祝福
ラランは【魔法使い】に身体を明け渡した。
最初に、巨大な竜になっていた身体が、
元の人の姿まで縮んだ。
つまり、ラランに戻った。服も着ている。
『これでよし。服はサービスだよ』
【魔法使い】は言った。
さっきまでと同じく心の中と、
耳から同時に声が聞こえた。
ラランの口が【魔法使い】の声をだしていた。
『まずは君の身体を取り戻した。大きいと不便だろう』
「おう、ありがとよ」
ラランは驚いた。声が出るようになっている。
【魔法使い】はおかしそうにくすくすと笑った。
自分がそんな笑い方をしているなんて、
奇妙な感覚だった。
『ふふふ。私がしゃべっていないときは、
君も声をだせるようにしておいた。
このほうが話しやすいだろ?』
【魔法使い】はそう言うと、手をこすり合わせた。
『さあ、大仕事だ。ああそうそう。
ここまでは大丈夫かい?
もうすでに授業は始まってるんだよ。
竜の力をコントロールする術は身につけられそうかい?』
「難しいな」
ラランはため息混じりに言った。
【魔法使い】が人の姿を取り戻し、
おしゃべりをしているのが、
ラランにとっては奇跡のような芸当に思えた。
針のように細い小枝でつくった椅子に、
なにげなく座っているような、
道理を無視しているレベルの奇跡だ。
「アンタ、本当にすごい魔法使いなんだな」
『君だって、鉄よりずっと硬いものを斬れるだろ。
同じだよ』
「でも、ビルハイドの鎧も斬れなかった」
『これを機に魔法も勉強することだね』
【魔法使い】は笑って、両手をあげた。
竜の力が吸い上げられ、
朝日のようなまぶしい光があふれる。
荒れ果て、燃え盛る街が光に包まれる。
『光よ、死者に祝福を』
まるで魔法のようだった。
悲惨のかたまりのようだった王都が、
みるみる元へ戻っていく。
炎は消え、倒壊した建物は直り、
死んだ人は元通りの姿で、起き上がり、
傍らで泣き伏していた人々を驚かせた。
【魔法使い】は叫んだ。
『竜は倒したぞ!
魔法使いが、倒した竜の力を使って、
みんなを生き返らせたんだ!』
その言葉をきいて、人々は、歓声を上げ、泣き崩れた。
本当に、現実に、愛する人がよみがえったのだと、
信じることができたのだ。
『早く安心させてあげたいからね』
【魔法使い】はウィンクした。
ラランは急に視界が狭まったことで、それを知った。
【魔法使い】はくるりと身体の向きを変え、歩き出した。
『さあ、これで私の授業は終わりだ。
コツはつかめたかな』
「いまの魔法は無理だ」
『いい答えだ。……さあ、向こうだよ』
【魔法使い】は立ちどまって指をさした。
『行って。彼女がもうすぐ起きる』
「どうしてここまでなんだ?」
『千年も前に死んだ死者は、
でしゃばるべきじゃないからだ』
「ビルハイドを倒してくれないか?」
『ダメだ。私はあくまでもサポート役だから。
運命を決めるのは、君たち自身でやるんだ。
さあ、行って』
「……クィナに、伝言は?」
『……そうだね。じゃあ、お言葉に甘えようかな』
【魔法使い】はラランに伝言をつたえた。
そして城の方向を、クィナのいる方を見た。
数秒間、黙って。
『うん。』
うなずいて、少し手を振り、言った。
『さようなら、剣士ララン。
少しだけど話せて楽しかったよ』
「ああ。……ありがとう、本当に」
【魔法使い】は微笑み、手を下げた。
そうして、【魔法使い】は永遠にこの世から姿を消した。
***
【魔法使い】が示した方へ歩いていくと、
アリエスがそこにいた。
城の庭園の外れにある、小さな林の中だった。
アリエスは眠っている。
ラランはアリエスを揺り起こした。
アリエスはゆっくりと目を開けた。
「おはよう、アリエス」
「おはよう、ララン」
アリエスは声をつまらせて泣いた。
ラランに抱きついて、さらにむせび泣く。
「元に戻れたんだね。よかった……!」
「ああ。ああ……」
ラランはアリエスを抱きしめ返した。
アリエスが生きている。生きてここにいる。
それを実感して、ラランはアリエスに負けないくらいに、
声をあげて泣いた。
アリエスは泣きながらそれを笑ったが、
ラランはまるで気にならなかった。
アリエスのいなかった世界にくらべたら、
そんなことは気になるはずもなかった。