第9街 ~~おつかい2."っぽい"服~~
「やばやばっ。急がないとっ」
ベルタが去ってからも、ベルタの絵にすっかり見入っていたリッコは、ようやく我に返った。
それから、周りをキョロキョロ見渡し、この場所をしっかり記憶してから、慌てて駆け出した。
タプタコの街の長い階段を一段飛ばし、時には二段飛ばしで駆け上がる、駆け下りる。
リッコがあまりにも急いでいたので、露店のおじさんおばさんに驚かれ、それがその勢いのまま戻ってきたのでまた驚かれた。
シンプルに言えば、急ぎすぎて微妙に迷子になっていた。
「はぁはぁ……。えっと、今この広場だから……近づいてるよね……?」
広場の龍の彫刻をペチペチ叩きながら、リッコは現在位置を確認する。
改めてオーネの地図を見返して、「よし」と両手で頬を叩いて気合を入れ直した。
リッコが再び走り始めた、その時。
「あーーーぶないっ、よーーー」
「えっ?」
リッコがかすかに声のしたほうを見ると。
坂の上から、何かがゴロゴロと転がってきた。
ひとつ、ふたつ。
みっつよっついつつむっつななつ。
「わっわっわっ、メロンっ!?」
この季節はよく見かけているので、リッコはその正体にすぐ気づいた。
ラグビーボールのような色と形。
いっぱいのメロンだ。
「よーーーけーてーー」
上のほうで誰かが小さく叫んでいる。
リッコは一瞬そちらに目を向けかけたが、すぐに迫ってくるメロンの群れに視線を戻した。
「もっ……たいないっ!」
リッコはとっさの状況判断で──手足をピンと伸ばして、道路に横になった。
「んっ、うぅっ!」
手と足、太ももにメロンが転がってくる。
「よし、キャッチぐふぅっ!」
少し遅れて、お腹に直撃。
思ったより痛みはなかったものの、油断していたので少しダメージを受けた。
「いたた……他のはっ……あっ……ふぅ、よかった……」
受け止めたメロンを支えながらリッコが振り返ると、リッコが捕まえ損ねたメロンは、他の通行人たちが受け止めてくれていて、リッコから見える限りは全て無事だった。
「あーーりがと、ねー……」
どこかふらふらした足取りで、誰かが降りてくる。
その服装が街守のものだったので、リッコの胸は高鳴った。
ぼさぼさの長い黒髪。
吸い込まれそうなアメジスト色の瞳。
リッコが今まで見たことのない街守だった。
しかし今のリッコはおつかいのことに頭がいっぱいで、それどころではなかった。
「いえいえっ! 急いでるのでこれでっ」
押し付けるようにメロンを渡すと、すぐに服屋に「待ーーーっ、て……」ぐいっ。
「はわわ、なんですかっ?」
「怪我してる、よーー……あと、バタバタしてる、ねーー……」
黒髪の街守は、リッコにひざまずく。そしてリッコの、いつの間にか赤くなったヒザにそっと頭を添えた。
リッコは、そこに触れられて始めて傷に気付き、少しの痛みを感じた。
風が止んだ。
「"痛みよ眠れ。私と共に。痛みよ止まれ。凪の潮時まで"」
星がまたたくような声だ、とリッコは感じた。
遠くから響くような。
優しく控え目に見守るような。
リッコのヒザのあたりが淡く薄く輝き、やがて落ち着いた。
「あ……ありがとう、ございます……」
痛みが引いたので、リッコは頭を下げて礼を言った。
すると黒髪の街守は、ゆっくり首を振った。
「こっちがお礼、だからーー……。それにーー、後でちゃんと……痛むよーーー。必要なことだからねーー……」
最後のほうは脅かすように言って、お化けのポーズ。
リッコは思わずクスリと笑って、黒髪の街守もニコリとした。
「あとーー、そのお店なら、この路が近いよー」
「えっ?」
黒髪の街守は、「よいしょ」と、リッコのポケットからはみ出したメモをそっとポケットに戻した。
「あ、ありがとうございます!」
「いいよーー。そのお店を知らない街守は、いないからーー」
黒髪の街守は、ひらひらと手を振った。
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「あっ……名前、聞きそびれちゃった……」
