【短編】新作VRゲームβ版テストの抽選に落ちて、実力テストで赤点を叩き出した俺はゲーム禁止に!3ヶ月間、憧れの戦士に会えることを楽しみにしていたのにログイン初日からパーティメンバーに固定されてました!
「なぁ、ヤス」
「んぁ?」
「何見てんだ? さっきから」
ようやくテスト期間が終わり、今週最後のホームルーム。親友の翔也が、スマホに釘付けになっている俺に話しかけてきた。
「何って、ゲームのスクショ見てる」
「あぁ、この前のテスト結果悪くて、かぁちゃんに止められたヤツ?」
「……そうだ」
呆れた顔をしている翔也には、長い長すぎるゲーム禁止期間のツラさはわからないだろう。
三ヶ月前まで遡る。
新しく出たVR MMO RPG、ニューワールドヒーローズβテストの抽選がハズれたことが、全ての発端だった。βテストの抽選で、感触を確かめ、仲間を集めてオープンワールドを楽しむ予定が、学校の帰り道で運命のメールで夢砕けた。
『誠に残念ながら、βテスト抽選はハズレとなりました。正規版が発売になりましたら、ご購入をして……』
……ハズれた。
スマホの画面が滲んで見えなくなった。それ以降、約一週間ほどの記憶が曖昧だった。その間にあった実力テストで赤点を五教科全てで、叩き出してしまい、学校へ呼び出された母にゲームを禁止されてしまった。
父からの悪い提案で、期末テストでも悪い点を取れば、ゲーム禁止どころか据え置き型だけでなく全て没収されることになり、必死に勉強をした。
「父ちゃんなら、普通、息子の味方だろ?」
何度も訴えてみたにも関わらず、「母さんが機嫌良くないと困るからな。頑張れっ!」の一点張りで、息子を売ったのだ、自身の飲み会のために……と悟った。
父に裏切られ、勉強をするしかなくなった。普通にしていれば、点数が取れるのだから、記憶のない実力テストのことは忘れてやった。
すでに正規版も発売され、ひと月以上勉強机の上に大切に祀ってあり、テストを終えるまでの我慢だと、毎晩ゲーム内の情報やスクショを見ながら眠りについた。
今見ていたのは、この世界で、有名なプレイヤー。β版にはいなかったらしいが、最強の一角にいる彼女。けして群れず、孤高に強くなっていく彼女を崇拝しているプレイヤーは少なくはない。白銀髪にピンクのレイヤーが入った長髪にスラっと長い手足。エルフと見間違うかのような完璧なアバターの仕上がりに感服すらした。今、解放されている階層は三層目。どの層も最速で踏破したという噂まで流れている。
憧れないわけはない!
「んで? そのスクショのおねぇちゃんは、何なわけ?」
「孤高の戦士リ……」
「オタクくん、ちょっとうるさいよ?」
「こらっ、マナ。そんな言い方!」
「だって、本当のことでしょ? ゲーム? 高校生にもなって、ピコピコしてるとかヤバいでしょ?」
「……ごめん」と小さく呟く。逆らったところで、敵う相手ではない。話しかけてきているのは、クラスヒエラルキートップのギャルのマナだ。
先週、席替えがあり、マナの友人で清楚系ギャルの一条里緒が隣になったため、必然的にこの場に陽キャが集まっていた。
「葛井くんが謝ることじゃないよ」
里緒からの言葉に慌てて何かを言おうとしたとき、マナが被せてきたので、それ以上は何も言えなかった。
「オタクはほっといて! りーおっ! テストも終わったんだし出かけようよ! 最近、誘っても全然遊んでくれないじゃん。駅前に新しいお店ができたから」
「ごめんね、マナ。今日も用事があるから……その、またね?」
「最近、そればっか! 何? 私より優先することあるわけ? もしかして彼氏? 彼氏ができたの?」
マナが大騒ぎしたので、先程より人が集まってきた。里緒の周りは、あっというまに囲まれてしまう。時折「違うよ!」と否定しながらなも追求は進んでいるようだ。
「スゴいな、一条さん。俺らには関係のない人だけど。それより、その彼女、もう一回見せて!」
翔也に言われ、スマホを渡した。里緒の周りには、未だ人が集まっていて、誰かの手が翔也の肘に当たって、俺のスマホが人だかりの中へと飛んでいく。
「悪いっ!」
スマホは、集まった奴らに当たり、一条里緒の机の上落ちた。
「うわっ、さすがオタクだね? ゲームの画面、スクショするとか、ありえない!」
マナの言葉が、胸に突き刺さる。他の奴らも似たようにヒソヒソと話す中、「ごめん」と集まった人を退け、里緒がスマホを返してくれる。その様子をみなが見守る中、聞き違いじゃないかと思うほど、小さな声で「ありがとう」と里緒は言い、スマホを返してくれた。すぐにチャイムが鳴りホームルームが始まる。『ありがとう』の意味を考えながら、スマホの画面を見る。孤高の戦士リオンが、外面越しに微笑んでいた。
◆
家に帰りながら、ニューワールドヒーローズにログインすることを考えてた。途中、ギャルっぽい人にぶつかって、平謝りし、嵐は過ぎ去ったが、彼女もとても急いでいたらしく、「ごめんね!」と振り返りもせず駆けていった。「ただいま」と家に入っても、母からの返答がない。鍵が空いていたので、隣の家に回覧板を回しに行ったのだろう。
……どうせ、1時間は余裕で帰ってこないな。今のうちに。
自室に入り、祀ってあるパッケージを開いた。オンラインで買えるが、ディスクがある特別感でパッケージを買った。そのまま、VR用の本体にセットする。
あとはベッドに横たわるだけ。はやる気持ちを抑え、寝転んだ。装着したヘッド横にあるボタンを押せば……ロード中と視界に表示される。
……はぁ、楽しみすぎる。いつか、どこかで、会えるといいな、リオンに。
夢を思い描きながら、真っ白な空間へ降り立った。
◆
「ウェルカム、ニュー、プレイヤー!」
真っ白な壁に四方囲まれているこの場所は、周りが白すぎて、広いのか狭いのか感覚が掴めない。浮かんだ文字が消えていき、いよいよ初期設定の画面が来るのだろうと待っていると、玉座のような椅子が現れた。そこに座っているのは、王冠が少しズレた位置にある真っ白い高級そうなモフ猫。傲慢そうに見えなくもないが、人懐こいのか、毛の長い尻尾をブンブン振っていた。
初期設定の案内人は、猫か。いいな、モッフモフしてる。
「やぁやぁ、新しい冒険者のきみぃ! ようこそ、新世界へ!」
大仰に玉座から二足で立ち上がり、僕を出迎えてくれる。尻尾を振りながら、もったいつけるように階段を降りてきた。王様らしく、赤いマントをしていたが、引きずっ……。
あっ、踏んだ。
だだだだだんっ!
「あいった! おとっ、でふ……どっしゃーっ!」
見事な声の効果音付きで、階段の最上段から転がり落ちてきた。
猫って、身軽なんじゃないのか? 鈍臭い。
ぐへぇ……と潰れたトマトのようにぺちゃんこになっているモフ猫の顔は、マントで隠れて見えない。尻尾だけが、ゆらゆらしているので、無事ではあるのだろう。足元へコロコロと転がってきた王冠を手に取り、モフ猫の方へと近寄る。
「大丈夫か?」
「……いてててて……。お、お尻がぁ! 尻尾の毛並みがぁ!」
バサっとマントを跳ね除け、お尻をさすっていたので、大丈夫だろう。
「カッコよく現れる予定だったにゃ! なのに……どうして、どうしてこうなったにゃっ!」
威厳たっぷりの言葉はどこへやら……、可愛らしくにゃっにゃっ言ってるけど?
頭を抱えながら、「にゃあぁあぁあぁー!」と発狂している。どう見ても可愛らしい喋る猫って感じだ。
「な、なぁ? そろそろ、ゲームのいろは、始めてくれねぇか?」
ハッとしたように、振っていた頭をピタリと止め、恐る恐るというか、ギギギっと音がしそうにこちらを見た。
「…………!」
「よぅ、大丈夫か?」
怖いモノでも見たかのように、今度は後ろに飛び跳ねた。その瞬間、長いマントの裾を踏み、滑って転んでしまうモフ猫。かわいそうに階段の2段目の角に頭を打って、またもや床をのたうち回ることに。
……初ログインなんだけど、このコント、いつ終わるんだ? 早く、フィールドに入りたいっていうのに……。いつまで経っても、進まないじゃないか!
のそのそと起き上がるモフ猫に王冠を渡し、手を差し伸べると、王冠やらマントを消した。
最初から、そうしてくれてればよかったのに、何がしたかったんだろう?
「ごめんにゃ、しぇんぱいからアドバイスをもらって、それっぽく演出してみたにゃ。カッコよくキメるつもりが……散々なんだにゃ」
「あぁ、それは、いい。仕方ないから。それより早く進めてくれ」
「わかったにゃ!」といって、手をパチンと叩く。可愛らしいピンクの肉球がチラリと見えた。
「初めましてにゃ! 新しい冒険者の君の案内役になった、シラタマにゃ! 不束者ですが、どうぞよろしくにゃ!」
深々と頭を下げるシラタマ。見るからに愛らしい姿に猫好きの僕はときめいてしまう。
「ますは、名前を決めるにゃ! 何がいいにゃ?」
「名前はクズイだ」
「登録するにゃ! プレイヤー名は変えられないから、本当に『クズイ』さんでいいにゃ?」
「もちろん! 頼む」というと、体がふわりとしたように感じた。
「ステータスを見たら、名前が入ってるにゃ! どうにゃ?」
ステータスを見ようとして、悩んだ。思い浮かべたら出たりするんだが……出てこない。
「あっ、ステータスは、手をこうやって空中をトントンとするとでるにゃ! 設定で変えられるにゃ! ログオフするときも、ここからにゃ!」
シラタマに言われ、空中をトントンと叩くと、ステータスが出てくる。まだ、設定すらしていない何もないステータスに名前だけあった。
「どうにゃ?」
「あぁ、名前がついてる」
「じゃあ、次にゃ! 武器は何にするにゃ? 剣、双剣、槍、棍棒、杖、錫杖、大楯、鍋のふたにゃ! 何にするにゃ?」
武器が周りをぐるぐると回っている。それを触って感触を確かめることも可能らしく、気になる剣と双剣を手にしてみた。
「リオンに憧れるなら! 剣、だよなぁ……、でも、双剣も軽くていい」
「鍋のふたがおすすめにゃ!」
「鍋のふたって……何するんだよ……」
「知らないにゃ!」
「知らないのかよ!」
「そうにゃ! そういえば、リオンって言ったにゃ? いったにゃ?」
「あぁ、知ってるのか?」
「もちろんにゃ! 憧れのしぇんぱいが、始めておもてなししたプレイヤーにゃ! めちゃ強にゃ!」
しゅっしゅっと短い腕をボクシングのように繰り出しているが、リオンは、格闘家じゃない。仕草が可愛いだけで、あまり知らないのかな? と、クスッと笑った。
「あっ、笑ったにゃ! リオンは、格闘家にゃ! しぇんぱいが、リオンに格闘技術を教えたにゃ! だから、強いにゃ!」
「そんなことないだろ? だいたい、案内役が、そんなことするのかよ?」
「チュートリアルを全てコンプリートしたあかつきには、案内役から、最初のプレゼントがあるにゃ! ほとんどのプレイヤーは、チュートリアルはスキップするのに、ちゃんとこなしたリオンはえらいにゃ! しぇんぱいの話をきちんと聞く、リオンは賢いにゃ!」
誇らしげにしているシラタマの頭を撫でる。まさか、こんな場所で、リオンの話が聞けるとは思っていなかったのだ。素直に嬉しい。
「何するにゃ! にゃにゃにゃ!」
頭に置かれた手を退けようと暴れているが、うまくいかない。ただ、ジタバタとしているだけで、可愛らしかった。
「……、武器は、決まったにゃ?」
諦めたのか、通常の仕事に戻るらしい。
「あぁ、決まった。これにする」
手に取った瞬間、重みを感じる。初期設定すら終わってないので、仕方がない。
「最後に値を設定するにゃ! チュートリアルをするなら、終わった後でもいいにゃ!」
極振りに近い感じで……と、バランスをここらへんでとって。こんな感じ?
最初のステータス値を決め終わると、ポーンと音が鳴る。なんだ? と前を見れば、「お疲れさまにゃ!」とシラタマが飛び跳ねていた。
「そんなにはしゃいでたら……」
ドテ……。
「言わんこっちゃないな」
シラタマは、自分の長い毛を踏んで転んだらしい。へそてんをし、動かなくなった。
「大丈夫か?」
「大丈夫にゃ……」
「いててて……」とお尻をさすっている仕草が人間くさくて笑ってしまう。
「これで、初期設定は終わりにゃ! 今すぐ、街へ向かうにゃ? それとも……」
「あぁ、頼む」
「それじゃあ!」とシラタマが言った瞬間には、あたりは光って眩しくなり、目を瞑った。
目を開けたとき、さっきまでいた白い空間ではなく、コロッセオのような場所の真ん中に立っていた。
「にゃっにゃっにゃっ! よく来たにゃ! ここを支配している……」
「早くしてくれ!」
「せっかくの雰囲気が台無しにゃ……初めてチュートリアルをしてくれたにゃ……もっと、楽しむにゃ」
にゃーにゃーにゃーと言うシラタマの抗議を無視し、始めようの代わりに、双剣を構えた。
リオンに憧れたんだ。剣士であるリオンと肩を並べたいと思う反面、憧れであり続けてほしい気持ちもあるけど……こっちの方が、俺には手に馴染む。
双剣を構えたら、シラタマがやれやれというように足を打ち鳴らす。すると1匹の小鬼が出てきた。
「にゃーが、指示するにゃ?」
「いや、いい。自分の感覚で、やってみたい!」
「わかったにゃ! 小鬼は動かないにゃ。好きに動いてみるにゃ!」
シラタマに言われたときには、駆け出していた。
すっげぇーっ! 思ってたより、ずっと早く走れる! それに、さっき振り分けたおかげか、自在に双剣も上手く使える。
下から殴りあげるように小鬼を切りつけ、続けざまに、横凪にしてみる。縦に切りおろしてから、中段蹴り。少し動いただけで、だんだん、体と感覚が合ってきているように感じた。
「カッコいいにゃ! 縦スラからの中段蹴り? 体術は……何かやってたにゃ? ここの世界は、プレイヤー……つまり、クズイが、現実世界で習得していることは、一度発動すればできるようになるにゃ!」
「えっ? 本当?」
「にゃっ!」と親指を立てているような仕草をするが、いかんせん、猫だ。肉球を見せられただけにしか、見えなかった。
「どんどん、使ってみるにゃ!」
『中段蹴りを獲得しました。中段蹴りの威力を超えたため、中段蹴り中を獲得しました。中段蹴り中の威力を超えたため、中段蹴り上を獲得しました』
「なんか、中段蹴りが上になったけど?」
「熟練度を上げれば、ただの蹴りでも、驚くほどの威力がでるにゃ!」
「へぇーそれは、おもしろいなっ!」
動かない小鬼を今度は上段蹴りしたり、正拳突きをしてみたり、試してみる。そのたびに、アナウンスが鳴っていく。
『格闘家を取得しました』
「すごいにゃ! もう、ジョブを覚えたにゃ?」
「ジョブ……」
ふぅ……と息を吐き、整えたあと、シラタマに向き直る。先ほどより、さらに感覚が馴染んでいるように思えた。
「チュートリアルは、まだまだ、続くにゃ! 次は動く小鬼に対しての練習だけど、必要なさそうにゃ……」
「いや、入れてくれ。体の感覚が馴染んできたような気がする」
「格闘技やってるにゃ?」
「昔、空手を少しな。あと、調子に乗ってたときに喧嘩もすこぉーし」
シラタマとの会話も終わり、次なる小鬼が現れる。単純に動くそれを軽くいなして撃破した。
「簡単すぎるにゃ……」
「そんなことは、ないぞ?」
「チュートリアルをしなくても、充分戦えるにゃっ! あとは、体で覚えるにゃ!」
手をパチンと叩いた瞬間、100匹はいるだろう小鬼が現れる。数の多さにも驚いたが、シラタマが何か企んでいるようだ。あまりいい傾向ではない気がするが、まぁいいだろう。チュートリアルで死ぬことは、……たぶん、ない。
「特別に経験値が入るようにするにゃ! この数だから、すぐにレベルアップにゃ!」
嬉しそうに、浮遊するゴンドラのようなものに乗り込み、上から楽しそうにしているシラタマ。
「ふざけろよ……」
「特典、先にいるにゃ?」
呟きが聞こえて慌てたのか、気遣いをしてくれているのか、ゴンドラから覗き込んできた。
「くれるなら、最後までやりきるぞ?」
「にゃら、あげるにゃ!」
手を打ち鳴らずと光の粒が降りそそぐ。
なんだ? これ。
触ってみても温度を感じない光の粒は、目を瞑ると染み込んでいくように体に入り込んできた。体中の組織が、息をするように蠢いた。慣れない感覚に頭と体がチグハグになりながら、ひたすら、馴染むことに集中した。そのとき、シラタマが叫ぶ。にゃあーっ! と。目をカッと開いた。
「危ないにゃっ!」と叫んだシラタマは、見てられないと手で目を覆い、小鬼たちの襲撃から目を逸らした。だいたい、シラタマが呼び出した小鬼。差し向けておいて、自身は目を背けていれば、世話がない。持っていた剣をギュッとにぎった。どうやら、ログインしてから体が馴染んだ。トントンっと、ジャンプしてから、姿勢を低くして、たくさんの小鬼の中へ突っ込む。激流の中にいるような感覚だと思えるほど、荒々しく襲ってくる。不恰好な武器で斬りつけてきたり、先の欠けた槍で刺してこようとしたり、防具で殴ってこようとする小鬼たちをヒラヒラと交わして、同士討ちを狙う。
……何匹かはやれたか? 目の色が変わったな。
剣を逆手に構え、さっきの応用とばかりに、斬りつけてみたり、殴ったり蹴ったりすれば、エフェクトが散り、その場から、どんどんと小鬼たちは消えていった。
……まだ、全然、減ってないじゃん!
チラッと見ていたシラタマが、無事に戦っていることを確認したら、現金なものだ。「いけぇーっ! やれぇーっ! そこだぁーっ!」と、短い手をシュシュシュッとパンチを出しているが、何とも言いがたい。
……アイツいいな。自分が呼び出した小鬼を倒すの、見てるだけでいいんだから!
じっとり汗が出てきたことに、少し驚いたし、体力にも限界があるのか、疲れてもきた。ふぅ……と、息を吐いて整えてから、もう一度、周りを見渡した。警戒を始めたのか、少し距離を取る小鬼。リアルな空気が、ゲーム内でも生きてるっ! て感じる。
……息遣いが、本当にリアルだ。小鬼もだけど……、こっちもだ。
グッと柄を握り直しながら、遠巻きに取り囲まれている目の前に向かう。
……やって、やれないことはないっ!
駆け出して奥まで行けば、刃に当たったり拳や蹴りを喰らった小鬼たちがいなくなり、一本道が出来上がった。そのとき、その道の最奥から、咆哮が上がる。
……おいおい、小鬼だけじゃないのかよ?
走った先、小鬼よりも頭四つ分高い位置に鍛えぬかれた体躯の上位種が現れた。
「あぁーっ! 大鬼にゃ! なんでにゃ? にゃ、にゃにゃにゃーっ!」
慌てるシラタマは、想定外のことが起こったのか、ゴンドラの上で大騒ぎ。「どうするにゃーっ! 戦うにゃ? にゃーっ!」と、騒がしくしているので、ゴンドラが揺れて、今にも落ちそうである。
「アイツ、大丈夫なのか? どっちかっていうと、俺の方がヤバイんだけどな」
頬を伝う汗を拭う。大量の汗が床にべしょっと、飛んでいった。
……疲労感は、半端ない。体が、少し重く感じる。周りの小鬼は……半分くらいにはなったか? やっぱり、アイツだよな? 存在感。
小鬼は体の半分くらいに対して、大鬼ははるかに大きい。
「やるしかないなら、やるだけだろっ!」
再び走り出せば、大鬼が指揮を出し始めたのか、統制が取れ始める。厄介この上なく、さっきまであった一本道も塞がれ、退路を断たれた。
『レベルが5になりました。小鬼を一定数撃破したので、小鬼殺しの称号を得ました。小鬼を一定数撃破したので、小鬼殺戮の称号を得ました。一定時間内の撃破数を超えたので、虐殺の称号を得ました』
遅れてきた無機質なアナウンスに、戸惑いながら、今は、兎にも角にも小鬼を狩るしかない。疲れたとへたりこめば、ゲームオーバー。憧れのリオンには辿りつけないと、震える足を叩いて、混戦の戦場を駆けて駆けて駆ける。あのポンコツモフ猫が出した小鬼は、もうそろそろ倒しきってもいい頃合いだ。減らない小鬼とついた称号のことを頭の片隅で考える。
……やっぱなぁ、増えてるよな? それに、だんだん、統率も取れ始めて、物量で押してきてる感じするんだよなぁ……。
気のせいで押し切っていたが、体力的にキツイのだ。
……デカブツ目掛けて、特攻するか。
大鬼が出てきてから、どうもおかしく感じていた。
動けよ足っ! 止まるなっ、俺っ!
