序章 第七話 夢見る少年 Ⅰ
「セシルー待ってよー!!」
「何でかけっこで待つんだよ」
ある夏の日。
僕達兄弟は草原を走っていた。
澄んだ青空と綺麗な草原。
海の天井と緑の絨毯の上で。
「ほらもっと早く!!」
翼のない僕に合わせてよく一緒に走ってくれたっけ。
当時の僕には当たり前だったものが今は愛おしい。
「いつか二人でいっぱいの人を助けよう!!」
「急に何言いだすのさー。てか置いてくな!!」
走りながらそんなことを話した。
「だってそうだろ。俺は父さんのようなかっこいい騎士団員に!!イルファは御伽噺に出てくるような勇者に!!」
「もー待ってよ~」
僕は必至に喰らいつく事しかできなくて会話になってなかったな。
「これは約束で、俺達の宣誓だ!!」
今ではありえない昔話。
戻りたい日々を胸に。
「っ!!イルファそろそろ!!」
当時とは似ても似つかない、夕暮れの光と茶色と汚れた白色の大地。
ミーナと共に駆けていく。
避難してきた受験者の速度と距離で考えたら、セシルが戦闘を初めて40分以上は経っている。
既に戦いは終わっているかもしれない。
そんな思い。
いや願いだったかもしれない。
しかしそんな願望は直ぐに崩れ去る。
この試験において最大級の大きさを持ち、フォレストグリーンの身体。
個体名【モルディル・キメラ】
そしてその先に居る大量の血を流し、岩に横たわっているボロボロの戦士。
「そんな…!?」
ミーナは足を止め口を手で覆ってしまった。
誰の目から見ても【敗北】の二文字が明白。
事実を押し付けてくる。
「セシルゥゥ──────!?」
僕の口から絶叫が出た。
判断や恐怖心なんて身体から消え、代わりに僕の少ない魔力を身体に上乗せし僕は走った。
それはまるで強戦士。
「イルファ!!待って!!」
立ち止まっていたミーナは、僕を静止しようと言葉を投げたが届くことはない。
敵が誰であろうと。
自分よりも強くて恐ろしかろうと関係ない。
「あああああああああっ!!」
このモンスターを倒す為に。
「ダメ!!イルファ!!」
もしもこれ以上近づいたらイルファルドは生きて帰れない。
ミーナはそれが分かっていた。
だから止めようとした。
止めたかった。
だが止まらない。
イルファルドという少年は怒りに支配されているから。
父さんは昔兄弟にこう言った。
『怒りは力になるが自分を壊しかねない燃料だ。どんなアイテムにも許容量があり限界を超えると壊れるだろ?』
袋だって器だって机だって。
人も一緒だと。
『制御してやっと使えるものだ』
制御なんて出来なかった。
できる訳がない!!
「セシルから……!!離れろ!!!」
振るった刃は見事に命中するもそれは【モルディル・キメラ】に避ける気が無かっただけ。
理由は明白である。
ダメージは入らないから。
僕の力では肉は切れず、切れるのはせいぜい数本の体毛のみ。
しかし何度も切りつける。
すると対象は僕の視界から消えた。
「避けて!!」
僕の後ろから聞こえたミーナの声。
自分でもびっくりするくらい遅くなった時間の中で見た。
【モルディル・キメラ】が腕を振りかぶる瞬間を。
バキッバキッ!!
