朝日
玉座の間。
ミアとディーノがビルハイドと戦い、
ファルは魔法を封じる石を探し、
クィナは柱の陰で彼らを黙ってみていた。
ファルは器用に、
音もなく天井の梁の上を這って玉座へと近づいていく。
探知の石は玉座の方をさしているのだろう。
だが、そちらはビルハイドのいる方向でもある。
じきにビルハイドの真上を通る。
いま、ミアとディーノが戦っているとはいえ、
ほとんど遊んでいるような状況だ。
この状況で、
ファルが通り抜けることを祈って待つだけなんて、
臆病にもほどがある。
臆病はもう十分だ。
臆病すぎたせいで、ラランが竜になってしまった。
ここで何もできないでファルが死ぬようなことがあれば、
いままでの千年よりもずっとひどい後悔にさいなまれる。
それくらいはわかる。
「……くしゅん!」
クィナは、柱の陰でくしゃみをした。
ビルハイドを引きつけるという意味では、
完璧だったと思う。
一切のわざとらしさがない。
下手に動いて見つかったとか、
そういう囮っぽさがなかった。
当然である。
正真正銘、ただのくしゃみなのだから。
「おや? そっちにいるのか、ルークィンよ」
ビルハイドは、
ディーノとミアに振るっていた戦斧をおろし、
あごに手を当てた。
その間にディーノとミアが攻撃するが、
意に介さず考えている。
「どこにいるのかと思ったら……。
こいつらの体力を削るのにも飽きてきたからな。
先にお前から殺して、
精神的なダメージを入れるのもいいだろう。
どこにいる、ルークィン?」
しめた。
正直、想定外ではあるが、ビルハイドの注意を引けた。
このままこの部屋を逃げ回ろう。
ディーノとミアに協力してもらえば、難しくないはずだ。
……。
というか、ディーノにおんぶしてほしい。
もう息が切れてきた。
ちらりとディーノを見ると、剣を杖代わりにして、
ぜえぜえと呼吸を整えている。
ミアも似たようなものだ。
ダメだ。
どう考えてもおんぶしてなんて頼める疲労度じゃない。
向こうはとっくに限界だ。
クィナは一応まだ限界じゃない……。
「ほらほら、逃げろ逃げろ!」
ビルハイドが魔法の弾丸を撃ってくる。
しかし、クィナでも必死で避ければ避けられるし、
威力も全然ない。
当たったところがものすごく痛い程度だ。
当たっても死にはしない。
ビルハイドがそう、調整しているからだ。
奴は、クィナとディーノとミアをいかに苦しめるか、
どうすれば一番心を傷つけられるかを考えている。
だからすぐに殺さない。
じわじわと痛めつけ、
動かなくなったところでさらに痛めつけ、
悲鳴すら上げなくなったところで、
嘲笑し、愚弄しながら殺すのだ。
それをクィナはよく知っていた。
だから、必死であがけばすぐには殺されない。
……はずだった。
それまでとは段違いに強力な弾丸が飛んできて、
クィナの足を襲った。
クィナはなすすべもなく転び、
撃ち抜かれた足からは激痛とともに、
どくどくと血があふれ出た。
「飽きた」
ビルハイドはそう言って、ずかずかとクィナに近づいた。
まだ逃げ始めてから、一分も経っていないのに。
そうか。
ディーノとミアの戦闘にそもそも飽きていたのか。
「千年も待ったのだから、
もう少し痛めつけようと思ったのだがな。
お前もその腹だったのだろう? 透けて見えたわ。
これは予想外だっただろう?
あっさりとお前を殺してしまうのも、悪くない」
ビルハイドはクィナの表情をうかがうように、
突っ立っている。
おそらく、恐怖にゆがむ表情がみたいのだろう。
ああ。存分に見るがいい。
だが、その前にお前の面食らった顔が見たい。
「……ビルハイド、」
「なんだ? 命乞いか? 聞かんぞ」
「ラランが石を飲んだとき、
お前、無駄なことだって言ったよな」
「それがどうした」
「お前は間違っていた」
クィナはにやりと勝ち誇った笑みを浮かべ、
割れたステンドグラスを指さした。
朝日のような白い光が差している。
「朝日か? それがどうした。
もう夜が明ける時間だ。
まさか、開けない夜はないなどと、言わないだろうな?」
「安心しろよ。もう少し具体的なことを言ってやる」
「ならさっさと言え」
「東はどっちだ?」
クィナがそう言うと、ビルハイドはハッとして、
もう一度ステンドグラスを見た。
光は消えていた。
ビルハイドはクィナに詰め寄った。
「あの光はなんだ! なんの光だ!?」
「お前は終わりだ、ビルハイド」
クィナは胸倉をつかまれながら、
乾いた声でせせら笑った。
「お前はよーく知ってるはずだ!
あの魔法は、
お前の大嫌いな魔法使いにしか使えないんだからな!」
「馬鹿な! 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿なッ……!
そんなことが、ありえるはずがない!
いや、大丈夫だ。問題ない。
この玉座の間には結界が張ってある。
この中で大魔法は使えない。いかに奴と言えど、
外から俺を殺すことはできない!」
ビルハイドは狂喜した声でクィナに叫んだ。
クィナは、ほぅとため息をついた。
「ああ、まったくその通り。残念だ。
結界があれば、たしかにお前は倒せないだろう。
魔法無しでその鎧を砕くことはできない」
「そうだ! その通りだ! 俺は無敵なんだ!」
ビルハイドは力強く拳を握り、
自分に言い聞かせるように叫んだ。
そんなビルハイドを見て、クィナはのどを鳴らして笑い、
ディーノの方を指さした。
「ところで、その結界ってのは、あれのことか?」
クィナがそう言うと、ビルハイドは振りむいた。
その顔が青ざめているのが、兜越しに見えるようだった。
ディーノの足元に、
一抱えもある大きな丸い石が落ちていた。
真っ二つになって、落ちていた。
クィナは天井近くの梁にいたファルにむけ、
こっそりと親指をたてた。
ファルもそれにこっそり応えた。
「馬鹿、な……」
「あら? やっと自由に魔法が使えるようになったの?」
ミアが楽しげな声をだした。
杖をビルハイドに向けた。
「じゃあ、倍返ししましょうか」