大鬼の前を塞ぐような格好で小鬼たちが群がる。ちょうど、襲いかかろうと姿勢を低く駆けてくる小鬼へと跳躍して肩を足場として、次々と小鬼を踏んづけていく。足元では、ぐへっ、うぐっなど、俺に踏まれた小鬼たちが潰れていった。小鬼の橋を渡りながら、最後尾の大鬼に迫る。
前の方にいた小鬼たちも追いかけようとしているが、後ろから押し出されてしまい、うまくいかないようだ。
知能が低くて助かる。そのうち、どの個体かは、俺みたいにするかもだけど。今は……!
両手にギュッと力を込め、バランスの悪い小鬼の顔面を踏み切り、大鬼に飛び切りした。格闘家を取ったおかげか、振った剣には、威力があり、風を切る。
そのまま、大鬼の首を目掛けたが、さすがというべきか、持っていた大鎚を振り回し、小鬼ごと抹消しようとする。上で見ているだけのシラタマは「危ないにゃーっ!」と叫び、自身はゴンドラから落ちかけている。プラプラとフサフサした尻尾を振って、「助けてにゃー!」と情けない声を出していた。
「助けて欲しけりゃ、大人しくしてろって言ってるんだっ!」
周りから小鬼が一瞬でいなくなったことを見れば、一発でも当たるとヤバいことがわかる。
あれ、ヤバすぎ! あのアホ猫は絶対、何も考えてないやつだろ? どうすんだよ。
大鬼を前に構える。後ろからもいつ襲うか伺っている小鬼の感覚もヒシヒシとくるし、大鬼なんて、俺から目を離さない。唯一、アホな声を出して、「助けてー」って叫んでいる声だけが、コロッセオに響いた。
小鬼が攻めてくる前に、動かないとまずい。
大鬼目掛けて走り出せば、大槌を振り回してきた。当たらないように、紙一重のところでヒラヒラとかわし機会を探る。初期装備しかない今の俺でも勝てるか、疑問しかないけど、振り下ろした槌の上に飛び乗ることができた。ありがたいことに大鬼目掛けて一直線。剣を閃かせれば、大鬼の首に当たったが、予想していたよりずいぶん硬い。剣をクロスして、力一杯押していく。少しずつではあるが、剣がめり込んでいく。大鬼もただやられるわけではない。暴れ始めたので、足で首に巻きつき、頭を抱きしめるように力を入れていく。殴ろうと手を振りかざしたとき、力尽きてくれたようで、一瞬で、大鬼が消えた。
その場にストンと降りた。一仕事終えた俺は、息をふぅ……と吐く。無機質なアナウンスが流れていたが、いまは、聞いている余裕はない。
息を整え終わるより先に走り、小鬼たちが俺に向け、最後の足掻きを始める。レベルが上がった俺の相手ではなかった。トントンっとその場で2回、小さくジャンプしてから、迫る小鬼たちへと向かう。
囲まれた状態から、内輪がどんどん広くなっていくが、蹂躙した小鬼もあと1匹となった。
「さよならだ」
剣を一振りした瞬間、エフェクトとともに最後の小鬼が消えていく。
「レベルが8に上がりました。スキル無慈悲を獲得しました」
無機質なアナウンスが聞こえたとき、背中から後ろに倒れた。
つっかれた……。
動かない身体で石畳に寝転び、チャリーンという音を確認した。どうやら、スタートも未だしていないゲームで、大金を手にしたらしい。長く険しいチュートリアルは、大量の経験値、大金、スキルを取れて無事、終われたようだ。
あとは、アイツだけだよな。
ゴンドラにぶら下がりながら、暴れているシラタマを見上げ、ため息をついた。しばらく、シラタマを眺めていたが、不憫になってきた。移動したはずの場所は元の場所には戻らず、シラタマはちゅうりんぶらりんとなって、尻尾を垂らし元気なく「にゃあ……」と呟いていた。
あの距離なら、跳躍とかで、跳べたりするのか?
下から見上げていれば、手がプルプルしているのがわかる。ゲームとはいえ、可哀想になり、声をかけた。
「シラタマっ!」
「にゃにゃ! な、何にゃ? 今、手が離せないにゃっ!」
「助けてやろうか?」
限界まで頑張って、ぶら下がっていたのだろう。下をチラリと見た目は輝き、「早く助けるにゃっ!」と、急かし始める。
「ちょっと、待ってろ」
「もう、待てないにゃっ! 早くしてにゃっ!」
「そりゃそうだろうけど、自業自得だろ? ゴンドラで暴れるとか自殺行為だから」
疲れた身体でトントンと飛び跳ねる。
トランポリンの要領だよな? ゲームだから、いけるだろ!
トントン、トーントン、トーントーン。
「にゃっ!」
「迎えにきたぞ? 次飛んだとき、手を離せ」
地面まで降りて、再度跳躍する。今度はシラタマの両脇に手を入れ抱きしめ、地面に降りた。
「地面にゃ……」
ヘタリと座るシラタマに、「元の場所に戻らないのか?」と問えば、毛で見えないが明らかに汗をかいて怪しい動きを始めた。
「もしかしなくても、おててポンで、元の場所に戻って、助けなくてもよかったとか?」
返事が返ってこないあたり、そうなのだろう。大きくため息をついて見下ろせば、何事もなかったように話始めた。
「し、仕方ないにゃ? ほら、僕も初心者だから……にゃ?」
「苦しい言い訳。あと、あの小鬼大鬼って、なんなわけ? 想定してたより多かったし、大鬼って、聞いてないけど?」
「……ごめんにゃ」
「はっ? 何っ? 声が小さくて、聞こえないんだけど?」
「だから、ごめんにゃ! 増えたにゃ! こんなことになるなんて、誰も教えてくれなかったにゃ! みんな、チュートリアル飛ばすから、初めて使うにゃあぁぁぁぁぁ!」
泣きべそをかいているシラタマが不憫になっても、ここは譲ってはならない。プレイヤーをサポートする側を甘やかしてはならない。でも、モフモフがしょんぼりしてたら、可愛くて仕方がないので、許してしまいそうだ。葛藤を抱えながら、次のプレイヤーには、失敗しないように、変な提案をしないよう約束させる形で、切り上げた。
「それじゃあ、さっそく、始まりの街へ送ってくれ」
「わかったにゃ。そうにゃ、特典にゃんだけど、」
「もうもらったんじゃないのか?」
「まだあるにゃ。にゃーは、本当に初心者だから、特別に3つの特典を渡せるようになっているにゃ!」
「じゃあ、それを早くくれ」
不満そうに見上げてくるシラタマに、こちらも不満そうに見下ろした。
「1つ目は、経験値〇倍にゃ」
「〇倍? よくわからんやつだな?」
「にゃーもよく知らにゃい。いっぱい経験値はいるにゃ!」
「そうか、ならいいや。あとは?」
「2つ目は、これにゃ。状態異常を無効化できる優れものにゃ」
「そんなチートな装備品もらってもいいのかよ?」
「担当ごとに初めてチュートリアルを受けるプレイヤーへの特典にゃんだな」
「ありがたくいただいておくよ」
どうしても、親指を立てたいらしいが……どうも、肉球をみせるくらいにしかなっていないそれを指摘して、微妙に笑っておいた。
「そんで、最後のは何?」
「んー、たいしたものじゃないにゃ。にゃーが暇つぶしに作ったものにゃ。これは、にゃーからのプレゼントにゃ」
そういって出してきたのは、双剣であった。柄のところに猫の肉球マークがついているいたって普通のものに見えた。
「もらってもいいのか?」
「使ってくれると嬉しいにゃ。にゃーが作った中でも、最高傑作の双剣にゃ」
とりあえず、装備を入れられるところへ移動させておく。さっきから、チュートリアルという名の余計なイベントをこなしていたので、早くゲームをスタートさせたかった。
「まずはギルドに行って冒険者登録をするにゃ。そこで、カードを作ったら、アイテムを格納できるアイテムボックスがもらえるにゃ。その中にこれを入れておくにゃ。さっきのお詫びにゃ」
「いいって。俺も大変だったけど、楽しかったし」
シラタマが紅い宝玉を差し出してきたので、ポケットに入れておく。
「じゃあ、クズイ。元気で! また、どこかで会えると、嬉しいにゃ!」
「あぁ、またな。シラタマ」
パンとシラタマが手を叩くと扉が出てきた。扉の前で一度停まって、振り返る。少し寂しそうにこちらを見送っているシラタマが手を振っていたので、俺も振り返す。扉に向き合い、ノブを押した。
◆
……街だ。
パタンという音と共に、シラタマが作った扉は見えなくなった。
「すげぇーな。始まりの街。ここ……が、パソコンの画面越しに見てた場所か。んー、やっと、やっとこれたぞぉー!」
たくさんの人が歩き回っている。すでに初期装備の服や武器防具とは違うものを持っているプレイヤーがたくさんいた。
「はぁ……まずは、一人で、回ってみたいな。どこら辺がいいのか、聞いてみるか……」
あたりを見回して、話しやすそうな人に声をかける。雰囲気はどこかのお嬢様を思わせるような服装をしていて、白銀の長髪を揺らしている女性に話しかけた。
「あの、すみません!」
「私ですか?」
「あっ、はい」
「あぁ、初心者さんですね? 狩場?」
「えぇ、そうなんです。どこか、いい場所はありますか?」
彼女と向き合ったものの、顔を見ていなかったので気が付かなかった。ニコッと笑う優しい雰囲気が伝わってきて、顔をあげてみた。
そこには、「そうですねぇ~」と人差し指を頬にあてながら、考える仕草をしている彼女……リオンが目の前にいた。
「……リ、リオン?」
「えっ?」
「あ、あの……失礼しました。リオン様ですか?」
「えっと、様とかはいいので……リオンで。私のこと、知っているんです?」
「もちろんです! 孤高の戦士リオンと言えば、ネットでも有名で」
「……そうだったんですね? 最近、よく見られるなって思っていたんですよね。今日は、少し雰囲気を変えたので、見られませんけど」
クスっと笑う彼女は、女神か聖女かというほど、美しかった。釘付けになり、目が離せない。
「狩場ですが、近場もいいですけど、少し先にある場所がいいですよ! えーっと、マップはありますか?」
「……きたばかりなので」
「なら、一緒に行きましょう。何かの縁ですし」
そういって、ピクニックにでも行くかのようにスカートを揺らしながら、歩くリオン。まさか、憧れの戦士にこんなに早く出会えると思わなかった。
「あぁ、そうだ」
「な、何ですか?」
「敬語はお互いやめるとして……ギルドに向かいましょう。冒険者登録をしないと」
「行きましょう!」と手を取られ、ぐいぐいと進められる。呆気にとられながら、彼女……リオンの後ろをついて歩くことになったのだった。リオンに連れて行かれたのは、街の中心にあるギルドであった。
扉を無遠慮に開け、ズンズン入って行く後ろをキョロキョロとしながら、ついていく。
ギルドって、こんな感じなのか。
図書館みたいなカウンターに個別相談ようのブース、談笑できるようなテーブル席があった。奥にはギルド! と主張するかのように大きな掲示板があり、何人もの冒険者たちが、次なる依頼に向けて吟味しているようだった。
「エレン!」
受付嬢に手を振り駆け寄るリオン。視界の端に捉えたので、周囲から視線を外し、受付カウンターへと向かった。
「リオンさん、お久しぶりです!」
ペコリと頭を下げてから、ニッコリ笑顔のエレンが、挨拶した。後ろにいたのだが、どうやら、俺のことは眼中になく、誰か別の人が相手するよう目配せをしている。
格闘家のおかげか、細かい視線の動きがよく捉えられるな。
隣にサッと、別の受付嬢が来て、「こちらへ」と言う前に、リオンが紹介してくれた。
「さっき、出会ったばっかりの初ログインの人! 連れてきたから、いろいろ教えてあげて。そのあと一緒にでかけるから……えぇーっと……」
チラッとこちらを見て確認している。そういえば、まだ、自己紹介をしていないことに気がつき、リオンの隣に並んだ。
「初めまして、クズイです。これで、カードが作れるとモフ猫……、ナビゲーターが言ってたんですけど、できますか?」
「えぇ、できますよ。手続きしますので少々お待ちください」
何やらカタカタとしながら、リオンと話をしているエレン。その様子を見ていると、二人がとても仲良さそうに見える。
「二人って、仲がいいんですか?」
「えぇ、もちろん! ここだけの話、世界で初めてのバグとこうして、友人になれたことは、とても嬉しいわ!」
えっ? 今、バグって言った? 確かにNPCにしては、リオンととても親し気に話しているなと思っていたんだけど。
無機質なNPCの言葉ではなく、本当に友人を迎え入れるような受付嬢をもう一度見た。クスクス笑いながら、リオンと談笑ている。それも、とても自然に。
「できました。クズイ様」
「ありがとう」
「初期装備ですが、こちらになります。双剣ですので、こちらの防具と採集用の収納袋です。収納には20のアイテムが格納できるようになっています」
「20か……意外と少ないんだな?」
「冒険の先で、新たにアイテム収納ができる装備もありますし、少し行ったところにある日用品店でも、もしかしたら、もう少し収納できる収納袋が売られているかもしれません」
「クズイくん、とりあえず、そんなには大丈夫だと思うよ。同じものは、かける何ってなるから」
「私なんて、未だに使ってるよ」なんて、笑いながら初期装備の収納袋を見せてくれる。
「最後になりますが、こちらの回復薬を進呈いたします。10本ありますので、ご自由にお使いください」
「じゃあねっ! エレン」
受付嬢のエレンに手を振り、リオンはギルドから出ていこうとする。俺は、もらった収納袋の中にシラタマからもらったものを押し込んだ。
「さて、冒険の始まりだ。フィールドに出るだけでもテンション上がるのに、リオンと一緒って……まじで最高。今年の運、全部使い切ったかも」
装備を整え、リオンについてギルドを出た。「さて、行きますか!」と気合十分のリオンは、町娘のような格好で、出かけるようだった。
「あの、リオンさん?」
「何かな? クズイくん」
「その恰好で向かうんですか?」
「……あぁ、これね? 一見、町娘っぽいけど、これも立派な防具だよ! ここじゃ、フル装備にすると目立つっていうのもあるから、なるべく目立たないようにと思って、変装? しているの」
「……十分、目立っていると思いますけど。白銀の髪にピンクのメッシュって……リオンさんだけですし」
「あっ、そうだ。その『リオンさん』っていうのやめよう。敬語もダメ。リアルのことを聞き出すのご法度って言ってたから……ここは年齢とか何も考えないで、いいと思うんだ。対等で!」
「……そんなわけには」と零すと、鼻をくいっとつままれる。視線を落としていたので、驚いてしまい、変な声が出た。
「ほら、それ。私がいいって言ってるんだから、いいの。行こう、初めての冒険へ!」
リオンは、軽装備のまま、テクテクと山に向かって歩き出す。その間に、パーティを組んだほうがいいということになり、フレンド登録をした。
「そうだ。リーダーの方が、経験値多くもらえるらしいから、クズイくんがリーダーでいいよ! 私はサポートってことで」
「そんな……サポートだなんて」
「サポートと言っても、私、超攻撃的だから、危なくなったらスイッチくらいしかできないけど。あとは、頃合いをみて回復薬を使うとか」
「それだけでも、とてもありがたいです」
少し行った森の中に入ったとき、緩い雰囲気が、ピリッとする。
「そろそろ、モンスターが出てくるよ! 戦い方を見せてもらえる? サポートの仕方を考えるから!」
リオンが少し離れたとき、初めてのモンスターが出てきた。ウサギ型の可愛いやつだが、視線は殺気だって、紅い目をぎらつかせていた。
「うさぴょんだね。レベルは1だから、焦らずに戦えれば、大丈夫だから!」
「はいっ!」
飛びついてきた『うさぴょん』……たぶん、モンスター名は違うだろうが、うさぴょんを双剣で切り付ける。エフェクトが飛び、消えた。シラタマのチュートリアルのおかげか、あっさり倒すことができた。
「すごいね? クズイくん。初めてなのに、一発で」
「チュートリアルで、そこそこ動けるようにしてきたので……」
「そっか。私もなんだ。そうすると、結構やれるってことだね。落ちた魔石だけ拾っておいて。あとは、このへんの敵をボチボチ倒して、経験値をつもう!」
ゲームをやりなれている俺でも、さすがに実践となると難しい。時々リオンがアドバイスをくれ、森の中の『うさぴょん』は狩りつくしたのではないか……そう思ったとき、近くで咆哮が聞こえた。
「待っていました! デカ物うさぴょん!」
「デカ物うさぴょん?」
「うさぴょんを一定数狩ると出てくるよ。この辺では、結構いいものをドロップすることがあるから……頑張って!」
ガサガサという音とともに、10体のうさぴょんとその後ろに何倍もある大きなうさぴょんが出てきた。ボスらしいそれを睨み、対峙する。見ていると言っていたリオンは、後ろで静かにこの戦いの結末を見守っていてくれた。
「スゴいな? クズイくんって、あのうさぴょんを倒すなんて……今日、初ログインだって、にわかには信じられないよ!」
街への帰り道、リオンは興奮気味にこちらへ話しかけてくる。その瞳には、さっきまで戦っていた俺を意識している鋭いものと感心したような感情が混ざり合ったようなもの。忙しなく、戦いの中で感じていたこと、どういうふうに戦うつもりだったのかと聞いてきた。うさぴょん狩りも数をこなしていたため、そこそこの経験値が入ってきていた。何よりあのシラタマからもらったチュートリアル特典で、よくわらないほどの速度で、レベルが上がっていく。
……反省点も多いな。
「リオンは、最初はどこのフィールド戦ったんだ?」
「同じところだよ。体の動きもあやしくて、1回死んだかな? あのデカ物うさぴょんに踏みつぶされて……」
「うぅ……思い出したくもない!」と言いながら頭を抱えた。それから、しばらくはうさぴょん狩りをしていたらしい。大体千匹を狩ったとかで、変な称号がついたと言っていた。
「今回のうさぴょん狩り、どれくらいの経験値が入った?」
「……えっと、ちょっと、バグってるのかなぁ? だいたい、こんなもん」
三と指を出せば、「なるほど、三千か」と呟いている。
いやいや、もっと上ですよ?
「リオンは、どれくらいだったんだ?」
「三千二百くらいだったかなぁ? それが、ここの相場。それでも、数日通えば、レベル5くらいにはなる」
「……レベル5ね」
「ん? どうした? 引きつった顔をして」
「……なんでも。それより、アイテムってどうしてるんだ? どこかで換金とかできるのか?」
「あぁ、もちろん。ギルドでも買い取りをしてくれるけど、もう少し割のいい感じだと、それぞれの店に持っていったりする。素材屋だったり、食堂だったり。うさぴょんの肉は、食堂に持っていくとそこそこ高値で買い取ってくれるし、食べてもうまい。おすすめは、焼きやシチューなんかもいいぞ?」
「……作る系?」
「そう。料理人のスキルを取れれば、まぁ、簡単にうまいものができるし、発明もできる。元の世界のあれこれを想像しながら作ることもできる。まぁ、私は……あれだけどね?」
そっぽを向いて頬を搔いているあたり、料理は苦手なのだろうか? リオンって、単独だから、食べ物とかはちゃんとしてそうだけどな。
「さっきの店の話を聞いてもいいか?」
「いいよ。どんなことがききたい?」
「リオンが持っている武具とか、やっぱりかっこいいと思うんだ。そういう特別なものがほしいんだけど、どうすれば手に入る? 一般的には、買うとかだと思ってるけど」
「これは、ネームドと言って、ボスモンスターを倒したときにドロップしたもの」
「やっぱりそうなんだ。サイトの攻略見てて、武器とかのスクショがあったけど、そういういかにもっていうものはなかったからさ」
リオンが佩いている大太刀は、レアなものなんだろうとは思っていた。それこそ、どこかのモンスターのものなんだろうと。その煌々と主張している姿を見ていれば、吸い込まれそうになる。
「今度、連れて行ってやろう。お目当てのものが出るかはわからないけどな……私だって、この『大蛇の大太刀』は、欲しかったものではなかったんだ」
リアンが撫でる『大蛇の大太刀』は、反抗するように黒光りをする。
「普段は、片手剣だよな?」
「あぁ、これだよ」
収納袋から取り出したそれは、スクショで見るより大きい。全体的に白い剣は、『クリスタルソード』と名付けられていた。
「これもモンスターからのドロップ品。壊れても自己修復してくれるし、より強固になる。抜くとな……こう」
「わっ、すげぇーオーラのようなものを感じる」
両刃剣の真ん中に黒い線がビッとひかれているような装飾があった。光を当てると、クリスタルというだけあって、きらりと光ってとても幻想的な剣だ。
「これと、出会った場所へ明日、一緒に行こう。とれるかはわからないけど……ボス部屋までの間は一緒に行動して、ボス部屋で一人で攻略したら、もしかして……」
「いいのか? 俺なんかと約束して」
「別にいいよ?」
「孤高のリオンじゃないのか?」
「誰かとの行動が煩わしくて、一人で動き回っていただけ。別に一人がいいっていうわけではないから。フレンド登録もしたことだし、嫌じゃなければ、だけど」
「喜んで!」というと、明日の予定を話していく。お互い学生で、どの時間ならログインできるか確認をしていく。
「よかった、学生だったか」
「まぁ、学生って言っても、まだ、高校生だから、それほど長い時間のダイブは出来ないけど」
「……私も、高校生なんだけど?」
「リオンって、高校生なのか?」
「そうだけど……?」
何か問題でも? というふうにこちらを見てくる。このゲームの開始日から考えて、高校生でリオンほどのダイブ時間を持っているものはいないだろう。
「……引きこもりだったりする?」
「むっ、私は、引きこもりじゃない!」
「私は?」
「弟が引きこもりだ。このリオンの容姿全般は弟が作った」
「そうなんだ。作りこみがすごいなって思っていたんだよ。唯一無二で恐ろしく綺麗で……そのうえ、強いって」
「き、きれいって……」
あわあわしているリオン。今は、町娘風のドレスに着替えているため、可愛いお嬢さんにしか見えない。
「強さの秘訣は?」
「強さとは、何だ? ただひたすらに、この世界を楽しむってだけだぞ?」
「この世界を楽しむか」
「楽しくないか? 私という殻から出て、別の人生を歩んでいるようで……。初めてログインした日の感動は、ずっと、胸にある」
「感動って……」
「私は、今までゲームというものをしてこなかったからな。初めて、こんな世界を知って、毎日、ワクワクしている。もちろん、本業が疎かにならないようにと、勉強もしてはいるが、終業のベルがなるのと同時に、飛び出していきたいと、毎日思っている」
「すごいな」と感心したら、「当たり前だ!」と当然のように返ってくる。余程、この世界が気に入ったのだろう。他は知らない、リオンの初めての世界は、寝食を削ってでも、ダイブしたいのだろう。
「ほどほどにしないと、体、壊すぞ?」
「そうだね。最近、ちょっと、寝不足なんだよね……今日は、クズイと別れてからも少しレベリングしようかと思ったけど、やめておくよ」
「それがいい。明日も一緒に冒険するんだ。十分な休養を取って、万全で望みたい!」
「わかった。そうだ。装備品は、ボスモンスター以外にも、生産職に頼めば作れる。明日はそっちの紹介もしよう。腕利きを知っている」
「材料を集めたらいいのか?」
頷くリオンが短剣を見せてくれる。とても綺麗な刀身を見ながら、思わずほぅっと息がもれた。
「見事な造りだな」
「だっろ? ここに来て、初めてのレアアイテムを使って造ってもらったんだ。種族はドワーフのほうを推してるな、アイツ。明日、会わせるのが楽しみだ!」
今日取得したアイテムは明日、売りさばくことにしたので、ギルド前でログアウトすることにした。目を開けたとき、時計が目に入った。
……0時過ぎてる。どんだけ、もぐってたんだ?
