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神無き世界  作者: ヤング丸
序章 夢と冒険
2/7

序章 第一話 夢と世界

 まだ物心がついたばかりの齢5歳の冬。

 家族に連れられとある劇を見た。


 千年以上も前にこの世界で起きた、人と神の戦争、人神大戦の劇。

 圧倒的な力を持つ神々に支配された人々を勇者とその仲間達が革命を起こし、解放戦争までに至った。


「この地を支配する神、いや邪神よ!!貴様の命貰い受ける!!」

「貴様のような存在を、神として見過ごせない。私の正義とどちらが上かその雌雄決しよう!!」


 まだ幼かった僕には全ての内容を分からなかったけれど、ただその時から心に焼き付いて変わらない憧れ。

 僕はこの時、勇者の輝きに心を奪われたんだ。


「なぜ立つ?」

「勇気があれば誰でも、現実でも物語でも立てるだろ?」


 勇者の光は僕の兄弟やその場にいる子供達を魅了していく。


「姫。助けに参りました」

「あなたのお名前は?」

「名など不要。私は次の戦場に向かわなくては」


 物語の最後。


 勇者は己の名前も告げずに消えていく。

 名声も地位も富も手に入れるはずだった勇者は、そのまま次の戦場へ向かったとされる。


 大人たちは「馬鹿だ」と言うかもしれない。だってそこにで名乗れば姫を救った勇者には、一生不自由のない生活が待っているのだから。

 だがその後ろ姿に僕は憧れた。きっと僕だけではない。勇者は世界中の人を魅了している。

 名も知らぬ勇者の物語。


 これが勇者に憧れた少年の物語。その一ページ目。

 ──────────────────────────────────────

 序章  始まる物語

 ──────────────────────────────────────

 離神暦 千十六年

 天空大陸 中層



 チュンチュン、と。

 鳥のさえずりが聞こえ一日の始まりを感じさせ、窓を見ながら未だ眠気でだるい体を起こした。


 僕の名前は、イルファルド・ランクルス。

 今日で十六歳の誕生日を迎える。


「ふぁあ~…おはよう母さん」


 自分の部屋から小麦のよい香りのするキッチンへ向かうとそこには、毎朝家族全員の朝食を作る母親の姿があった。


「あら。お誕生日おめでとう。イルファ」


 祝福してくれた女性は僕の母親であるエミル・ランクルス。

 今から十六年前。父さんであるシルヴァ・ランクルスと二人三脚でここまで育ててくれた、僕の大切な母さんだ。


「お父さんとセシルは?」

「どっちも出かけたわよ。セシルは嵐流が収まったからってついさっき出たばっか」


 セシル・ランクルス。僕と一日違いの兄弟。

 僕と違いイケメン。

 天空大陸で開かれた未成年のみ参加できる、武闘大会で優勝を果たし、同世代の中じゃ右に出るものはいない。

 そんな天才イケメンと兄弟で一方の僕は、晩年ビリケツ。

 思い出すだけで思わず「トホホ…」と声が漏れてしまいそうだ。


「イルファはこの後どうするの?冒険者試験のために体を動かしてくる?」

「そうしよっかな」


 そう。僕とセシルには明日に控える冒険者試験があるのだ。

 ここで合格して冒険者になれば晴れて一人前。

 天空大陸から出て旅するもよし。はたまたロマンを求め命懸けの迷宮(ダンジョン)やモンスターの討伐依頼をこなすもよし。


 かく言う僕も幼い頃からの夢がある。


「っていけない!!もうこんな時間!!私イカロラスに行ってくるわね」

「エルミーゼ先生のとこ?」

「うーん。秘密よ」


 ドタタタッ!!、という足音を立てながら急いで準備を始めた母さんは、魔法のおかげもあり直ぐに準備を終え、そのまま「行ってきまーす」といいながら行ってしまった。


「いってらっしゃーい」


 そんな母さんを見送りながら僕はまだ暖かい朝食頬張った。


「あふっ!?」


 訂正…

 かなり熱かった。

 ──────────────────────────────────────

 天空大陸 下層 クラス(サード)


 天空大陸を守護する騎士団。【翼の守り人】。

 その一団がモンスターの住まう下層へ来ていた。


「な!?いけない!!ラムレスが群れと合流を!!」


 その騎士団内で組まれたパーティーをモンスターの群れが壊滅させることだってある死線(デッドライン)で狩りが行われていた。


 【ラムレス】怪物等級(モンスターランク)A。

 普段は地中に潜り、かなり優れた頭脳を持つとされ芋虫のような身体でありながら、素早さもあり冒険者を誘導し、群れで嬲り殺しにする。

 そんなモンスターが総数三十超過(オーバー)


