姫騎士ステラ
アリエスにとって、
生死をさまように等しい緊迫感のある試合だったのだが、
観客にとってはそうではなかった。
なにせ、この試合はほんのわずか、
一分たらずで終わったからだ。
それも、彼らが見慣れ、期待しているような、
剣の激しい打ち合いなどはなく、
たった一撃で勝負が決まってしまった。
誰も死なずに。
だから勝敗の決した二人に浴びせられたのは、
称賛ではなく、ブーイングだった。
司会者が困惑しながらも、
ラランに優勝宣言をしている最中も、
ブーイングは途切れることなく続いた。
「がっかりだよ!」「入場料返せ!」「もう一戦しろ!」
「やだよ、ばーか!」
ラランは観客に舌を出し、負けずに叫んだ。
笑いながら手を差し伸べる。
「行こうぜ、アリエス!」
「う、うん」
そうして決勝戦を戦った二人は手を取り取り、
ブーイングだらけのコロシアムを後にした。
鉄格子がふさがっているのを見ると、
ラランは刀を抜いた。
「へへっ、見てろよ!」
一閃。
鉄格子はバタンと倒れた。
通路に足を踏み入れると、
パチパチと手を叩く音が聞こえた。
他の本戦出場者たちがそこにいた。
「いい試合だったわ」とハイベル。
「よい試合であった」とグランハルト。
「いいもんが見れた」とレオノア。
「ああ、いい酒が飲めそうだ」とモズ。
「まあまあだったかな」とリゼル。
「さすがっス、お二人とも!」とハットリ。
「へへっ。いやあ、照れるなあ」
ラランはブイサインを作った。
「優勝したぜ!」
***
「じゃあな、アリエス。元気でやれよ」
優勝賞金をうけとり、
出場者たちと軽く別れの挨拶をすませ、
どこか上の空のアリエスにも別れを告げて、
ラランは帰ろうとした。
先生に怒られるんだろうなあ、とぼやきながら。
その首根っこを、アリエスはつかんだ。
「ぐぇっ!?」
「待って、ララン!」
おそるおそるラランが振り返ると、
アリエスが思いつめた様子でうつむいていた。
「待って、ララン」
「な、なんだよ……」
「話があるんだ」
「そうか。なんだ?」
「ここじゃ、言えない」
「じゃあ、メシでも行くか? 今度はおれがおごるぜ」
「ダメ」
「じゃあ、なに食べたい……。
って、え? ダメ? え……?」
「宿までついて来て」
ラランの返事を待たず、上の空で歩き出したアリエスを、
ラランはちょっとショックな表情でみつめていた。
「ええ……?」
***
宿につくとアリエスはテーブルのランプに火をつけ、
窓のカーテンを閉めた。
「コーヒーでいい?」
「ミルクがいい」
「ホット?」
「ああ。熱くしてくれ」
「わかった」
アリエスは微笑みながらテキパキと用意をはじめた。
ラランは椅子にどっかりと座った。
しばらくして、アリエスは両手にカップを持って、
ラランの向かいに座った。
「ごめんね、わざわざ」
「構わねえ。で、話って?」
「うん」
アリエスは兜をとり、テーブルに置いた。
ラランの目の前に、絶世の美少女が姿を現す。
朝日を閉じこめた短い金髪に、星をつめた遠く青い瞳。
雪をならした白い肌に、甘やかな桃色の唇。
この世のものとは思えないほど美しい少女が、
そこにいた。
少女はそっと兜をおいた。
「まずは、ごめんなさい。
私は、ステラ・ラズラ・リリーボレア。
リリーボレアの第二王女……、女なんです」
「……」
「ご存じだったのですか?」
「その口調、やめろ」
ラランはそっぽをむいて、ホットミルクを飲んだ。
「薄々気づいてた。
その話し方はやめてくれ。なんかざわざわする」
「へー……。うん。わかった、やめる」
「いやか?」
「ちっとも。これはこれで楽しいし。
どうして黙ってたの?」
「どうしてわざわざ言う必要がある?」
「そうだね。
じゃあ、本題を……。
と思ったんだけど、ちょっと待って……?」
「なんだ?」
「いつから気づいてたの?」
「お前とはじめて会った直後だ。
昼メシ食ってるときに噂話が聞こえた。
姫騎士ステラがどうのこうの。お前だと思った」
「どうしてそうおもっ……。
いや、それは、まあ、いいや。
じゃ、じゃあ、君は、僕が女だって知ってて、
昨日ここに泊まったの!?」
「確信はなかったけどな。構わねえだろ?」
「構うよ!」
アリエスは立ち上がりテーブルをばんばん叩いた。
「もし君が知ってるって知ってたら、泊めなかったよ!」
「ふーん。変なの」
「変じゃないよ、全然!」
平然とホットミルクをすすっているラランを、
アリエスは涙をにじませた目でにらんだ。
「僕がどれだけ怖い思いをしながら眠ったか……」
「そのわりにはすぐ寝息たててたけどな」
「寝息!? そんなの聞いてたの?
