決勝戦
決勝戦の相手は、アリエスだった。
アリエスは忍ぶ影ハットリと、
新進気鋭の冒険者リゼルを倒している。
リゼルはともかく、ハットリは強敵だった。
ふらふらとつかみどころがなく、
攻撃すればかわされ、その隙を突いて攻撃される。
ラランは控室でハットリの立ち姿を見ていて、
斬るのが難しい相手だと感じていた。
もっとも、実際に相対するまで、
真剣には考えないようにしようとも思っていたのだが。
ラランはケーキのいちごを最後まで食べない派だった。
アリエスがハットリに勝ったのは、
ゴリ押しと言ってもいいほどの攻撃のためだ。
ゴリ押し、といってもパワーによるものではない。
手数だ。
圧倒的なまでの手数で押し切った。
アリエスは軽い剣で絶え間なくハットリを攻撃した。
かわされても、その隙を突く暇を与えなければいい。
反撃させなければよい。
そんな意志がにじんで見えるほどの猛烈な攻撃だった。
当然、ただの度胸や自暴自棄な攻撃ではない。
ハットリは弱くない。
もしアリエスの連撃が実力にもとづかないものであれば、
すぐにボロがでる。
ハットリは決してそれを見逃さなかっただろう。
しかし実際には、
ハットリはボロを見つけられず、反撃できず、
そのまま敗北した。
アリエスは卓越した技術を持つ騎士だということだ。
***
鉄格子があがる。
アリエスはラランとコロシアムの中央で相対し、
握手をした。
「やあ、ララン。やっぱり君が相手だったね」
「やっぱりお前が相手か」
「あれ?
僕、自分が強いなんてそぶり、君にみせたっけ?」
「そんくらいわかんねえと、すぐ死んじまうよ」
「あはは、君らしいや」
二人は距離を取った。
ラランがゆっくりと剣を構える。
しかしアリエスは動かない。
その前に聞いておかなければならないことがあった。
「ねえ、ララン」
「なんだ?」
「僕の、兜だけは斬らないでほしいんだ。
お願いだから、斬らないで」
「ああ、いいぜ。それじゃあ……」
「ありがとう」
「剣は斬ってもかまわねえか?」
「いいよ」
「じゃあ、剣を斬ったら、お前の負けだ」
「わかった」
「よし」
「それと、確認しておきたいことが一つ、あるんだ」
「なんだよ」
「僕は君を殺すつもりで戦うけど、それでもいいの?」
そばで聞いていた司会者は顔をひきつらせた。
質問した当のアリエスですら、緊張した面持ちだった。
平気な顔をしていたのはラランだけだった。
「は?」
「君は強いから、殺さずに勝つのは難しい。
だから……」
「そうじゃない。なんでわざわざそんなこと聞くんだ?」
「だって、君は僕を殺さないんでしょ?
だから、こんなの不公平だって……」
「別におれに合わせる必要はねえよ。
おれはおれで、お前はお前だろ。好きにすりゃあいい」
「それで君が死んでも?」
「そんときゃあ、そんときだ。いいぜ、どんとこい」
「……君は本当に強いね」
「へっ。褒めたって、手は抜かねえぜ?」
二人が司会者に目配せすると、試合開始が宣言された。
ラランは動かない。
先に動いたのは、アリエスだった。
鎧を着ているとは思えないフットワークの軽さで、
ジグザグに間合いをつめていく。
ぐるぐると目を回すようにかく乱する。
ラランは刀を抜いて上段にかまえ、
獲物をねらう鷹のように、冷静にその動きを追ってくる。
ぐるぐるぐる……。
不規則な速度でアリエスはラランの周囲を走り回った。
文字通り、走り回る。
しかし、ラランは機械のように、淡々と、ゆったりと、
アリエスに照準を合わせ続けた。
視線が全然ブレない。
やはり強敵だと、アリエスはひしひしと感じた。
アリエスは動きを変化させた。
速度をあげ、ラランからの距離も変化させた。
走る方向も反転をおり交ぜた。
ラランは黙ってそれに応じつづけた。
ゆったりとアリエスを正面にとらえ続けている。
アリエスは、わずかでもラランの意識が途切れれば、
突撃をかけるつもりだった。
しかし……。
目を回さない。
焦らない。
視線が途切れない。
彼の予測を裏切ることができない。
動かない。
ここまで恐ろしく静かな相手を、
アリエスは見たことがなかった。
彼女はこれまでに名だたる剣士を何人も見たことがある。
いくつもの武勇伝を持つ剣士たちだ。
教えを受け、戦ったこともある。
それでも、こんな感覚は初めてだった。
まるでぶ厚い石の壁を前にしたような圧力、
どうしようもなさを、アリエスは感じていた。
動き続けているせいで汗が流れるが、
それが冷たく感じるのは気のせいではないだろう。
一体どうすれば、彼の隙を突けるだろうか―――。
一瞬の出来事だった。
アリエスが反転した一瞬に、隙があった。
それはほんのわずか。
アリエスの迷いが生んだ微かなもの。
方向転換にかかる時間が、
わずか、ほんのわずか、長かった。
そしてそのミスとも呼べない変化に、
アリエス自身が気づいていなかった。
しかし、ラランはそれを見逃さなかった。
ラランの足が大きく距離をつめていた。
気づいた時にはもうそこにいた。
焦りが焦りを生む。
認識が遅れ、反応が遅れる。
応戦しなければ。
この距離では自分の剣は届かない。
一歩踏みこみながら、剣を振る。
まるで泥沼に足を踏み入れたように身体が重かった。
まるで崖から足を踏み出すような不安に襲われた。
反応して振った剣には力がこもっていなかった。
振る前からわかっていた。
自分は、負けるのだ。
振り終えて、ラランの剣さばきを目の当たりにして、
冷や汗がどっと噴き出た。
振った剣には何の感触もなかった。
到底かなう相手じゃない。
どれほど遠くにいるのか見当もつかない。
もしもラランが本物の敵だったなら、絶対に死んでいた。
絶対に。
生き残っていることなど、万に一つもありえない。
かん、とアリエスの剣の刃が地面に落ちた。
アリエスが取り落としたのではない。
切断された刃だけが、落ちたのだ。
ラランは、アリエスの身体を両断できる間合いで、
アリエスの振った剣の刃だけを、綺麗に断ち切っていた。
「イェイ」
アリエスが顔を上げると、
ラランがブイサインをみせ、手を差し伸べていた。
「おれの勝ちだぜ、アリエス」
「うん。君の勝ちだよ、ララン」
アリエスは笑ってため息をつき、ラランの手を取った。