第1街 ~~"この街の一番素敵な景色"を見つける~~
世界が色づいていく。
整然と、しかし所々凸凹な街の建物たちが少しずつ輪郭を取り戻す。
静かな中にも、子供の寝息を隣に感じるような、いのちの鼓動を秘めた夜明け。
「うん……今日もおはよう!」
鮮やかに明けゆくタプタコの街を一望できる高台で、少女──リッコは笑う。
息を深く吸い込む。
まだ少し冷たい空気が胸を満たして、シャッキリ目が覚めた。
「今日は何に会えるかなっ?」
目覚めた人々が、思い思いに動き出す。音を出す。
リッコはそのただ中に、真っすぐ駆け出していった。
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街守。
タプタコの街で、二百年以上の伝統を持つ栄えある職業。
「と言っても、街のなんでも屋さんみたいなものよ?」
と、オーネは頬に手を当ててながら、リッコに言った。
「すっごく素敵だと思います! だからなりたいです!」
リッコは目を輝かせてオーネを見上げている。
オーネは、ふふ、と微笑んで、
「でもリッコちゃん、パン屋さんにも先生にもなりたいでしょ?」
「はいっ! 今もなりたいですけど……やっぱり、わたしにとってオーネさんが一番の憧れですからっ」
少し顔を赤らめながら、リッコは真っすぐ言った。
オーネは、
「ふふ、ありがと。そうねぇ……」
しばし天井を見上げていたが、やがて深く頷いた。
「うん。私もなって欲しいわ。ちょっとやってみましょうか」
「やったぁー! オーネさん、大好きですっ」
リッコはオーネに抱きつき、オーネは優しく抱きとめる。
「ええ、私もよ。……あ、それじゃ今日からオーネちゃんは街守見習いね。ええっと……」
オーネは、リッコに抱きつかれたまま部屋を移動し、倉庫から目的のものを探し当てた。
「これこれ。懐かしいわねぇ」
オーネは小さな箱を丁寧に開ける。
それは、街守見習いが伝統的につけることになっている指輪だった。シンプルな銀のリングに、街守の象徴であるマークが刻まれている。
オーネは、リングを指の腹でゆっくりなぞる。
「リッコちゃん、指を出して」
「はいっ?」
リッコはまだオーネに抱きつきながら、顔を上げた。
オーネはリッコの手を優しく取り、左手の薬指に指輪を嵌めた。
「よかった。サイズピッタリね」
「わぁ、綺麗です! これってなんですか?」
「ふふ、何かしらねぇ。……私とあなたの挑戦。伝統。応援。守護。……うん。今はお守りね。リッコちゃんが、素敵な街守になれますように、って」
「えへへ、嬉しいです……頑張っちゃいますからっ!」
「ええ、その意気よ。……よいしょ!」
オーネはリッコを高く持ち上げ、ぐるぐる回す。
タプタコ暦二四九年。
とある暖かな春の日の、のどかな昼下がりのことだった。
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「それじゃリッコ街守見習いさん、最初のお仕事ね」
「はいっ」
リッコはビシッと気をつけの姿勢を取る。
「どぅるどぅるどぅるどぅるどぅる~~~……じゃん!」
オーネは首から提げたドラムと、手に持ったシンバルで音を鳴らしながら口でも言った。
「"この街の一番素敵な景色"を見つけてきて、私に教えてちょうだい」
「はいっ! ……あれっ、それってお仕事ですかっ?」
元気よく返事をしてから、リッコは首を傾げた。
オーネはドラムをタカタカ鳴らしながら、笑顔で答える。
「もちろん。実はね……お仕事って、色々あるのよ!」
「そ、そうなんですねっ。お仕事って、人助けだけじゃないんですねっ」
「そうなのよ~。と言っても、これも立派に人助けになる仕事よ。ふふ、その内わかるわ」
「それじゃ行ってきますっ!」
「はい、気を付けてね。ちゃんと帰ってくるまでがお仕事だからね」
「はーーい!!」
リッコは駆け出し、あっという間に見えなくなった。
オーネはずっと手を振って、その背中を眺めていた。
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リッコは街を駆け巡った。
仲良く並ぶ家々。白い壁、オレンジ色の屋根。
あくびをするぶすっとした猫。
細く曲がりくねった、どこに繋がるかわからないわくわくする道。
そして、青々と輝く空の元、生き生きと生活する人々。
洗濯物を干す人。
ボールを蹴りながら走る子供たち。
龍に乗って街を飛ぶ配達員。
朝からビールを飲んでバーベキューを楽しむ老人たち。
街中で突然始まる即興演奏。
リッコはそういう人々と、挨拶をしたり、手伝ったり、参加したりしてひとしきり楽しんで、
「なんだか……いいね!」
と改めて思った。
具体的にどういいのかと聞かれると困るが、とにかくそう思った。
しかし一方で、どれが一番かは決めかねていた。
「うーん……全部好きだからな~……」
迷いながら歩いていたリッコは、いつの間にかいつもの高台にたどり着いた。
街は夕暮れに包まれて、朱に染まっている。
ここからの景色が、リッコはとても好きだ。
しかし、ここが一番だ、と言うのは……何かしっくり来ない気がした。
「なんでだろ……」
リッコは木の上で、腕組みをしてしばらく考えた。
爽やかな春風が吹いた。
「ふぅ……」
リッコはオーネに拾われてからずっと、この街で暮らしてきた。
知り合いも多く、みんな優しくて面白い。
だから街が好きだし、それら全てが収まるこの景色が大好きだ。
それをオーネに紹介するのは、かなり正解な感じがする。
それでも──
「あっ……わかった!」
リッコは閃いて、木を落ちるように滑り降りた。
石畳の道を駆ける。
入り組んだ道に迷いながら、ようやく目的の場所にたどり着いた。
「おかえりなさい、リッコちゃん」
すっかり暗くなった街の中。
やや街外れにポツンと建った小さな家の前で、オーネが待っていた。
テーブルと椅子を用意して、ランタンの灯りで本を読んでいたようだった。
オーネはメガネを外して、立ち上がる。
「どうだった? ……その前にお風呂かしら」
「オーネさんですっ!!」
リッコはオーネに勢いよく抱きついた。
オーネは少し驚きつつ、しっかり受け止める。
「よしよし」
オーネはとりあえずリッコの頭を優しく撫でる。
リッコはしばらく撫でられを堪能してから、元気よく答えを出した。
「わたしにとっての一番は、オーネさんです! この街にたくさんある素敵なものは、全部オーネさんがくれたものですから……オーネさんがいる景色が、わたしにとっての一番なんですっ」
「……まあ」
これにはオーネも少し照れつつ、リッコをぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。あなたの答え、大切にするわ」
「あ、あの……間違いでしたか?」
「間違い?」
オーネはきょとんとしてから、微笑んで首を振った。
「あなたの心からの答えだもの。間違いのはずがないわ。たとえこの先、答えが変わっても……今、それを教えてくれたことが、とっても嬉しいわ。ありがとう」
「絶対変わらないですよっ!!」
「ふふ、まぁまぁ。もう遅いから、ご飯にしましょう。今夜はシチューよ」
「わーい! そう言えばお腹ペコペコです!」
その後、二人はシチューを食べて、お風呂に入って、一緒に寝た。
リッコの街守見習いとしての一日目は、こうして穏やかに終わったのだった。
基本ずっとほのぼのです。
もしも別れがある時も、ぬくもりと共にあれればと思います。
よろしくお願いします。