「今すぐ我々も…!!」

「慌てるな。黙って見ていろ。私たちの(トップ)はこのようなこと朝飯前ですよ。それよりも私は…」


 まだ若い兵士達は経験の浅さから慌てふためいていたが、ラムレスを追跡している人物を知る者は静観を命じた。

 そして兵士たちが硬直した次の瞬間。


 ゴオオオオオオオン!!!という轟音が鳴り地面が大きく揺れた。

 その後も響き続ける音はたった一人戦士から放たれている。


「はああああああッッ!!」


 一匹また一匹と次々にモンスターを屠っていく。

 両手に握られる二つの槍からは、魔力による攻撃ではなく純粋な力と技術のみでモンスターの急所を射抜いている。


 彼は【翼の守り人】【大左翼】。

 団長 シルヴァ・ランクルス。

 そんなたった一人の遊撃隊にモンスターが恐怖を抱くほどの強者。


「残り半分もいないか」


 戦闘が始まり三十秒も経たずに半数以下になった群れはようやく事態を飲み込み始めた。

 そして次の瞬間、ゾワッ、という警鐘がこの地一帯の兵士とモンスターを包み込む。


 シルヴァを中心に空気が揺れ、気流は渦となり、大気に浮かぶ魔力の粒子が形を作り両手に持つ双槍に集まっていく。

 魔力の流れを感じ取ったモンスター達は本能で己の死を悟る。


「ジィィィィィィィ!!」


 そんな状況でモンスターの取る行動は逃走。

 広域に響き渡る甲高い泣き声は阿鼻叫喚そのものだった。


 シルヴァを囲っていたモンスター達は四方八方に逃げ、地中に潜り逃走を図ったが無意味。

 モンスターが逃走を図った僅か数秒の間に、シルヴァは己の両翼を使い、遥か上空まで飛翔していたのだ。


「ここでいいか!!」


 そんなシルヴァの瞳と耳には飛翔したのと同時に、魔力で形作られたレンズのようなものが装備され、耳には同じく魔力生成されたイヤリングが装備されていた。


「大丈夫ですわ!!」

「そのままやっちゃえー」

「いぇーい」

「うーし。三人ともはな…」

「「「はなれてる!!{いぇーい}」」」

「あはは…それじゃあ行くぞ!!」


 そうこうしている内にもモンスターは離れ続け、既に百(メルト)以上離れている個体すらいるがシルヴァは勿論、彼を知る者にはそのようなこと杞憂に過ぎないと知っている。


「フッ!!」


 投げられた双槍は音を置き去りにし地面に突き刺さった。

 すると次の瞬間。槍からは嵐が出現し、地面はえぐれ、地中に逃げていたモンスターは次々に吸引されていく。その範囲は半径二百(メルト)以上。

 吸引されたモンスターは、風に切られ、その風の勢いのまま思いっきり地面に叩きつけられていく。


「討伐完了!!」


 シルヴァが空から降り着地するころにようやく嵐は少しずつ収まり、嵐の中からは既に狩猟されたモンスターと荒れ果てた平原が姿を現した。


「だんちょー流石ー」

「まったく!!環境破壊ですわ!!」

「いぇーい」


 ~~

 名前(ネーム)

 ヤロ、ユロ、ヨロ。

{種族}天空人

 ~~


「なー三姉弟よ。生成魔法はすっごーく助かるんだが、イヤリング越しの音量をもう少し下げるか、調整機能を…」

「「「むり{いぇーい}」」」

「チェッ。そうかよ」

「それはそうと来客のようだわ」


 ユロはそう言いシルヴァの後ろを刺した。その先には二人の男。


「団長。新人の指導をしている途中に森の中に魔力を感じ、そこへ行ってみると…」


 ~~

 名前(ネーム)