ベッドから起き上がって伸びをした。そぉーっと、階段を下りていくと、ラップで包まれた夕飯が置いてあった。手紙付きのそれに手をかけ、「いただきます」と食べる。
……夕飯時間は、一回戻ってきた方がいいな。かぁちゃんの小言が、増えそうだ。
手紙を読みながら、ご飯を掻っ込んでいく。機嫌をとるために、ペンを取り、『うまい夕飯ありがとう』と手紙に返事を書いておく。
初日から、シラタマに踊らされ散々だと思っていたけど、憧れのリオンに会えたのは、日頃の行いか? 明日も一緒に回れるなんて、願ったり叶ったりだ。
食器を片し、風呂に入る。今日のことを思い出しながらベッドに倒れこめば、あっという間に朝だった。今日も一日、約束のためにと、本業を疎かにしないために学校へ向かった。
◆
下駄箱の前で大あくびをした。昨日は比較的早く布団に潜り込んだはずで、よく寝たつもりだったのだが、リオンに出会えたことで、興奮していたらしい。
「でっけぇーあくびだな?」
「はよ、翔也」
「はよーす、ヤス」
後から来た翔也が下駄箱から上靴を取り出し履き替えている。
「そういやさ、さっきから、顔がニヤついてて、気持ちわりぃーんだけど?」
「えっ? そう?」
むにむにと口元を揉むと、「何やってんだ?」と返ってきた。教室へ移動する途中で、昨日の話をする。
「でさ、昨日、やっとログインできたんだよ」
「あぁ、あの祀ってあったゲーム?」
「そう! メッチャおもしろかった!」
「それでその顔?」と、茶化しながら、こちらを覗き込んでくる。教室に着いた後も鞄を置いてすぐに話を聞きに来てくれた。なんだかんだと、優しい翔也に、昨日の出来事の中でも最大の驚き話をする。幸い、教室には、人はまばらだったので、同じゲームをしていたヤツがいたとしても、わからないだろう。
「で? 他にもあったんだろ? いいことが」
「そう思う?」
「思う思う。俺、お前の友達、何年やってると思ってんの?」
「……3年くらい?」
「結構長いと思っていたけど、そんなもんか。まぁ、いいや。それより、何があった? 美人なプレイヤーに声でもかけられたか?」
思わず変な笑い声が出てしまう。昨日の興奮を思い出し、こっちに耳を近づけるように手招きした。
「んだよ」といいながら、翔也は近寄ってくるので、耳打ちする。
「はぁ? あのスクショ美人に会ったのか? それも、ログイン一日目に?」
「しぃー、しぃーだって! 声が大きい」
「いや、だって、ヤス。わかってんのか? ゲーム内で、1番強いやつに出会うって、メチャクチャな確率だろ? ログイン時間も多いって聞いてるぜ?」
「相手はダイブ時間が長いからなぁ……どこかでは会えるとは思っていたんだけど、階層が浅いうちに会えてよかった。フレンド登録も」
「はっ? フレンド登録? してもらえたのか? ヤスが? ログイン初日のピヨピヨが? 一体、どこまで進んでるわけ?」
「マジかよ……」と頭を抱えて、俺の机に突っ伏する。
「してもらえたし、昨日は、うさぴょん狩りにも一緒に行ってもらえたし、今日も一緒に狩りへ出かけるんだ」
「……なんだ、その充実ぶり」
呆れたように、大きなため息をついた翔也。「強運だなぁ……」と呟いている。
「翔也もやらないか?」
「俺? ゲームはなぁ……ちょっと、苦手」
「従来のコントローラーを使ってじゃないから、やりやすいと思う。昨日聞いた話なんだけど、リオンも初心者なんだって」
「初心者で最強とかヤバいじゃん?」
「だよなぁ~」と言いながら、昨日のいで立ちを思い浮かべた。着ている服や佩いている『大蛇の大太刀』のせいか、持っているスクショからは、随分印象が変わっていた。
「おはよう、ふじ……」
「里緒! やっときた!」
「……おはよう、マナ」
「おはよう、里緒!」
一瞬、一条里緒に挨拶されたと思い、そちらに視線を向けたが、マナがちょうど間に入ってきて、有耶無耶になってしまった。ヒエラルキー上位の里緒に挨拶なんてしてもらえるなんて思ってもいなかったので、なかったことにした。
「マナ、待ってたんだからね! 里緒が、全然遊んでくれないから。今日も、ダメ?」
甘えた声を出して、ぶりっ子全開で里緒を攻めるが、門前払いぽい。ギャーギャー騒いで拗ねてしまう。その様子を隣の席から翔也と見ていた。子どもっぽいやりとりに、引いてしまいそうだ。
「マナ、ごめんね。今日は、約束があるから」
「今日はって、いつもじゃん! ここ一カ月ぐらい、ずっとだよ!」
むぅーっと膨れっつらを里緒に見せて困らせていた。
「マナ、それくらいにしてやりなよ? 里緒にだってやりたいことくらいあるだろ?」
「マナと遊ぶことより大事なことある?」
「それは、自己チューだから、あんまりしつこかったら、里緒に嫌われっぞ?」
「それはいーやーっ! 里緒、嫌わないでね! ねっ?」
あまりの声音に会話をやめて、二人でマナの言い分を聞いていた。視線を感じたからなのか、こっちをキッと睨んでチッと舌打ちをした。呆気に取られてしまいポカンとしたら、「見てんじゃねーよ、オタク!」と怒って自分の席に返って行った。後味の悪い雰囲気この上ない。八つ当たりだけして、この場に残された俺らは、言い返すこともできなかった。
「……ま、まぁ、気にするな。ご機嫌斜めだっただけだしな。うん」
「あぁ、そうだな。俺ら、とばっちりくっただけだし、ほら、な?」
翔也と二人で慰め合えば、申し訳なさそうに里緒が謝ってきた。
「いいよ、一条さんが、悪いわけじゃないし」
翔也が軽く返事をして、座席に戻る。話したいことがたくさんあるのに話ことができなかった。
授業が始まり、退屈な時間を過ごす。頭の中は、昨日の戦いでの反省点。リオンが見ていて、改善点を教えてくれた。初動が遅いと指摘され、改善点を探す。スピード重視で、敏捷を上げていたはずなのに、「まだ、遅いのか……」呟いたとき、名を呼ばれる。当てられたのだと思った瞬間には、どこをやっていたか、わからない。
「今ここ、答えはこれ」
ノートと教科書をトントン指さして教えてくれた。見た目と反して、とても優しい。あわあわしながら、答えると「正解だが、ちゃんと授業聞いとけよ?」と、先生に言われ、クラスメイトに笑われる。里緒だけは、「仕方ないよね?」と話しかけてきたから、「そうですね」と返事をした。昨日の反省をするので精一杯で、最後の授業が終わるまで、脳内でシュミレーションをする。
「実際、やってみないとな……うまくいくかどうかわからないな」
チャイムと同時に、里緒は教室を出ていく。誰にも声をかけずに。マナが「リーオー」と声をかけたときには、すでにいない里緒のかわりに睨まれた。俺もその鋭い視線から逃れるように、家へと早々に帰る。リオンとの約束の時間までに、いろいろとリアルの方を整えておかなければならない。時間はいくらあってもたりないのだ。家までの徒歩通学の俺は、走って帰った。汗だくの俺を見て、母はギョッとしていたが、構わず風呂場でシャワーを浴び、トイレにも行き、水分も十分にとってから、ベッドに寝転んだ。電源を入れたら、軽い浮遊感ののち、始まりの街に到着する。約束の時間より少しだけ早く、辺りを見回すが、まだ、リオンは来ていなかった。
「ごめん、遅れちゃった!」
慌てて駆けてくる白銀の髪を揺らして、僕の前までやってきたリオン。まるで、デートの約束をして、遅れてきた彼女を待って、優しく微笑んでいるような気持ちになる。もちろん、リアルで、彼女なんていたこともないんだけど、そういうシュチュエーションは何度も夢見たことがあったので、完璧すぎる夢に思わずニヤつきそうになった。
「待ったよね?」
「さっききたばかりだよ」
「本当に?」と疑うように覗き込んでくる。コクっと頷くと、はぁあ……と大きなため息をついたので、もしかしたら、信じてもらえていないのかもしれない。
「髪、乾かすのに、手間取っちゃって……ごめんね?」
「いいよ。こうして、会えたんだし」
「うん、そうだね。クズイくん、ありがとう」
「お礼言われるようなこと、してない。これから、装備を買いにいくのに」
「そうだった。どんなのがいいかな?」
いろいろ考えてはみたが、お金も溜まっていないからと、お店だけ紹介してもらうことにした。
「お金や素材が集まったらって感じか。確かに……いいものは、値段もするし、素材も良かったりするもんね」
「あぁ、まだ、2日目で、流石にそれは難しいだろ?」
「確かに! じゃあ、お店の場所と友人を紹介するわ」
リオンと並んで、商業区へと向かう。いろいろなお店が並び、その中でも、一軒家のような店の中へ入っていく。
「クズイくん! こっちこっち」
キョロキョロと周りを見て歩いていたので、店の前で手を振っているリオンに気が付かなかった。
「待ってくれ!」
「先に中にいるねぇ!」
「あっ、中入ってった……待ってって言ったのに」
後を追うように扉を開くと、親しげに店主の女の子と話をしていた。
「いらっしゃい!」
元気よく挨拶されれば、引いてしまう。基本的にコミュ障なわけで、昨日、よく、リオンに話しかけれたなと思えるくらい動揺した。
「はぁ……ども……」
「クズイくん、こっちこっち! 紹介するね!」
手招きするリオンの隣に向かう。先ほど、声をかけてくれた女の子が、ニヤっとするのが見えた。
「何々? リオンちゃんのコレか?」
「ココ……おやぢくさい」
親指を立てる店主に向かって、リオンの一言を聞けば、仲がいいのがわかる。
「どうも、初めまして……クズイです」
「どうもっ! クズイくんね。私、この店の店主のなんちゃってドワーフ、ココミちゃんです! よろしく」
手を出してきて、握手を求められた。差し出された手を握ると、ガシッと掴まれ、ぶんぶん振り回す。
……て、手加減っ!
言葉にすることもできず、振り回されているので、リオンが止めてくれる。
「ココに振り回されたら、クズイくんのHP削れちゃうって。ログイン2日目なんだから!」
「えっ? そうだったの?」
「ごっめーん」と軽い感じで謝ってくれるが、ペロッと出した舌を出す。
……この感じ、ココミもかなり強そう。
握られた手の痛みを確認しながら、ココミに苦笑いする。パッと手を離してくれたが、握られた手は、痺れているうえに痛いように感じる。痛覚が鈍感なこの世界で、痛みを感じるのは、大ダメージをくらったときくらいのはずなのにと内心、ため息をついた。
「HP減ってない?」
「大丈夫そう。手先が痺れてる気がするけど……」
「ココっ!」
俺の申し出に、リオンがココミに抗議しているが、「痺れたくらいで」と取り合っていない。
「それより、本気で握ったのに、痺れたくらいってことは、相当レベルが上がってるとみた。私と同等か、それ以上」
ジッとこっちを見られて、たじろいだが、体の中まで見られるようで、気持ち悪い。
「ほうほう。ログイン2日目って言ったよね?」
「あぁ、それが?」
「リオンに昨日、相当しごかれたか……あるいは、ギフターズか……。私の鑑定が、阻害受けてるんだけど?」
「鑑定って!」
ふっふっーんと意味ありげに笑うココミは、鑑定眼を持っているようで、俺のステータスを見たらしい。
……丸裸にされたってことか? いや、阻害されてるって言ってたから、あるのか。俺にもそんなスキルが。
思い当たらないスキルを考えながら、勝手に覗き見されたことを抗議してやることにした。
「減るもんじゃないんだから、いいじゃないか。それに、ここへは、武器や防具を作りに来たんだろ?」
「あっ、そうそう。私から紹介って形で。今は、お金に余裕がないから、今後、作るときに顔馴染みになっておいたほうがいいかなって」
リオンが割ってはいり、話を進める。今後の話を聞いて、頷いた。頷いて思ったことが、一つ。
リオン、どういうつもりなんだ?
チラリと隣に並ぶリオンがココミと楽しそうにして、これから向かうダンジョンの話をしている。欲しい素材があるらしく、ココミがメモをリオンに渡しているのを見て、やはり疑問は解消しておくに限ると頷いた。
「リオン?」
「どうかした? クズイくん」
「いや、さっきからの話を聞くとだな?」
きょとんとこちらを見て、さも当然のように、言葉にした。
「クズイくんと一緒に冒険を楽しむ予定だよ?」
「……えっ? 孤高のリオンが俺とパーティを組むというのか?」
「何、それ?」
「……」
リオンはきょとんとして首を傾げ、ココミはそんな俺たちを見て、大笑いを始めた。居心地の悪いこと、この上ない。
「……はぅ、笑った、笑った!」
笑っていたココミを睨んでいるリオンだったが、こちらに向き直る。
「リオンは、別に孤高って訳じゃないさ。ダイブ時間が長いから、単独行動が多い。そうこうしているうちに、一緒に回ってた奴らとレベルが違いすぎて、切り離される。優秀すぎるがゆえに、パーティから追い出されるんだよ」
「ちょ、ちょっと!」
ココミの説明を聞き、納得した。まだ、ゲームの開始も1ヶ月足らずである。ベテラン勢がいるのに、それに匹敵するほどの時間をかけてダイブしている。高校生だというリオンは、どこにそんな時間があるのだろうか? と、リオンを見つめれば、「行こうか?」とニコリと笑った。
店を出るとき、声をかけられた。何か言いたげなココミではあったが、ひとつだけと近寄ってくる。
「せっかくだから、フレンド登録しておいてよ。どんな武器や防具が欲しいか相談も乗るし、作りたいものの材料もわかるからさ」
「いいのか? そんなことしても」
「まぁ……普通はしないかもしれないけど、リオンとの繋がりだからな。今後もなにかと頼むこともあるかもしれないだろ?」
「なっ?」と肩を組み、登録画面を出してきたので、頷いた。すぐに登録は完了され、やっと二人目の連絡先を交換したのだ。
「そういえば、どんな武器使っているのか、聞いていなかった。どんなの?」
「双剣だ。今、初期装備のを使っているんだが……」
「なるほど。それで、新しい装備が欲しいのね! 今日はどこへ行くと決まっているようだから、また次の機会にでも、ここへ行っておいでよ。なんか、いいスキルが取れるとか聞いたからさ」
マップを出し、印をつけてくれる。マップを持っていない俺は、コピーさせてもらった。
……リオンとの共闘が終わったら、行ってみるか。どんなものなんだろ?
「もういい?」とリオンがこちらを窺うので、頷いた。見送ってくれるココミは、選別だと回復薬をくれる。
「何もらったの?」
「回復薬だ」
「そっか。ココが、くれるって……気に入られた証拠だね。しばらく、一緒に行動することになるから、それ、使わなくてもいいと思うけど……」
少し拗ねたようなリオンに首を傾げ、昨日の予定通りにリオンお薦めの場所へ向かうことになった。
「クズイくんってさ、どれくらい潜れるの?」
「ゲーム?」
「そう。私、学校が終わったら、走って帰って……だいたい2時ぐらいまでしてるんだよね」
「……すごいな。俺は、もう少し早く落ちるだろうし、宿題があるからなぁ……」
「あぁ、宿題。それなら、ここでしてしまうっていうのもひとつだよね。クズイくんの学校って、紙提出?」
「ほとんどデータかな」
「じゃあ、ここで宿題も終わらせちゃお! 同じ学年だったら、教えあいっこできるし、ねっ? そうしよう!」
今は町娘ふうの可愛らしい服装をしているリオンに、いままでの経験上なかったであろう『女の子と一緒に勉強』を誘われたら、断るわけにもいかない。二つ返事で、明日からは、狩りに出る前に一緒に勉強する約束をした。
「……あのさ」
「ん?」
「今の約束、本当にいいのか? その、これからずっと、一緒に……その……」
「パーティーを組むんじゃないかって話?」
「そうっ! その、いいのかなって……」
んーと言いながら、白いワンピースを揺らして前を歩く。軽装ではあるが、その軽装に見える格好すら、すごい装備であることを俺は知っていた。
「いいよ。正式にパーティー組もうよ! これもなんかの縁だし。一人で動きたいこともあるから、ずっと一緒ってわけじゃないかもだけど、それでもいいなら!」
……いいのか? いいのかっ! いいのかぁぁぁぁぁ! あの、あのぉ、あのぉぉぉぉぉ、リオンとパーティーなんて!
『パーティー申請があります。受けますか?』
目の前にいきなり出てきたウィンドウに目をぱちくりさせた。
「嫌だった? 私、人と少し頑張る速度が違うから……」
「ぜんぜん。むしろ、本当にいいのかって、恐縮してるくらい」
「恐縮だなんて……お願いしてもいいかなぁ?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ウィンドウにある『はい』のボタンを押し、ペコリと頭を下げた。「大袈裟だよ!
