帰郷
「ふわ~あぁあ……」
麦わらの山の上にねそべって、ラランは大あくびをした。
見渡す限りの平原と、青い空に白い雲。
がらがらという音とともに景色は動いていくが、
どうにも退屈で仕方がないようだった。
「大きいあくびだねえ。眠いの?」
「ああ。ヒマだ」
ラランはもう一度あくびをしながら、
どこかで同じようなやり取りをした気がするなと思った。
「お前も寝とけ。あと二時間はかかるぞ」
「僕は楽しいけどなあ」
「どこが?」
アリエスは麦わらの上、ラランの隣にぼすん、
と仰向けに倒れた。
「こんな風にのんびり空をながめるなんて、
初めてだもん。楽しいよ」
「初めてだって退屈なもんは退屈だろ」
「そんなことばっか言ってると、
気難しいおじいさんみたいになっちゃうんだから。
年取るのなんかあっという間だよ?」
「お前いくつだっけ?」
「16だけど」
「おれより年下のくせに、
年寄りくさい説教なんてするんじゃねえよ」
「そんなこと言ったら、お小言なんか言えないじゃん」
「言わんでいい!
ああもう、ほっといてくれ、おれは、寝る!」
「えー、おしゃべりしようよ!」
「……」
「ラランのけち!」
「……」
ラランは取りあわず、そのまま眠ってしまった。
アリエスは仕方なく兜の目隠しのせいで、
細切れの空をながめていた。
***
ラランの言った通り、二時間ほどで目的地についた。
二時間たっぷりと睡眠をとったラランは、
荷馬車からおりると御者に礼をいった。
「あんがと、おっさん!」
「ありがとうございました」
「ああ、おかげで楽しかったよ」
御者が去っていくと、ラランは思い切り伸びをし、
そして思い切り顔をしかめた。
「どうしたの? 変な顔して」
「帰って来たな、と思って」
「? いいことじゃない。自分の村でしょ?」
「そうなんだが……」
ラランは言葉をにごしたまま、歩き出した。
うっそうとした森の中へ、
吸いこまれるように道がつづいている。
ラランはその道をずんずんと進んでいく。
アリエスは立っていた看板をのぞきこんだ。
『ウィ ゴ村 よ こ !』と書かれていた。
「ウィゴ村っていうの?」
「ウィルゴ村だよ」
「でも看板には……」
「すりきれてるんだろ」
アリエスはラランの声にピリピリしたものを感じた。
「……なんか怒ってる?」
「ん……。そう聞こえるのか?」
「うん」
ラランは立ち止まって深々とため息をついた。
「怒ってねえ」
「怒ってるじゃん」
「怒ってねえ。本当に。ただ……、帰りたくねえだけだ」
「どうして?」
「ダイナー先生に怒られるかと思うと……」
ラランは再び歩き出した。
歩きながらそわそわと、
胸をかきむしるような仕草をする。
まるで小さな子供が怯えているようだ、
とアリエスは思った。
「そんなに怖い人なの」
「怖いなんてもんじゃねえんだ……。
あんな怖い人、他にいない」
「嫌いなの?」
「まさか! あの人は恩人だ!
メシを食わせてくれるし、おれを育ててくれた。
勉強もみてくれたし。無駄になったけど……」
「勉強、苦手なんだ?」
「なにより、おれに剣の道をくれた」
ラランはアリエスの問いかけを無視して、
背負っている刀にそっと触れた。
「この刀と一緒にな。本当になにからなにまで……。
先生にはもらってばかりだ」
「なのに怖いの?」
「なのに怖えんだよ。なんなんだ、あの人。
どうしてあんなに怖いんだ?」
「どなたの話をしているんですか?」
アリエスの知らない誰かの声がした。
「誰って決まってんだろ。
この村で怖いっていったら、ダイナー先、生……?」
振りかえって、ラランは硬直した。
言葉も口も表情も足もなにもかも、
時間が停まったかのように動かない。
いや、よく見ると小刻みに震えていた。
アリエスが振り返ると、
にこにこと優しい笑顔を浮かべた女性がたっていた。
「あのう、あなたは……?」
「ようこそ、ウィルゴ村へ。
私はダイナーよ。村で一番怖い、ね」
ダイナーはそう言って、イタズラっぽくウインクした。