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第5街 ~~"おもちゃ配りすぎおじさん"~~

 起伏の多いタプタコの街の中でも、特に見晴らしがよくて日当たりがいい場所に、その建物はあった。

 

「ほ、本当に行くんですかっ?」


 リッコは、オーネの背中に隠れながら言った。

 オーネは、リッコをよしよししながら、


「大丈夫大丈夫。怖くないわよ」


「ほんとですかっ?」


「ほんとほんと。……変ではあるけど」


「それはそれでヤですーっ!」


 リッコの猛抗議に足止めされることなく、オーネはリッコを引きずるように支え、ずいずい進んでいく。


 二人が入ったのは、この街の中でもひときわ古い歴史と重要な意味を持つ、厳粛な雰囲気の建物。

 街の庁舎だ。


「こんにちは~。街長かいちょうさんいます~?」


 オーネは、受付の女性に気さくに声をかける。

 受付の女性は、眠そうな表情のまま、右手で方向を指し示しながら、


「ヒゲを長ーくして、お待ちになってますー。いつもの部屋で」


 と、抑揚のない声で言った。


「ありがとね~」


 オーネは爽やかにお礼を言うと、リッコの手を引いてそちらに進む。


「はわわ……天井高い……。あれ、凄いですよね……」


 リッコは現実逃避なのか、庁舎の天井を見上げて驚いている。


「シャンデリア、いいわよね。家に欲しかったんだけど、さすがに狭いから諦めたわ」


 オーネは残念そうに肩を竦めた。



 二人は階段を昇って一番奥の部屋に到着した。

 すると、



「入りたまえ」



 ドアを開けてもいないのに、中から威厳のある男性の声がした。


「大丈夫よリッコちゃん。親戚のおじちゃんだと思っていいから」

「そ、そうなんですかっ?」

「そうそう。この街では、みんな家族よ」


 オーネはためらわずドアを開ける。


 部屋は、左右の壁いっぱいの本棚のせいか、かなり狭く感じた。本棚は古い本でいっぱいだ。

 正面の大きなテーブルに、ヒゲの生えたにこやかな老人が座っている。好奇心いっぱいの二つの瞳が、リッコを見ている。

 リッコは、その老人が発する若々しさに驚いた。オーネと似たものを感じる。


「やぁオーネ、そしてお嬢ちゃん。この日が来るのを、ヒゲを長くして待っていたよ。生憎、今朝美容院に行ってしまったがね」

「相変わらずダンディですわ、ジョージ街長。お話し、伝わっていると思いますけど……この子を、街守見習いとして認めてもらいに来ましたわ」

「うん。うんうん」


 ジョージは大げさに何度も頷く。それから


「オーネ君。この子と内緒話をさせてもらっても?」

「ええ、もちろん。でも、あまり甘やかしちゃダメですよ?」

「任せたまえ。私のあだ名を知っているだろう?」

「はい。では後ほど、"おもちゃ配りすぎおじさん"」


 オーネは、しゃがんでリッコと視線を合わせる。


「ね? 大丈夫そうでしょう?」

「ちょ、ちょっとそんな気はしてきましたけど……」

「ふふ。なんと言っても、この街の長ですもの」


 ぽん、とリッコの頭を叩くように撫でてから、オーネは部屋を出て行った。


 沈黙。


 途端にリッコは心細くなった。


「さて、お嬢さん」


 ジョージは椅子に深く座り、優しいまなざしでリッコを見つめている。


「は、はいっ!」


 リッコはびしっと背筋を伸ばした。

 ジョージは大げさに両肩を上げ、口を尖らせ、白目を剥き、驚いたかのようなリアクションをした。

 それから、また元のにこやかな表情に戻る。


「私のマネをしてみよう。肩をぐるぐるー」

「は、はいっ? ぐるぐるー……」

「首をぐるぐるー」

「首をぐるぐるー……」

「深呼吸。ふー、はー、ふー、はー」

「ふー、はー、ふー……はー」


「素晴らしい! では、お名前を聞かせてくれるかな?」

「はっ、はい……リッコです!」

「グレイトだ。実は私は、君がこれくらい小さい時に会っている」


 ジョージは両手の手のひらを、くっつくギリギリまで近づけて大きさを表現する。


「そ、そうなんですか? そんなに小さいころはなかったと思いますけど……」

「そうなのかい?私にはあったが……最近の若い子はそうなんだねえ」


 ジョージは肩を竦めて立ち上がり、大きな窓の外を見つめた。窓の向こうには、今日も穏やかなタプタコの街が広がっている。


「この街はおじいさんだ。二百年以上のね。街でおじいさんおばあさん、見かけることがあるだろう? どう思う?」