骨が砕ける音。
一瞬のこと過ぎて痛みは感じない。
ドン
イルファルドの身体はそんな音を立てながら、【モルディル・キメラ】の前足に弾き飛ばされた。
「そんな…」
ミーナでは見えない程遠く、飛んで行った道中には砂煙が立ちこんでいる。
誰が見てもイルファルドが生きているとは思えない。
それほどまでに大きな力の差があり【モルディル・キメラ】は強大。
セシルでも倒せないという絶望とイルファルドが目の前で瞬殺された事実にミーナは絶望した。
全身の力が抜け手に持っていた杖を離し、膝を突き、目からは大粒の涙が零れて戦意など消え去る。
『カカカカカカカカカカ』
ミーナには逃げる力も沸かない。
現実を受け止められない少女。
そんな正常な意識を刈り取られた者に甘い自然など存在しない。
まだ距離のあったミーナに【モルディル・キメラ】は気づいた。
本能のまま動くモンスターは、ただただ蹂躙をするだけ。
「イルファ…イルファ…」
【モルディル・キメラ】は、その巨体に見合わない静かな足音でミーナの目の前まで来た。
しかしミーナは特に何もしない。
イルファルドの飛んで行った虚空を眺めるだけ。
『カカカカカカカカカカ』
イルファルドが。
セシルが。
ミーナが。
たった一つのモンスターに殺される。
少年達はここで終わる。
「そんなバッドエンド誰も望まないよ」
ミーナが叩き潰される瞬間。
一筋の光が走った。
それはミーナを担ぎ、【モルディル・キメラ】の背中に乗った。
「あなた…」
「危なかったわね。今の死んでたわよ」
試験開始前のイルファルド達の勝負に割り込んできた人物。
ニャシミア・C・ケット。
以前と口調は変わっている違和感を感じつつも、間違いない。
「状況は何となく分かったわ。アンタもやる?弔い合戦」
「…」
心が折れているミーナからは返事は帰って来ず、帰ってきたのは【モルディル・キメラ】の方。
『カカカカ!!』
確かな怒りの感情を持ちニャシミアを背中から振り下ろした。
「ニャハハッ!!流石にキレたか!?馬ゾンビ!!」
焦るどころか煽る余裕まであるニャシミアは、振り下ろされる瞬間に4発の拳を叩きこむが然程効いている様子はない。
それもそのはず。
【モルディル・キメラ】の体毛は斬撃には弱いものの、こと打撃においては何本もの体毛で威力を分散させてくる。
言わば【武闘家殺し】
「あーめんどくせー」
ニャシミアはセシルの近くにミーナを降ろし、身に着けていたブーツと手袋を脱いだ。
『過去たる罪に過去たる先祖 精霊の加護 泉の原点 この血はもう網にはかからない』
『【リベンジ・ザ・ケットシー】』
詠唱が完成し終えると彼女の両手、両足は獣の物へと変わっていく。
【リベンジ・ザ・ケットシー】。
それは強制的に獣化させる魔法。
獣化自体は珍しいものではない。
獣人や竜人といった種族には、ほとんどがこの系統の魔法を開花させる。
しかし【リベンジ・ザ・ケットシー】の効果は少し違っていた。
「一部分の獣化…?」
閃光に包まれながら獣化するニャシミアの姿を見ていたミーナは気づいた。
変化したのは両足と両手のみで他は変わっていない。
「ウチは行くけどそいつの治療は任せていい?」
ニャシミアが指さしたのは、今も気を失っているセシル。
間一髪のところでイルファルド達が割り込んだ結果、一命を取り留めていた。
「何があったのかギリギリ見てた。その虚無で一杯の心をどうしたらいいかなんてウチには分からない」
ニャシミアに起きた変化は【モルディル・キメラ】に警戒を呼び、中々攻め込んで来ない。
ならばとミーナに語り掛ける。
「でも言わせてもらうよ。諦めんな!!」
「…」
「まだ飛ばされたあの少年は生きているかもしれないんだよ!?」
死んだと確定したわけではない。
ミーナの考えは死んだという事実を見るまで推測のまま。
「命を捨てるな!!最後まで抗ってこその人生だ!!」
「!!」
「でも探そうにもモンスターをどうにかしなきゃいけない。その為にはそいつのバカみたいな魔力が必要だ!!」
ニャシミアには分かっている。
一人では勝つのは難しい。
だから一人でも多く。
一緒に戦える仲間を。
パーティーメンバーを探している。
「だから任せた。頼んだ!!」
次の瞬間。
【モルディル・キメラ】とニャシミアは全力で踏み込んだ。
「猫の馬狩りってか?」
獣化により速度を上げた結果、速度は何倍にも膨れ上がっていた。
それは【モルディル・キメラ】の視界から消え、見失う程にまで。
「ニャ!!」
戦闘スタイルも変わり拳から爪による引っ掻きへの変更。
決して深くはないものの確かにダメージは入る。
[でもほとんど無意味。あれじゃかすり傷程度。それに速度もずっとは維持できない。]
飛躍的に強くなっても越えられない壁がそこにはあった。
上がった速度もスタミナが切れたら、足が潰れたら戦況は簡単に引っくり返る。
あくまで一時凌ぎ。
勝つためにはセシルが必要。
「ニャアアアアアアア!!」
『でも言わせてもらうよ。諦めんな!!』その言葉がミーナを駆け巡っていた。
「っ!!」
魔力を練り集中する。
腰からは非常用に身に着けていたステッキを装備し、魔力を高める。
『大地に降り注ぐ恵みの雨よ どうか力を貸してほしい』
今思えば私は最初から諦めていた。
セシルから引き剝がそうと走ったイルファルドも。
受験者を逃がす為に戦ったセシルも。
今この瞬間も全てを賭しているニャシミアさんも。
皆諦めていない。
『至宝の光 天の輝き この世界を照らしたまえ』
誰よりも早く諦めることを選んだ私は何がヒーラーだ!!