 フィルア・ルイ

{種族}天空人

 ~~


 そうフィルアが話しているともう一人が横から、スっ、と前へ出た。


「セシル。何故下層の危険地帯にいる。忍び込んだのか?」


 もう一人の男はシルヴァの息子セシル。

 セシルは自慢の腕前で冒険者登録をしていないのにも関わらず、ソロで死線(デッドライン)であるクラス(サード)まで来ていたのだ。


「父さんここのモンスターは僕でもやれる。道中で何匹も倒した。だから…だから俺を早く騎士団に」

「ダメだ。騎士団に入る前の冒険者試験もそうだが、まだ経験も知識もない。それに年齢も若い上に侵入禁止の危険地帯に入るその危うさが最も見過ごせない」


 シルヴァはセシルの親であるのと同時に、天空大陸を守護する守り人でもある。

 未だモンスターや危険地帯への知識が乏しいセシルに、シルヴァは厳しい言葉をかけた。


それは親として。

責任ある大人として。


「騎士団に入りたいなら冒険をしてこい」

「なっ何でだよ!!騎士団への入団にそんな試験無い筈じゃ!!」

「これは親としてだ。セシル。お前は強く、賢い。だからこそ世界を見て感じてこい。旅の果て、終着点にたった上でもう一度よく考えろ。騎士団に入るか否かを」


 親としての言葉をかけたシルヴァにセシルは苛立ちを覚え、音にならない程小さに歯を軋らせた。


「これはイルファも同じなの?」


 やがてセシルは一言だけシルヴァに問いかけた。

 顔は俯き表情はわからない。しかしドッ、とセシルの体から魔力が漏れ出していた。

 その魔力量は二十もいかない若者の放つ量ではない。


「あぁ。一緒だ」


 セシルへの答えはそれだけ。

 そしてシルヴァはゆっくりと歩きだし…


「魔力漏れだ」

「ッ!!」


 肩を叩かれたセシルは、そこで魔力漏れに気づきハッと顔を上げた。


「その多すぎる魔力も制御しなくてはな。話はもう終わりだ。護衛にヤロ達をつけるからもう帰れ」

「まっ…!!」

「はいはーい。セシルちゃんもう行きますよー」

「あれも愛情ですわ」

「いぇーい」


 セシルから父に伸ばされた手は、遮られ前にはヤロ、ユロ、ヨロが立ち塞がっていた。


「クソッ…!!」


 口から零れた小さな悔いはシルヴァに届くことなく、その口惜しい表情もシルヴァの目に入ることはなかった。

 ──────────────────────────────────────

 天空大陸 都市イカロラス


 嵐静祭。

 この日は、一年で最も町が賑わう日。


 数週間続く嵐流が止み、皆が買い出しへやってくる。

 商人達にとって一年で最も繁盛し、この日のために一年間貯蓄された食料もまとめて売りに出されるためである。


「すごい混んでる…」


 下層へ行く前に首都に住む、大陸一の薬師エルミーゼ先生の営む薬屋へ来たイルファルドも絶賛大行列に捕まっていた。


{食料とかじゃないのにわざわざ嵐静祭に急いで買いに来る人が多すぎる…そしてその大半が冒険者…}


 胸と腰につけられた貧相なライトアーマーしかない僕とは違い、世界的に名の知れたブランドを身に付けた者がかなり多い。

 そんな一級装備につい、{ブランド物、すげぇぇぇぇぇぇ}となってしまう。


 まだ早朝からそこまで経っていない時間に並ぶ猛者だ。下層のクラス(サード)への侵入は昼時では遅いため、ここまで混むのだろう。


「あ!!イルファ!!」


 後方から聞こえた声に振り向くと、僕と同い年のミーナがパンパンに詰まった小麦の袋を持ちながら立っていた。


「ミーナも買い出し?」

「そそ。父さんと母さんもついさっきまで居たんだけどお肉の買い出しに行ってさー。暇だしそこら辺をぶらぶらしてたら、イルファを見つけたってわけよ」


 僕の横まで来たミーナは「はいはーい。疲れたからもてー」と荷物を無理やり押し付けてきた。

 急に渡されたのと想像以上の重さに一瞬、身体がよろめいてしまった。


「急に押し付けないでよー。僕だってこの長蛇の列で困ってるんだからー」

「いいじゃん。冒険者志望なんだから。これも修行よ」

「シンプルに押し付けただけじゃ…って目線をそらすな」

「アハハ!!すごい列~」

「図星だ」


