剣士ララン
「ふわ~あぁあ……」
麦わらの山の上にねそべって、男は大あくびをした。
見渡す限りの平原と、青い空に白い雲。
がらがらという音とともに景色は動いていくが、
どうにも退屈で仕方がないようだった。
「大きいあくびだねえ」
御者がいった。
よく肥えた顔に人のよさそうな笑みをうかべている。
「退屈かい?」
「ああ、退屈だ。行けども行けども、
おんなじ景色だもんな。眠くて眠くて」
「はっはっは。そりゃすまないね。だが、私は楽しいよ。
いつもはここを一人で行き来するだけだからね。
話し相手がいるぶん、ずっと楽しい」
「そうかい! そいつは結構なこった!」
男は避難がましく言った。
まるで小さな子供のような、
悪意のない怒りっぷりに御者は苦笑する。
「ははは。すまんすまん。
ところで君はダイナー先生のところのお弟子さんかい?」
「えっ、あんた、先生を知ってんのか?」
「そりゃ知ってるさ。あの村に出入りしていて、
先生を知らない奴はいないよ。そのお弟子さんもね」
「な、頼むよ。おれが英雄祭に出場しに行ったってのは、
黙っててくれよ。な?」
「その様子だと、黙って出てきたのかい?」
「あー……、まあ、そうだな」
「そりゃつまり、一人前じゃないってことか?
英雄祭なんか出て大丈夫かい? ケガするんじゃ―――」
「おれは剣士だぜ? ケガぐれーでビビってたんじゃ、
いつまでたっても一人前なんかなれやしねえよ」
「そうは言ったってなあ……」
「いいんだよ。負けたってそんときゃ、
おれが弱かったってだけの話だ。結構じゃないか。
おれより強え奴がいるってこった」
「ふーん、そんなもんかねえ……。
おっと、見えてきたよ。イーロスの街だ」
男が身を起こして麦わらがガサッと動いた。
イーロスはこの地域の領主が住んでいる古い城下町だ。
まだ街まではかなり距離があったが、
巨大な城壁の存在感に、男は興奮して雄叫びをあげた。
御者はその野性味あふれる叫びに笑みをもらした。
「がんばってきてくれよ、剣士君。
おっと、そういや、君の名前を聞いてなかったな。
なんて名前なんだい?」
「ああ、名乗ってなかったか。悪いな。
おれは、ラランだ」
すぐそばで麦わらが動く音がした。
御者が振り返ると、ラランが手を差し出していた。
目があうと、にっと歯を見せて笑う。
「よく覚えとけよ、いつか英雄になる男の名前だからな」
「ほー。それはそれは、」
御者はラランの手を握り返しながら言った。
「未来の英雄を馬車にのせられて、光栄だよ、私は」
***
イーロスの街には大勢の人が入ろうとつめかけていた。
大半は商人のようだったが、旅行者や、
腕に覚えのありそうな者の姿もちらほら見えた。
英雄祭の観戦者や出場者だろう。
街の入り口の検問は大忙しだった。
「はい、次ー……。っと、ずいぶんと大きい剣だな」
「目の付け所がいいな、おっさん!」
「おっさんじゃねえ! ほら、出せ、その剣」
「なっ!? 取り上げようってのか、そりゃ横暴だぜ!」
「そんなわけないだろ! 検問だぞ、ここは!
ちゃんと記録するから見せろって言ってるんだよ!」
「あー……はいはい。そーならそうと、
早く言ってくれよ。勘違いしちまったよ……」
「ったく……」
ラランは背負っていた刀を鞘ごと外して、
門番につきつけた。
門番は刀を受けとり、しげしげと眺めた。
「……本当に大きいな、これ。抜けるのか?」
「当たり前だろ。抜けないで背負うバカがいるかよ」
「本当に口の減らないやつだな……。
坊主、名前は?」
「ララン」
「ラランね。片刃の剣、一振り。長さは、えー……」
「まだか?」
「終わったよ。ほら」
「どーも」
「英雄祭に出るのか?」
「ああ。優勝する」
「聞いてねえよ。ま、がんばれや」
「ああ! おっさんもな!」
「おっさんじゃねえ! ……ったく」
刀を担いでずんずん歩いていくラランの後ろ姿をみて、
門番は苦笑した。
普段は大会の結果など気にもしないが、
今回はチェックしてみてもいいかもしれないと思った。
「はい、次の人どうぞ!」