へ、変なことしてないよね!?」
「してねーよ。……つーかよお」
ラランはじろっとアリエスをにらみ返しながら、
テーブルを指でとんとんと叩いた。
「そもそもそれで騒ぐくらいなら、
今おれがここにいるのもおかしいだろ」
「これはいいの!
大丈夫だと思ったし、一応、覚悟もしたもん!」
「えーい、もう!
わかったよ! おれが悪かった!
正体に気づいてないふりしてて、
す・み・ま・せ・ん・で・し・た!
これでいいか!」
「……ふん」
アリエスは口をへの字に曲げ、
鼻をすすると、座り直した。
「もういいよ。気に入らないけど、話を戻すね。
……言っとくけど、許したわけじゃ、ないから!」
「はいはい」
「むー……。本題は……。
……やっぱり、もうちょっと待って」
「ん」
アリエスは気持ちを落ち着かせるためか、
深呼吸をくりかえした。
まだ怒りがおさまっていないのか、
時々眉がぴくりと動く。
ラランはぬるくなってきたミルクを飲みながら、
アリエスの眉を眺めていた。
十回ほど深呼吸をくりかえして、
アリエスは顔をあげた。
綺麗な青い瞳で真っすぐにラランを見つめてくる。
「ララン、君を剣士と見こんで頼みたい。
僕と一緒に、リリーボレアを救ってくれないか?」
「いいぜ」
「えっ」
「なんだよ、不満か?」
「いっ、いや、そんなことないけど……。
いいの? そんな簡単に決めちゃって……」
「おもったより面白そうだったからな」
「面白そうって……。
本当に? 本当に、いいの?
もしかしたら、失敗するかもしれないよ?」
「そうだな」
「ものすごーく強いやつに負けて、殺されたり」
「いいね」
「えっ。じゃ、じゃあ、僕がへまして、
それでとばっちりで、君が殺されたり……」
「構わねえ」
ラランは、いぶかしげに片方の眉をあげた。
「どこに断る理由がある?」
「どこもかしこもだよ!
仲間はいない。僕だけだ。
なのに敵は、国なんだ! わかってるの!?」
「お前は、やると決めたんだろ?」
アリエスは、はたと黙った。
ラランがにやりと笑う。
「仲間がいない? 敵が強い? 国が相手だ?
勝てる見こみが少ない?
上等上等。おおいに結構。いいじゃねえか。
おれは、おれの力で、精一杯なにかをしたかった。
この話は、相手にとって不足なく、
おれの器量に余るほどの意義がある。
それになにより……、友達の頼みだぞ。
どこに断る理由がある?」
「ララン……!」
アリエスは瞳を涙でうるませ、ラランに近づいてきた。
おそらく、このときは握手するつもりだったのだろう。
ラランもそれに応じるつもりで手を差し出した。
しかしアリエスは、
握手するために伸ばした手をひっこめた。
「? まだ怒って―――?」
「ララン! ありがとう!」
「もがっ?!」
突如、アリエスはラランに抱きついた。
両手でラランの頭をきつく抱擁する。
ラランは目の前が真っ暗になって、
顔がなにか温かくて慎ましくも柔らかいものに、
押しつけられるのを感じた。
「っ! っ!?」
「ありがとう、ララン! 本当に!
……あれ、ララン、どうしたの?」
しばらくして満足したアリエスが手を放すと、
ラランは顔を真っ赤にして、目を回していた。