 しょうがない。実際これも小さなトレーニングだ。サボってたら強くなんてなれない。


「それにしてもこの列、ほとんどシルヴァさん目的なんじゃない?」

「多分ね」


 嵐流が明け大量に増殖したモンスターを討伐しに【翼の守り人】が下層への怪物狩り(モンスターハント)を行っている。


 そしてここにいる冒険者の目的は恐らくスカウト。

 入団には試験をこなして入団する一般試験と二等級以上の騎士団員による推薦があり、騎士団の大人数 が行う遠征で推薦を貰おうという魂胆であろう。

 騎士団に入団するための種族問題も数年前に廃止され、その影響もあって他種族の姿も見える。


「給料もいいし皆がここまでするのも納得ね。上に立つのがシルヴァさんってのもあるんだろうけど」

「うん。あんなに多くの人をまとめることができる。本当にすごいよ。父さんは」

「イルファは騎士団どうするの?」

「迷ってる。今の僕じゃそもそも入団すらできないだろうし」


 僕は弱い。

 同じ年代で集まったら間違いなく一番下。

 そんな僕が名誉ある騎士団に入るなんて夢のまた夢だってとうの昔に知っている。


「それに騎士団に入団する前に『旅に出なさい。そして世界を見て来い』って言われてるし」

「え!?初耳なんだけど!!」

「あれ言ってなかったけ?明日の冒険者試験に合格できたら、来週あたりには出るつもり」


 言っていなかったことに冷や汗を浮かべたが、心なしかミーナの反応が変だ。

 あきらかに同様しているのが分かる。

 普段ならもう少しキレてきたりしそうなものだが。


 すると薬屋にできていた長蛇の列が急に動き出した。そんな激流に逆らえるわけもなく。


「ちょっ!!ごめん!!また今度話そう!!」

「イルファ!?待ちなさいよ!!」


 ミーナもなんとかついて来ようとしたが屈強な冒険者の波を超えることができず、遠くから、「もぉぉ!!」という声がした。

 僕は冒険者の波に攫われながら、「明日謝らなければ」と心に誓うのだった。

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 都市イカロラス西部 翼の港


 中層から下層に向かうための港。


「もう間もなく出港しまーす」


 浮遊石に魔力が込められ始め辺り一帯に、フゥン、という独特な音が鳴り始めた。

 その船に急いで乗船しようと数多の冒険者が船へ走る。

 そして僕もその一人だ。


{ポーションを買うのに一時間以上もかかるなんて。本当にすごい賑わいだよ}


 そんなこんなでかなりギリギリにはなったが何とか乗船できた。

 船はパンパンに冒険者が詰め込まれており、かなり過ごしづらい。


「それでは出港いたしまーす」


 汽笛の音が響き渡りゆっくりと動き始めた。


「乗船されてる方々へ。今から数分後には精霊層に突入いたします。

 魔力推定が中域以下のお客様は船内へのご移動をお願いいたします。また船外での滞在は自己責任ですのでご了承のほどよろしくお願いしまーす。

 それでは短くはありますが空の旅をお楽しみくださーい!!」


 アナウンス通り既に船のすぐ真下には緑色の光を放つ、【精霊層】が肉眼で確認できる。

 モンスターの体から発生している【邪】の魔力を通さないように作られた古代魔法。


 そんな強すぎる魔力に中域以下の判定を出された冒険者は()()()()を起こしてしまう。

 かく言う僕も判定は低域のため確実に魔力酔いを起こす。


「おとなしく船内に入ろう」


 そんな虚しい独り言をつぶやきながら僕は船内へ入った。

 船内も船外同様かなり込み合っているが半数以上の冒険者が景色を見に外へ出たせいか、船外に比べると少し空いており席に着こうとした瞬間。


 窓越しに彗星の如く落下する光を僕は見た。小さくて白く美しい()()()

 その光に僕の目を釘付けになっていた。

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 天空大陸 下層 クラス(ファースト)


 天空大陸へ着いた後、僕は船で見かけた光の落下地点を目指し、森林地帯に入り探索をしている。

 モンスターの質も数も少ないクラス(ファースト)

