終幕
玉座の間で、ビルハイドは壁にめりこんでいた。
ミアに岩の弾丸を雨のように浴びせられたのだ。
ビルハイドが撃っていた拳大の弾丸ではない。
直径が人間の身長ほどもある岩のかたまりだ。
それがミアの周囲から現れては、
高速でビルハイドに衝突していった。
ビルハイドは、鎧を着ているので、
一切のダメージも痛みはない。
岩の雨で反撃できず、身動きもとれないだけ。
だが、それが与える心理的なダメージは大きかった。
ただただ、屈辱なのだ。
ビルハイドにとって、
なすすべもなくやられているだけという状況が、
それだけで耐えがたい屈辱を感じさせた。
ラランとアリエスが戻ってきたのは、
そんなタイミングだった。
二人に気づいたファルとクィナが近づいてくる。
ラランとアリエスは交互にファルとクィナの頭をなで、
ハグをした。
クィナはラランに謝罪し、
ラランはクィナの頭をくしゃくしゃになでて許した。
「ビルハイドは……、あれか?」
ラランは、ミアが魔法を撃ち続けている壁を指さした。
ファルとクィナはうなずいた。
ラランが近づくと、
ディーノが黙って自分の剣を差し出した。
ラランは素手だった。
ラランの刀はどこかに落ちているはずだが、
どこかわからない。
しかし、ラランはそれを断った。
「いい。大丈夫だ」
「……わかった」
ディーノは少し驚いたようだったが、
それ以上何も言わなかった。
「ミア」
ラランが声をかけてもミアは振りむかなかった。
ひたすらに魔法を撃ち続けている。
「あら、生きてたのね。
私が押さえつけているから、
あの鎧を突破する方法を考えて」
「方法はある。もう撃つのをやめていい」
「え、でも……」
「大丈夫だ」
「……わかったわ」
ミアは魔法を撃つのをやめた。
「大丈夫なのよね?」
「ああ」
ラランは少し笑ってビルハイドに近づいて行った。
壁にめりこんでいるビルハイドの足元に立つと、
片手をあげて声をかけた。
「よう、王様」
「……小僧、なぜお前が生きている……!」
ビルハイドは壁から力づくで抜け出した。
壁の破片やレンガがばらばらと降ってくる。
ラランはほとんど避けなかった。
ただ一度、首を傾けてレンガを避けただけだ。
「竜の力に自我を喰われるはずだろうが!?」
壁から抜け出したビルハイドは戦斧をとりだし、
思いきり振り下ろした。
ラランは微笑んでいる。
「コツを教わったんだ」
ラランはビルハイドの戦斧を受け止めた。
額のすぐ上で。指二本で。
「あいつの言う通りだった。
力の制御ってのは、意外とどうにかなるな」
「くそっ、やはりあいつの仕業なのか……!」
「ビルハイド、降伏しろ」
ラランは静かに言った。
ビルハイドは戦斧を押し引きしながら、怒鳴った。
戦斧はビクともしない。
「ふっ、ふざけるな、小僧!
勝負はまだついていないぞ!!
おれはまだ負けていない!
この鎧があれば、貴様らの攻撃など……!」
「もう一度言う。
おれは竜の力を扱うコツを教わったんだ。
その鎧も破壊できる。それがわかる」
ラランは物分かりの悪い子供にさとすような口調で言い、
首をふった。
「もう勝負はついているんだ、ビルハイド」
「おれを、おれを見下すな……!」
「幼いことは恥じゃないぞ、ビルハイド」
「黙れ!!」
ビルハイドは戦斧を捨て、ラランに手をかざした。
「穢れし力よ、我に従え」
しかし、何も起こらない。
しばらくしてラランが言う。
「無駄だ。
おれは竜の力をコントロールしている。
おれから竜の力を奪うのは、今のお前には無理だ」
「ふ、ふふふふふ……」
ビルハイドは肩を震わせ、狂ったように笑いはじめた。
「はは、ははははは……!
貴様がその力をコントロールするなど、計算外だ!
ルークィンを暴走させ、
その力を俺の魔法で吸い尽くして、
俺は、真に無敵の人間となるはずだったのだ!
それを、それを貴様はッ……!!」
ビルハイドは怒鳴り、数歩後ろに下がり、
魔法で右手になにかをとりだした。
小さな石だった。
「こ、これが何かわかるか、小僧!」
歓喜と恐怖と狂喜の入り混じった声で、
ビルハイドは叫んだ。
後ろでアリエスたちが動揺している。
しかし、ラランはほとんど表情を変えなかった。
ビルハイドは震える声で、一層高らかに叫んだ。
「これが俺の奥の手!
この国の民から集めた魔力のかたまりだ!
さっきお前が飲んだ石と同等の魔力が、
ここにこめられている!
俺も自我を失うリスクがあるが、
お前がコントロールできたというなら、
俺にだって……!」
「よせ」
ラランはあくまでも静かに言った。
悲しげですらあった。
「それは竜の力の結晶とは違う。雑多な魔力の集合だ。
コントロールに必要な技量は比べものにならない。
やめた方がいい。みすみす死ぬようなものだ」
「どのみち死ぬだろうが!」
ビルハイドはそう喚くと、石を飲みこんだ。
ラランは顔をしかめた。
ビルハイドが苦しげにうめく。
ラランには、ビルハイドが飲んだ魔力の流れが、
手に取るようにわかった。
まるでネズミの大群のように無秩序に暴れまわり、
ビルハイドの身体を食い荒らしている。
このままでは先ほどのラランのように、
暴走する怪物になるだろう。
最悪の場合、
魔力だけが暴走して爆発してしまうかもしれない。
大半の魔力が石に封じられているうちに、
殺さなければならない。
すでにビルハイドは膨らみ始めていた。
ラランは振りかえり、アリエスとクィナとミアをみた。
自分にはビルハイドに対する憎しみはほとんどない。
むしろ憎しみを抱いているのは彼女たちだ。
なら、殺す権利を持っているのは彼女たちだ。
先に断りをいれるのが筋だろう。
「ビルハイドにとどめを刺す。いいな?」
ラランが尋ねると、彼女たちはうなずいた。
アリエスは「うん。楽にしてあげて」と言った。
ミアは「私はやり返したわ。もう十分」と言った。
クィナは「クィナも言い返したから、いい」と言った。
三人がうなずいたのを見て、
ラランは魔法で刀をつくった。
ただひたすらに魔力をこめただけの光の刀だ。
不格好だが魔法で刀をつくるのは初めてなので仕方ない。
ただ、苦しませないよう、魔力だけはありったけこめた。
ラランは刀を振りかぶった。
「じゃあな、ビルハイド」
ラランは刀を振り下ろした。