祝勝会
授与式はそのまま取り行われた。
参列者たちが戻ると国王は一言説明をした。
ラランが竜になって王都を壊滅させかけた、
というのは事実である。
ただし、そのときラランはビルハイドの洗脳下にあり、
正常な判断ができなかった。
その後、彼は洗脳を自力で解き、
竜の力を制御して死んだ人々を甦らせ、
ビルハイドも倒した。
それでも竜になって人を殺したというのは事実であり、
彼は罪悪感に苦しんでいる。
先の発言はそのせいである。
彼は紛れもなく、ビルハイドを倒した英雄である。
しかし、罰を求めてもいる。
人の上に立つ皆であればよくわかるように、
彼に罰を与えるわけにはいかない。
よって、罰を与える代わりに、
彼には英雄としての褒賞を無いものとする。
「なお、言うまでもないことだが、
この件についてはこの場にいる者のみのこととして、
秘匿する。
ゆめゆめ口外してはならん」
最後にそう言い含めて、国王は授与式の開始を宣言した。
***
授与式の後は、小さな宴が用意されていた。
王侯貴族や大臣たちの催す宴会なので、
もっと豪勢な食事だと思っていたが、
予想よりもはるかに質素だった。
それもそのはず、
今は王都の復興作業中なので食料も少なくなっている。
ゆっくり食事をするような時間もない。
それでも彼らはこの久しぶりの宴を、自由を、
大いに楽しんでいるようだった。
アリエスたち褒賞を与えられた者たちは、
当然のように質問攻めにあった。
どのようにアリエスの仲間となったのか。
何が得意で、何をしたのか。
ビルハイドとの戦いはどのようなものだったのか?
その生の声を聞こうと人だかりになっていた。
特にアリエスはすごかった。
ファルとクィナの二倍か三倍以上だ。
人だかりでアリエスが見えない。
人だかりをみて、いまアリエスはあっちにいるんだなと、
わかるくらいだ。
なにせ王侯貴族や大臣たち国の中枢が、
ほぼ全員ビルハイドに捕まる中、
ただ一人だけその手を逃れ、仲間を集め、
その結果見事にビルハイドを討ち果たしたのだ。
アリエスは間違いなく次期王位継承候補筆頭だろう。
半数近くはどうやら、そういう取り巻きになろうと、
画策している連中のようだったが、
残り半数はそうではなさそうだった。
純粋に目を輝かせて話に聞き入っている。
考えてみればアリエスの話は、
まるで子供の頃に聞いた物語のようだ。
騎士や王子が悪を打ち倒す物語。
その立役者と話ができるとなれば、
子供のように興奮してしまうのも仕方ないだろう。
意外にも、ラランのところにも話をしに来る人はいた。
ファルとクィナの半分くらいか。
半分と言っても、
食事をしながら質問に答えるだけの対応で、
人が途切れない程度の混み具合だった。
ここにいる人達は全員竜になって暴れた、
と知っているはずだ。
きっと誰も来ないだろうと思っていたのだが、来た。
思ったよりも来た。
まったくの予想外だった。
なにより予想外だったのが、大半が女性だったことだ。
「剣士様だとお聞きしました。さぞお強いんでしょうね」
「いえ、まだまだです」
「そんな、ご謙遜を!
ステラ様も参加された英雄祭で優勝なさったとか。
他にどのような大会で名をはせたのでしょう」
「あの大会が初参加ですね」
「初参加の大会で優勝なさったのですか!?」
「まあ、そうですね」
万事そんな調子だった。
ラランとしては素っ気なく応えて、
食事を取っているだけなのだが、
どういうわけか質問は途切れず、
女性が少しずつ増えていく。
あとで(やけに不機嫌そうなアリエスに)、
聞いたところによると、
素っ気なさが「寡黙でかっこいい」と、
評価されていたようだ。
わけがわからない。
貴族のご令嬢たちの目はどうやら節穴のようだ。
しかし、アリエスにも祝勝会のあとで、
「あんまり調子に載っちゃダメだよ」とにらまれた。
アリエスの目も負けず劣らずの節穴のようだ。
***
祝勝会の途中、一度だけ人の波が途切れた瞬間があった。
いまだ、とラランがバルコニーで休憩していると、
「やあ、ララン……。調子はどうだ……?」
クィナが疲れ切った様子でやってきた。
どうやらクィナも質問攻めにあうのは苦手らしい。
「よくねえな」
「おあいこだな」
「……。クィナ、お前に伝言があるんだ」
「……」
クィナは誰からの伝言か聞かなかった。
ただ辛そうに顔をゆがめていた。
「……あの石の中にいたのか?」
しばらくして、クィナはしぼりだすように言った。
ラランは黙ってうなずいた。
「そうか」
クィナはすでに涙声だった。
「聞かせてくれ」
「あいつの言葉をそのまま伝える」
「うん」
ラランは深呼吸し、
淡々と【魔法使い】から伝えられた言葉を口にした。
たぶんあいつは魔法を使ったのだろう。
彼の言葉は一言一句忘れることなく、
ラランの脳裏に刻まれていた。
ラランは、平静に、あくまでも感情をこめずに言った。
そもそも【魔法使い】が感情をほとんどこめなかったし、
気を抜くとラランが泣いてしまいそうだった。
「私がここにいたことを、
君は気に病むかもしれないけど、
どうか気にしないでほしい。
私はそれを望まない。
私は君の不幸を望んでいない。
当たり前だけどね。
ちゃんと言わないと、君、わかってくれないだろう?
だから、どうか私の願いを聞いてくれ。
私のことは覚えていてもいい。
忘れてもいい。
どちらでもいい。
ただ、どうか、幸せになってほしい。
それが私の願いだ。
どうか。
どうか。
……。
じゃあね、クィナ。
君の永い旅に、幸あれ。
……以上だ」
「似てない」
クィナはバルコニーの手すりを握りしめて、
地平線のはるか先を見ている。
「あの人の声はもっと優しかった」
「……うるせえよ」
ラランはこんな返答しか思いつかない自分の頭を呪った。
「クィナ、大丈夫か?」
「うん」
クィナは手すりを押したり引いたりして遊んでいる。
顔をみせようとはしない。
「ありがとう、ララン」
「ああ……」
クィナはずっと遠くを見ている。
その背中は「一人にしてほしい」と言っていた。
ラランにはそう見えた。
「おれは先に戻るよ」
「ああ。クィナはもう少しここにいる」
明るい室内にもどって振りかえると、
クィナはまだ一人で夜の空を見つめていた。