 ここであれば僕でも探索できる、と足を運んだが…


「全然見つからないよーーーー!!」


 探索して三時間以上。未だに見つからない。


「この辺だった筈なのに。もしかしてただの魔力だったのかな?」


 精霊層に帯びている魔力の粒なのかと諦めかけたその時、ザザザッ、茂みの中から何かが出てきた。


「スライラビット!!」


 怪物等級(モンスターランク)Fの最低ランクに分類(カテゴライズ)されているモンスター。


 人を襲う事例が多く目的は身に着けているアイテム。

 人を殺めるようなことは基本的には行わず、アイテムを奪うとすぐに逃走することから、通称【狡猾兎】と呼ばれている。


「今日初めての遭遇(エンカウント)。アイテムは渡さないよ」


 ジャキッ、と音を立てながら抜剣した。

 それぞれ右手には片手剣、左手に短剣を持ちスライラビットに先制攻撃を仕掛けた。


「なっ!?この個体早い!!」


 自慢の脚力を生かし、大きく後ろへ回避するとすぐに体制を変え木を利用した壁蹴りでカウンターを仕掛けてきた。

 何とか角を使った突進を咄嗟に剣で弾いたからよかったものの、もしもカウンターが当たっていたらかすり傷では済まなかっただろう。


 その後も追撃をかけることはせず、スライラビットはまるでこちらの動きを待つように、ずっと見つめている。


 スライラビットの特徴として、速度以外は最弱クラス。

 しかしたくましい両足から放たれる、連続ジャンプは一つ怪物等級(モンスターランク)が一つ上でもいい勝負ができるほど。

 そしてこの個体は速度をカウンターという形で最大限に生かしている。


{こっちも待った方がいいのか。}


 迂闊に攻めれば先ほどのようにカウンターが待っている。

 攻める行為は現状においてハイリスク・ハイリターン。


{いや。攻める!!}

「っっ!!」


 知能が高いからこそ、その高い知能を利用する。


 そこで今できる最大の踏み込みを使い接近して、再び剣を振り下ろしたが、結果は先ほどと同じく兎は 回避しカウンターをしてくる。

 だが一つ違うことがある。

 イルファルドの放った初撃は囮。本命は短剣。

 突進を守ることはせず選択した行動は回避。


 空を切ることになった突進は、イルファルドではなくその後ろの木に衝突した。

 角が木にめり込み、天然の(トラップ)と化した。


「はあああああっ!!」


 そうして動けなくなったスライラビットの胴体目掛けて、攻撃できるようにしてた短剣が止めの一撃になった。


 キュゥゥゥ、という断末魔の直後、魔臓が破壊されたことによりモンスターから光の霧が立ち込めた。

 このモンスターの光の霧は人に成長をもたらす。

 経験値となり成長の糧になる。


「もっと強いモンスターなら一気に成長するのに」


 そうは言いつつも今の僕では、怪物等級(モンスターランク)Eですら一人での討伐は不可能。

 モンスターの個体差や種類で経験値の獲得量が変わってくるが、同ランクであればそこまで大きな違いはない。


 しかしギルドや冒険者協会の定めた、全七段階に分かれている怪物等級(モンスターランク)の優劣はかなり大きく、強さも獲得経験値量もドロップアイテムの価値も大きく変わってくる。


 スライラビットは最弱。

 故に強個体でも勝つことができるのだが。

 

「ん…?」


 確か群れになると怪物等級(モンスターランク)が上がったような。

 しかもスライラビットは群れ意識が高い。


「あ」


 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ、そんなとても一個体の音ではない何か…いや。奴等が近づいて…


「やっぱりぃぃぃぃぃイイイイイイイイイイイイ!!」


 今覚えば最後の断末魔で居場所を知らせたのだろう。


 個体数、二十超過(オーバー)

 百%怪物等級(モンスターランク)E。


 そんな兎の群れに勝てる訳もなく、僕の逃走劇が幕を開けたのだった。


「うわあああああああああああああああああああああああ!!」


 そんな情けない僕の声が辺り一帯に響き渡った。


 ドドドド、と後ろから聞こえる群れの足音に純粋な恐怖を覚える。

 捕まったら身ぐるみを剝がされ、その後どうなるかは火を見るよりも明らかなのだから。

 故に全力で走る。逃げる。


 すると目の前からいくつかの影が現れた。


「人!!