!」とクスクス笑うリオンと共に、目的地まで話をする。このゲームは出来て1ヶ月過ぎた。そろそろ、何かイベントがありそうだと話しているとあっという間であった。
今回の目的地は洞窟の最奥である。そこに行くまでには、森があり、その森を抜けることが、今日の目標。
「そういえば、さっき、ココミと何を話していたんだ?」
「ココに採集を頼まれたの。この森に出るモンスターの芋虫くんの粘着糸とブンブン丸の羽根と針と蜂蜜をね」
この森の概要を聞きながら、ココミに頼まれた採集もするとリオンが説明してくれる。それほど難しいことではないらしい。
……一緒にいるのが、リオンなら、ほぼ無敵じゃないかなぁ? この階層だと。
チラリと隣を見れば、町娘のワンピースではなく、戦闘用にいつの間にか変わっている。今日も『大蛇の大刀』を腰に佩き、俺の後ろを歩いていた。
「俺が、見ていたサイトのスクショがあるんだけど……」
「スクショ?」
「あぁ。なんだか、それとも雰囲気が違うから、やっぱり変な感じがする」
「クズイくんは、前の方が好き?」
「どっちも、リオンはかっこいいし、可愛いと思うよ!」
「本当?」と喜ぶリオンは、年相応な反応をしている。
「あっ、そういえば、同じクラスの子がね、スマホに私のスクショを入れてた。リア友はありえないって、言ってたけど……嬉しかったな、こんな身近に私のことを知ってくれている人がいるって」
「俺もそのうちの一人だけど?」
「ふふっ、でも、この世界だけの繋がりの人とは、なんていうか……」
「……わかる気がする。でも、俺は昨日から思っていたことなんだけど」
「なぁにぃ?」とにぃっと嬉しそうに笑いかけてくるリオン。今日は上機嫌のようで、こちらが振り回されている感じがする。
「リオンとなら、リア友だっとしても、きっと楽しい時間を過ごせるんじゃないかなぁ? って思ってる」
「あっ、それは私も感じてた。クズイくんとなら、リアルでも仲良くなれそうだね。でも、その場合……」
「「ずっと、ゲーム攻略の話をしてそうだ」」
声が重なりクスクスと笑うリオン。想像していたらしく、同じ答えにたどり着いたらしい。気が合うなと思っていたら、草陰から音がした。どうやら、本日の狩りの時間が始まったようだ。リオンの纏う空気が一瞬で変わる。今日の狩りも俺のレベリングでもあるため、リオンの前で、双剣を抜いて、敵に構えた。草むらから飛び出してきたのは、リオン曰く、芋虫くん。どちらかというと、アオムシだと思うが……とにかく、芋虫くんに向けて駆け出した。
「粘着糸に気をつけて! ベタベタするから、気持ち悪いの」
「りょーかいっと!」
言ってる側から、芋虫くんは糸を吐き出した。俺が走るところ全てに追いかけるように糸が迫る。とうとう足場がなくなりかけたとき、芋虫くんへ一気に距離を詰める。スピードに乗ったまま、左足を軸に右足を振り切る。サッカーのシュートをする要領で、ボールサイズの芋虫くんの頭を蹴れば、体は浮き上がり、そのまま高速で遠くの木にぶつかり、ぐしゃっと嫌な音をたてた。
「初めてにしては、上出来だね! さすが、クズイくん!」
リオンに褒めてもらい、恥ずかしく頬をかいていると、その頬の数センチの場所をナイフが飛んでいった。ギギギ……と音が聞こえるのではないかと思いながら、ナイフが飛んでいった方向を振り返ると、芋虫くんが俺の後ろでナイフに刺されて悶え、息絶えるところところであった。視線を戻すと、リオンがニッコリ笑っている。
……俺、笑えてる? リオンが投げたナイフ、当たったら、俺もあぁなる自信しかないんだけど?
「危なかったね! 油断大敵だよ!」
投げたナイフを回収に向かうリオンとすれ違った。なんだか、とても上機嫌で、ダンスのステップでも踏んでいるかのように軽やかだ。
「クズイくんが倒した芋虫くんの方、見てきて!」
「……あぁ、わかった。アイテムも回収してくる」
「お願いね〜」と軽い感じで、駆けていくリオンに、ちょっとした恐怖を覚えた。
……投げるなら、投げるって、言って欲しかった。こえーよ……まぢで。
リオンから見えない場所で、手を広げてみた。手が微かに震えているのがわかったが、今の話は胸の中にしまっておく。
芋虫くんの亡骸もといアイテムを確認しようと草むらを掻き分けると、ブンブンと羽虫の羽根を動かすような音が、無数に聞こえてくる。ゆっくり見上げると、俺が知る蜂の何倍かわからないほど大きなものが、こちらを睨みつけるように、飛んでいた。
……狙われてる?
数を数える限り、10体はいる。リオンがいる方へ逃げることも考えたが、それも許してくれなさそうなほど、蜂たちはお怒りだ。
戦うしか、ないのか……。
双剣を手に見上げ、跳躍でなんとかなりそうな高さだと確認できた。
……あのシラタマのおかげで、現状、何ができるかわかるのが、癪だよなぁ。
はぁ……と、ため息をついたあと、トントンっと足慣らしをして、ブンブン飛び回る蜂に攻撃を仕掛ける。相手は数が多いので、飛び上がっているうちに、毒針攻撃やたいあたりを仕掛けてきた。攻撃を見越して、ただ跳躍するだけでなく、回転をかけていたおかげで、襲ってきた蜂のほとんどは倒せたが、腕や足に刺されたような痛みがはしった。
……やべっ、これ……毒くらって。
まだ、半数近くいるんだと見上げたところには、先ほどより多くの蜂が集まってきていた。
毒針での攻撃をされたことで、少しずつだが、HPが下がってきている。それと比例するかのように、蜂が増えていった。殺された仲間のためとか、殊勝なことを考えているとは思えないが、一斉攻撃をしてきた。主に毒針での攻撃が多く、薙いでも、切っても、数が減ることはない。
……ここで、死ぬのかな?
回復薬を飲みながらも応戦してはいるが、刺された箇所が多くなっていくからか、回復が追いついていかない。小憎たらしい猫の顔を思い浮かべ、少しでも減らすように、剣を振り回した。無機質な女性の声が響いた。それと、同時に、ニヤッとする。ただ、それでも、ピンチなことには変わりはない。
『毒軽減を獲得しました』
ありがたいっ! 軽減ってどれくらいなんだ?
感覚で、HPの減り具合を確認していくと、さっきより、少しだけHPの減りが少なくなっている。
これ、いけるのか? ブンブン丸だっけ?
増え続けるブンブン丸を睨み、その場から跳躍する。パッと見たところ、どう考えても、さっきの5倍には増えている。
……どこから、わくんだよ?
芋虫くんがぶつかった大きな木の回りをぐるっと回りながら戦っていると、大きな蜂の巣がある。
理科の教科書でしか見たことないぞ? こんな大きいの。
ここから、どんどんと出てきていることはわかったので、落とすことにした。グシャっという音と共に、蜂の巣は落ち、蜂蜜のようなものが地面に広がる。
……ココミに頼まれていた蜂蜜って、あれのこと? やらかしたかな……。
やってしまったことは、後悔しても戻らない。それより、問題なのが、一際おおきなブンブン丸……もとい、女王蜂が現れた。頭に王冠をかぶり、白い襟巻をしているので、間違いなく、このブンブン丸たちの親玉だろう。
なんとか、いけるか? さっきから、数は増えていないみたいだし。
何度も何度も跳躍を繰り返し、数を減らしていく。エフェクトとともに、散っていくブンブン丸どもは、とうとう30あたりまで、数を減らした。
「クズイくーん、遅いと思ったら、遊んでいたの?」
「リオンっ! この状況で……」
「空を飛ぶから、やっかいだよね? そこにいるのは、女王蜂ってことは、蜂の巣がある?」
「悪い、下に落とした……」
「そっか、りょーかい。あとで、回収するとして……」
ニヤッと笑ったリオンが、「はい、どいてー」というと無詠唱で火球を何個も発現させる。
「虫ってさ、火に弱いの知ってる?」
「……そうなのか? でも、ここ、森だぞ? いいのか?」
「大丈夫。火も得意だけど、水もいけるから!」
次の瞬間には、ブンブン丸たちは、リオンが発現させた大玉の火球により、一瞬で燃えてなくなった。
「じゃあ、女王蜂だけ、クズイくんやっつけちゃってよ! ここで、負けるようだと、この先も厳しいからさ」
リオンがわざと残した女王蜂に向かって、跳躍する。ただ、女王蜂も必死のようで、さらに高く飛び上がり、逃げようとする。
「逃がすかよっ!」
大きな木から跳躍をして、女王蜂の背中に飛びついた。そのまま、首に双剣を重ねて、差し込む。首が落ちた瞬間、エフェクトとともに掴まっていた体から、空中に放り出される。
「わぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!」
「んっしょっと」
跳躍したリオンが、空中で慌てていた俺をお姫様抱っこする。
「へっ?」
「捕まえた!」
そのまま下へと降りて行き、トンッと地面に着いたとき、リオンと距離が近いだけでなく、お姫様抱っこをされている羞恥から飛びのいた。そんな俺をクスっと笑っているリオン。「残念だな。現実では無理でも、こっちでは、私が男の子をお姫様抱っこできるんだね」なんて笑っている。リオンに回復薬をもらい、減ったHPをめいっぱいにする。
「私がちょっと目を離したすきに、相当暴れていたみたいじゃない? ほら、アイテム回収を急いでして、洞窟へ向かおう!」
リオンがいそいそと、回収をしているので、俺も倣って、収納袋へと入れていく。ココミに頼まれた素材だけでなく、他にもたくさん取れたので、なかなかの収穫だった。ブンブン丸を倒したあと、アイテム回収を終えて一息入れる。疲れたと、地べたに座ると、どっと疲労感がやってきた。
「さっきの……」
「ん? さっきのって、さっきのブンブン丸のことか?」
「そう。すごいね? まだ、2日目でしょ?」
あぁ……っと、言ったものの言葉を濁す。ステータスを教えたところで、リオンにとって、何のメリットもデメリットもないことを考え、言葉にした。
「俺、ここに来る前に、変な猫のチュートリアルを受けたんだよ」
「あっ、猫ちゃんだったの? 強いよね……私、全然勝てなかった」
「リオンでも?」
こちらを見てクスッと笑う。チュートリアルで、勝つ勝たないは、白黒つけないものだ。こちらもレベルなんていう概念もなく戦っているのだから、勝ち目はないだろう。
……確か、シラタマの先輩がリオンのナビゲーターだった気がする。
「どうだった? ナビゲーターとの訓練」
「んー、ためになったよ! 戦ったおかげで、格闘家ももらえたしね。クズイくんはどうだったの?」
「……俺? ……思い出したくもない」
「どうして?」と聞くので、調子に乗ったシラタマの話をすると、クスクス笑っていた。大鬼の話をしたころから、腹を抱えて笑い出した。目尻に涙を溜めて笑っていたので、リオンはさっと拭いて、大きく息をして整えた。
「笑った笑った! すごい猫ちゃんだね?」
「すごいか? もう、散々だった……。おかげでいろいろオマケギフトはもらったけど」
「チュートリアルでレベル上げてくれるって、なかなかないよね」
「なかなかじゃなくて、たぶん、前代未聞だと思う。どうせ、今頃、こっぴどく叱られているんじゃないか? くしゃみしてたら、おもしろいけどな」
もうひと笑い終わったころ、立ち上がる。時間のころはちょうど19時だ。一旦、飯休憩にしようと、お互い、ログアウトすることになった。
◆
「……ん。もう、19時か。ココミの紹介があったとはいえ、3時間なんて、あっという間だな」
階下から、夕飯のいい匂いがする。それに釣られるように部屋を出て、食卓についた。今日も遅いであろう父と兄の夕飯を横目に、母と話をしながら夕飯をとった。
「ゲームに夢中なのもいいけど……」
「わーってるって。でもさ、俺、やっぱり、あっち側になりたいわ」
「あっち側って、作る方?」
コクンと頷くと、「頑張りなさい」と言ってくれる母。否定はしないけど、努力は人一倍しろという視線に頷いた。
「将来の仕事のため、行ってくる」
「ほどほどにね。夜はちゃんと寝るのよ?」
「おう」と応え、自室に籠る。ベッドに寝転びスリープになっていたのを叩き起こした。視界が開けたとき、いきなり目の前に、目をぱちくりさせたリオンが、こちらを覗き込んでいた。
「うっ、わおっ、な、なんだよ!」
「あっ、戻ってきた」
約束の時間より早く帰ってきたはずなのに、すでに待っていてくれたようだ。
「早かったんだな?」
「そうだね? クズイくんとこは、家族で食べる感じ?」
「そうだけど?」
眉をハの字にして、どうかした?と問えば、あはははとリオンは急に笑いだした。さらに、眉を寄せる。言葉では何を言ったらいいのかわからなかったからだ。
「いいね、家族とご飯。私、そんな時間、あったことないや」
「一人で食うのか?」
「そっ、一人で食べるの。ゲームにハマる前は、友だちと食べに行ってたから、今更ね?」
弟がいるとは聞いていたが、それほど仲がいいというわけではないのか?
自身の兄との関係を考えながら、首をかしげた。
「あっ、家族と仲が悪いとかではないの。私が、ただ、お年頃だから話しつづらくて」
ぺろっと舌を出したあと、はにかんだ。
「じゃあ、今日のメインの狩場へ行こうか!」
「おう、それで、ここは、何が出るんだ?」
「ここは、確か…トカゲとか蝙蝠とかあと、経験値ヤバい上に逃げ足早い猫とか出るよ」
リオン、モンスターの名前覚えるの苦手なのかな? 芋虫くんとかブンブン丸とか……あぁ、うさぴょんもいた。だいたい、想像できるけど。それにしても、キリッとしているのに、そういうところ可愛いよなぁ……。
大太刀スタイルのリオンは、魔剣士の装備に変えた。洞窟の中では、きっと、『大蛇の大太刀』を振り回すには、狭いのだろう。
「魔剣士になると、急に雰囲気が変わるな?」
「そうだね? こっちの方がしっくりするかな。大太刀のときの衣装も好きなんだけど、洞窟って、あんまりヒラヒラしたのは、向いてないから」
「大太刀が、振りにくいから変えたのかと思ってた」
「違うよ! どっちかというと、防具のほうかな?」
少し歩いていくと、何かが這うような音が聞こえてきた。リオンが言うところのトカゲなのだろう。戦うギラついた目に変わる。
「私はあくまで、後方支援だから、クズイくん、行って!」
コクンと頷くと、トカゲの前に出た。弱点は火であるが、魔法なんて使えない。後ろのリオンを頼るのもいいかもしれない。ただ、自身の力を見極めるには、一人で戦かったほうがいい。一歩目を大きく、走り出す。対峙したトカゲは、難なく倒すことができた。後ろでリオンが、「二日目、二日目……」と呟いているのは聞こえないふりをする。
「クズイくんって、レベルいくつ? あっ、言ってもよかったら……教えてくれたらいいから」
「パーティ組んでるから、リオンも見えるはずだけど……今、13かな?」
「……13? 昨日、始めたばかりだよね? それに、昨日、経験値が3千って言ってなかった?」
「あぁ……」と白状することにした。シラタマがくれたギフトはかなり優秀だった。ステイタスが見れるようにして、リオンの隣に並ぶ。俺のを見て、とても驚いている。
「……これ、たぶんね? 三層にいる最前線のプレイヤーと然程変わらないと思うよ?」
はぁ……と大きなため息をついたあと、リオンのステイタスを見せてくれる。リオンのレベルは24。それぞれのパラメーターは、バランスよく振り分けられていた。
「ゲーム初心者って聞いたけど、パラメーターが凄くきれいだ。偏ってないっていうか」
「あぁ、弟にバランスよく育てたほうがいいって言われて。極振りっていうの? それもいいけど、向いてないと思うからって」
「弟さんは、かなりのゲーマー?」
「引きこもりだからね? このゲームは、合わなかったらしくて、やってないけど、他では、トッププレイヤーだって」
「へぇ、すごいな。俺、好きでやってるけど、さすがに……トップは取ったことない。まぁ、いつかは、あっち側に行きたいから、今は勉強も兼ねてやってるとこあるけど」
俺の話を聞いて、小首を傾げている。リオンには、イメージがつきにくかったのだろう。ゲームを作る側になりたいということが。
「現実的じゃないって、思ってる?」
「いや、えっと……驚いただけ。高校生で、もう、何がしたいのかわかっているって……」
「将来なりたいものなんて、決まってなくてもいいと思う。それを見つけるために、寄り道したりしながら、見つけていけばいいんだし」
「そう、だね。漠然と生きてきたから、その」
「それに、俺だって受かるとは限らないわけだしさ……」
リオンの方を見て笑えば、そうねと戸惑いながら微笑む。目指したいものがあるだけで、手が届いているかと言えば、まだまだだ。そのためのインプットの時間という理由で、ただ単に楽しんでいる。
「俺、このゲームのβ版外れてさ……実力テストが赤点スレスレで、親に禁止されてたんだ。やっと、昨日ログインできたんだ。どれだけ、楽しみにしていたか……将来云々は言ったけど、今はプレイヤーとして、思いっきり楽しみたいんだ。リオンと一緒なら、それも……」
こちらを見上げて、目を見開いていた。何故か頬が少し赤いような気がするが、洞窟の中は薄暗い。発光している植物のおかげで見えてはいるが、はっきりしないこともある。
「な、な……」
「無限大に楽しいだろうな!」
ニィっと笑うと、あわあわしている。何がなんだかわからないが、焦っていたはずなのに、次の瞬間には「そうね」とニッコリ笑っていた。
「そろそろ、他のモンスターも出てくると思うから、少し、索敵しましょうか?」
「あぁ、お願いできるか?」
「……使えるようになった方がいいよ?」
「……それって、買えるスキル?」
頬を掻きながら、「欲しいんだけどな」と呟いたら、「帰ったら、買いに行きましょ!」と背中をバンっと叩かれた。
……いてて。リオン、わりと本気で叩かなかったか?HPが、減ってる。
雑談をしていれば、黒い影のようなものが動いた。
「あれっ! 経験値猫! クズイくん、いっけぇー!」
リオンに言われた瞬間には駆け出し、逃げ足の早い猫を追いかける。
……まぢで早くない? 足自慢の俺でも、きついか? あのシラタマと同じ猫とは思えない!
追いに追うと、モンスターの塊に入って行く。猫の方も休憩をしたかったのだろうか? あの程度のモンスターなら、易々と倒せるだろう。と、思っていたら、後ろから叫び声が聞こえてきた。
「大火球、れんっだんっ! クズイくん、避けて!」
リオンがが魔法をぶっ放したようだ。メリメリと洞窟を燃やしながら近づいてくる大火球は、一つや二つではなく、どれほど魔法を練りこんだのだろうと思うほどであった。ひらっと俺は避けた。そのまま、トカゲたちへと、大火球たちは飛び込んで行く。爆炎とともに、火球は消え、その場には、大量のアイテムや魔石が転がっていた。どうやら、猫も一緒に燃えてしまったようで、経験値がグワンと入ってくる。無機質な声が聞こえてきて、レベルが上がったことを知らせてくれた。
「いやーすごかったね?」
「……リオンが仕留めるなら、俺、追わなくても良かったんじゃ」
「クズイくんが追いかけてくれなかったら、猫はあのトカゲたちのところに合流しなかったでしょ?」
「……俺、囮てきな?」
「囮ではないと思うけど……まぁ、経験値もいっぱい入ったし、いいじゃない」
そういう問題では……と思う反面、やはり、強いリオンは凄いなと憧れる。俺もと思いつつも、まだ、二日目。焦ることはないと、双剣を握り直した。
「今日のところは、これで勘弁してやるよ」
さっきのでレベルが上がったことを伝えたら、「えっ?」と驚いた。レベルって、そんなに早く上がるものではないことは、俺自身わかっているつもりでも、シラタマのおかげで、瞬く間に、15になった。
「……すぐに追い抜かれてしまいそうだよ」
へにゃへにゃ……となるリオンに、にぃっと笑いかける。微妙な表情をこちらに向け、「あぁあ」と投げやりだ。
「まぁ、そういう名って。リオンがいてくれるから、レベル上げも順調なんだし、ここも、ほら、ボス部屋までこれた」
「……なんか、私、納得いかないけど。ボス部屋で、叩かれてくればいいわ。パーティはここまで。ここからは、一人で行ってよね?」
「……怒ってません?」
「怒ってない! ここで、ネームドの武器が取れるかもしれないから、私とパーティは解除しておいて。じゃないと、私の武具になってしまうこともあるから」
「わかった。行ってくるから、待っていてくれるか?」
「ここら辺のモンスターがいなくならないうちに帰ってきてね。まぁ、モンスターなんて、すぐにポップアップするようになるけど」
「いってらっしゃい」と、回復薬を渡してくれた。それだけで、勝てそうな気がしてくる。収納袋に回復薬を押し込む。
「あぁ、忘れてた。ここのボス、毒攻撃もあるから、これも」
毒消しも同じだけもらって、アイテムでパンパンになった袋に詰め込んで、「行ってくる!」と駆けだした。大きな扉を押せば、ぎぃーっと音がする。たった2日のダイブで、リオンのいない戦場は初めてだと気付いたとき、少しだけ、寂しいような不安なような気持ちで、後ろを振り返った。変わらず、リオンは微笑み、「頑張って!」と声をかけてくれる。優しさに頷き、一人、扉の中へ滑り込んだ。
パーティ解除をしたため、文字通り、一人きりになった。扉が閉まった瞬間から、俺を殺すための部屋が出来上がっていき、その最奥から目覚めの咆哮があがる。
……いやいや、待て。おかしくないか? この設定。洞窟の奥だから、普通、岩とかゴテゴテのフィールドじゃないのか? トカゲとかさぁ? 蛇とかさぁ? あっ、あれでもいいぞ? 勝てそうなちびっこドラゴン!
周りを見渡せば、子どものおもちゃ部屋のような空間に変わってしまった。どうみても、女の子の部屋だ。いや、女の子の部屋とか入ったことないけど……と、一人ツッコミを入れながら、変貌したボス部屋を見渡しため息をついた。フランス人形からぬいぐるみ、そのほか雑多に置かれたぬいぐるみやおもちゃが所狭しと置いてある。先ほど咆哮をあげた、元クマのぬいぐるみが、赤い目でこちらを見据えていた。
……ファンシーなのに凶暴ってか? ぬいぐるみなら、火の魔法一発で終わりそうなのに、俺は使えない。
リオンと離れているので、使えない魔法を考えても仕方がない。双剣を握る手に力を籠め、睨んでいるクマを目掛けて駆け出した。
……本物のクマみたいだな。ぬいぐるみの跡形もない。
爪は鋭く、口元から牙も覗く。荒々しいその姿は、可愛らしいテディベアと相反して、ヒグマのようであった。俺の動きに合わせて、向こうも襲ってくる。振り下ろされた尖った爪をひらりと避け、横薙ぎに双剣を閃かせた。ガードが甘いのか、腹に一線入り、中から白い綿が飛び出してくる。
……あれ見ると、ぬいぐるみなんだなぁーって思えるな。うん。そんなに強くなさそうだ。
クマの動きも鈍いというわけではないが、敏捷さを生かして早さで、翻弄して切り込んでいく。クマは対応しきれておらず、あちこちから、白い綿を出しては、痛みに鳴いていた。楽勝じゃないか? そう思ったとき、あらぬ場所から、槍が突き出てきた。エフェクトが自身から飛び散り、刺された場所を見れば、おもちゃの兵隊が、剣や槍、弓を構えていた。
えっ? 飾りじゃなくて、コイツらもなの?
