褒賞
「おれが、竜になって王都をつぶし、
人々を殺した張本人だ」
ラランは国王の前でうなだれた。
「どうか、おれに相応しい罰を与えてくれ」
***
ビルハイドを倒してから一週間後、
玉座の間で功労者たちに報酬を与える授与式が行われた。
玉座の間といっても、
ビルハイドとの戦闘で壊れてしまったので、
別の部屋が仮の玉座の間になっていた。
褒賞を与えられるのは、
ララン、アリエス、ファル、クィナ、
ディーノ、ミア、ガドン、カストルム伯の八名だった。
ガドンとファリオについて少し説明しておく。
ビルハイドの命令でカストルム伯の軍勢を抑えるべく、
進軍したガドンだったが、カストルム伯に連絡をとり、
ビルハイドに敵対することを選んだ。
そのままカストルム伯を先導する形で王都へ戻り、
竜が王城の真ん中にいるのを目の当たりにした。
ガドンとカストルム伯は面食らったが、
協力して民を避難させ、
動き出した竜にたいして攻撃を開始した。
結果的にはそれは火に油だったのだが、
彼らのおかげで一般人の被害はかなりおさえられた。
死んだ者はみな奇跡的に生き返ったが、
それでも市民の犠牲を抑えた、
その功績が認められたのだ。
一方でファリオは褒賞を辞退した。
アリエスは許したが、自分は侵した過ちの分、
働いただけだからと固辞した。
ついでに言えば、ラランも断ろうとしたが、
こちらはアリエスが頑として譲らず、ここにいる。
クィナも断りたかったが、
アリエスににらまれて言い出すのをやめていた。
まだ復興作業は続いている。
王族も大臣たちも忙しく、
ラランたちも飛ぶように働いていたので、
彼らが会って話をするのはこの場が初めてだった。
授与式が始まると、
ラランが一歩前に進み出て罪を告白したのだ。
ラランが告白した瞬間、場が凍りついたようになった。
元々厳粛な雰囲気ではあったが、
物音ひとつしなくなった。
国王は目をやや丸くして、アリエスに目をむけた。
「ステラよ、どういうことだ?」
国王は大きな男だった。
身体も腕も太い。
若い頃は戦士だったのかと思えるような体格の良さだ。
髪も髭も真っ白だが、声と瞳は活力に満ちていた。
「お前に聞いていた話では、
その者が王都に現れた竜を倒し、
竜やビルハイドに殺された人々を生き返らせ、
ビルハイドを下した英雄だということだったが」
「ええと、そのぅ……」
お姫様の格好をしてラランの隣に立っていたアリエスは、
早々に姫としての、
化けの皮(本物なのだが)がはがれてしまった。
慌てるアリエスだったが、
ファルに深呼吸をうながされて落ち着きを取り戻した。
息を整え、咳ばらいし、
勝手におかしなことを言ったラランをにらみ、
父である国王に返答した。
「竜を倒したこと以外、彼が為した功績は真実です」
「詳しく話せ」
「それは……」
アリエスはちらりと居並ぶ王侯貴族と大臣たちをみた。
アリエスの意図を察して、国王が言う。
「みな、退室せよ。
この者の処遇は余が決める。仔細は追って伝える。
終わり次第、授与式を行う。しばし待たれよ」
国王の言葉で列席していた者たちは、
そそくさと退室した。
残されたのはビルハイドを倒したララン達と、
国王とその護衛だけになった。
「これでよいか?」
「ありがとうございます、陛下」
アリエスは優雅にドレスをもちあげて礼をした。
どうやら姫としての気品を取り戻したらしい。
アリエスは説明した。
ラランとファルとの出会いについて。
次にクィナとの出会いと正体について。
クィナとビルハイドとの関係について。
そして、ビルハイドとの戦いで、
クィナがラランに誤って石を飲ませてしまったこと。
ラランが竜になり、王都を破壊し、
力をコントロールして、全てを元通りにしたこと。
竜の力でビルハイドを倒したこと。
出だしのラランとファルの話では、
ふんふんとうなずいていた国王が、
クィナとの出会いの時点で急に眉間にしわを寄せ、
そこからずっと表情が変わらなかった。
どうやらクィナの正体から丸々秘密にしていたらしい。
「以上です。だから、ラランに罪はありません。
誰の罪でもないのです」
「なるほど、わかった。
これで竜やビルハイドが倒れたことに合点がいったわ」
「わかっていただけてなによりです」
「ところでステラよ、私のことを信じておらんのか?