 すみません!!たすけ…ン??」


 目の前の人と思わしき影は、近づくにつれ妙に毛深く鋭い牙が見えてくる。

 すると、グルル、と唸る声がした。


「ガァルルル!!」

「コボルトだったァァァァァァ!!」


 不運に次ぐ不運。

 スライラビットと同じく怪物等級(モンスターランク)はF。

 だがコボルトも群れを成すモンスター。こちらも群れになると危険度が等級上昇(ランクアップ)する。


「誕生日だよ!!誕生日だよね!?いくらなんでも最悪だぁぁぁぁぁああああああ!!」


 そんな嘆きが通用するはずもなくイルファルドは、モンスターの群れ同士によるサンドイッチ、挟み撃ちにあった。


 後ろも正面もダメ。

 イルファルドが現在走っているある程度、舗装された道を急カーブし、大量の木々が生い茂る森へ進路を変更した。


 自分を追っている群れ同士の争いを願いながら、森を駆け抜けていく。

 結果、狙い通りモンスターの追っ手はかなり減り数匹程度に。


「これなら…!!」


 どの道この先は崖と割り切って抜剣し、臨戦態勢に入ろうとしたその時。

 地面が、ゴゴゴ、と揺れた。というよりズレた。


「うわああああああああああああ!!」


 何故か僕の立った崖付近がまるごと崩れたのだ。


{ヤバい!!こんな時に翼があれば…!!}


 落下地点までは十(メルト)以上ある。

 骨折では済まない。

 最悪。


 死


「ヒッ…!!」


 良くない想像をしてしまった。

 どうにか回避しなければ。


 尋常じゃない焦りを感じながらアイテムポーチを漁っているとそこには、魔法を未だに使えないイルファルドのためにシルヴァが与えた、一度のみ魔法を吸収することのできる、【魔炉】があった。

 幸いにも中にあるのは風魔法。一度使うと壊れてしまうがやむを得ない。


放出(リリース)!!」


 足場が落下する直前、アイテムを自分の足元に向け魔法を放出する。

 すると魔法の反動で体は浮かび上がり、地面への衝突を避けられたが代わりに思いっきり壁に打ち付けられた。


 自分のすぐ真下では、先ほどまで上に乗っていた足場は土煙を上げながら砕けていた。


「もうダメだと思った…っっっ!!」


 背中の痛みに悶絶しつつも、今は何とか生きられたことを喜ぼう。無数に砕けた足場を見て、もしも魔炉が無ければと考えると背筋が凍ってしまいそうだから。

 僕はひとまず壁を伝い、下の足場まで下りた。


「翼がないからって教わったクライミング技術。

 まさかこんな時に役立つなんて。やっぱり積み重ねだな」


 そこでアイテムポーチから落とした荷物は無いか足場付近を確認していると、落下と同時に上がった土煙が徐々に晴れてきた。


 自分の知らない危険領域では、慣れない環境での停滞が最も危険。

 僕は元居た場所へ戻る為、辺りを見ようと立ち上がった。

 すると目の前に広がっていたのは美しい泉。

 木々に守らてるれるような美しい泉。


『カァカァ!!』

「うわ!!ってカラス?」


 泉に見入ってたのもあり僕は、ビクッ、と身体を揺らし尻もちをついた。


「さっきの落下音で引き寄せられたのか。ん?綺麗」


 目の前にいるカラスの瞳は美しい翡翠色をしており、まるでクリスタルのようだった。


 魔力の濃い場所で孵化した個体だろうか。

 かなり珍しい。


「今日はいい意味でも悪い意味でもいろんなことが起きるな…」


 するとカラスは翼を広げ、飛翔した。

 カラスの向かった先は泉の中心にある小島。そこに生えている低木へ。


「カァ、アー、アー。

 オイ!!ガキ!!」

「…?ん?え?

 カラスが喋ったぁぁぁ!?」

「コイ!!コッチ!!」


 どこか片言な言葉を操るカラスは、翼をパタパタさせながら「コイ!!コイ!!」と言い続けてる。


 喋るカラスなど見たこともない。

 魔力を浴びすぎると知能が上がるのか。それとも僕の知らないモンスターなのかと、剣の柄を握った。


 するとカラスもこちらが警戒したことに気づいたのか、動きを止めた。


{喋るモンスターなのか?だけどこの辺りでそんなモンスターがいるなんて聞いたことがない。

新種?亜種?それとも動物?}


 幾層もの考えを積み重ねる。

 もしも目の前のカラスがモンスターだとして、僕に勝てるのか。

 戦うか逃げるか。


「ワタイハ!!モンスターデハナイ!!ドウブツ!!ドウブツ!!」

「なっ!!」


 確かな動揺が僕に走った。

 恐らくカラスはこちらの表情から感じ取ったのだ。

 かなり高度な頭脳。限りなく人に近い。


{あのカラスのところへ行っていいのか?モンスターじゃないって信じていいのか?}


 未知の体験。世界的に見たら言葉を模倣するモンスターは居るというが、そういう個体なのだろうか。

 だが少なくともイルファルドの目には、模倣ではなく言葉を知識や知恵として使っているように見えた。


「ジレッタイ、ワタイ、キサアヨリツヨイ」

「っっ!!」


 ゾワっ、と身体が震えた。カラスの開放した魔力に生命的格差を感じたからだ。


「コレデモ、セイゲンシテル」


 完璧ではない言葉で語られたそれがはったりではなければ、僕の魔力と離れすぎている。

 隔絶しているといってもいい程の魔力差があり、制限しているということが本当であれば、カラスは自身の魔力に僕が耐えきれず、そのまま【魔力酔い】を起こすと理解している。


