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9/12

第9街 ~~おつかい2."っぽい"服~~

「やばやばっ。急がないとっ」



 ベルタが去ってからも、ベルタの絵にすっかり見入っていたリッコは、ようやく我に返った。

 それから、周りをキョロキョロ見渡し、この場所をしっかり記憶してから、慌てて駆け出した。


 タプタコの街の長い階段を一段飛ばし、時には二段飛ばしで駆け上がる、駆け下りる。

 リッコがあまりにも急いでいたので、露店のおじさんおばさんに驚かれ、それがその勢いのまま戻ってきたのでまた驚かれた。


 

 シンプルに言えば、急ぎすぎて微妙に迷子になっていた。



「はぁはぁ……。えっと、今この広場だから……近づいてるよね……?」


 広場の龍の彫刻をペチペチ叩きながら、リッコは現在位置を確認する。

 改めてオーネの地図を見返して、「よし」と両手で頬を叩いて気合を入れ直した。



 リッコが再び走り始めた、その時。




「あーーーぶないっ、よーーー」



「えっ?」


 リッコがかすかに声のしたほうを見ると。




 坂の上から、何かがゴロゴロと転がってきた。




 ひとつ、ふたつ。


 みっつよっついつつむっつななつ。



「わっわっわっ、メロンっ!?」


 この季節はよく見かけているので、リッコはその正体にすぐ気づいた。

 ラグビーボールのような色と形。

 いっぱいのメロンだ。 



「よーーーけーてーー」



 上のほうで誰かが小さく叫んでいる。

 リッコは一瞬そちらに目を向けかけたが、すぐに迫ってくるメロンの群れに視線を戻した。


「もっ……たいないっ!」


 リッコはとっさの状況判断で──手足をピンと伸ばして、道路に横になった。


「んっ、うぅっ!」


 手と足、太ももにメロンが転がってくる。


「よし、キャッチぐふぅっ!」


 少し遅れて、お腹に直撃。

 思ったより痛みはなかったものの、油断していたので少しダメージを受けた。


「いたた……他のはっ……あっ……ふぅ、よかった……」


 受け止めたメロンを支えながらリッコが振り返ると、リッコが捕まえ損ねたメロンは、他の通行人たちが受け止めてくれていて、リッコから見える限りは全て無事だった。



「あーーりがと、ねー……」



 どこかふらふらした足取りで、誰かが降りてくる。

 その服装が街守のものだったので、リッコの胸は高鳴った。


 ぼさぼさの長い黒髪。

 吸い込まれそうなアメジスト色の瞳。


 リッコが今まで見たことのない街守だった。

 しかし今のリッコはおつかいのことに頭がいっぱいで、それどころではなかった。


「いえいえっ! 急いでるのでこれでっ」


 押し付けるようにメロンを渡すと、すぐに服屋に「待ーーーっ、て……」ぐいっ。


「はわわ、なんですかっ?」


「怪我してる、よーー……あと、バタバタしてる、ねーー……」


 黒髪の街守は、リッコにひざまずく。そしてリッコの、いつの間にか赤くなったヒザにそっと頭を添えた。

 リッコは、そこに触れられて始めて傷に気付き、少しの痛みを感じた。





 風が止んだ。




「"痛みよ眠れ。私と共に。痛みよ止まれ。凪の潮時まで"」



  

 星がまたたくような声だ、とリッコは感じた。

 遠くから響くような。

 優しく控え目に見守るような。


 リッコのヒザのあたりが淡く薄く輝き、やがて落ち着いた。

 

「あ……ありがとう、ございます……」

 