リッコがそう気付いたのは、服屋にようやくたどり着いたタイミングだった。
服屋は歴史を感じさせる大きな木製の扉。
少し見える限りでも、中に並んでいるのはリッコが着たこともないような大人服だ。
「オーネさんの服なのかな……?」
おつかいの中身を想像しつつ、リッコはおそるおそるドアを押し開ける。
「すみませーん……」
返事はない。
灯かりはついているが、人の姿はなかった。
店の中は、服よりも服の材料のほうが多かった。服屋というより仕立て屋のようだ。濃い茶色の床や、少し暗い照明に、リッコはどこか洞窟みを感じた。
「あっ! これ、街守の制服! ちょっとずつ違う?」
リッコは、街守の制服がかかっているエリアに興奮を隠せなかった。
夏服、冬服というだけではない。色々が、いくつもあった。
制服の隣に書かれている数字を見て、リッコは年代別のものか、と理解した。
「できとるよ。持ってきな」
「ひゃいっ!?」
突然の太い声に、リッコは飛び上がって驚いた。
「リッコだろう? オーネの言う通りだな」
「はっはい……あの、オーネさんはなんて……?」
「さあてね」
店主の男性は、リッコにぐい、と箱を押し付けた。リッコは受け取る。
「見たところ問題なさそうだが、何かあれば来なさい」
店主の男性は、リッコを上から下まで眺めた。仕立て屋さんっぽい仕草だな、とリッコは思った。それから、「んん?」、と何か違和感に首を傾げた。
「ま、背筋を伸ばして頑張りな」
リッコが考えている内に、店主の男性は店の奥に姿を消してしまった。
「あっ、ありがとうございましたー!」
リッコは慌てて頭を下げて、店を後にしたのだった。
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リッコが帰るころには、すっかり日が暮れていた。
「ふふ、そう。冒険だったわね」
オーネは綺麗に切ったメロンを食卓に並べた。リッコは、今日はメロンに縁があるな、と思った。
「はいっ、すっごく面白かったです! それで、これ……」
リッコは箱をオーネに渡す。するとオーネは、ほほ笑んで箱を渡し返した。
「開けていいわよ。リッコちゃんのだから」
「えっ? あっ、あー!」
リッコは驚いてから、服屋の店主の言葉を思い出して納得した。
リッコはおずおずと箱を開け、服を眺める。
「こっ、これ……街守の夏服っ…………っぽい服!!!」
「ジャスト表現ね、リッコちゃん。そう、それは……特別に作ってもらった、街守の夏服……っぽい服よ!」
リッコは嬉しさと、なんとも言えない気持ちに襲われたが、結局嬉しさのほうが勝って、服をぎゅっと抱きしめた。
「あ、ありがとうございます、オーネさん! 今着てきていいですかっ?」
「ふふ。またすぐ着替えることになると思うけど、いいわよ……ってもう」
オーネが言い終わる前に、リッコはもう自分の部屋へ向かっていた。
バタン、と勢いよくドアが閉じられる。
がさがさがさ!
ばたばたばた!
「……ど、どうですか……?」
リッコはくるっと一周する。
半袖に、少し短めのスカート。
眩しいくらいの白。
「あら~~! リッコちゃん、大陸一似合うわね~!」
オーネはリッコを無限によしよしする。リッコは照れた。
「正式なのは、正式になってからね」
「い、いえわたしっ……ずっとこれでもいいくらい嬉しいですよっ」
リッコの言葉に、オーネは「あら」、と言ってから口元を隠した。それから、
「メロン、食べましょうか。これ、ソノちゃんのよ。お礼だって」
「ソノちゃん……?」
「あの黒髪の子」
「あー! 名前聞き忘れてたんですっ」
「ふふ、食べながら詳しく聞かせてちょうだい。服は……そのままでもいいけど……」
「絶対汚しませんからっ」
「いいのよ。汚れたら洗えばいいんだから」
そしてリッコは、案の定はしゃぎすぎて、メロンを服にちょっとこぼして泣いた。さらにソノの言った通り、昼間のヒザの痛みもぶり返してきてもっと泣いた。
それでもシミになると悲しいので、泣きながら服を水洗いしたのだった。




