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芳山教授の日々道楽「プリンの町」

作者: ヨッシー@

芳山教授の日々道楽「プリンの町」


私はひとり旅が好きだ。

その日の気分で、どこにでも行く。

ふらりと乗り物に乗り、ふらりと出かける。

「風の吹くまま〜気が向くまま〜♫」という歌があったが、

今日はそんな日だ。


プシューガッチャン、

ドアが閉まる。私は、行き先を見ずに車両に飛び乗った。

ガタコトン、ガタコトン、

震える、このワクワク感覚がたまらない。

友人は「そんな旅行、大丈夫なのか?面白いのか?」と心配するが、まあ、いい。それもまた旅の醍醐味である。

座席に座る。

心地よい揺れが私の体を刺激する。リズム良く繰り返す振動、このリズムがアルファ波か何かを出して、心を落ち着かせる作用があるのだろう。科学的に研究したらイグノーベル賞でも貰えるかな?

ハハハハハ、

くだらない事を考える。普段、考えもしないことだ。これも、鉄道旅行の楽しみの一つである。

流れていく景色をぼんやりと見つめる。

人並み、町並み、どんどん流れていく。私が何もせずここに座っていても、町は動き続けている。社会というものはそういうものだ。いったい何人の人が止まったら社会がストップしてしまうんだろう?最低社会運営人数は何人なのだろう?

そんなことを考える。時計も少々歯車が足りなくても、動くものだろうか?帰ったらやってみよう。また楽しみが一つ増えた。


少し郊外に出た。

田園が広がっている。のんびりとした風景がゆったりとした時間を醸し出している。

ここは別世界だ。

時間の流れがゆっくりと進む世界。私は異次元へと足を踏み入れてしまった。トワイライトゾーンへと…

ハハハハ、

何だ?懐かしい。

突然、妙な想像をしてしまう。

私だけか?まあ、いい。

意味不明なことを考えている間に、川が見えてきた。釣りをしているのか、数人がポツリポツリと川辺に座っている。人を見かけることが少なくなってきた。

ここはどの辺りなのだろう、車内の駅名マップを見てみる。

さっきの川が、あの川だから…ああ、もう東京ではないのか、どの辺りだ?えーっと、次の駅は…

なぬ!

瞬きをする。

メガネを拭く。

眼薬をする。

駅名マップを見直す。


「プリンの町!」


変わった名前の駅だ、こんな駅があるのか?

私も長く人生を生きているが、こんな名前の駅名は初めてだ。

秩父には、「お花畑」と言う駅があり驚いたことはあるが、ここのインパクトには負ける。

最近できた駅なのか?近ごろ、スペースワールドとかゲートウェイとか、日本だか外国だかわからない駅名が多々あるが、「プリンの町」とは?初めて聞いた。変わった名前の駅だ。

「プリンの町〜プリンの町〜」アナウンス。

私はヘンゼルとグレーテルの気分になった。

降りるべきか、降りざるべきか、

プルルルルー、発車ベルが鳴り響く。

バッ、

私は慌てて列車から飛び降りた。

シューッ、ガッチャン、ドアが閉まる。

ガタコトン、ガタコトン、

行ってしまった。

ホームに立つと、うっすら甘い香りが鼻をくすぐる。

何の香りだ?

辺りをみて見る。目の前には小さな工場がたくさんあった。

食品工場の町なんだ。しかも甘いスイーツ系の工場ばかり。

プリンの町と言うのも、まんざら嘘ではない気がした。確かにプリンの香りがする。町全体が甘い香りに包まれている。

改札口に行く。

「ここは、プリンの工場が多いのですか?」

駅員さんに聞いてみた。

「はい、昔は色々なスイーツを作っていましたが、現在、ほとんどがプリンを作ってます」

不思議だ、町全体がプリンの工場らしい。

駅員さんも、プリンの香りがした。

町に出てみる。

至る所に、プリンの工場らしい白い蒸気が出ている。外から見ても蒸し器が可動しているのが解るほどだ。かなりの数だ。

チラホラと人が見える。プリン工場で働いている人なのか?忙しく歩いている。

さっきから気になっていたが、町を歩いている人の服装がおかしい。

焦茶色、薄黄色、黄色、プティングカーラーと言うべきコーディネートだ。プリン色の服。

若い女性とすれ違う。

ダークブラウンの髪と卵色のワンピース、見事にプリンを表現している。

さすが、プリンの町!

走る車やトラックまでもプリンカラーだ。

町の建物、看板までプリン色だ。

「あっ、あの娘もだ、」

色やデザインは違うが、プリンのコーディネートだ。

「美味しそう、」

不謹慎な表現だが、こう呼びたくなってしまうほどスイーツ色多々の服装だ。

私は、プリンの世界に迷い込んでしまったようだ。まんざらトワイライトゾーンに踏み入れたと思ったことに、間違いは無い。太陽の光さえもプリン色に見える。

しばらく散策する。

建物も、茶色い屋根に黄色い丸みを帯びた壁、皆、プリンに見えてしまう。


小腹が減った。

さすがにここまでアピールされると我慢できない。私は、朝食は済ませてきたが限界だ。

イートインできる店はないか?

