第8街 ~~おつかい1.路地裏に未来の夢~~
とある、春と夏の間くらいの昼下がり。
「タカタカタカタカタカタカ……タタンッ!」
オーネは首から提げたドラムで音を鳴らしながら、口でも言った。
リッコは反射的に、ビシッと気を付けをした。
「今日はリッコちゃんに、一人でお仕事をしてもらいますっ」
「おおー……えっ!? いいんですか!?」
「もちろん。ここにね……荷物を取りに行って欲しいのよ」
オーネはリッコにメモを渡す。リッコは目を皿のようにして見る。
書いてあったのは、住所と地図と、合言葉だ。
「ここは……服屋さん、ですか?」
「ええ。量は多くないから安心して。聞いておきたいこと、あるかしら?」
リッコはむむむ、と考える。
リッコは文字の読み書きができるので、住所と地図のおかげで場所は大体わかる。
通り過ぎたことはあるが、よく知っているわけでもない……というくらいの場所だった。
「大丈夫ですっ! も、もう行ってもいいですか!?」
リッコはその場でパタパタ足踏みする。
オーネはどうどう、とリッコをなだめた。
「今日は日差しが強いから、はい。それとこれもね」
オーネはリッコに、網目の荒い麦わら帽子を被せ、水筒を肩にかけさせた。
「あ、ありがとうございます!」
「それじゃ気をつけて。……リッコちゃんゴー!!」
「はいっ!!」
リッコは駆け出した。
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夏めいた、少し強い日差し。
厚みのある雲。
カラッとした空気。
その中を、風をまとってリッコは駆け降りる。
「気持ちいいなぁ」
額ににじんだ汗をぐいっと拭ったリッコは、ふと、細い路地裏の奥に、見覚えのある人を見つけて立ち止まった。
「あっ、ベルタさん!!」
リッコがぶつからんばかりの勢いでベルタに近づいていくと、ベルタは少し慌てて「うにゃっ」という顔をした。
ベルタは背もたれもない椅子から立ち上がろうとしたが、諦めたように肩をすくめて座り直した。
「よく気付いたね。こんな細い路地の突き当りに」
「なんか、気付きましたっ。えへへっ」
リッコはあたりを見渡す。
細く、行き止まりの路地。
何かのお店の裏手のようだが、建物は作り途中で止まっているようだ。
路地には小さなタルや箱など、何かの準備の跡だけが残っている。
「あのっ、桜、ありがとうございました! 綺麗なのが見れましたよっ!」
「ああ、それはよかった。あれは僕の趣味にとても合っていてね。花は枯れるから美しい。そうは思わないかい?」
「うーんと……ずっと咲いてたら、嬉しいと思います!」
「そういう感性もある」
ベルタは深く頷いて、壁のほうを向いた。
「きみが見つけたところを見つけてしまったのは残念だけど……まあ、それも味かな」
リッコもベルタと同じところを見る。
そこには、ややくすんだ白の壁に、ピンク色だけで、リッコが見た先日の桜が描かれていた。ピンク色の濃淡だけで、充分に立体感が表現されている。
桜はリッコが見たものより成長した姿。
そして、それを見る女性の後ろ姿も、同様にピンク一色で描かれている。
両手を広げて、桜の花びらをいっぱいに浴びるように。
リッコは、直感的に「わたし?」と思ったが、身長と服装に気付いてすぐに「違うかぁ」、と思い直した。
「これ、街守さんの制服ですよね? 誰なんですかっ?」
ベルタはふふふ、と楽しそうに笑い、ピピピーと、口笛を鳴らす。
そして、
「もちろん、きみさ」
「ええぇええっ!?!?!?」
リッコは飛び上がって驚いた。ベルタはリッコの飛び上がりっぷりに「うにゃっ」と驚いた。
「で、でもわたし、こんなにスタイルよくないし……街守見習いだし……」
「うん。つまりこれは、未来の切り取りさ。望む人がいれば、こういう景色もある」
リッコは絵をじっと見つめる。
今にも動き出しそうなその絵に、自分はたどり着けるだろうか、と。
「あのっ、これ……ありがとうございます! あっそうだ! 写真機とか……今は持ってないんですけど、撮っていいですか!?」
「だめ」
ベルタは首を振って即答した。
「だめっ!?」
「だって写真を撮ったら、家でじっくり眺めるだろう?」
「もちろんですっ!」
「それは僕の絵じゃない。僕は僕を複製しない。作品だけ残して、それも順番に消え去って欲しい。その時に生じる後味を感じて欲しい。……わかるかい?」
「……それって、なんだかとっても……寂しい気がします」
「そういう感じ方もある」
ベルタは優しくほほ笑み、ゆっくりと頷いた。
「その感じが、僕は好きなのさ。だから絵も、こっそりとした場所に、こっそり消えるように描いている。時々怒られるけど、まあ、知らないね」
ベルタはウインクした。
それから椅子と画材を持ってよいしょ、と立ち上がった。
「それじゃ、次のこっそりでまた会おう」
「なんだか……サンタさんみたいですねっ」
リッコの感想に、ベルタは少し眉をひそめてから、ほほ笑んで言った。
「まあ、そういう面もあるかもしれない。サンタが夢を叶えるように、僕は一夜の夢でありたいね」