第7街 ~~きっとまた咲く~~
「オーネさん、桜っ、見に行きませんか?」
とあるのどかな昼下がり。
リッコは前のめりな姿勢でそう言った。
「サクラ……?」
オーネは首を捻る。しかし少し考える仕草をしてから、ポン、と手を打った。
「ああ! あれ、ついに上手くいったの? というかリッコちゃん、よく知ってるわね」
「あっ、えっとえっと……街に会った人に聞きました!」
リッコは、桜の話をベルタから聞いていた。しかし詳しく話すと道路で寝転んでいたことも話さなくてはいけないため、ぼやかした。
話したところでオーネがひどく叱ることはない、とわかっていても、なんとなく言いづらいものがあった。
「ふぅん?」
オーネは一瞬好奇心に目を輝かせたが、一度目を閉じると、いつもの微笑みに戻った。
「じゃ、行ってみましょうか。結構歩くから、早めに出ましょう」
「はーい!」
-------------------------------------------
のどかな街並みを、二人は歩く。
「何年前だったかしらね……。どこかの街で、見たことのない恰好の商人さんに苗木をいくつかもらったのよ」
オーネはほとんど目をつぶるようにして歩いている。過去を思い返しているようだった。リッコは少しハラハラしながら隣を歩く。
「で、持って帰ってきて、『これ育つ?』ってダリアちゃんに聞いたら『簡単に言わないでください』って怒られちゃってね。ごめんなさいしたんだけど。それから色々……本当に色々頑張ってくれて、上手くいった……のかしらね?」
「た、たぶん……。『明日には綺麗かわからないよ』って言ってましたけど……」
「あらぁ。ま、その時はその時ね」
その時、ふと。
少し強い春風が吹いた。
「あっ……オーネさんっ」
「わぁ……」
リッコには、曲がり角から吹いてきた、風の波がはっきり見えた。
その正体は、白みがかったピンク色の、透き通るような花びらたち。
歓迎するように、さあぁっ、と二人を撫でて通り過ぎて行った。
二人は思わず駆け出していた。
そして、曲がり角で、同時に立ち止まる。
「おおー……」
「はわー……」
桜の花びらが、ちょうど散るところだった。
風に乗ってゆらゆらと、どこまでも運ばれていく。
桜の木の高さはリッコより少し大きいくらいで、幹は想像よりずっと細い。
それでもたくさんの花びらが、穏やかに咲き誇っていて。
今それが、役目を終えて、手を振りながら順番にどこかへ帰っていくように、リッコには見えた。
「またねー!」
風の中で、リッコは手を振った。
オーネは微笑んでいる。
街がほんの数十秒、あるいは数秒だけ、特別な色に染まって、やがて風が止んだ。
「きれい……でしたね」
「そうね」
「ま、また……咲きますよね?」
「ええ、きっと。ほら」
オーネは指さす。
リッコがそちらを向くとそこには、日当たりのよい大きな街路に沿って、桜の木が何本か植えられていた。
「これから増やしていくみたい。来年はもっとすごいわよ、きっと」
「えへへ、楽しみです!」
「リッコちゃん、教えてくれてありがとうね」
オーネはリッコをよしよしする。
「えへへ~、それを言うならベルタさんですっ。また会えるといいんですけど……」
「ふふ。私の分もよろしくね」
リッコは、大通りいっぱい咲き誇る桜を想像して、どきどきした。
リッコはオーネに振り返り、両手を広げる。
「こんなところがあって、こんな素敵なものがあるなんて、わたし、全然知りませんでしたっ」
「私もよ。まだまだ、この街の中でさえ、知らないことばかりね」
「もっと色んな人に教えて欲しいし……見つけたら、オーネさんに伝えていいですかっ?」
「もちろん。私だけじゃなくて、みんなにね」
「あっ、そうですよね! えへへ~、楽しみですっ」
リッコはもう一度、大通りを見る。
散ってしまった、桜の木たち。
それらがとても希望に満ちた誇らしいものに、リッコには見えたのだった。
-------------------------------------------
「でも、この大通りにずらっと植えていくって……すっごく大変そうですよね」
「そうなのよね~。手伝うって言ってるんだけど、全然やらせてくれなくて」
「……ちょっとわかる気がします」
「そうなのっ!?」