町には、たくさんのスイーツ店が連なっていた。大きな店、小さな店、派手な店、はたはた迷ってしまう。

町外れまで歩いて行く。小さな店が目についた。

「パティシェ フラン」

こじんまりした建物、小さなドア、丸い窓、控えめな看板、店名どおりの庶民的な店構え。

私が留学していた時に通ったフランスの洋菓子店そのものだ。

気に入った、ここにしよう!

こういう時に、私は鼻が利く。必ず銘店を見つけられる。

ドアを開ける。

カラン、

香ばしい香りと甘い香りが漂ってきた。

年甲斐ながら、ヨダレが出てしまう。

「いらっしゃいませ」

可愛い店員さんが出迎えてくれた。まるでプリンアラモード!

「こんにちは」

プリン色の衣装と白色のフリル、カラフルに散りばめられたフルーツの刺繍。

よく似合う。やはりプリンアラモードそのものだ。

ここの住人は本当にプリンを愛しているのだろう、つくづく感じてしまう。

小窓の奥には、作業をしているパティシエの姿が見えた。

「当店は初めてですか?」

「はい、旅行者でして。甘い香りに誘われて駅を降りてしまいました」

「そうですか、この町はプリンを作っている町ですからね」

「そのようで、」

ガラスケースを覗く。

やはり、すべてプリンだ。

ライト、マイルド、ビター、三種類しかない。

私は、さほどスイーツにこだわりはないが、今日は特別だ、大いにこだわろう。

「どれがお勧めですか?」店員さんに聞く。

「ほとんどの方がマイルドを買っていかれますが、パティシエお勧めはビターです」

私には解っていた。

このビターだけが妙に力が入った感じがしていたからだ。

しかし、私も今日は、こだわりうるさ親父だ。一筋縄ではいかないぞ、

「ライト、マイルド、ビターを一つずつ下さい」

「はい、ありがとうございます」

店員さんが、ニコリと笑った。

窓辺の席に行く。

席は二つしかない。もう一つはカップルが座っていた。

かなり小さなテーブルだ。しかし、私はここで食べる。ここで食べることに意義がある。こだわる。

「どうぞ」

店員さんが紅茶を注いでくれた。

「頼んでいませんが?」

「いえ、店内でのお召し上がりのお客様には、パティシエからのサービスです」

「ありがとうございます」

私はティーカップをつまみ、一口含んだ。

美味しい、

ほのかに香る茶葉の香りが鼻を抜け、これから食すプリンのために口の中を整えてくれる。

これは、いいんじゃないか、しかも量が多すぎず少な過ぎず。

普通、常人は、スイーツを食べながら紅茶を飲むか、食べ終わった後に飲む。口直しだからだ。

よく考えたら、それはスイーツの旨味を消し去ってしまっているのではないか?

ここの店のように、食前に口の中をリセットする作用をすることは思いもつかなかった。

素晴らしいアイデアだ。

いや、パティシエにとって最良の状態で食べてもらうことが、最高の喜びかもしれない。

解るような気がした。

「お待たせしました」

「こちらから、ライト、マイルド、ビターです、」

うーん、美味しそうだ。

プリン色と言うよりも白色に近いライト、オーソドックスの薄黄色のマイルド、濃紺のビター。

さて、

スプーンを持ち、ライトを一口、口に入れる。

美味い、

風貌に似合わず味が濃い。これは、アーモンドの味だ。多分、アーモンドの実を絞ったアーモンド乳だ。しかも滑らかだが濃い、食べ応え十分だ。

ソースは、生ホワイトチョコレートを使っている。意表を突かれた。

想像以上だ。

これ一つで満足してしまうぞ、

いやいや、まだまだ、これからが本番だ。

マイルドを一口、口にいれる。

美味いーー!

これもまた、スタンダードだが王道の味が染み渡る。プリンofプリン。まさしくプリンの王様の味だ。誰が何と言っても、プリンは高級スイーツだと主張している。カラメルソースと、甘いバニラビーンズの香りと、卵の濃厚な旨味。安っぽい市販のプリンなど、これに比べたら水みたいな物だ。素晴らしい!

さて、最後のラスボスは、ビターだ。

一口、口に入れる。

たまらんーーー、

これはプリンを超えている。この口当たりは、チーズケーキというか、ティラミスというか、ジェラートというか、例えようのない新食感!新しいジャンルのスイーツと言っても過言ではない。

邪魔しないほろ苦さが、プリンの味を引き立てて奥深い旨味を出してている。どうやったらこんなプリンが作れるんだ、

感動だ!

感銘だ!

感謝だ!

至福の時間…


「ごちそうさまでした」


名残惜しいが、私は店を後にした。

ふと思った。友人にお土産を、

いや、辞めておこう。

やはり、このプリンはここに来て、このように食べるのが最高である。プリンに対する礼儀でもある。

プリンの町で、プリンの店で、プリンを食す…


夕刻、

夕日がプリンの町をオレンジ色に変えていた。蒸気や甘い香りも黄昏ていた。

さて、帰ろう。

電車に乗る。

ガタコトン、ガタコトン、


ヘンゼルとグレーテルは無事に、我が家へと辿り着いたかな?


プリンの誘惑に、惑わされなかったかな……


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