「すっごく……楽しそうでいいな、って思います」

「ああ……最高だ。なら、街もそう思っていることだろう。さて……」


 ジョージの目が真剣みを帯びたので、リッコは身構えた。



「この街の一番好きな場所は?」



 ジョージにそう聞かれて、リッコはすぐ"最初の仕事"を思い出した。


「それは……オーネさんがいるところです!」


 リッコは胸を張って即答し、ジョージは口笛を吹く。


「……言わされてない?」

「ませんっ!」

「うん、そのようだ。すまない、ありがとう」


 ジョージは満足げに頷いてから、席に戻った。


「正直、オーネ君が二人に増えると、おじさん、困っちゃうんだが……」

「そ、そんなことな……いですよっ。百人いても嬉しいですっ」


 日頃のオーネの言動を思い出して、リッコも危うく同意しかけたが、勢いでごまかした。


「うん、それはそれは賑やかになるだろう。

 ……それにしても君はいい子だ。いい子にはプレゼントあげよう」


 ジョージは後ろの棚をゴソゴソやって、何かを取り出した。

 ジョージは内緒話をするポーズで、声をひそめる。


「これは私のとっておきだ。君がとてもいい子だから、特別だよ」


 ジョージがリッコに見せたのは、キラキラしたおもちゃだった。

 より細かく言えば、頭に矢印を乗せたコマだった。


「これを回すと……」


 ジョージがコマを回す。コマはふらふらと回ってからパタンと倒れ、一方を指し示す。


「このように、向かうべきところを教えてくれる。気まぐれにね。どうだい?」


「こ、これ……」


 リッコはしばし硬直してから、



「すっごく面白いですね!! きれいだし!!」



 素直にそう答えた。

 ジョージは「そうだろうそうだろう」と満足げに頷く。


「では、ここにサインを頼む。誰に何をあげたか忘れてしまうからね」


 ジョージは紙と鉛筆を出した。


「い、いいんですか? こんな素敵なもの……」

「いいんだ。君のほうが可愛がってくれそうだしね」

「えへへ、ありがとうございます…大事にしますっ!」


 リッコは迷わずサインをした。

 ジョージはそれを見て、感心したように頷いた。


「オーネ君が、教える側になる日が来るとはなぁ」

「はいっ?」

「いやすまない、独り言だ。歳を取るとね」


 ジョージは自分の肩をとんとん叩く。それから、


「よし、合格! 百点満点中の一億点!! 君を正式な街守見習いと認めよう!」


 唐突に言った。


「ええっ!? あ、ありがとうございます!?」


 リッコは驚きながら、大きくお辞儀をする。


「うんうん。それじゃ最初のお仕事だが……オーネ君を呼んできてくれたまえ。一応お話しをしないとね」

「は、はいっ! ありがとうございました!!」


 リッコはジョージからもらったおもちゃをしっかり持って、退出した。



「あらリッコちゃん。やっぱりもらったのね」


 オーネはリッコが両手に抱えるおもちゃを見て、懐かしむようにほほ笑んだ。


「は、はいっ。それでその、ジョージさんが呼んでます」

「ええ。リッコちゃんの自慢、してくるわ」


 オーネはリッコをよしよししてから、ジョージのいる部屋に入って行った。


「はぁ……」


 一人になったリッコは、ぺたりと地面に座り込む。

 リッコは、もっとテストのようなことをやらされると思っていたが、そんなことはなくて拍子抜けした。

 "街の一番好きな場所"を聞かれたところがそうだったのかな、と首を傾げる。

 

 とにかく、リッコは安心した。

 

 街長さんが怖くなさそうで。

 街守見習いになることを、ダメと言われないで。

 そして何より、オーネにガッカリされることにはならなそうで。


 そして今更ながら、


「街守になるって、どういうことなんだろう……」


 と疑問に思った。

 リッコは今まで、漠然と「オーネのようになりたい」と思っていた。

 しかし街長や、街の人々に立派な街守だと認めてもらうには、それでいいのだろうか……という気もしてきた。

 もちろんオーネは立派な街守だが、自分がオーネのようになれる気も今はしない。

 だとしたら、いつまで経っても半人前……ということにならないだろうか。


「うーん……わかんない!」


 リッコはオーネが戻ってくるまで、ずっと廊下でうんうん唸って考えていたが、結局答えは出なかったのだった。

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