森を抜けたらしい。
今度は『ウ ゴ よ そ!』と書かれた、
アーチ型の門が立っていた。
もはや何がなんだかわからない。
「ああ、そうだ」ダイナーは門の前で立ち止まった。
「できるだけ村人には顔を見せないで。
ちょっと美人すぎるから」
「はい、わかりました」
「うん、よろしい。
君、素直ねー。ラランとは大違いだわ」
「なんか言ったか?」
ラランの声が後ろからした。
ラランはちっともじっとしていなかった。
歩くペースが合わないのか、
走ったり立ち止まって地面を掘り返したりと、
とにかく落ち着かない。
きっと十年前から変わっていないに違いない、
とアリエスは思った。
「なんにも?」ダイナーは口笛をひゅうと吹いた。
「お前、家に入る前に手を洗っておいでね。
さもないと家にはあげないから」
「わかってるよ」
ラランは立ち上がって手をはたいた。
その手からぼろぼろと土がこぼれ落ちる。
いったい何をほりかえしていたのだろう……。
「本当に家に入れてくれないもんなあ。
アリエス、気をつけろよ。
先生はマジで容赦ねえんだ」
「アリエスはどう思う? どっちに非があるかな」
「ラランです。圧倒的に」
「だよねえ」
「なんでだよ!」
ダイナーはけらけらと笑った。
対照的にラランは不機嫌そうに足音荒く、
地団駄を踏んだ。
「なんでアリエスも、
村のみんなとおんなじことを言うんだ!?」
「ああ、そうだ。ララン」
「なんだよ、先生?」
「まだ、黙ってでていった罰を、決めてないんだ」
ダイナーの言葉でラランはぎくっと身体をこわばらせた。
それを見てダイナーはにこにこと微笑んでいる。
「何がいい? どれくらいの罰がいいかな。
みんな、けっこう心配してたんだよね。
なにせ英雄祭は死人も出るような大会だから。
特にキノリは大変だった……」
「せ、先生、悪かったよ。反省してるから……。
だからどうか、罰は、罰だけは勘弁してくれよ……」
「反省してるんだ。ふうん。そう。
いつも言ってるけど、反省はしなくていいよ。
ただ、お前はルールを破った。
ルールその七『他人に心配をかけないこと』。
だからお前には罰を与える。わかってるよね?」
「先生、でも……」
「わかるよ、お前の言いたいことは。
剣士としては、英雄祭は外せないイベントだって、
言うんだろう?」
「先生、わかってくれるのか?」
「もちろん」
ダイナーは仏のような笑みをたたえている。
ラランは慈悲にすがるような表情をしていた。
「もちろん、わかってるさ。私はね。
わかってないのは、お前だよ、ララン」
「え」
「お前の夢と、ルール違反の罰は、別なの。
それはそれ。これはこれだから」
「せ、先生っ……!」
「というわけで、今日のお前は、ご飯抜き」
「う、う、嘘だあああああ……」
にこにこと罰の内容を発表するダイナーと、
打ちひしがれるラランをみて、アリエスはつぶやいた。
「なんだこれ……」