「分かっ…た」


 明確な魔力指数を図ることはできないが、【魔力封じ】を使用できる目の前のカラスは高域以上。

 最低でもセシルと同格だ。


 もしも抵抗しようものなら一瞬で勝敗が決まり、離れても直ぐに追いつかれる。

 その差は残酷で、変わることのない現実だ。


「カカ…カァカァ!!」


 不気味で底の知れないカラスは、まるで笑っているかのように鳴いた。


 僕は最大限の警戒で一歩また一歩と重い足を前に進めた。

 きっと抵抗しても一瞬で負ける。

 でも勇者に憧れた人間として、負け戦でも戦う。僕はその一心で歩みを続ける。


「ソノユウキトテモヨイ。ダガアシトテモフルエテル」


 カラスの言う通り腰抜けの僕は足の震えが止まらない。

 歩くのが難しい。そう感じてしまう程に。


「ハハ…そりゃ僕弱いし」


 思わず枯れた笑いが出た。


『兄弟だと。お前のような落ちこぼれ、他人だ』


 三年前の記憶。セシルに呼び出された時。

 この時も震えていた。

 それまでは兄弟だったんだ。ショックだった。心が悲鳴を上げそうだった。


『父さんがどう言おうと俺はお前を家族だとは思わない』


 同じ劇場で同じ夢を得た。

 だから約束もした。一緒に研鑽した。


 でもいつからか僕は落ちこぼれでセシルは天才に。

 一年だけ通っていた学校(アカデミー)で、順位という格付けに出会った。

 知った。僕の弱さを。


『お前のその力じゃ、父さんと母さんに泥を塗る』


 僕は拾われた子。それがセシルには邪魔だったのかもしれない。

 僕の弱さは家族に泥を塗る。

 僕の存在が障害になる。

 僕がいるからセシルへの愛が半分になったかもしれない。


 葛藤の末、言葉は何も出ず、僕の手はセシルには届かなかった。自分で届かせなかった。


「ナラバナゼユウシャヲメザス?」


 震える足で目の前まで来た。

 なぜそんなことを知っているのか。疑問を問い返す気にもなれなかった。


[勇者にはなれない]


 夢はある。夢の篝火もある。

 でも知った。越えられない壁。気が遠くなる程の高み。


 強くなりたい。

 その為の努力はする。

 でもいつからだろう。

 心だけで唱えるのではなく口でも弱いと呟き始めたのは。諦め始めたのは。夢が弱さに負けたのは。


 セシルの姿が、父さんの姿が、強者の姿はかっこよかった。

 僕には才能がなかった。


「カカカ、マァイイヨ」


 来るのは攻撃か能力低下(デバフ)か。

 どの道1(メルト)程しかないこの間合いだと僕が回避することは不可能。

 せめてもの抵抗は、こちらからの攻撃しかない。


 動物かモンスターかなんて関係ない。僕の生きていく世界で迷いは命取り。

 力の差に震える身体で右手にだけ力が入った。


 そして次の瞬間キッ!!と右手が剣に触れた音がした次の瞬間。


『【リマルド】』


 カラスの無詠唱魔法。

 それが僕の抜剣よりも先に発動した。

 悟った。敗北を。

 

