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第10街 ~~白昼夢、ベンチの思い出~~

 とあるのどかな昼下がり。



「ふわぁ……ちょっと疲れたぁ……」


 今日も街を走り回っていたリッコは、額の汗をぬぐいながらその辺のベンチに座った。古そうな木製のベンチが、ギシッと軋む。


「うーん……いい気持ち……」


 リッコは目を閉じて、そこにある空気を全身で感じる。


 ほどよい太陽の日差しから受け取る微熱(ぬくもり)

 体を優しく撫で抜けていく、初夏のカラッと爽やかな風。

 遠いところで、子供たちの遊び声。


「んうぅうん……!」


 リッコは思わず、両手を広げて伸びをした。

 すると、


「おっと」


 右手のほうから声がした。


「えっ? あっ、ごめんなさい!」


 リッコが驚いてそちらを見ると、そこには身なりの整ったおじいさんが座っていて、リッコの手をよけていた。

 つまりリッコの隣に座っているわけだが、リッコは今まで全く気付かなかった。


「いやぁ、光栄なことです。小鳥が肩に留まるようなものだ」


 おじいさんは、少しずれた帽子を被り直した。それから杖を地面に立て、両手で上から抑えたポーズで前を向いた。


「若い人の元気な様子を見ていると、こちらも……胸の奥が熱くなるような想いになります。さりとて、何かを行うわけでもないが……消えるまで、感じていたい、とは思います」


「えっと……元気がもらえる、ってことですか?」


「ま、うむ。若さとも言えるでしょう」


 ざざざ、と風が吹く。

 おじいさんが目を細めたままほとんど動かないので、リッコはなんとなくおじいさんをじっと見つめてしまう。


「あの……誰かを、待ってるんですか?」


 リッコが尋ねると、おじいさんの片眉がぴくりと上がった。


「ほう。何故そう思いました?」


「えっと、なんでだろう……。うーん……あっ、そっか。恰好が大人(きれい)なのと……姿勢が、ちゃんとしてるから」


 リッコは、オーネに「お行儀よく待っててね」と言われた時は、いつもオーネが帰ってくる直前だけお行儀よくする自分を思い出しながら言った。


「あぁ……そうだった。いつの間にかクセになっていたようです……我ながら、見栄っ張りだ……」


 おじいさんはしみじみと言って、リッコに顔を向けてくしゃりとほほ笑んだ。


「ありがとう、お嬢さん。確かに私は待っているようです。待たせている立場でありながら」


「??」


 リッコは首をかしげる。



 その時。



 ごぉん、ごぉおん、と。

 お昼休憩(シエスタ)の鐘が鳴った。



 リッコはそれが、いつもよりやけにゆっくり鳴ったように感じた。



 不意に強い風。

 

 リッコは目をつむる。


 足元の地面が抜けたような、不思議な浮遊感。



 リッコは、目を開ける。


(あれ……?)


 視界がぼやけている。

 オーネのメガネをかけた時と似ている。

 すべてがぼんやりとして。

 動かそうとした体は、やけにゆっくり。


 リッコは、急にひどい疲れを自覚した。

 このまま目を閉じて、眠ってしまいたいような。 

 怖さと、どこか安心感。


 

 リッコの手に、温かい何かが触れた。


「おや、これは申し訳ない。巻き込んでしまったようだ」


 おじいさんの、しわしわで、硬い手だ。

 ゆっくりそちらを向いて、リッコは驚いた。


 この、全てがぼうっとした世界で。

 おじいさんだけが──


「落ち着いてください。あの鐘の街法(まほう)で、まれに出会えるのです。白昼夢のようなものです」


「あ……」


 リッコは声を出そうとしたが、ノドが上手く動かなかった。

 しかしおじいさんが優しく手を握ってくれているおかげで、あまり怖くはなかった。


 おじいさんの言葉で、リッコはなんとなく理解した。

 今、自分は自分ではない誰かと()()()()()()

 おじいさんに関係のある、深い縁のある誰かと。


「お嬢さん。巻き込みついでにすまないが……何か、わかりますか?」


 おじいさんの、どこか祈るような声。

 

 リッコは、迷わず言った。



「あ……あなただけが──鮮明です」



 それはリッコが言おうとした言葉だった。

 しかしリッコの声ではなく、リッコの言葉ではなかった。リッコはそう感じた。



 風が、優しく吹いた。



「……あれ?」


 リッコが瞬きすると、もういつもの景色だった。

 慌てて隣を見ると、おじいさんは変わらぬ姿勢で座っていた。


「あぁ……ありがとう、お嬢さん。本当に……」


 おじいさんの声は、少し小さかった。


「今のは……おじいさんの……」


 リッコが呟き、おじいさんは頷いた。


「語りたくて仕方ないですが……どうかまたの機会に。今は……見栄を張れそうにないのでね」


 おじいさんはゆっくり立ち上がった。

 それから帽子を取って、リッコに深く深くお辞儀をすると、しゃんと背を伸ばして、ゆっくり歩き去って行った。



「……ん……」


 リッコはなんとなく、言葉も返せず、ベンチから立ち上がろうとも思えなかった。

 リッコは自分の手を、じっと見つめる。確かに自分の手だ。


「こういうことも、あるんだ……」


 リッコは、自分の中に現れたふわふわとした感情たちを、上手く表現できる気がしなかった。

 それでも、今の体験をずっと覚えていたいな、と思った。

 


 空を見上げ、目を閉じる。


 

 ありふれたところに、誰かの想いが、思い出がある。

 

 そんな感想を抱きながら、リッコはゆっくりと眠りに落ちた。



皆様のご視援のおかげで、10街までたどり着きました。ありがとうございます。

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