かつて天空大陸一の薬師エルミーゼは言った。
誰よりも足搔いて、最後まで諦めちゃいけないのがヒーラーだと。
ありがとう。ニャシミアさん。
私も抗える!!
『【ラグリエス・ヒール】』
金色の光を展開し、セシル一人を包み込む。
「ぐっ!!」
傷の治る痛みでセシルは呻き声を上げる。
【ラグリエス・ヒール】は範囲を切り替えられ、効果は範囲が狭くなればなるほど強くなる。
しかし早すぎる治癒は身体に負担を掛け、痛みを伴う。
「ごめん。でも我慢して」
この状況でゆっくり回復していては間に合わない。
少しでも早く回復させなければいけない。
身体中ボロボロで左腕に至っては折れている。
縮小したこの範囲でも治癒には時間がかかる。
『カカカカカカカカカカ!!』
「っ!!」
ニャシミアが全力で走り続け三分。
僅かに速度が落ち【モルディル・キメラ】の視界に入った。
何とか盛り返し再び速度を上げるが、こんな荒業何度も通用しない。
セシルが動けるようになるまで耐えることはできるか。
答えは否。
このままでは確実に不可能。
何か一つ。
その一つがあれば。
しかし現実は厳しく甘くない。
知っているからこそニャシミアは大きく歯ぎしりをした。
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今僕は真っ暗な世界にたった一人で佇んでいる。
最後に覚えているのは、僕の骨が折れた音。
それ以降は何も覚えていない。
ああ。
死ぬのだろうか。
最後に聞こえたミーナの叫び声。
それが耳の中で響く。
「なら。もし君は時間が戻ったとして君は感情を押し殺して逃げる。そんな選択はできたかい?」
それは僕よりも少し身長の高い男。
それ以外は分からない。
顔も種族も声すらも、僕と同じもの。
できない。
きっとあの時間に巻き戻ったとしても、僕は怒りを抑えられない。
「愚かだね。君は。なりたい英雄の姿。勇者とは似ても似つかない」
分かっているよ。
でもしょうがないじゃないか。
家族が目の前で傷ついて倒れてた。
怒りは捨てれない。
「なら君は憧れの勇者を目指さないのかい?」
それは違う。
きっと諦められない。
「へー。理由を聞いても?」
僕が目指すのは光を、幸せを分けられるようなそんな勇者。
誰にでも手を差し伸べるそんな姿。
「理想論だね。今の君は何もできない。弱い」
分かってる。
だから強くなりたい。
歩みを止めたくない。
これからも努力して夢に手を伸ばしたい。
もう大事な人を失いたくない。
僕を生んだ母さんや父さんのように、家族を…友達を…!!自分の手が届く範囲の命は失いたくない!!!
守るための力が欲しい。
だから強くなる!!!
「なら問おう。もしも小さな子供が絶体絶命の状況。その子を助ける為には、自分の積み上げてきた地位、名声、実績。その全てを投げだしてやっと助けられる。この状況で君はどうする?」
決まっている。
助けられるなら地位も名声も実績もいらない。
「ハハッ。偽善者。そんな大層な想いを持ってても報われるとは限らないよ?」
それでもいいよ。
僕はそんな英雄や勇者になりたい。
「そうか。それが聞けて良かった」
何を…それにあなたって…
「君のような人には報われてほしい。がんばれ」
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ミーナが治療を始めて既に数分が過ぎたがセシルは一向に目を覚まさない。
【モルディル・キメラ】も決してダメージを負っていない訳ではないが、致命傷にはならない。
セシルとニャシミアが負わせた傷とミーナ達の状況を比べたら、圧倒的にミーナ達の方が危うくいつ均衡が崩れてもおかしくない。
既にスピードの落ち始めたニャシミアは、確かな焦りを感じていた。
[こいつもダメージは蓄積されてる筈。でもそれにしてもタフすぎる…!!]