「っ!!」


 次第に意識が薄れる。目が霞む。力が抜ける。

 正常に立つことを許さないように魔法の効果が強まる。


「メ…メ、……トハ……タ」


 最後に何を言っていたのか、僕には途切れ途切れで分からない。頭も回らない。


 その直後には全身から力が抜けきり、バタッ、と地に伏し意識は深い闇に落ちていった。

 ──────────────────────────────────────

 惨劇。

 目の前に広がるのは街、だったもの。それが轟々と燃えている。


 視界を下に向けると自分の痛々しい傷。

 そして一人の女性。


「ーーー‐ー…ーーー…ーーーーーーーー…」


 抱え込んでいる女性が口を開いた。

 この身体、全身が激痛を発していた。


 傷ついた身体は、呼吸をするたびに肉が裂けるような痛みが走る。

 でもそれ以上に悲しみで胸が張り裂ける。

 苦しい。全身の痛みなんて忘れてしまうくらいには。


「ーー…ーーーーー…ごめんね…」

「‐!!ーるな!!ーー…私がーーた」


 自分の口が動いている。

 でも何を言っているかが分からない。

 涙で視界も揺らいでる。

 この想いは、言葉は、涙は、目の前の女性に向けられたものだろうか。


「……ーーれ…ーー‐たら…またーいましょう」


 枯れない。涙が枯れない。

 顔が見えない女性は、みるみるうちに弱っていく。

 命の輝きも体内に秘める魔力も、次々に霧散して消えていく。


 この胸いっぱいに広がる感情を僕はよく知っている。

 後悔、罪悪感、無力感。何より悲痛な想い。

 出来ることなら一生、この感情に再開したくない。


「愛してる」


 散った。

 愛情の籠った言葉を残して。


 泣いた。情けなく声を上げ泣き続けた。

 しかし悲しみだけはどれほど泣いても消えなかった。

 だが次第に積もっていたのは怒り。

 震える脚を無理やり動かした。

 ここは全てが曖昧な世界。


 そもそも僕は…


「私は…」


 誰だ。

 ──────────────────────────────────────


「っ!!」


 僕は夕陽の光に目を覚ました。

 辺りはすっかり夕暮れ。


「さっきのは…?」


 夢を見ていた。

 でもどんな夢だったか思い出せない。

 ただ感情だけは、想いだけは覚えてる。


「胸が茨に締め付けられているみたいな………

 え?」


 ぽつんと地面に雫が落ちた。

 大粒の涙が頬を伝ったのだ。


[なんで僕はこんなに辛いんだ]


 空を見上げ自分の気持ちに自答するように心の中で呟いた。


 そこで視界に空を駆けるカラスが目に入った。


「そういえばカラスと泉は?」


 涙を拭い立ち上がる。


 今になって僕の倒れた泉が跡形も無くなっていた事に気づき、泉のあった周囲を見回したが、謎のカラスも居ない。


「もしかしてあれも夢だったのか…?」


 崩れた崖の残骸が散乱しており、落下した直後から既に気を失い夢の中だったのではないか。


「モンスターが襲って来なくてよかった」


 改めて考えるとかなりラッキー。

 長時間意識が無い状態で一度も遭遇(エンカウント)しなかったのだ。

 それに現在居る場所は恐らく、クラス(セカンド)に近い(ファースト)。運が悪ければEのモンスターも出現したかもしれない。


「早く森路へ戻ろう」


 夜に出現する幽霊(ゴースト)種類(カテゴリー)との戦闘は確実に避けなけばいけない。

 除霊装備、もしくは魔法。そのどちらも持ち合わせない僕では抵抗すら許されないからだ。

 幸いなことに、現在地から上の島に繋がる島廊が見える。

 僕は急ぎ島廊を目指し、今日は帰路に就いた。

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 次回 廻る流星


【精霊層】

 天空大陸下層から中層へ上がって来ようとする、主に竜種の侵入を阻むためのもの。

 離神暦以前の古代魔法。

 現在はその時代からある古代遺物(アーティファクト)で起動している。


【魔力酔い】

 魔力推定が三ランク以上差があると起こしてしまう発作。

 基本的にランク差があると低い魔力を持つ側は、勝つことが難しく最低三ランク離れていれば

【魔力酔い】で無力化も可能。

 魔力総量が高ければ高い程も規模も大きくなりまとめて制圧もできる。



【魔力封じ】

 使用するのに最低でも魔力推定が高域以上必須。

 内側はから漏れ出る魔力を有効に使い、外と内側の魔力をぶつけ相殺する技術。

 使用中は外に出る魔力は低域~中域のどこかに留まる。

 高域未満では相手を【魔力酔い】させることは不可能な為必要なく、そもそも漏れる魔力が小さすぎて基本的に不可能。

 尚、使用中はかなり運動能力も魔力も制限されるため、戦闘の際は解く必要がある。


【魔臓】

 主にモンスターの胴体にある固有の臓器。

 動物にとっての心臓的な働きを持つとされる。

 魔臓には普段から魔力が貯められこれが人間にとって経験値になる。

 また魔臓があるか無いかによってモンスターか動物かの判断材料になる。


【魔炉】

 一度のみ他人の魔法を吸収し使うことができる。

 しかし一度使うと壊れ、更にかなり高価。

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