おもちゃの山をみれば、いつのまにか、息を吹き込まれたおもちゃたちが、ガチャガチャと動き始める。刺されたときのHPの減りは、微々たるものではあったが、物量で俺を倒しにくるようだ。
「ひぃー、ヤバくない? あぁ、でも、小鬼の群れよりかはいいのか?」
動き始めたおもちゃたちが、統制の取れた動きで、俺を追い回す。一体一体の力は強くないが、倒したはずのものが、ゾンビのように襲いかかってきた。
どうなってるんだ?
周りを見渡しても、たくさんのおもちゃが襲いかかってくるだけ。あのクマですら、一度倒したはずなのに、原型もわからないほど綿だらけのまま、こちらに向かって襲いかかってきた。
クマがボスじゃないってことだよな? もしかしなくても、どこかに、コイツらを操ってる奴がいるのか?
おもちゃを倒しながら、飛び跳ねて周りを見渡した。たくさんあるおもちゃの中、同じように混じっていてわからないようにしているようだが、ふと、今まで、襲ってきていない、無傷のフランス人形が目に止まった。青い目をしたそれは、目があった瞬間、ホラー映画のような形相に変わり、ケタケタと笑い始める。
……ホラー映画だ。今晩、夢に出そう。
プスっとふくらはぎに痛みが走る。俺から見つかったフランス人形が指示を出し、おもちゃの兵隊に襲わせたのだろう。次の瞬間には、警告がなる。毒かと思ったが、死の呪いがかけられたらしく、急激にHPが減っていった。
あぁ、ヤバい、ヤバい、ヤバい! 死ぬじゃん、俺。
1階層でうろついている割にレベルが高いが、経験がないからそれだけだ。何か特化したものはなく、呪いなんて、HPの減りがヤバいもの食らった日には、お陀仏まっしぐらだ。リオンがいれば、解呪してくれるかもしれないが、今は一人きり。
フランス人形に向けて、握っていた双剣の片方を投げた。人形たちに阻まれるかと思ったが、投げた剣の方が早く意外とうまく体を抉っていったようだ。向こうもダメージを食らって、エフェクトが飛んでいる。今まで倒したはずのぬいぐるみやおもちゃにはエフェクトがなかったことを思い出し、片方の剣を回収するべくフランス人形へとおもちゃをかき分け向かっていく。
「えいっにゃ!」
「いてっ、何すんだ!」
思わず出た声に、「ごめんにゃぁ……」と情けない聞きなれた声が聞こえてきた。ぬいぐるみに混ざって今まで気が付かなかったが、見覚えのあるモフモフがそこに槍を構えて俺を突こうとしている。
「はっ? ナビゲーターはクビになったのか?」
「クビになってないにゃ! ちょっと、しぇんぱいに行って来いっていわれたにゃ! クビになんて……」
べそをかきそうになりながら、俺に槍を突き出すシラタマ。それを剣でいなしてやると、涙をポロっと零す。図星を言われたことが、余程悔しいのか、必死に攻撃をしてくる。
「モブモンスターに降格させられたのか。可哀想に……」
「そ、そんにゃことないにゃぁーーーーー!」
「まぁ、そう叫ぶなって!」
「えいっにゃ! クズイにゃんて、こうしてこうにゃっ!」
突きまわすシラタマに「痛い痛いやめろって!」と言ったところで、「無理にゃ!」と騒ぐだけ。本当にモブにされたのか、フランス人形に操られているようだった。
「自由を奪われているのか?」
「……いえにゃい」
「わかった。ちょっと待ってろ!」
シラタマの不安そうな目を見つめ頷いたあと、振り返ることもせず、おもちゃたちに守りを固めさせているフランス人形と対峙した。おもちゃたちは、それほど強くない。もちろん、あの気持ちの悪いフランス人形もそれほど、強くはないだろう。ただ、厄介な感じはするので、一気に距離を詰め、首を刎ねる。
「最後はあっけないな?」
次の瞬間には、動いていたおもちゃたちは動きを停め、ガシャンと崩れたあと、きれいさっぱりファンシーな部屋ごと消えていった。その場に残ったのは、他でもない、HPの減りがギリギリのところで止まった俺とシラタマだけ。だいぶ暴れていたシラタマは、疲れたのか、地面にペタリと座り込んでしまう。
「……おめ、で、とう……にゃ! 初めての、ボス部屋攻略にゃ!」
「ありがとう。まぁ、なんとかなったな」
次の瞬間に、シラタマとの間に宝箱が現れる。俺は、それに近づき、宝箱に手をかけた。欲しいものは、ネームドの武器や武具。簡単に手に入るとは思っていなくとも、リオンもここで、『クリスタルソード』を手に入れたと言っていたので、何かしらいいものが入ってくれるように願った。
宝箱を開けると、中に入っているものが見えた。引っ張り出すと、パーカーとかハーフパンツ、グローブに双剣などなどが入っている。リオンがここでドロップしたという『クリスタルソード』とは違うが、双剣が入っているので、俺の武器防具なのだろう。
「何々? 黒猫シリーズ?」
中にあったものを全部広げてみた。猫耳のついたフードは可愛いが、俺が着るのか? と疑問しかなかった。
「あぁーっ! 黒猫シリーズはここにあったのにゃ!」
シラタマが見覚えあるということは、ロクなことは起こらない……そんな気がした。
「ちなみに聞くけど?」
「にゃ?」
「これって……」
「みゃーが作ったものにゃ!」
えっへんと胸を張って、すごいにゃ? と言わんばかりのドヤ顔をこちらに向けてくる。胡散臭そうに見ると、慌て始めた。
「みゃーが、作ったものを信頼してないにゃ? そういえば、あげた双剣も使ってないにゃあ……」
意気揚々としていたシラタマの尻尾は地に落ち、先の方だけチョロチョロと動いていた。余程、俺が貰った双剣を使っていなかったことが、寂しかったのか、全体的に萎んだ感じだ。
「剣だけよくても、この世界で浮くだろ? 装備が初期なんだし」
流石に可哀想に思い、フォローをすれば、さっきの悲しい顔はどっかへ飛んでいったように、耳も尻尾もピンっと立つ。
「ぼ、ぼ、防具が揃ったら、剣も使ってくれるにゃ?」
「ま、まぁな?」
期待を込めた眼差しに負けたように肯定すれば、小躍りしそうなくらい、飛び跳ねて喜ぶ。黒猫シリーズを使わないわけにはいかなくなった。
「説明してくれるか? せっかくだし」
作った本人が目の前にいるなら、性能やら、何やらを聞けばいい。話したそうにウズウズしてるなら、尚更だ。
「聞いてくれるにゃ?」
「あぁ」と相槌を打てば、その場にしゃがみ込み、説明を始めた。
「ネコネコシリーズの中の黒猫だにゃ。一応、全シリーズに共通するのは、猫耳と尻尾にゃ」
「尻尾……それ、どうにかできないのかよ。可愛い女の子が着てたら、もてはやされるだろうが、俺が着たら……」
「クズイは、早さ重視で、背もさほど高くないから、似合うにゃ!」
「余計なお世話だっ!」
俊敏を強化するために、風の抵抗を考え、ギリギリの背の高さにしてある。それをシラタマに指摘されると腹がたった。「にゃあ……」と可愛い声を出して、許してもらえると思っているのか? と、睨んでみたが、見た目がモフ猫なので、許してしまいそうだ。思わず、手をシラタマの顎の下に持っていって、カリカリと掻いた。案の定、気持ちがいいのか、我を忘れてゴロゴロと喉を鳴らしている。
「もっと、こっちにぁ……」
「完全に仕事忘れてる」
シラタマの方からスリスリと寄せてくる感じ、欲求に忠実すぎると、胡乱な目で見ていると、ハッとしたようにこちらに気がついた。
「く、クズイがいけないにゃ! みゃーをこんなに惑わすなんて……、こ、こ、今度やったら、怒るんだにゃん!」
「絶対ないわ。今度会うときは、またたびでも用意しておくよ」
キラーンと光る目は、欲しいのだろう。またたびが。この世界にあるのかどうかは知らないが……とりあえず、仕事をしてもらうことにする。
「んで、この武具について、教えてくれ」
「この黒猫のパーカーは、防御力もさることながら、俊敏の補正がかかるにゃ。ネコネコシリーズはどれも、猫のような動きを想定してあるから、早さはピカイチにゃ!」
ビシッと親指を立てているようだが、ピンクの肉球しか見えなかった。
あぁ、可愛い手だ。むにむにしたい。
他所ごとを考えながら聞いていた。説明をしろと言ったわりに、長くなりそうな気配に嫌気がさしてきた。
「要するに、猫のような動きができるってことだな?」
「まとめると、そうにゃ!」
「着替えてみて、感触掴むしかないなぁ。猫耳フードはいいとして、こっちのさ……せめて、スキニーとかにならない? ハーパンは流石に」
「ちょっと待つにゃ!」
パンと手のひらを合わせた瞬間、黒い糸と布、針がでてきた。器用にお裁縫をしているシラタマをまじまじ見る。ものの数分で、スキニーに変えてしまったことに驚いた。
いや、これ、ゲームなんだし、パンってしたら、ならないのか?
「出来たにゃ! これでどうにゃ!」
どこにこんな才能があるのか……黒のスキニーに変わっただけでなく、黒い糸で目立たないように刺繍までされていた。かなりかっこよくなっていて、目を見張る。
「すげぇーな! シラタマ!」
「当たり前にゃ! もっと、褒めてくれてもいいにゃ!」
胸を張るシラタマの頭をわしゃわしゃと撫でる。黒猫のパーカーとスキニー、グローブ、ハイカットのスニーカーを履けば、全身黒ずくめだ。着た瞬間に、何やら補正がかかったようだ。
シラタマが言っていたとおり、俊敏が上がったな。他にも索敵が可能になってるし、最適な狩場がわかるようになった。忍足なんてできるのか? それに、暗視もできるから、暗がりでも普通に見えるようになるのか。なんだこれ。すげぇーいいじゃん!
「シラタマ!」
「はいにゃ?」
「無茶苦茶いいな、これ!」
次の瞬間には、ぱぁーっと顔を綻ばせるシラタマ。褒められたことが本当に嬉しいようだ。
「武器はこれだよな?」
「それにゃ、それ……前渡したのと融合できるにゃ!」
貸してくれと言われたので、両方の双剣を渡す。シラタマには大きいので持った瞬間にフラフラしてたが、地面に折り重なるように置き、また、パンっと手を叩く。次はハンマーが出てきて思いっきり打ち鳴らした。金属が当たる音が、ボス部屋に響いていく。何度となく響いたあと、どういう構造なのか、二対の双剣が一対となり、黒光りしていた。
「黒猫モードにゃ! ちなみに、前のにも切り替えることができるから、試してみてにゃ!」
渡されたそれは、初期装備とは比べものにならないほど軽い。持った瞬間、自身のために作られた武器ではないかというほどである。
「ヤバいわ、これ」
「スゴいにゃ?」
ニヤニヤ笑うシラタマを抱き上げ、高い高いをしてグルグル回ると、「にゃにをしゅるーっ!」と慌てている。目を回したのか、地面におろしたら、ポテンと尻餅をついていた。
「大丈夫か?」
「……目が回るにゃ、ダメにゃ?」
仕方がないので、抱き上げる。何をされているかもわからない様子で、肩に頭を乗せて大人しくしていた。
「そろそろボス部屋を出ないと、待ってくれてる人がいるから」
「誰が待ってるにゃ?」
「リオンだ」
「リーオンにゃ!!」
驚くシラタマ、その後は跳ねたりもみくしゃにされた毛並みをサッと整える。
「リオンに会いに行くにゃ! リオン!」
「お利口にな?」
「お行儀よくするにゃ!」
シラタマが嬉しそうにソワソワしているのが、揺れる尻尾でわかる。
可愛いな。
黒ずくめになった俺は、真っ白なシラタマを抱き上げ、ボス部屋を後にする。シラタマを抱いたまま出ていくと、心配をしてくれていたリオンが駆け寄ってきた。
「クズイくん、だいじょ……ぶ、だった?」
シラタマを見て、きょとんとしてしまったリオン。モフモフの猫は、俺に抱きつきながらも、先輩とやらから聞いていたリオンを見れた感動に浸っている。
「……このモフ猫は?」
「あぁ、えっと……ボス部屋にいた、俺のナビゲーター」
「ナビゲーター? ゲームに入るときの案内してくれた子?」
「そう。名はシラタマ。なんか、悪さして、ボスの手先に成り下がってた」
「にゃあ! 成り下がってないにゃ! みゃーは、先輩に言われて……それより、それより……、リオンにゃ?」
目を輝かせてリオンを見ているので、若干引きき気味にリオンは返事をした。嬉しいのは、腿にあたっている尻尾を揺らす激しさでわかる。
「……どうして、知っているの?」
「チュー子先輩の愛弟子だとか! みゃーは、会いたかったにゃ!」
握手を求めるかのように、短い手を出すので、リオンの方へ少し寄ってやると、リオンはその手をギュっと握っている。
「チュー子っていうのね? 私のナビゲーターって」
「チュー子っていうから、ネズミ?」
「そう。ネズミだったわ。夢の国に来た! と思ったくらい」
あぁと、とあるレジャーランドを思い浮かべながら、頷いた。
「そういえば、ボスは見事倒せたようだね?」
「あぁ、これね? 可愛いだろ?」
俺の装備が変わったことを見ていたようで、リオンに苦笑いをしながら、シラタマを肩に抱き、その場でクルっと回った。ネコネコシリーズ黒猫。どう見ても可愛いとしか形容の仕方がないのだが、リオンは羨ましそうに頬を緩めていた。
「それ、いいな! 私も欲しいな。これって、ネームド? 一点もの?」
「よくぞ、聞いてくれたにゃ! これは、一点もの! 世界に1つしかない、クズイだけのネームドシリーズ」
「はっ? 俺だけのネームド、シリーズ?」
「そうにゃ! これから、ネームドの武具は、全部ネコネコシリーズになるにゃ! かわいいにゃ!」
「……聞いてないぞ? 俺、ずっと、可愛い系なわけ?」
シラタマを睨むと、「そうにゃ! いいにゃ? 愛されニャンコ」と、どや顔でこちらを見ていた。
「ついになるものは、あるにゃ。女の子用のが。でも、それは、しばらく現れないにゃ」
「どういう……?」
「……ナビゲーターに戻れないにゃ。さっきから、何回か戻れるように呼び掛けているのに」
「それは、ご愁傷様です」
「……にゃあ。みゃーが認めたプレイヤーしか、このネコネコシリーズが、取れないにゃ! だから……」
「取れない方が、いいんじゃね?」と聞こえない程度で呟いたつもりだが、地獄耳のようで、シラタマが「罰当たりにゃ!」と怒った。
「まぁ、いいじゃない。可愛いんだし。どんな効果があるの?」
「結構優秀だよ。索敵もできるようになったし、耳も鼻もきく。目も夜目がきくようになったし、俊敏もさらに上がってる」
「すごいんだ。私とは、全然違うものが、ドロップされたんだね」
「コイツのせいでな」
頭を小突いてやると、迷惑そうに「にゃあ!」と鳴いた。最初は警戒していたリオンもシラタマのなんとも間抜けさを感じ取ったのか、ほっこりとした表情で見ていた。
「……それより、リオンは、俺がボス部屋にいる間は何してたんだ? 後ろのが気になる」
「うん、ちょっと、時間があったから、このあたりのモンスターを狩ってたの。クズイくん、レベル上がる速度が尋常じゃないから、少しでもと思って」
「クズイは、みゃーのおかげで、ブーストしてるから、レベルはガンガン上がるにゃ」
「たぶん、そういうとこだと思うぞ? 戻れないのって」
気づいてなかったのか、シラタマが「にゃあ」と落ち込んだ声で鳴く。俺にもどうしてやることもできないので、頭を撫でてやった。
「その後ろのって、アイテムだよな?」
「えぇ、アイテムボックスがカンストしちゃって。クズイくんのほうに余裕があったら、お願いできる?」
「あぁ、いいよ」
そういってアイテムを収納袋へ詰めていく。初期装備のこれも山のようなアイテムをどんどん入れていくので、リオンが声をかけてきた。
「クズイくん?」
「どうかした?」
「アイテムって、そんなに入らないよね?」
不思議そうにこちらを見ながら、聞いてくるので、ストレージをみせた。まだまだ収納は可能と一目でわかるそれに、目を見張る。
「何か変かな?」
「私も初期のものを使っているんだけど……そんなに入らないわ。このアイテムも、手で持って帰るつもりだったのに」
「そうなんだ? まだ、いけるから、全部入れてしまうな?」
全部つめたところで、街へ戻ることにした。歩いていても、リオンがこのあたりのモンスターを狩りつくしていたので、一匹も出てこない。街まで、二人と一匹の奇妙な帰路となった。
「ココのところにお願いされてた素材置いてくるね?」
「俺も一緒にいくよ」
「わかった」というリオンの後ろについて、ココミの店へと入って行く。ココミが、店の奥から、ひょこっと顔を出して、こっちこっちと手招いている。近寄っていくと、「おっ、いい装備になったな!」というので頷く。
「お願いされてたの、置いておくね? クズイくんの方に入っている余剰分も出して」
「了解」
「うほぉー! すごい数じゃん! ありがとう!」
頼まれていたものは、予想より多く手に入ったことに興奮をしているココミ。その耳元にリオンが何か耳打ちしている。ところどころ聞こえてくるのは、俺の名前と、一緒とか、作って! というもの。何を作ってもらうのだろうか? と二人を見ていたら、ココミがニヤッと笑う。
「依頼受けるわ」
次の瞬間、俺をジッと見るココミ。隅から隅まで見られていて、なんだか恥ずかしい。
「性能は、こっちで勝手にするわね?」
「うん……その、さりげなくだよ?」
「あぁ、はいはい。じゃあ、前金でありがとう!」
料金を支払ったようで、二人のやり取りは終わったようだ。リオンがこちらを向き、少し先にあるカフェに向かうことになった。ココミに挨拶をして、店から出て同じように歩く。さすがに疲れて口数が減ったシラタマを抱きかかえて、カフェに入り席に案内された。
「……今から何をするにゃ?」
「宿題だよ? 高校生だからね。課題があるんだよ」
そういってリオンが宿題を広げる。俺も倣って宿題を並べた。
「範囲同じ?」
「本当だ。わからないとこあったら、教えて」
「いいよ。私がわかるところなら」
向かい合って、宿題を始める二人の側で、牛乳をチビチビと飲むシラタマ。「人間は大変だにゃあ」と言いながら、その場へつっぷして眠ってしまう。その様子を見ながら、二人で微笑み、宿題を仕上げていく。全く同じ問題にお互い不思議がりながら、「今日はここまでだね」とリオンがお茶を一口飲んだ。
宿題が終わり、談笑をしていると午前0時を知らせるアラームがなった。設定があり、ゲームは基本的に日を超えないまでとの約束を親としているため、リオンの方を見た。
「そろそろ落ちないと」
「もぅこんな時間なんだね? ついつい長居しちゃった」
「いや、俺の方こそ、宿題も捗ったし、助かった」
「私も。誰かとこうやって宿題をしたのなんて、小学生以来かな?」
クスクス笑い、持ってきていた宿題をお互い学校へ提出する。オンラインでの提出のため、何時までやっていたとかバレるのだが、こうやって、きちんと提出できるのは、気分がいい。
「さて、俺は……」
そう思ったとき、寝ていたはずのシラタマが、物珍しそうに二人の宿題提出を見ていた。
……宿題に夢中で、忘れてた。
視線を感じたのか、こちらを窺うように見上げてくるシラタマ。リオンもハッとしたように、シラタマを見ていた。
「……なぁ、シラタマ?」
「何にゃ?」
「どこか、行く宛てはあるのか?」
言われたことが理解できていなかったのか、首を傾げる。一拍したのち、自身が、宿無し金なし野良だったことを思い出したようだ。
「にゃあぁあぁあぁー!」
「やっと、気が付いたか。で、どうするんだ?」
「……どうしたらいいにゃ? クズイたちがいなくなったあと、みゃーは……」
さっきまで、尻尾をぶんぶん振っていたのに、今は、見る影もない。
「……俺らは、現実に帰るだけだけど、ナビゲーターだろ? 家とか」
「あるわけにゃいにゃ?」
トーンが落ちた声で、「どうするにゃ……」と呟いた。俺にもどうすることもできないので、困り果てた。
……ログアウトするにしても、コイツ一匹おいていくわけにもいかないし。他に迷惑かけてしまうだろ?
