第4街 ~~郵便ポストと仲良くなる~~
「……ん……」
ふと。
リッコと目が合った相手は、四角く平べったい目をしていた。
「リッコちゃん、どうしたの?」
一緒に歩いていたオーネも、つられてそれを見る。
タプタコの街によくある、青い筒状のポストだ。リッコの腰ぐらいの高さがある。
「オーネさん。よく見ると……これ、かわいいですよね」
リッコは、何やら真面目な顔で言った。
「えっ? まぁ……そうね?」
丸っこいフォルムに、投函口がふたつ。
あとは多少の凸凹がある程度の、シンプルな造りだ。
しかし確かに、よく見ると可愛げがあるようにも見える……かもしれない、とオーネは思った。
「わたし、今……ふつうに、通り過ぎるところだったんです」
リッコは、郵便ポストをよしよしする。つるつるとザラザラの感触。
「それって、ふつうのことなのに……なんだかちょっと寂しくて……」
「……ふふ。じゃあリッコちゃん、どうしたいの?」
オーネが優しく問いかけると、リッコはしばらくぺたぺたと郵便ポストを触ってから、
「わたし……この子と、仲良くなりたいですっ!」
そう叫ぶように言った。
オーネは少し目を丸くしたが、すぐに微笑んだ。
「それは……素敵ねっ」
「でも、どうやったら仲良くなれますかっ?」
「あら、そんなの簡単よ。ええっと……」
オーネは周りをきょろきょろと見渡す。それから、近くにあった家のベルを鳴らした。
「ミッちゃーん。いるー?」
オーネが声をかける。ややあって、中から眠そうな顔をした女性が出てきた。オーネと同じくらいの年齢に見える。
「んう……なんだい、オッちゃん」
「ちょっと便箋と鉛筆と、あ、電話と雑巾とバケツと、あとリボンとか貸して欲しいんだけどー」
「いいよー……好きに使って……ぐぅ」
女性は立ったまま寝た。
「ありがとミッちゃん、布団で寝ようね。かもん、リッコちゃん」
「お、お邪魔します……」
ミッちゃんと呼ばれた女性の部屋はやや散らかっていた。
オーネはそれらをテキパキ整理しつつ、鉛筆と便箋を、場所を知っているかのようにすぐ見つけ、テーブルに置いた。
「郵便ポストと仲良くなるなら、やっぱりお手紙よね」
「そ、そうですよねっ! それじゃ……オーネさんに出してもいいですかっ?」
「あら、いいけど……お友達でもいいのよ?」
「と、友達は……まだいなくて……」
リッコがもじもじしながらそう言ったので、オーネはきょとんして首を捻った。
「リッコちゃんよく遊んでるじゃない。色んな人と」
「そ、そうなんですけど……まだよく知らないし……友達には早いかな? って……」
「ふぅん……? ……まっまっ、お手紙書きましょっか! 私は、誰にしようかしら……」
それからしばらく、二人は黙々と手紙を書いた。ミッちゃんはいびきをかいて爆睡している。
「で、できましたっ」
「ふふ、見ていい?」
「ま、まだだめですっ」
オーネが軽くのぞこうとすると、リッコは手紙を慌てて体の後ろに隠した。
「ふふ……。それじゃ、読んでのお楽しみにしましょうか」
オーネは手紙の束をまとめた。リッコが手紙を一通書く間に、オーネはたくさん書いていた上に、どこかに電話をかけたりしていた。
それから、オーネは腕をまくる。
「じゃ、ポストさんのお掃除、しましょうか」
「お掃除、ですか?」
「ええ。大事なお手紙を受け取ってもらうんですもの。こういうお礼の仕方もあるでしょう?」
「それ……あると思いますっ」
ということで、二人は郵便ポストの掃除を始めた。
重曹水で湿らせた雑巾で、丁寧に水拭きする。細かいすき間は、ハケで汚れを落とした。
そこまで大きな郵便ポストではないので、三十分ほどでピカピカになった。
「ふぅ……やったわね」
「はいっ、とっても綺麗になりました!」
「それと、はい」
オーネは、何色かの紐をリッコに手渡した。
「これは……?」
「飾りつけ、してあげない? 許可はもらってるから」
「いいんですかっ? なら、やってみますっ」
リッコは、郵便ポストの頭らしき部分の左右にリボンをつけた。
「まぁ、かわいい」
「えへへ~」
「それじゃ、片付けと手洗いをしてから……手紙、出しましょうか!」
「あっ、そうでした!」
二人はミッちゃんの家に戻って、片付けと手洗いを済ませた。
それから用意した手紙を持った。オーネは手紙のひとつを、爆睡しているミッちゃんの隣にそっと置いた。
「いつもありがと、ミッちゃん。今度は夜に会いましょうね」
オーネはミッちゃんに、起こさないようにリボンをつけた。
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二人は再び郵便ポストの前に来た。
「オーネさん、いっぱいですねっ」
ずしりと分厚い手紙の束を見て、リッコが言う。
オーネは少し微笑んで、
「こういう機会でもないと、手紙を出しづらい人もいるのよね」
と言ってから、えいっ、と手紙をポストに投げ込んだ。
「あっ、ずるいです! わたしも、えいっ」
二人の手紙が、ポストに吸い込まれる。
二人は見つめ合って、今日の青空のように爽やかに笑った。
「これで、友達になれたかしら?」
「仲良くはなれた……と思いますけど……ポストの気持ちもわからないから……うーん?」
「ああ……なるほどね。私は、ちょっと遊んだらお友達だと思ってるけど……」
オーネはリッコをよしよしする。
一緒に、ポストもよしよしする。
そして、慈しむように言った。
「こうやって、通り過ぎるだけだったものに……自分で意味をつけていくのは、すごく楽しいことだと思うわ。人でも、ものでも。街のどこに行っても、こういうものばかりだったら……いいと思わない?」
「はいっ。……オーネさんは、わたしよりいっぱい宝物があるんですよね。いいなぁ」
「ふふ、いいでしょ~。……でも、リッコちゃんも、ちゃんとわたしの宝物よっ。よいしょっ」
リッコはオーネを持ち上げて、くるくる回す。リッコは驚きながらも、無邪気に笑う。
「わたしもこれから、いっぱい増やしますっ。宝物っ」
「ええ、頑張って。私にも教えてちょうだいね」
じゃれあう二人を、リボンをつけた郵便ポストが静かに見ていた。