 痛みが引いたので、リッコは頭を下げて礼を言った。

 すると黒髪の街守は、ゆっくり首を振った。


「こっちがお礼、だからーー……。それにーー、後でちゃんと……痛むよーーー。必要なことだからねーー……」


 最後のほうは脅かすように言って、お化けのポーズ。

 リッコは思わずクスリと笑って、黒髪の街守もニコリとした。


「あとーー、そのお店なら、この(みち)が近いよー」


「えっ?」


 黒髪の街守は、「よいしょ」と、リッコのポケットからはみ出したメモをそっとポケットに戻した。


「あ、ありがとうございます!」


「いいよーー。そのお店を知らない街守は、いないからーー」


 黒髪の街守は、ひらひらと手を振った。



----------------------------------------------------



「あっ……名前、聞きそびれちゃった……」


 リッコがそう気付いたのは、服屋にようやくたどり着いたタイミングだった。


 服屋は歴史を感じさせる大きな木製の扉。

 少し見える限りでも、中に並んでいるのはリッコが着たこともないような大人服だ。


「オーネさんの服なのかな……?」


 おつかいの中身を想像しつつ、リッコはおそるおそるドアを押し開ける。


「すみませーん……」


 返事はない。

 灯かりはついているが、人の姿はなかった。


 店の中は、服よりも服の材料のほうが多かった。服屋というより仕立て屋のようだ。濃い茶色の床や、少し暗い照明に、リッコはどこか洞窟みを感じた。


「あっ! これ、街守の制服! ちょっとずつ違う?」


 リッコは、街守の制服がかかっているエリアに興奮を隠せなかった。

 夏服、冬服というだけではない。色々が、いくつもあった。

 制服の隣に書かれている数字を見て、リッコは年代別のものか、と理解した。




「できとるよ。持ってきな」




「ひゃいっ!?」


 突然の太い声に、リッコは飛び上がって驚いた。


「リッコだろう? オーネ(おてんば娘)の言う通りだな」


「はっはい……あの、オーネさんはなんて……?」


「さあてね」


 店主の男性は、リッコにぐい、と箱を押し付けた。リッコは受け取る。


「見たところ問題なさそうだが、何かあれば来なさい」


 店主の男性は、リッコを上から下まで眺めた。仕立て屋さんっぽい仕草だな、とリッコは思った。それから、「んん?」、と何か違和感に首を傾げた。


「ま、背筋を伸ばして頑張りな」


 リッコが考えている内に、店主の男性は店の奥に姿を消してしまった。


「あっ、ありがとうございましたー!」


 リッコは慌てて頭を下げて、店を後にしたのだった。


----------------------------------------------------



 リッコが帰るころには、すっかり日が暮れていた。


「ふふ、そう。冒険だったわね」


 オーネは綺麗に切ったメロンを食卓に並べた。リッコは、今日はメロンに縁があるな、と思った。


「はいっ、すっごく面白かったです! それで、これ……」


 リッコは箱をオーネに渡す。するとオーネは、ほほ笑んで箱を渡し返した。


「開けていいわよ。リッコちゃんのだから」


「えっ? あっ、あー!」


 リッコは驚いてから、服屋の店主の言葉を思い出して納得した。

 リッコはおずおずと箱を開け、服を眺める。




「こっ、これ……街守の夏服っ…………っぽい服!!!」




「ジャスト表現ね、リッコちゃん。そう、それは……特別に作ってもらった、街守の夏服……っぽい服よ!」


 リッコは嬉しさと、なんとも言えない気持ちに襲われたが、結局嬉しさのほうが勝って、服をぎゅっと抱きしめた。


「あ、ありがとうございます、オーネさん! 今着てきていいですかっ?」


「ふふ。またすぐ着替えることになると思うけど、いいわよ……ってもう」


 オーネが言い終わる前に、リッコはもう自分の部屋へ向かっていた。

 バタン、と勢いよくドアが閉じられる。



 がさがさがさ!

 ばたばたばた!

 


「……ど、どうですか……?」


 リッコはくるっと一周する。

 半袖に、少し短めのスカート。

 眩しいくらいの白。


「あら~~! リッコちゃん、大陸一似合うわね~!」


 オーネはリッコを無限によしよしする。リッコは照れた。


「正式なのは、正式になってからね」


「い、いえわたしっ……ずっとこれでもいいくらい嬉しいですよっ」


 リッコの言葉に、オーネは「あら」、と言ってから口元を隠した。それから、



「メロン、食べましょうか。これ、ソノちゃんのよ。お礼だって」


「ソノちゃん……?」


「あの黒髪の子」


「あー! 名前聞き忘れてたんですっ」


「ふふ、食べながら詳しく聞かせてちょうだい。服は……そのままでもいいけど……」


「絶対汚しませんからっ」


「いいのよ。汚れたら洗えばいいんだから」



 そしてリッコは、案の定はしゃぎすぎて、メロンを服にちょっとこぼして泣いた。さらにソノの言った通り、昼間のヒザの痛みもぶり返してきてもっと泣いた。

 それでもシミになると悲しいので、泣きながら服を水洗いしたのだった。

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