ペットホテルなどの預かり場所みたいなところがあるわけでもないこのゲームの中で、家でもあれば別だが、まだ、それは実装されていない。それに、買う金もないだろう。
「シラタマくん」
「にゃ?」
困っていた俺とシラタマに微笑む女神が目の前にいた。どうやら、何か考えてくれたようだ。
「鍛冶師のジョブ?」
「……鍛冶師のジョブはないにゃ。クズイのこれは、趣味で作ったものだし、ナビゲーターには、そもそも、そんな概念はないにゃ」
「そう。ちょっと、聞いてみないとわからないけど……ココに相談してみようかと」
「ココミに? いいのか?」
「まだ、わからないけど……ココもずっと、オンラインってことはないから」
「そっか……そうだよな?」
苦笑いをしたあと、ココミに連絡を取ってくれた。店じまいをしようとしていたらしく、カフェに来てくれた。
「どうかした?」
「ココ、お願いがあって……」
「お願い? 珍しいね、リオンからって」
「んーちょっと、店で預かってくれないかなぁ? この子」
さっききから気にはなっていたであろう、シラタマを見て、まじまじと観察する。ハーフドワーフのココミは、鑑定が使えるので、じっくり見ているのだろう。ただ、ナビゲーターなので、何も鑑定はできないはずだ。
「変な子を連れていると思っていたけど、預かるのかい?」
「うん、頼めないかなぁ? 帰る家がないし、その、ログアウトできないから……」
「ログアウトできない? バグか何かか?」
「……違うにゃ。みゃーは……」
咄嗟に口を塞いだ。信じてくれるとは思うけど、言っていいものか悩んだからだ。
「……まぁ、いいよ? 預かるだけなら。でも、ずっとってわけにはいかないだろ?」
「確かに」
「じゃあ、こうしましょう。もうすぐ、イベントがあるよね?」
「あぁ、確か、対人戦」
「そう。それが終わったら、ホームを買えるようになるらしいの」
「確か、そんなのが出てたな。それまでってことか?」
コクンと頷くリオン。ただ、家を買うにしても、相当な金額がいるはずなので、手持ちを確認する。
……ギリ、いけるかな?
「提案があるんだけど?」と意を決したように、リオンが切り出した。俺もココミもリオンがからの提案が何なのか、想像はしていた。共同でお金を出さないか程度には。頷きあったところで、話し始める。
「パーティーをこの三人で組まない?」
「パーティーを?」
「俺は、すでにリオンと組んでるから、ココミさえよければいいよ」
「私はもちろん、言い出しっぺだから。ココミとも冒険してみたいし」
「みゃーは……」
「シラタマは、黙ってろ。発言権はない」
「しょんにゃあ……」としょんぼりしている頭を撫でてやる。と、ココミが豪快に笑いだした。ギョッとしてそっちを見れば、腹を抱えて本格的に笑っている。
「リオンが、パーティー組みたいって? 何それ、笑える。あたいと冒険行きたいって? ウケる。知ってるだろ? あたいの役立たずぶりを」
「知らないわ。ココの能力が生かされた場所で戦うならまだしも、そうじゃない場面で、面倒ごとを押し付けられただけのところしかみたことないもの!」
リオンがココミをジッと見つめる。ばつの悪そうな表情をしたあと、大きなため息とともに「負けたよ」と呟く。
「リオンには、負けた。ずっと、こんな役立たずと一緒に冒険に行きたいって言ってくれてたんだ」
「今度は、クズイくんもいるから、お互いをフォローし合えることは可能だと思うの」
「あぁ、そうだと嬉しい。パーティーの話、乗らせてくれ。ただ、あたいは、鈍足の攻撃極振りだ。カメに戦えるような戦略、立ててくれよ?」
「頼んだよ! クズにゃん」と席を立ったあと、背中をバシンと叩かれ、思わず咽こみ、苦しむことになった。
「こりゃ、幸先どうなることやら」
「……それは、ココミが悪い」
ゴホゴホしながら抗議すると、「悪かったよ」と微笑んだ。席に戻り、元の話に戻る。シラタマの件をどうするかだ。
「シラタマだっけ?」
「えぇ、そうよ」
「店で預かるよ。あたいらのホームができるまで。それで、できれば、店を手伝ってほしい」
「……コイツに頼むのは、どうかと」
「みゃーはなんでもやるにゃ! 見捨てないでほしいにゃ!」
「わかったわかった。責任は、クズにゃんに取らせて、店番を頼む。あたいがログアウトしているあいだも、稼いでくれると助かる。回復薬とか常備のものは、大量に作っておくからさ」
「わかったにゃ! 任せるにゃ!」
やる気に満ちたシラタマに、不安しかないとみると、目を輝かせていた。「お役にたってみせるにゃ!」と言いたげな目を、信用していいものか……、大きなため息をついたあと、ココミに一任して、先にログアウトさせてもらうことになった。
「でっけーあくびだな? おい」
「……昨日、遅かったから」
昼休み、弁当をつつきながら、大あくびをした。4限の授業中、ずっとあくびがとまらず、寝なかったことを褒めてほしいくらいだった。とはいえ、胃に溜まる昼食が、さらに睡魔を加速させていく……そんな気分だ。
「何? 例のゲーム、イイ感じなの?」
「……まぁな。昨日で二日目だったんだけど、1層にある洞窟ダンジョンでボスを倒したんだ。あれは、気持ちいいな」
「へぇ、あの美人剣士さんと回ってるんだっけ?」
「リオンな。やっぱ強いよ。俺なんて、まだまだ……ゲームには結構自信もあったし、それなりに強いって思ってたけど、別格な気がする」
翔也は俺の話を聞きながら、焼きそばパンを口に運んでいる。
「ふぉのふぁぁ、」
「食ってからしゃべれよ?」
「……、そのさ、リオンって、どんなヤツなの?」
「あぁ、俺と同じ高1なんだって。昨日、一緒に宿題やった」
「はっ? ……宿題って、あぁ……忘れてた。まだ、出してないや。うつさせて」
「もう出したよ。昨日」
「ま?」
「ま」と返事をしたところで、弁当は空になったので片付ける。焦る翔也に、宿題のデータを出してきて「ほらよ」と渡すと、自身の机からタブレットを持ってきた。移しながら、話をできる翔也は器用だなぁ……と、感心していた。もっぱら、リオンの話ばかりをしていたのだが、少し、ゲームに興味を持ってきているのかもしれない。
「そういえば、今度、イベントがあるんだよ。対人戦なんだけど、ネットでも流れるから、見てみたら?」
「おぉー、見てみる」
「あとな、」
「なんだよ、もったいぶって」
言っていいか少し悩んだが、もし、翔也がゲームをすることになったら、きっと、同じパーティーになるに違いない。せわしなく動かす指を眺めながら、なるべく小さな声で呟くように言った。
「俺、正式にリオンとパーティーを組むことになった」
「…………へぇー、リオンと」
反応、薄いな。そんなもんか。
苦笑いをしていたら、翔也がタブレットからゆっくり顔を上げ、こちらを見た。ビックリ顔をして、タブレットを落とす。
「はぁー??? 正式にパーティー組んだって? そんなこと、あ・る・の・かよ!」
教室に響き渡った翔也の声に、一斉にこちらを見て注目を浴びる。里緒やマナたちもカフェテラスから帰ってきたところで、教室に入ってくる。翔也の叫び声に、マナの視線が突き刺さってきた。
「また、オタクどもが騒いでるの? 信じらんない。マナ、危うくフラぺ落としかけたじゃん!」
睨まれたカエルたちは、大人しく「すみませんでした」と謝り、サッと気配を消す。落としたタブレットを翔也は拾い、また、宿題を移し始めた。
「……マナ、こえぇーな。最近、里緒に構ってもらえなくて、荒れてるって聞いてるぜ?」
「とばっちりだな」
ヒソヒソと話しながら、さっきの話を続けることにした。リオンからの提案で、他にもう一人、メンバーがいること、マスコット的なネコがいること、イベント後に実装される家を買って、本格的に冒険を始めることなど、願望も含めながら、話をしていく。
「いいな……美女二人と一緒って、羨ましい」
「……そうでもないけどな。しっかり、レベル上げも作戦たてたりもしないと、置いて行かれそう。一人は孤高の戦士と言われるくらい有名プレイヤーだし、もう一人は、腕のいい鍛冶師らしいから。俺は、まだ、何者でもないからさ」
「なるほどな。大変だな?」
「そのぶん、楽しいけどな」
「明日は1日休みだから、ずっとか?」
「あぁ、今日もあと1限で休みだから、ずっとだな」
「よくやるな……」とため息とともに、タブレットを閉じた。翔也も宿題は、送信できたようだ。
「俺もやってみようかな?」
「いいと思うぞ?」
「まぁ、まずは、機材からだな……」
「イベントが終わったら、本格的に進めて行くと思うから、やってみろよ? おもしろいから」
「わかった。とりあえず、イベント観戦からだ」
イベント情報が、流れてきたのは、その数分後。運営からのメールだった。それを読むと、個人での対人戦。上位3名には、特別報酬に金貨が配られるらしい。その他にも、特典はあるようで、今まで、培ったゲームの知識をフルに使って、上位を目指そうと考えた。
「……日曜に早速イベントがあるらしい。この時間からなら、見れるか?」
「その時間なら、いけるわ。見てみるよ。そういや、キャラ名は何?」
「『クズイ』だ」
「あぁ、苗字ね。なんか、ヤバイやつみたいな名だな。その由来を知らないと」
「まぁな」と言ったところで、予鈴がなる。「戻るよ」と席に戻っていった翔也と、入れ替わるように、里緒が席についた。なんだか、思いつめたようなその表情が何を意味しているのかは分からなかったが、スマホをしまう瞬間に口元が上がったように見えた。
何か楽しみになことが近づいている。里緒がそんな雰囲気を纏ったところで、本日最後の授業が始まった。
◆
授業が終わった瞬間、鞄を持って席を立つ。出入口に向かえば、隣の席の里緒も慌てて席を立っていた。
「ごめん、先にどうぞ」
「ありがとう!」
ニコッと笑う里緒はとても可愛い。ギャルではあるため、目立つ存在ではあるが、元がいいのだろうなと思わせるほど、整った容姿を目で追う。昇降口に向かって、走り出そうとしたところで、マナに捕まった。
「里緒、逃がさないから!」
「……ちょ、ちょっと」
「ダメ。今日は、私と一緒に駅前のお店に行くの!」
がっしり掴まれ、逃げられない里緒は困ったような表情をマナに向けて、「約束があるから」と言った。
「もう2ヶ月近く、毎日、そればっか。今日は絶対絶対離さないんだから!」
しがみつくようなマナを追い払うこともできず、観念したらしい。それを見届けてしまったあと、俺もリオンとの約束があることを思い出して駆け出した。走っていたから、気が付かなかった。家についてからスマホを見ると、ゲームを通してDMが届いていた。
『ごめんね、友達と少し出かけることになったから、少し遅れそう』
リアルでの友達なら、仕方ないよな。
『ココミの店で待ってるから、楽しんできて!』
メッセージを送ったあと、制服から着替えてベッドに寝転ぶ。ログインすれば、ココミの店へと向かった。
「いらっしゃいませにゃ!」
元気よく挨拶をするシラタマ。ココミは奥で作業をしているようで、店番を頼まれたようだった。
「クズイにゃん!」
「シラタマ、ちゃんと店番してたか?」
「もちろんにゃ!」
どやぁというふうに胸をそり、腰に手を置いていた。その姿が可愛らしく、店にいた他のプレイヤーに笑われている。
「半日で、マスコット化してないか? 本来の仕事、忘れてね?」
「……大丈夫にゃ! 忘れてないにゃ!」
ナビゲーターとしての仕事が本来のものだという自覚はあるようで、頷いた。ただ、「猫ちゃん、お会計お願いできる?」と可愛いプレイヤーに言われたら、デレていたし、いかついプレイヤーが寄ってきたら、さりげなく後ろに下がっていた。
「まぁ、へまは今のところしていないってことかな?」
シラタマの接客をしばし見たあと、店の奥に顔を出す。
「ココミ、入ってもいいか?」
「いいぞ。クズにゃん、今日は一人か?」
「んー、リオンが、リア友に捕まったらしくて、遅れるって連絡がきた」
「そっか、まぁ、それならいいけど」
チクチクと、白い布で裁縫をしているココミ。作業台を挟んだところに座った。
「何、作ってんだ?」
「リオンから、昨日頼まれたんだよ。マントが欲しいって」
「そうなんだ? 確かに、リオンは、マントしてなかったよなぁ?」
「クズにゃんは、マント、出来ないからなぁ……その、なりじゃ」
黒猫パーカーを指さし、笑っている。カッコいいを目指すはずが、可愛いになってしまっている俺は、なんだか、ちょっと……複雑だ。
「それって、二着目?」
「あぁ、あたいの分を先に作ったからな。見てみるか?」
差し出されたマントを広げる。少し短く、どちらかと言えば、ケープのようなそれには、見慣れたものがあった。
「……猫、耳?」
「気が付いたか?」
「えっ? リオンが、これを?」
「あぁ、うちのパーティー用にって。クズにゃんは、マントつけられないから、他のを考えないといけないけどな」
バサッと繕っていたマントを広げると、そこにも猫耳がついている。リオンが着る、ココミが着る……考えただけで、可愛いそれを見れば、ニヤついていたらしい。
「やらしい目でみるなよ?」
「いや、可愛いなと思って」
「そうか。見た目可愛くても、防具として使えなきゃ意味がないからなぁ。見た目と違って、モノは最高の出来だよ」
手に取るように言われ、触ると、その手触りはとてもよかった。それだけでなく、補正が付与されているようだ。
「あたいのは、少しだけ俊敏を上げてある。さすがに二人と冒険となると、必要になるだろ? 歩く速さっていうのも」
「たしかに。他には?」
「魔法防御ののプラス補正とか、まぁ、イロイロ。今、あたいができる、最高のものを作ったよ。あとは、これを渡すだけ。リオンがまだしばらく来れないなら、少し、出かけないか? 合流したあとは、イベントの話になるだろうから」
「あぁ、そういえば、告知来ていたもんな」
ココミの提案に頷き、リオンにメッセージを送る。返事はなかったが、ココミと二人、湖の方を目指して、探索へ出かけることにした。
「あの湖、釣りができるんだよ。その魚の鱗がいい素材になる。他にもいろいろ釣れるらしい」
「へぇーそれは楽しみだけど、釣り道具なんて……」
「そこにあるだろ? パーティーを組むんだ。これからは、こういった備品も作ってやるから、持っていた方がいい。いつ何時、使うことになるかわからないから」
そこそこのものなら釣れるという釣り竿をもらい、シラタマに留守番を頼んで、店を出る。
……確かに、歩くの、遅いな。攻撃特化って言ってたからな。マントをしていてこれだから、してないと……。
気の遠くなるのを会話でつなぎとめた。ココミは大学生。リオンほどではないが、講義しか時間を縛られることがないそうで、頻繁にもぐっているらしい。
「大学生、いいな」
「高校生もいいだろ?」
「時間割どおりだから、暇な時間って、家に帰ってきてからしかないからさ」
「あぁ、なるほど」
大学での話を聞きながら、歩き続けた。時々でるモンスターはうさぴょんのため、一瞬で片付く。ココミなんて、ハンマーの風圧だけで倒してしまうものだから、湖までの道のりは、とても楽に進むことができたのである。
思ったより時間はかからず、これたように思える。ココミの鈍足にも根気よく付き合えた。
「帰り、もし、嫌じゃなければ、街の近くまでおぶるけど……」
「あっ、いいの? それ、助かる! 来るときもそうしてもらえば、よかったな」
あっけらかんというココミに、こちらの方が羞恥しそうだ。ゲームの中とはいえ、触れてもいいものか悩んだ末に、聞いたのだから。
ココミは、ふだん、つなぎを着ている。だから、あまり意識をしていなかったが、フィールドへ出ると、服装は変えた。ハーフドワーフということで、背丈は若干小さい。つなぎを着ているときにはずんぐりむっくりしているように見えたが、実際は、全然違った。
「小学生みたいって思っただろ?」
「……いや、そんなことはないけど」
「幼女趣味はないんだけど、鍛冶師に最適なのはドワーフなんだよ。さすがに、ドワーフにしてしまうと、本当にずんぐりしてしまうから、種族をちょっと混ぜてみた。唯一無二の存在」
短パンからのぞく足は、意外とすらっとしている。普段、武具を作っているだけあって、小さいながらも、腕回りは若干太いように感じた。
「武器はこれと」と見せてもらったのは、先程から大活躍していた巨大ハンマーだ。
「持ってみるか?」
「いや、やめとく。たぶん、俺には無理だ」
そういうと、嬉しそうに笑う。店にいるココミとは少し違う表情をするので、こちらが翻弄されていく。
「さて、まずは、釣りでもしよう。そのうち、リオンも来るかもしれないし」
ハンマーを横に置き、桟橋から釣り竿をたらす。横に座り、俺も釣り糸をたらした。
すぐに引く釣り竿。撓る竿を引き上げると、魚が何匹もついていた。
「さすがだな。一気に三匹とか」
「そうなのか? 釣りはリアルでは全然しないけど、釣れると嬉しいな」
「あぁ、そうだろ? ちなみに、それもモンスターの一種だから、剣とちょんと当てておけ。そうすると、素材に変わる」
「わかった」とココミに言われた通り、剣をビタンビタンと魚たちにあてていく。すると、アイテムに変わって、積み上がる。
「アイテムは都度収納した方がいい。大型のモンスターもいるから、逃げる場合もあるし、そのとき、悠長にアイテムを拾っている時間がないから」
「ココミは何でも知ってるんだな?」
「だてに、β版からもぐってないよ」
「β版、当たったのか? いいな」
「落ちたのか?」
「あぁ」と返事をすると同時に、撓る釣り竿を引き上げる。同じ作業を淡々としながら、1ヶ月、もぐれなかった話をする。ココミは、おもしろそうに笑いながら、今、公開されている、三層までの話をいろいろとしてくれる。アイテムの話が多いが、どの素材が、どれくらい集まったら、何になるという話が多く、ためになった。
「まだ、クズにゃんは、1層だっけ?」
「そう。回っていない場所も多いからな……」
「そっか。まぁ、ゆっくり回るのもいいけど、2層は一応行っといた方がいいぞ。できれば、今日中に」
「えっ? なんで?」
「明日のイベント。どこの階層を制覇しているのか表示されるらしい。1層しか探索できてないとなると、階層主を倒せていないとみなされて、狙われる可能性が高いから」
「なるほど……ココミは、今、三層なのか?」
「いや、二層。三層に行く前に、パーティーに捨てられたから、行けてない」
「じゃあ、リオンが来たら、三層まで一緒に目指さないか? 今日は、予定ある?」
ココミが驚いたように感じた。しばしの沈黙のあと、「……いいのか?」と戸惑いがちに聞いてきた。
「いいも悪いも、これから、三人でパーティー組むんだから、いいに決まっているだろう? 一緒に、冒険しようって、リオンが昨日言ってたじゃないか」
「確かに。お荷物だって思ってるから、嬉しくて」
「ココミがお荷物って……本当、元のパーティーって、ろくな感じじゃないよな。メチャクチャ強いじゃん!」
励ますように、ココミに笑いかけると、頷いた。そのとき、俺の釣り竿が、大きくわななく。
「……かなり、大物?」
「だろうな。あたいも手伝う!」
ココミは持っていた釣り竿を桟橋に置き、俺の後ろから抱きつくようにして引っ張ってくれる。さすが、攻撃特化の極振り。すぐに引き上げられる。
「飛び跳ねた!」
次の瞬間には、大物だと騒いでいた魚より、さらに大きな特大魚が、食らいつく!
「やべぇ、あれはさすがに無理だ!」
「もしかしなくても、この湖の主だったり?」
「そうだろうけど……」
にぃっと笑う。
……あのデカ物、倒したい!
「ココミ、釣り竿を離す」
「わかった」
「じゃあ、俺、行ってくる!」
「クズにゃん!」
ココミが叫んだ瞬間、俺は双剣に持ち替えて、湖の中へと飛び込んだ。この湖の主と対決するために。
……酸素って、どれくらい持つんだろ?
確認もせずに、ただ、戦いたいだけで、潜り込んでしまったため、確認不足だ。釣り竿を咥えたままの主と相対した。
……こうやってみると、デカい鯉だな。
ついてきた俺に主も気が付いたようで、こちらに向かってくる。このまま飲み込むつもりなのかもしれない。
……そうは、いくかよ!