ニャシミアもこの個体が【猛種】であることは戦闘をしながら気づいている。
その上でタフすぎる。
通常種よりも早く、体毛も一本一本が硬い。
これでは打撃でなくても攻撃は軽減され、ニャシミアの爪も通りにくかった。
頼みの綱はセシルの全力の一撃。
「ニャアアアアアアアア!!」
時間を稼ぐ。
その為に猛った。
それは獣の如く。
少なくなってきた残りのスタミナを燃やしありったけをぶつける。
『カカカカカカカカカカ!!』
しかしそれが逆効果となった。
戦い続け常に敵視はニャシミアに向いていた。
小さな傷を付け、無視できないように。
だが現在の【モルディル・キメラ】はニャシミアを狙っていない。
新たなターゲットはミーナ達だ。
[こいつ…!?ウチを狙うのをやめた!?]
極めて冷静に。
ここは目の前の鬱陶しい存在よりも謎の光を止め、自分を殺しゆる存在に狙いを切り替えた。
そして気づいたのだろう。
ニャシミアではセシルとミーナを助けるための妨害ができないことに。
元より手数で攻めるタイプ。
重たい攻撃はできず、戦士や聖騎士のように見方を庇うことも不可能。
長年生きてきた【猛種】だからこそ、戦闘で柔軟な考えができる。
なんとか足を止めようと攻撃をし続けるが一向に歩みは止まらない。
「っ!!」
今も回復を続けるミーナも状況の変化を感じ取った。
刻一刻と近づく【モルディル・キメラ】。
魔法を解除してセシルを背負い逃げるか。
だが不可能だ。
確実に追いつかれ終わる。
「逃げろ!!!」
ニャシミアも逃げても無駄だと分かっている。
だが僅かでも。
すると。
「ダメです!!逃げません!!」
「──────くっ!!」
「ここで癒し続ける!!だから…!!」
声が聞こえる。
魔力の流れを感じ取れる。
「だから…!!」
遂に【モルディル・キメラ】の攻撃範囲にミーナとセシルは入った。
強くなる死の気配。
ミーナは決して自分達を殺そうとする存在を見なかったが、もしも見ていればその姿は悪魔のように恐ろしかっただろう。
振り上げられる前足。
それがあまりにも突然。
シュッ、とミーナと【モルディル・キメラ】の間に一本の片手剣が飛んできた。
剣の銘【フィア・ブリンガー】。
それにはミーナも覚えのある魔力が籠められている。
『第一席』
そんな単語が聞こえた。
『カカカカカカカカカカ!!』
ミーナとセシル、二人の命を刈り取る必殺。
すると剣は動き出した。
その刀身は必殺へとぶつかる。
───────それは転移とは少し違う。
投げられた剣に身体が瞬間移動してきた。
柄を握り今のありったけを注ぎ込む。
「はあああああああああああ!!!」
大きな雄叫びと共に【モルディル・キメラ】の一撃を弾き、数本の指を切り裂く。
黒髪に白色のメッシュが入っている特徴的な髪色。
装備はボロボロで決して筋肉質な身体ではない、そんな少し頼りないような男性。
「夢でも見てんのか…?」
ニャシミアも見ていた。
彼が吹き飛ばされる瞬間と力が足りず敗北した現実を。
「っ──!!!」
ミーナからは涙が溢れ出し、あまりの衝撃に声が出ない。
「ぐっ!!」
やっとセシルが僅かに意識を取り戻し、小さく目を開けた。
見えたのは昔から見たきたセシルの兄弟。
「イル…ファ…」
そう小さく呟いた。
「ごめん。遅くなった」
ミーナとセシルを見て小さくほほ笑んだ。
強くなるために。
僕は皆で道を切り開く。
間に合わなかった…
思ったよりも時間が取れなく、遅れてしまいすみません。
その為今回は世界観に基づいた解説は、無しにしています。
文字数も二話に分けるので今回は少ないです。
【夢見る少年】は制作途中ですが書きたい内容は、既にあるので後は書きなぐります。
時間の確保が不安定であり確実に出せるか分かりませんが、火曜日にか水曜日の0時付近に出せるようにします。
今回も誤字、脱字など気兼ねなくご報告ください。
またブックマークなどもとても励みになります。
何卒よろしくお願いします。
それではまた!!
追記
累計100pv超えました!!
ありがとうございます!!
まだ物語は序章。
これからもより良い物語を作れるよう精進して参ります!!