聞いていた内容と全然違うのだが……」
国王は顔を悲しそうにゆがめた。
娘に嫌われたのではないかと恐れる、
ただの父親のような顔だった。
アリエスはあわてて手をぶんぶん振った。
「いえ、父上! そのようなことは決してありません!」
「……」
「決して!」
「本当に……?」
「本当です!」
「そっか……。うむ、ならばよい」
国王は威厳を取り戻した。
「そなたら、いまの話に相違ないな?」
ララン達が同意するのを確認して、国王は髭をなでた。
「剣士ラランよ、余としてはステラと同意見だ。
そなたに罪はない」
「ですが、おれは自分の意思で人を殺めました」
「今の話の通りならば、
今のそなたにも同じことができよう。
しかし、今のそなたは竜になって王都を滅ぼしておらん。
つまり、そなたの言葉は真実とは言えぬ」
国王は反論しようとしたラランを制した。
「まあ待て。言わんとすることはわかっておる。
おそらく夢の中にいたようなものなのであろう。
そこで人を殺した。だが、それは現実だったと。
だから罰を受けるべきだと。
そなたの気持ちはわからんでもない。
だが、それでもそなたに罪はない。
あったとしても、余に罰する資格はない。
ビルハイドを大将軍などに任じた余こそ大罪人だからな」
「父上にも罪はありません!」
アリエスが叫ぶが、国王は首をふった。
「いや、ある。
死をもって贖いたいほどの恥ずべき罪だが、
しかし、余にはこの国を立て直す義務がある。
罪人に罰が必要なのは、新たな罪を生まぬため、
秩序を守るためだ。
罪悪感を殺すためではない。
ゆえに、剣士よ、そなたに与える罰はない。
むしろ、与えるべきではない。
あの竜が生きていて、
ビルハイドも倒した英雄でもあるなど、
いまの民には受け入れられまい。
よもや、民に公表もせんのに、
罰を受けたいなどと言うまいな?」
「……」
ラランは何も言い返せなかった。
国王のいう通り、
ラランは「罪悪感を殺すため」に罰を求めたからだ。
国王は正しい。
しかし、ラランはどうにも納得できなかった。
国王は続けた。
「それでも、どうしても罰が欲しいというのなら、
そなたの褒賞は取りやめとする。
罪と栄誉とで相殺だ。それでどうだ?」
「ああ。それでいい」
「なら、決まりだ」
国王はぱんと手をたたいた。
アリエスが文句を言うために口を開いたが、
国王はそれを手で制した。
「ステラよ、そなたの騎士が決めたことだ。
これ以上は口をはさむな」
「でも!
ララン! ラランはそれでいいの!?
本当にこれでいいの!?
あんなに、あんなにがんばって、泥まみれになって、
ボロボロになって、走り回って、戦って、
それで最後がこれで、本当にいいの!?」
「いい」
ラランは静かに言った。
「おれは元々、褒美が欲しかったわけじゃない。
言っただろ。
おれは誰かのために自分の力を使いたかったんだ。
それは叶った。
自分のせいで迷惑した人がいることが心残りだが、
これを飲みこむのも必要だと理解した。
だから、いいんだ」
「ララン……。わかったよ……」
アリエスはあきらめて引き下がった。
それでも、悔しそうに唇をかんでいる。
救国の英雄となるはずが、一切の褒賞がなくなったのだ。
それは結局、アリエスの仲間として公表されない、
ということだ。
仲間でありながら、褒賞が与えられないなどありえない。
王室の名誉の問題になるだからだ。
だから、ラランは仲間ではない無関係の人間だった、
ということになる。
ラランは、仲間として認められないのだ。