突っ込んできた主をひらりと避けたが、そのあとも執拗に追いかけてくる。こちらから、仕掛けるしかないのかと、すれ違いざまにひれに取りついて、思いっきり剣をぶっさした。エフェクトは、流れていくものの、さすがに主だ。こんなちんけな攻撃では、HPも減らない。魔法も使えないしと思いながら、地味にぶすぶすとさしていく。主の方も、小さな羽虫のような俺がチクチクとしてくることが気になるのか、手下をこちらにあててくる。
……さすがに、離れないとヤバそうだ。
泳いでいき、手下どもに手をかけていく。最後の一匹になったところで、主は、それごと、俺を喰ってしまった。
……やられた。
酸素もそろそろと思っていた矢先だったが、どうやら、この主の中では、水ではなく酸素が存在している。ただ、同時に酸もあり、先程のみこまれた魚が解け始めていた。
「ぐずぐずとしているわけにはいかないってことか……」
双剣を身構える。ネコネコシリーズには自動修復があると、シラタマが言っていた。完全に防具が無くなることはないにしても、死ぬことはあり得る。とにかく、殺してしまわないと……。
タイムリミットがあることを頭にいれ、主の内側から暴れ回った。魚が完全に溶け切ったころ、こちらも、いよいよという感じだ。ココミの風圧を応用するように、剣を振る。何が起こるのか、起こってほしいのか明確にイメージをしながら、何度も何度も剣を振ればとうとうできるようになった。
……ギリギリだな。
次の瞬間、イメージを膨らました風の刃は、内側から主を半分に切ってしまい、中へと一気に水が入ってきた。
……水没死しそう。
馬鹿なことを考えていたら、引き上げてくれる手があった。その手をギュっと握れば、水面から顔を出していた。
「……クズイくん、無理はしないでよ!」
少し怒ったようで、目を赤くさせるにリオンに謝り、倒した主を拾った。アイテムに変えられるので、それを引きずったまま、戻ると、ココミがホッとしていた。
「よかった……急に、湖に飛び込むんだもん!」
「悪かったな?」
「いいよ、無事なら。リオンも、助けてくれてありがとう」
「どういたしまして!」
地面に置いたら、主はアイテムに変わる。どれもこれも貴重なものらしく、ココミは跳ねて喜ぶ。それをリオンと二人で眺めていたら、宝箱が出現した。
開いてみれば、中には、やはりと言ってもいいだろう……ネコネコシリーズの腕輪が入っている。そこには、青い石がはめ込まれており、他に5種類の石が入るようになっていた。
「これ、魔法の増幅器とか、魔法が使えるようになるとかの腕輪かな?」
「どのみち、クズにゃんしか使えないものだね」
腕輪を見て、ココミが鑑定をする。
「魔法が使えるようになるとか、イベント前にいいもの手に入ったね」
「青色だから、水とか氷とか使える感じかな?」
「そうみたい。これ、全部の石を集めてはめ込めれば、全属性の魔法が使えるようになるかも。まぁ、訓練は必要だろうけどね?」
ココミの一言で、リオンが笑う。つられて、俺も笑う。「帰って、イベント会議しようか」とココミが言うので、賛成と言って、街へと戻る。もちろん、ここへ来てから、ココミと話したとおり、俺がココミをおぶっていくと、リオンの視線は氷より冷たいものであった。
街へ戻り、ココミの店へと向かう。扉を開ければ、さっきも言われた「いらっしゃいませにゃ!」とシラタマが愛想よくしてくれた。俺たちが帰ってきたと目を輝かせるシラタマ。三人揃っているのが、嬉しかったようだ。
「おかえりにゃ!」
「ただいまぁ~、お店はどうだった?」
「普通にゃ。今、お客が途切れたにゃ」
マントをリオンに渡す。白い猫のマントを羽織るリオン。今日は魔剣士のいで立ちのためか、よく似合っていた。
「いいね、可愛い」
「よく似合うにゃ! ほら、クズイも褒めるにゃ!」
「……先に言われたら、言いにくいだろ?」
シラタマを睨みながら、リオンへと視線を移す。「どうかな?」というので、とても可愛いと褒めた。嬉しそうにしているリオン。それを横目でニヤニヤしているココミがなんともだ。
「シラタマ、もう少し、店番をしていてくれる?」
「いいにゃ? 何か相談事するにゃ?」
「うん、今から、イベントの相談」
「もう、そんな時期にゃ。みゃーは、応援しかできないけど、精一杯するにゃ!」
「あたいも応援だから、一緒に中継を見てよう」
嬉しそうにしているシラタマ。ココミが残ってくれることが、嬉しかったようだ。奥の部屋に入り、三人がそれぞれ座る。ココミが飲み物を用意してくれ、明日のイベントについて、話合う。
「明日の13時からだったよね? イベントの開始」
「そうそう。それで、クズにゃんと話してたんだけど」
俺の方をチラッと見て頷いたココミ。さっき話してたことを言ってくれるようだ。
「クズにゃんとあたいを第三層まで、連れていってくれないか? イベントは攻略階層が表示されるってなっていたから、階層が高い方が狙われないんじゃないかって」
「なるほど……それは、一理あるね。二人は、何時まで大丈夫?」
「あたいは、何時まででも。クズにゃんは?」
「俺は、そろそろ1回ログアウトだな。飯の時間」
「おっ? 何々?」
ココミがこちらを窺うように、意味深な感じで絡んでくる。
「親に言われてるんだよ。飯の時間は必ず来るようにって。あと、平日は23時までって」
「学業を疎かにしないってことなんだろうね?」
「まぁ、私ら学生の本分だからね? じゃあ、あたいらも一度落ちて、ご飯行っとく?」
「私は、食べてきたからいいよ!」
「……そっか。まぁ、いいんだけどさ。リオン、昨日も遅かったんだろ? あたいも人のことはいえないけど、廃ゲーマーにだけはなるなよ?」
苦笑いするだけで、リオンは返事をしなかった。余程、このゲームが気に入っていることがわかる。それか、現実から逃げたいのか。どっちだろう? と伺ったが、わからなかった。
20時集合を約束して、俺は一度ログアウトをした。
◆
戻ってきたとき、シラタマと一緒にリオンが店番をしていた。いつの間にか仲良くなっているようで、話をしているようだ。
「そういえば、イベントなんだけど……」
「個人戦だよな。俺、思うに……俺たち、」
「「戦わないほうがいい」」
頷いた。リオンも考えていたようで、何やら上位になれば特別報酬がもらえると書いてあったのだ。それなら、家を買う前提で、リオンとは、戦わない方がいいだろう。
家を買うには、お金が必要だしね。いつまでも、シラタマをここにおいておくわけにもいかないし」
「……にゃあ」
寂しそうにしているシラタマの頭を撫でる。シラタマなりに落ち込んでいたようで、ナビゲーターに戻りたいという気持ちはあるようだ。現状、それは叶っていないので、俺たちを頼るしかなかった。
「ごめん、遅れた!」
ココミが扉を勢いよく開けた。お風呂で考え事をしていたら、時間が過ぎてしまっていたらしい。
「じゃあ、行きますか。三層までってなると、結構時間がかかると思うの」
「そうだね。あたい、二層の攻略も大変だったから……」
「クズイくんは、今回、初めての階層主だしね! 死なない程度に、頑張ろう」
「了解です。先輩方。でも、俺の持ち味は、速さだから……それを生かした戦い方をするな?」
「わかった。ココにも見せ場を作るからね!」
俺たち三人は、また、店を出ようとした。ふと振り返って、シラタマを見る。見送ってくれてはいるがどこか寂しそうだ。
「なぁココミ」
「何?」
「シラタマを一緒に連れていきたいんだけど、店……」
「いいよ! 常に開いてる店じゃないから。シラタマ、一緒に行こう!」
「にゃん!」
声をかけると、カウンターから飛び出してきた。嬉しそうに、俺とリオンの間に入って歩く。
「さっきから、留守番ばっかりだったもんね。ごめんね、配慮が足りなくて」
「いいにゃ。お世話になっているにゃ、我儘は……言えないにゃ」
「いいよ。我儘言ってくれて。あたいらは、もう仲間なんだから」
ココミがニィっと笑うと、シラタマが嬉しそうに飛び跳ねる。小さな子どものようにはしゃいでいる。
ただ、今から行くところは、階層主の部屋。危ないことに変わりないので、大人しくしているように言い聞かせる。そうすると、どこからか出してきたシラタマ専用の軽防具を身に纏って、一丁前に冒険者気取りになった。
「これなら、多少の攻撃の余波は避けられるにゃ!」
リオンとココミに揃えて、猫耳マントまであるので、三人が顔を合わせて笑ってしまう。
「用意周到だな?」と頭を撫でると、「抜かりはないにゃ!」とぴょんぴょん跳ね回った。余程嬉しいようだ。
シラタマがマントについたフードをかぶったため、俺たちもそれぞれのフードをかぶる。明らかに俺だけ黒ではあるのだが、この猫耳が、みなに知れ渡るのは、そう遠い未来のことではなかった。
満場一致で決まった三層までの攻略。すでに済んでいるリオンに話を聞きながら、1階の階層主を倒す算段をつける。
「1階層は、木のモンスターだった気がする。生えてるんだけど、ココの全力で何度も叩けば、終わるんじゃないかな?」
「そうなの? あたいが行ったときは、かなりパーティーで苦労した記憶があるけど……」
「まぁ、確かに。木の根っこが厄介なのよ。私が魔法で燃やしてしまってもいいけど、この際だから、クズイくんに全部切り落としてもらいましょう。クズイくんのレベルなら、いけるはずよ!」
話し合いの末、陣形は、前衛が俺、中衛がココミ、後衛がリオンとシラタマというふうになった。 俺が、まず、先頭でかき回し、ココミが取りこぼしたものを強打、リオンがさらにココミが処理しきれなかった分に対応するということだ。シラタマは人数には入っていないため、お荷物を抱えたまま、階層主を倒しに行くということなのだが、不安は全くなかった。
「階層主の前にも、モンスターがでるから。ここは、そんなに強くないわ」
「……確かに、強くはないけど、すばしっこい!」
「俺が対応する! 来いっ!」
足の遅いココミが、トカゲどもに狙われた。避けて通っていくので、後ろから迫って切り刻んでいく。
「あたいばっかり狙われてるんだけど!」
「早いのはね……どうしても、狙うわよ。でも、今のでいいんじゃない? ココは大変だったけど、クズイくんはうまく対処できた。階層主もあんな感じで行きましょう!」
雑魚と戦いながら、階層主がいる部屋へと入って行く。緑豊かな部屋を見渡していると、下から突き上げてきた。
「構えて!」
次の瞬間には、ココミは遅いながらも、階層主に向け走り始める。それを止めるように木の根が下からどんどん襲ってくるが、俺は、それを丁寧に刈り取っていく。次第に、木も成長して、葉がナイフのようにこちらを目掛けて飛んできた。普通なら早いはずではあるのに、難なく対応ができる。
「ココミ、こっちは任せろ!」
「オーケー! じゃあ、切り倒してあげるよ!」
「そーれー!」の掛け声とともに、木こりが木を切る要領で木を叩く。どぉーんという音と共に木のてっぺんまで震えていた。ココミが叩いた部分にエフェクトが飛ぶ。
……すげぇ、抉れてる。
三分の一ほど、太い木の幹が抉られていることに驚きながら、俺は、さらに早い動きで、ココミの援護をする。シラタマの装備に笑ってしまう。
……鍋の蓋?
武器を選ぶときに出ていたもので、それを使って、防御をしている。可愛らしくて笑ってしまう。
「クズイ、今、笑ったにゃ!」
見えていたのかシラタマに怒られてしまった。無視をしてココミを守るために駆け回る。
「最後だよ!」
どぉーんと鈍い音が部屋に響いたとき、大きな木のモンスターは、大量のエフェクトと共に消えてしまった。
「やったね! 倒せた」
「おめでとう、ココ」
「ココ、強いな?」
「クズにゃんもすごいじゃん。ノーダメージでしょ?」
お互いを称え合っていると、二層に続く道が開いた。ドロップするものはないらしく、三人と一匹は、階段を上っていく。
「うわー、草原!」
「すごいにゃ!」
「ココは、来たことあるんだよね?」
「あるよー、店も2階層までは、出てる」
「店ってさ、1階層だけじゃないの?」
「リンクしてるんだよ。階層ごとではなくて……。階層ごとにおける品もあるから、そっちも充実させてるけどね」
店について全然知識がなかったため、とても勉強になった。
「何かあったら、街に行きな。同じ場所に店があるから」
「わかった。そうさせてもらうよ!」
頷いたあと、2階層の階層主の場所まで行くことになった。リオンがいうに、にょろにょろらしい。ということは、蛇が階層主なのだろう。
「陣形は同じでいいと思う。ただ、次は、クズイくんメインで戦ったほうがいいかなぁ?」
「……あたいは、どうする?」
「ちっさなにょろにょろがいっぱい出てくるんだよ。それの退治かな? 今度は私も手伝うよ。さすがに気持ち悪いし」
それぞれのレベルの確認をすれば、俺が1番低いくらいだ。それでも行けると判断したリオンについていくしかない。
「大丈夫。いざとなったら、私が、全部燃やすから」
ニッコリ笑うリオン。美人が悪い顔をして笑うと妙に迫力があった。二層のモンスターは、一振りでは、まだ、倒せない。レベルだけは早く上がっていっているはずなのに、これが意外と難しい。
「草原って、いいよね。牛のモンスターとか出るんだけど……いいよ」
「何がいいのかさっぱりわからないんだけど?」
「ドロップアイテムが、肉! それをこんな草原のど真ん中でやいたりできるの最高だよ!」
「……襲われそうじゃない?」
「そこは、ほら!」とかいうあたり、焼きながら、戦っているのかもしれない。視線を合わせないようにしながら階層主の元へと急いだ。
「さっきまでとは、雰囲気違うな?」
階層主の部屋まで続く道は、今度は洞窟だ。開けた場所ではないから、いいかな? と油断すれば、既に蛇が、襲ってくる。
「なんだっけ、上半身女性の蛇っているじゃん?」
「ラミアだっけ?」
「そう。階層主、あれなんだよね?」
「……にょろにょろっていうから、ニシキヘビとかあっちのほう想像してたんだけど?」
「そうだった?」といいながらテヘッと舌を出して笑うリオン。だんだん、孤高の戦士というより、年相応の可愛らしさが出てきている。洞窟の奥まで辿り着いたとき、リオンが「ここが、二層の階層主の部屋だよ!」と軽い感じで、扉を叩く。装備を確認して、みなが頷きあったところで、扉を開いた。
リオンが言った通り、ラミアがいる。にょろにょろには違いないが、なんか、ちょっと……と思わなくもない。目を覚ました階層主。リオンの指示の元、戦えば、ものの10分もかからず、倒すことができた。
「ここは、毒の効果を落とすアイテムあるから、持っておくといいかも!」
「俺、今、毒半減だから、ココミが持ったら?」
「そう? もらってもいいの?」
すでに持っているリオンとスキルで軽減されている俺は、ココミにアイテムを譲る。その奥に階段が現れたので、三層まで階段を上っていった。三層は、空の上のようだ。雲の上を歩いているようで、ふわふわした感じで、浮き上がる。
「いいところでしょ?」
「三層は、初めてだからなぁ……店による?」
「そうだね、行こうか!」
三人は、街まで歩き、店のある場所までいく。一層では、木の家であったココミの店は、雲のレンガで出来た店に変わっていた。ココミは、それを見て大興奮。店の前から、動かなくなった。三層まで到達したとき、すでに2時を回っていた。ココミの店で休憩はしていたが、そろそろ睡魔が襲ってくる。
「グズにゃん、そろそろ限界っぽいね。私らも一度、ログアウトしようか?」
コクリコクリと頭を揺らしていた俺を見て、女性陣が笑っている。明日は……もう、今日というべきだろう、初のイベント開催日。レベル上げをしたい気持ちもあるが、先にログアウトさせてもらった。
現実世界に戻った俺は、目覚まし時計だけセットして、そのまま、夢の中へと落ちていった。
目を覚ますと、母の「ご飯できたよ!」の声が聞こえてくる。目を擦り大欠伸をして、階段を降りて行く。
「また、夜中まで、ゲームしてたの?」
「んーそう。今日は休みだからいいだろ?」
仕方ないと諦めた表情を向けてくる母ににへらと笑い席につく。今日は父も兄もいるので、少し遅めの朝食で、焼きたてのトーストを齧る。
「何? また、ゲームしてんの?」
「そうだよ? 兄貴はしないからな。魅力がわかんないんだよ」
「誰が泰弘にゲームを教えたと思ってるんだ?」
軽い口調で兄と話した。社会人になってから、すれ違う日が多く、好きだったゲームをしている時間が取れないでいる兄の精一杯の嫌味だったのかもしれない。
「今って、VRが主流なんだよな?」
「そう。兄貴がやってた頃より、ずっと自由だ」
「いいな。久々にゲームしたいな」
兄の話に「何言ってるの?」といち早く反応したのは、他でもない母だった。社会人にもなってと、続けるつもりだったのだろうが、先に遮られてしまった。
「かぁさんもしてみたら? 昔みたいに、コントローラーを使うものじゃないんだ。オンラインに、コネクトで繋いで横たわるだけだしさ」
「そんなの無理よ!」
「無理じゃない。仮想空間ていうのは、スゴいんだ。俺もまだ、数えるくらいしか入ったことがないんだけどさ。泰弘に借りて一度入ってみるといいよ」
「いつでもいいけど、今日はダメ。これから、イベントなんだ」
イベントという言葉に、兄は反応した。元ゲーマーの兄には甘美な響きに聞こえただろう。
「出るのか?」
「出るよ! 今回が初イベント。俺、わりと強いと思う。仲間も出るけど、俺よりさらに強いんだ!」
「へぇー仲間? 泰弘はオンラインだと、社交的だな」
クスクス笑う兄を睨んでおく。賑やかな食卓は久しぶりで、両親もなんだか嬉しそうにしていた。
「じゃあ、今日は、お祝いかしら?」
「もぅ、茶化さないでくれよ!」
「実況やるのか?」
兄も興味があるのか、13時からだと伝えるとニヤリと笑った。「しっかり準備しておけよ?」という兄に頷き、昼は少し早いめに食べたいことを伝える。了承をしてくれた母と応援してくれる父と兄に頷き、ゲームへと戻った。
……今から、少しでも、レベルを上げないと。
勝つことは、自分のためであると同時に、あのパーティーのためでもある。しっかりお金を稼ぎ、自分たちの家のためにと、降り立った。
ログインすると、10時だった。まだ、少し時間があるので、シラタマに顔を見せてから、二層のフィールドを少し回ろうかと思っていた。
「クズイにゃん」
「シラタマ、二人は?」
「リオンは、三層でレベリングしてるにゃ。ココミは二人に持たせたいって、回復薬を作ってくれてるにゃ」
「そっか……ココミはでないんだもんな」
「にゃあ」と返事をするシラタマの頭を撫でて、俺もレベリングへ行ってくると伝えた。
……少しでも、高い順位にいないといけないからな。
拳をギュっと握って、フィールドへ向かって駆けた。今までは、リオンの変な解説をしてくれていたおかげで、どんなモンスターなのか分かったが、いざ一人草原に出ると、右も左もわからない、初心者だということを嫌というほど知らされる。
「牛の話してたけど、こいつか。攻撃力は強そうだ」
闘牛士を思わせる黒毛牛のモンスターは、俺を目掛けて突っ込んでくる。その頭には角があるが、それより……大きな巨体に当たれば、トラックで引かれるほどの衝撃とダメージをくらうに違いない。じりっじりっと、避けるために足を移動させていくが、そのスピードもだんだん上がっていくので、氷魔法をためしに使ってみることにした。深い青の石がはまった腕輪から、冷気が立ち込め、『氷柱』と唱え、狙った場所にその柱は立つ。先端には、先程まで暴走特急のように荒々しい息遣いで、こちらに迫ってきていたが柱の先で無残に刺されて、エフェクトをまき散らしていた。
「ふぅ……やっと、一頭。かなり強いな、このモンスター」
草原の暴れ牛を10頭倒したところで、11時半になった。二層の街へ向かい、ギルドへ向かった。依頼の中の素材の提出で冒険者のライセンスが上がり、レアアイテムのドロップ数が増えると昨日ココミに聞いたので、早速、試してみることにした。
ギルドに入って行くと、中は一階層と同じ作り。奥のカウンターを見れば、見知った人物がいた。
「エレンさん!」
名を呼んだ受付嬢が、こちらを見て訝しむ。近づいていき、ニッコリ笑った。
「リオンに連れてきてもらった初心者です」
初ログインをしてから始めて、ギルドに来たことを思い出す。
「……あぁ、思い出したわ! 今日は何の相談かしら?」
「相談と言うか」
「買い取り?それとも、依頼を受けるかしら?」
「えっと、この依頼をお願いします」
エレンは、依頼内容をサッと確認し、依頼を受けたように書き換える。
「依頼なんだけど、達成しているから、出してもいい?」
さっき狩ったばかりの、闘牛士の角を10対見せれば、依頼完了だった。
「一人で、討伐に向かわれたのですか?」
「あぁーっと、そう。今日のイベントに参加するまでに、レベル上げしたくて。まだ、ログインした日も浅いからさ、ちょっと、練習も兼ねて」
傷ひとつない俺をジッと見つめるエレン。何を言ってもと思ったらしく、「お疲れさまでした」とだけ労ってくれた。ギルドの報酬で、多少、懐も温かくなったところで、再度ログアウトする。13時開始のイベントに向け、本体の方の腹ごしらえをしないといけない。
レベルも25まで上がったから、とりあえず、戦えるだろう。リオンに聞いた奥の手もあるから、死にはしないだろうし……。シラタマにもらった状態異常無効の装備も終わってる。後は……ココミの店で、アイテム補給をするだけだな。
やらないといけないことは、すべてやった。あとは、その場での対応だけだ。久しぶりのPKに少しだけ心躍った。
ログインしてから、ココミの店まで向かう。広場は、イベントに参加するであろう猛者たちで溢れかえっていた。ちょうど、昼の12時。30分もすれば、今より一層ソワソワとした空気になるだろう。そんな広場を横切っていく。見慣れた、白い猫耳マントが、少し前を歩いていた。集まった人から、自身を隠しているのだろう、足早にココミの店に入って行く。その後ろを追うように扉を開いた。
本日臨時休業の看板のおかげか、店には誰もいない。奥の部屋に向かうともうリオンもココミも揃っている。
「遅かったね?」
「本体の腹ごしらえとか、まぁ、いろいろな?」
「クズイ、作戦はあるにゃ?」
「んー、ないかな? 来たものを倒すって感じ。フィールドが、選べるなら密林系がいいよな。逆にリオンは、密林とか市街地は嫌なんじゃないか?」
リオンに視線を向けると、どこでもいいかな? と、戦略も何もない感じである。俺とココミはため息をついたが、それも、リオンはどこふく風だった。
「これ、渡すにゃ!」と机の上に置かれたのは、イヤーカフ。コロンとしていて、シルバー系のカッコいいやつだった。まぁ、シラタマ製っていうのが、わかるネコのマーク付きではあるが。
「これは?」
「通信できるようになるにゃ。フィールドは広いにゃ。メッセージでやり取りは時間かかるにゃ!」
昨日の階層主との戦いのとき、声を掛け合っていたのを見て、思いついたらしい。それぞれ手に取って、耳につける。
「範囲とかある?」
「ないにゃ! ここにいる限り、どこでも聞こえるにゃ!」
「なんだか、ズルしてるみたいだね?」
リオンがクスクス笑うと、確かにとみなで笑い合った。ココミからも回復薬等の供給をしてもらい、出陣のときだ。
「上位目指して、頑張ろうね!」
コツンと拳をぶつけ、静かに闘志を燃やす。店の扉を出れば、もう、広場近くは熱気に包まれていた。
「じゃあ、クズイくん。健闘を祈るわ!」
リオンが白の猫耳マントを揺らして、去っていく。背中を見送り、俺も歩き出した。
「クズイ、頑張るにゃ!」
店先で、ぴょんぴょこ跳んで応援してくれるシラタマに拳をを上げて返事をした。
……絶対、上位入賞してやる!
