第2街 ~~街守のお仕事見学1.水道管修理(成功率25%)~~
穏やかな春の日差しが、リッコとオーネが住む、小さな家と庭にも差し込んでいる。
「それじゃ、今日はお仕事についてきてもらおうかしら」
「はいっ」
リッコとオーネは、仕事用のテーブルをいそいそと庭に出す。
しばらく待つと、小さなドラゴンが二羽、バタバタと羽をはばたかせながらやってきた。
「グエッ!」
「よしよし。いつもありがとう」
何やら抗議したそうなドラゴンたちの頭を、オーネは優しく撫でる。
それから、ドラゴンたちが背負っていた荷物を受け取り、テーブルに広げる。
中見は手紙と、野菜、フルーツなどだった。
「とりあえず、これとこれは冷蔵庫ね。ふふ、見たことないのもあるわ。これ……どこが食べれるのかしらね?」
「あっ、持ってきますっ」
「ありがと、リッコちゃん。ちょっと重いわよ?」
「いけますっ!」
リッコは両手に食べ物を抱えて、えっちらおっちら家の冷蔵庫まで運んだ。
木製の冷蔵庫の下段を開けて、とにかく詰め込む。ついでに上段の氷の解け具合を確認する。まだ大丈夫そうだ。
リッコが戻ってくると、オーネは手紙のほうの仕分けをしているところだった。
オーネはリッコに目を向け、とりあえずよしよしした。
リッコは、オーネの手に頭をスリスリしながら聞く。
「今日のお仕事は、なんですかっ?」
「ええ。私が受けることにしたのは、水道管の修理と……"祝福"を二件ね」
オーネは、他の依頼が書かれた手紙に、こちらで用意していた手紙と、今したためた手紙を加えてドラゴンに渡し、届け先を口で伝える。ドラゴンたちは少し嫌そうに頷いてから、グェッと飛んで行った。
街守に届く依頼は、まず全てオーネに届けられる。それをさらに、オーネが適任の街守に届ける、という仕組みだ。
ただ、街守の予定や気分や調子によっては、依頼がたらい回しされることもあるらしい。結果的にオーネのところまで戻ってくることもままある。
「修理、できるんですかっ?」
「ふふふ、少しね。でも専門の人ほどではないわ。ま、見に行きましょう……面白そうだから」
「は……はいっ!」
楽しそうに微笑むオーネに、リッコは「そういう感じでもいいんだ!」と思いながら元気に返事をしたのだった。
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ということで、二人は本日の街守の仕事を始めた。
「それじゃ、行きましょうか」
街守の制服に着替えたオーネがリッコに振り返ると、きめ細やかな金髪がふわりと翻って、ほのかにレモンの香りがした。
「わぁ! やっぱりオーネさん、制服似合いますっ」
「ふふ、そう? ありがと……私もそう思うわ」
オーネはお茶目にくるっと回る。白を基調として、ところどころ黒のアクセントが入った制服に、オーネの金髪が映えている。
二人はゆっくり歩いて、目的の家にたどり着いた。
「「こんにちはー」」
二人が声をかけると、ややあってドアが開いた。
中から現れたのは、大きな体のお婆さん。この近くで花屋を営んでいる、ジョバンナだ。
「やあ、オーネさんかね。……と、あらぁ、リッコちゃんもかい」
「はいっ! 実はわたし、街守見習いになったんです!」
リッコは指輪を見せる。ジョバンナは「ああ、そりゃいいねぇ」と笑った。
「まあいいや、とりあえず直しとくれ! 全く、あたしも家も随分とガタがきちまってねぇ」
「ふふ、まだまだお元気ですよ。聞きましたよ、この前若い子と遊んでたって」
「だっはっは! ありゃ娘の彼氏! でもいい男だから取っちまうかねぇ!」
そんなことを話しながら、二人はジョバンナに促されてキッチンまでたどり着く。
「ここなんだがねぇ」
「拝見しますわ」
二人は問題の水道管をじっくり観察する。知識のないリッコからは単なる水漏れにしか見えない。
「うん……水漏れだと思いますけど……問題は場所ですね……交換が必要かも……」
オーネは持ってきた工具箱をバカンと開いて、しばらく首を捻っていたが、
「よし、やってみます。リッコちゃん、よく聞いて」
「は、はいっ! なんでもお手伝いしますっ!」
リッコは身構えた。
オーネは神妙に頷いて、言った。
「私が失敗したら、にぎやか通りのロレンツォさんを呼んできて。話は手紙で通してあるから」
「はいっ! ……えっ!?」
「ジョバンナさん、イチかバチかでやりますっ! いいですね!」
「おうっ、やってみなっ!」
驚くリッコをよそに、オーネは腕をまくってむん、と気合いを入れた。
そして工具のひとつを持って、勢いよく作業を始めた。
キュキュッ! スポンッ! カンカンカンッ……!
ブシャーーー!!!
「んぶーーーだめねこれ!! リッコちゃんゴー!!」
「はっ、はいーーーっ!」
「なんてこったい!!」
水浸しになるキッチンからリッコは逃げ出して、急いでロレンツォの元へ向かったのだった。
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「……ったく、相変わらずアンタはやりたがりだな」
「ふふ、ごめんなさい。ロレンツォさん、いつもありがとうございます。本日も学ばせていただきましたっ」
「やれやれ。その笑顔には誰も勝てんな」
作業を終えたロレンツォは肩を竦めてから、さっさと出て行った。リッコも、「あ、ありがとうございましたっ!」と慌てて頭を下げた。
「まったく、ひどい目にあったよ。まっ、面白かったからいいかね!」
「助かりますわ。そう言っていたただけると」
オーネとジョバンナは、びしょぬれになった体をタオルで拭いている。
キッチンの周りは水浸しになっていて、とにかくタオルを敷き詰めてごまかしている。
「な、なんだかその……楽しそうですね」
リッコは困惑しながら言った。
リッコにとって、オーネは完璧……というイメージはあまりなかった。家でも挑戦的な料理を作ろうとして失敗したり、そういうことが時々あるからだ。
しかし仕事に関しては、仕分けをテキパキこなしている姿や、"祝福"での神聖な姿しか見てこなかったので、少し驚きだった。
「ふふ、服を着て水浴びなんて久しぶりだもの。しかも制服でなんて……着衣泳の訓練以来かしら」
「まーたあんたは、制服ボロにして怒られるんじゃないかい?」
「嫌だわジョバンナさん、そういうのはリッコには内緒なんですから」
わはは、と大人二人は笑う。
リッコにはその姿が、なんだかたくましく、少し輝いて見えた。水のきらめきのせいだろうか。