広場に集まる参加者の中へと紛れていく。簡単な説明のあと、目を開けると、だだっ広い開けた場所にいた。ここから、開始らしい。
……隠れる場所は、一切なしか。不利……とまでは、行かないけど、それなりにめんどくさいな。
俺は半径1キロ以内に氷柱の応用で壁を作る。MPもさほど使わずにできたので、まずまずだろう。大きな氷の鳥籠の中、索敵をし、「せーのっ!」で、氷柱を地中からプレイヤーにお見舞いした。
……結構減ったんじゃないか?
鳥籠の中には、31人がいた。今、16人まで索敵に引っかかっているので、半数を削れたことになる。
……あとは、しらみつぶしに、狩っていくだけだ。
頭の中で何度もシュミレーションをした甲斐があったようで、スタートダッシュは上場。会場を沸かせていることは、プレイヤーである俺は知らなかった。
朝から牛とぶつかり稽古してたからなぁ。防御も結構、上がったし、何より、これはありがたいな。あと、これな!
二層の草原を牛と戯れていたとき、たまたま、チーターのようなモンスターに出くわした。さすがというべきか、とてつもなく足が早い。負けてはいないと思ったが、反応がかなり遅れていた。
一ヶ所に留まっていれば、勝手にモンスターが飛びついてくるので、ジッとしたのち、双剣の餌食となったのだ。このチーターは、スキル持ちだったらしい。固有と書いてあったが、ネコネコシリーズで身を固めている俺に、スッと馴染んでしまった。
加速とまらねー! あと、忍足もあるから、気づかれない!
風が吹いたと思ったら、プレイヤーはすでにエフェクトを撒き散らして死んでしまう。そんなふうに、誰にも悟られないうちに静かに狩りをしていったので、『サイレントキラー』と異名がついていたらしい。
「さてと、あと、ここには一人かな? 油断はしないほうがいいな。さっき見た感じ、ヤバそうだ」
通り様に、最後の一人を見た。ガタイのいいおじさんで、デッカい戦斧を軽々持っていた。
当たったら、ひとたまりもないよな。
少し離れた後ろから、ジッと見ていた。視線を感じたのか、振り返る。全身筋肉の鎧に、軽い俺の攻撃は通るのか……疑問を抱えながら、大鬼を倒したことを思い出した。
やれる! 大鬼も強かったんだ。
気合十分、最初の一歩目から、最速ギアを上げ、大男に真正面から突っ込んでいく。ガキーンと金属音とともに、弾かれた。
見抜かれていたか。なら……。
左足を軸に、すぐさま反転し、再度切り掛かる。俊敏にはほど遠い大男は、わざと切られたのかもしれないと思うと後ろにひく。刃を当てただけじゃ、きれない。なら、奥の手を使うしかない。双剣を前でクロスした。「エンチャント」と呪文を唱えると、黒い刀身が、水色がかる。昼前の時間でいろいろ試したうちの一つだ。目を見張る大男は防御に入った。
「攻撃は最大の防御だってね!」
加速とともに水で威力を上げた双剣で切り掛かった。大鬼を倒したときより、手応えがあった。真っ二つになった大男は、その場でパクパクと口をしたあと、消えていった。
「これで、この辺りは終わりかな? 誰か、入ってくるまで、待っていよう」
そこからは、鳥籠にワザワザ自分から入ってきてくれたプレイヤーを狩っていく。今日1番はやはり、さっき倒した大男だっただろう。
現実時間、3時間。ゲーム内時間1日が過ぎていった。ラストは、上位5人のプレイヤーを集中砲火すべく、運営側が画策したらしいが、俺もリオンも関係なく、最後まで、フィールドに立ち続けていたのである。
イベントが終わった。準備してもらった回復薬は、一本使っただけだ。予想より、出来が良すぎて苦笑いをする。イベントのフィールドから広場に戻ってくると表彰式ごあり、そこで、家を買う権利が渡される。
「アイツ、まぢで、すげぇーよな?」
「アイツって、サイレントキラー?」
「そうそう。リオンといい勝負なんじゃないか?」
ランキングでは、一位にやはりと言ってもいい、リオンがなった。僅差で、俺が二位となったことで、無名のプレイヤークズイは、一躍有名人となる。
「流石に疲れたね?」
表彰台の隣に並ぶリオンが、俺に話しかけてきた。大きなメダルと、大きなトロフィーを持ちながら、愛想笑いも飽きたという表情だ。
「今、ココから連絡あったでしょ?」
「家の内見できるようになったって来てたな」
「時間、まだ大丈夫だったら、見に行かない?」
表彰式が無難に終わったあと、取り囲まれないようにサッとココミの店に隠れた。
「おかえりー」「ただいま」と店に入ったら、シラタマが目を輝かせてこちらを見ている。二ヶ月そこらのオンラインゲームで、PK戦の一位と二位が目の前にいるのだから、興奮しているのだろう。
「ん……スッゴイにゃ! リオンはわかっていたけど、クズイがすごいにゃ! さすが、みゃーの愛弟子にゃ!」
「弟子になったつもりはないけどな?」
「細かいことはいいにゃ!」
トコトコ歩いて、背中をバンバン叩く。余程嬉しかったのだろう。抱きついて離れなくなってしまった。そんなシラタマを二人が暖かい目で見ていた。
「そうだ、ココはこの後、時間ある?」
「大丈夫だよ! 内見行く?」
察しのいいココミが、サッと家のカタログを並べた。良さそうなものだけ、選んだと、先に目星をつけてくれたらしい。
「家の購入には、リーダーを決めないといけないらしいんだ。どうする?」
「リオンがいいんじゃないか?」
「私? 私はクズイくんがいいと思う」
「俺? 俺はありえないって。ココミはどう?」
二人を見比べるココミはニッコリ笑った。
「クズにゃんがいいと思う」
「じゃあ、二対一で、クズイくんに決定しました!」
「あっ、おい!」
「昨日、話したんだよね。リーダーは誰かって。それで、ねぇ?」
「結託かよ……」と呟けば、二人と一匹がニシシと笑う。俺もつられて、笑った。
その後は、ココミが選んでくれた家を見に行く。どれもこれも捨てがたいが、三人とも違うなぁとなっていった。時間がすぎ、残りの一軒は、リオンと二人で見に行くことになった。
「今日は、流石に、疲れたから……」そう言って、俺とココミはログアウトした。シラタマとリオンだけが残り、店番に戻るらしい。
◆
ログアウトしたあとは、兄に捕まり、今日の話をした。「すごかった」と褒めてくれる兄。久しぶりの感覚に嬉しかった。夕飯でも、その話で盛り上がり、楽しい休日となった。
◆
「ヤースー!」
「翔也、はよ」
「はよじゃねぇーわ! 昨日のあれ、超ヤバかったな?」
「あぁ、リオンだろ? ログアウトしてから……」
「違うよ、お前だ! お前のほうだ、ヤス!」
昨日、ずっと観戦してたらしい。画面に映る俺を見て、ずっと騒いでいたらしい。
「あんなに強いのか?」
「レベルあげてるから、そこそこは。リオンほどじゃないよ」
「それでも、僅差だっただろ?」
「無名の俺に人が集まっただけだよ」
「そんなもんなのか?」とこちらを見てくる。教室に入ると、いつも通りの日常だった。ただ一つ違うと言えば、珍しく本鈴と同時に里緒が入って来たことだった。はぁはぁと息を切らし、長い髪をかきあげた。
「おはよう」
見ていたのがバレたのか挨拶され、タジタジになる。小さな声で挨拶を返すとにぃっと笑う。
どこかで見たことあるような笑いかただな。
見惚れていたら、授業は始まっていたようで、早速、「葛井」と先生に呼ばれることになった。
◆
5時限目の担任の授業が終わったあと、進路のことで話があると、放課後呼び出された。約束があるのにとは、もちろん断れない。学生の本分を忘れていたら、今度こそ、母にゲームは捨てられてしまうだろう。席に戻ると、翔也が「なんだった?」と聞きに来ていた。進路のことだといえば、小難しい表情をしている。俺は、約束の時間には行けないと、リオンに連絡をしないとと思い、スマホをとる。翔也が、進路の話をしていたので、適当に相槌を打っておく。
『リオン、悪いんだけど、進路の話をするのに、担任から残るように言われてるから、時間に遅れる。必ず行くから、待っていてくれ』
メッセージを送信しましたと、ポップが表示される。
……これで、遅れても、待っていてくれるだろう。
「あっ、クズイくんからだ」
里緒の言葉に最初に反応したのは、他でもない、マナだった。
「里緒、クズイって誰? 私の知ってる人? 何者?」
大きな声で捲し立てるマナの勢いに周りは驚いている。里緒も宥めようとマナに言葉をかけているが、マナの口から、クズイと何度も聞こえてきた。
「な、なぁ……ヤス?」
翔也に呼びかけられたようだが、耳に入ってこない。ジッと里緒の方を見ていると、不意にマナと目が合ってしまった。
「オタクが、こっちみてんじゃねーぞ! 今は、里緒の口から出てきたヤツを……」
「もう、辞めなよ! マナ。いうから、ねっ? ちょっと、落ち着こう?」
里緒はひたすら、暴れたり八つ当たりしているマナを宥めていた。可哀想なほど、困った表情を見て、ますます誰かに似ているような気がしてきた。
「……リオン」
思わず口から出た名に振り返った里緒。目が合ったときには、目を大きく見開き驚いていた。それと同時に戸惑いも見せる。
「……ク、クズイ、くんなの?」
その瞬間、世界が停止した気がした。この教室の小さな世界で、トップにいる里緒と底辺にいる俺。どうみても、不釣り合いな二人が、お互いのことを知ったとき、何かが弾けた気がした。実際は、マナにグーで殴られ、床に倒れたのだか。
「マナっ!」
「葛井くん!」
流石にみてられないと、里緒たちといつも一緒にいた男子たちが、マナを押さえてくれる。逆に、里緒が倒れた俺に駆け寄ってきた。
「大丈夫?」
「……痛いけど、まぁ、わりと。兄弟喧嘩に比べたら、まだマシかな?」
口の中を切ったようで、血の味がしたが、仕方がない。食事のとき、痛いのを我慢しないといけないと頭によぎったが、今は、それどころではないはずだ。
「あっちの世界では、私の次に強いのにね?」
立ち上がって、手を差し出してくれる。その手を取って、俺も立ち上がった。
「それは、言わないで。わりと鈍臭いんだよ。シラタマを笑えないくらいには」
「シラタマね。たしかに」
クスクスと笑う里緒は、ゲームの中で会うリオンそのものだった。
次の瞬間、笑っていた里緒の目は、つりあがる。振り返った里緒のその視線は、マナに向けられ、騒いでいたマナは一瞬で黙ってしまった。
「マナ?」
「……里緒」
「ます、葛井くんに謝ろうか?」
「いやだ! なんで、私が、こんなオタクに! 里緒は、どうしちゃったの? こんなオタク、庇うなんて」
「オタク? 私の仲間を悪く言わないでくれるかな? 葛井くんは私にとって、唯一無二の大事な人だよ?」
「……な、なんで、里緒」
はぁ……と大きなため息をついた。里緒は、隠してきたことを言うつもりなのだろうか?
「葛井くん、スマホ貸してくれる?」
「いいけど、壊すなよ?」
「わかってる」
ロック画面をマナに見せる。そこには、昨日撮ったばかりの、俺、リオン、ココミ、シラタマの写真があった。それを見て嬉しそうにしている。
「マナがずっとバカにしていたゲーム、私もしているの。これが私。隣がクズイくん」
マナに見せると震えるようにして、ヘタリと座ってしまう。「里緒が、里緒が……」と呟きながら。
「私、このゲームの中では、最強だし、自身が廃ゲーマーだって、自覚もあるよ。ここ1ヶ月、マナの誘いを断っていたのは、ずっと、潜っていたから。他に聞きたいことある? 私も蔑む?」
マナに強い視線を送ると、小さく「ごめんなさい」と言った。何に対してかは、わからなかったが、それ以上、何も言わなかった。
放課後、担任に呼ばれ進路の話をした。「親御さんともよく話し合いなさい」そう言われ、指導室から出た。教室に帰れば、誰もいない。6限目が始まる前の騒ぎも嘘のように静かになり、里緒の姿もなかった。
「……なんか、会いにくいな」
さっきのことで、マナはすっかり静かになってしまった。里緒に依存していると言ってもいいほどだったのに、急に静かになると、何かあるのではないかと身構えてしまう。
「このまま、リオンとはパーティー解消かな? ココミには悪いけど、俺が抜けないとか」
楽しかったここ数日のことを思い浮かべる。初ログインから1週間も経っていないのに、ずっと、一緒に冒険をしてきた仲間のようにリオンやココミに感じていた。少し寂しいけど、仕方ないと言い聞かせ、家に帰る。先ほどの話を母にすれば、自身がしたいようにしなさいというだけ。両親は、俺のことを応援してくれるとだけ、言ってくれた。その言葉が胸に沁みる。
「ちょっと、ログインしてくる。今日、色々あって、あの……」
「そういう日もあるわよ。若いんだから、これから、そんな日もたくさんね。でも、それで、縁を切ってしまうのは、もったいないわ。相手があることでも、泰弘の心がどう思っているのか、相手に伝えてみなさい。案外、相手も気にしているものよ」
ふふっと笑う母は、何かを知っているかのような口ぶりではあったが、何も聞かないでくれた。「いってらっしゃい」の言葉だけを聞き、リオンが待っていてくれるかもしれない約束の場所へ向かった。
◆
「ごめん、遅くなって」
「いいよ、進路のことだったんでしょ?」
身バレしてしまったので、変に取り繕うことはやめた。リオンも自然体でいてくれ、ホッとする。ただ、リオンから少しだけ、今までと違う空気を感じた。親し気なものではなく、距離を感じるような。
「「あの……」」
「クズイくんから、どうぞ」
譲られてしまった限り、パーティー解消の言わないとと思った。喉元まで出て、言葉にならない。目の前で、首を傾げているリオン。俺の言葉を待っているのだが、どうしても言えなかった。
「私から言ってもいい?」
「……うん、どうぞ」
「そんなに怖がらないで。クズイくんがどう考えているかわからないけど、私、このままパーティーを継続させたいの。ログインしてから、イロイロなところにいたけど、楽しかったことはなかった。どうせなら、クズイくんとココ、シラタマと新たに入るかもしれない仲間と冒険をしたいわ!」
「ダメ?」と下から覗き込むように、俺を見てくる。俺が考えていた最悪と違う答えを言われたので驚いた。
「……マナがしたこと、クズイくんには悪いことをしたと思ってる。止められなかった私が悪いの。でも、それだけは、知っていてほしくて」
「……俺、正直、パーティー解散か俺だけ離れないといけないかと、あれからずっと考えてた」
「ま?」
「……普通に考えてあり得るだろ? リオンはクラスヒエラルキートップで……」
「俺は、底辺?」
先に言われ、渋い顔をして頷いた。逆にリオンは笑った。
「そんなこと、どうでもいいんだけどな。私、クズイくんが、このゲームのどこかにいるなら、声かけたいなぁって思っていたし、何なら、少し探したりもしたんだよ。キャラ名わからなくて、探せなかったけど、まさかねぇ?」
「……俺は、リオンに憧れてたから、リオンに声がかけられてラッキーだったし、こうして一緒に行動が出来て、嬉しいんだけど、でも……」
「でもじゃないよ。見ての通り、クズイくんもビックリな廃ゲーマーだから。ここでも、現実でも、改めてよろしくね?」
手を出してくるので、それを握った。ギュっと握られたことが嬉しくて、「こちらこそ」と言おうとしたとき、引っ張られる。そのまま、ギュっと抱きつかれた。レベルはリオンの方が高いのか、腕の中から逃げられない。
「捕まえた」
胸に頬を寄せてくる可愛らしいリオンにどうしていいのかわからず、あわあわとしていると、パッと離れる。「最後の物件、見に行こう!」と、俺の手を握り歩き始めた。振りほどくことなく、その後ろ姿を見ていた。
「最後の物件は、湖の近くなんだって。楽しみだね!」
「この前、ココミと一緒に行った場所にあるって、昨日、連絡あったな」
「ココと二人で?」
「……な、何?」
「あぁ、私が途中で合流したとこか。確かにあの場所いいよね。ちょっと、街からは遠いけど」
「街からのショートカットができるらしいよ?」
「そりゃ便利だ。じゃあ、もう、決まりだね!」
湖の畔にあるログハウス風の家を内見した。街から離れているからか、買い手はいないらしい。外から見るより、中に入ると部屋が大きく広がっている。
「20人くらい入れるんだって。ここに決めよ!」
「じゃあ、契約するな」
「はぁーい!」
リオンがキッチンに向かう。他の場所では見なかったキッチンがあったり、家具が備わっていたりと、なかなか充実した家だ。
「今日からここが、私たちの家ね。パーティー名決めてなかったけど、どうする? 名を入れないと、買えないみたい」
「『シラタマの家』でいいかなって思うけど」
「いいね! ここに来たら、シラタマがいてくれる。そんな家、最高にいいかも!」
嬉しそうにしているリオン。部屋も十分あるし、楽しい時間が過ごせそうだなと思えた。
家は、ココミの店と繋がるようにした。そうすることで、街からすぐに家に帰れるのだから納得だろう。ガチャっと扉を開ける。
「ココ! 家、決めて来たよ?」
子どものようにはしゃぐリオンにココミが「お疲れ!」と返事をした。部屋割り等は後日決めるということで、シラタマとココミを家へと連れていく。
「すごいいにゃ。ここにロッキングチェア置くにゃ!」
すでに何事か考え始めたシラタマを見て、三人が笑いだす。
「これから、ここが俺たちの家だ。『シラタマの家』。改めてよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく!」
「あたいも、あたいも!」
「にゃーも!」
「シラタマの家にゃ?」と自身の名がパーティー名になっていることが嬉しいのか、シラタマの口がむにょむにょと動いていた。
「じゃあ、とりあえず、4層が公開されたらしいから、階層主を倒しに行きましょうか?」
「……早速?」
「行こう!」
鍋の蓋をもったシラタマ。誰よりも行く気満々のシラタマを笑ってしまった。
家を買った数時間後。
三層の階層主をいち早く倒したパーティーの名がゲーム内に広まった。
『パーティー名:シラタマの家
パーティーリーダー:サイレントキラークズイ
パーティーメンバー:孤高の剣士リオン、暴打暴薙ココミ、他ネコ1匹』
街では、囁かれる。猫耳には要注意!
最強パーティーの異名を取った俺たちは、今日ものんびりと、フィールドを駆け回る。廃ゲーマーを二人も抱えた俺は、とてつもなく苦労をすることになるが、リオンとココミ、シラタマとの楽しい時間を何よりも楽しむ。
◆
「ねぇ、君。今日が初めて?」
黒い猫耳パーカーに左耳のシルバーブラックのイヤーカフの青年が、第一層の広場で、少し戸惑った初心者に声をかける。
人の好さそうに笑いかけ、「まずは、ギルドへ行こうか」と先導する。
「君、ネコ好きかな?」
この日、新たな猫耳の最強メンバーが、生まれることになったのであった。
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