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「アンシー落ち着いて、貴女がお慕いしている殿下との婚約なのよ?」
「そうだ、しかも一方的ではなく殿下たっての希望なんだから安心しなさい」
お父様とお母様が混乱してるだけだろうとかけて下さる声が、右から左へと流れていきます。
殿下と初めてお会いしたのはとても幼い日の記憶で、王妃様が開かれたティーパーティーの席でした。
お母様が挨拶をしている隙を見て抜け出したまではいいけど、広すぎる王宮で迷子になってしまった私は恥ずかしいぐらいに泣きはじめてしまいました。
『おかあしゃま、どこなの、アンシーひとりぼっちよ』
当然お母様はティーパーティーの席にいるのに、自分で抜け出しておいてお母様を求めて泣いていたのです。
そんな時に現れた方こそが殿下で、にっこりと笑ってくださったのです。
『大丈夫、僕もいるからひとりぼっちじゃないよ』
そう言って手を引きながら戻ってくださった時、この方の絶対的な味方でいる事を決めました。
その後も度々お会いする機会に恵まれて、気がつけば崇拝する境地まで足を踏み入れていた私が、その神にも匹敵する殿下と婚約なんてできるはずがないのです。
お慕いしているという感情では足りるはずもなく、殿下と婚約したいなど恐れ多い事です。
それに殿下の婚約者候補と名高いのは、ペルチーノ公爵家のリビラス様だったはず。
とてもお似合いのお二人で、いつも寄り添い合う姿は未来の国王御夫妻を見ているようでお二人の並んだ姿絵がでたら飾るはずでしたのに。
リビラス様はとても優しく色々なことを享受してくださり、他の御令嬢はみなさん知っていることも私は知らないことが多く助かっていたのです。
『アンシェリー様、殿下は国民全てに優しく公平であるのです。貴女だけに優しいと勘違いしては恥をかいてしまうのでお気をつけて』
『殿下が私をエスコートして下さるのは貴女には他の役割を期待しているのよ、だから隣に立ちたいなどと考えず貴女は殿下に期待された両分で頑張って下さいまし』
『社交界は殿下にエスコートされている私が華となるのですから、貴女が淡い色のドレス以外を着て目立っては殿下の顔を潰すことになりますよ』
家庭教師で来て下さるソシエージュ先生から教わったことのない事でも、丁寧に教えて下さるのです。
私が恥をかかないように、殿下に期待されていることを全うできるように、崇拝してやまない殿下に恥をかかせないようにと気遣ってくださり、名実ともに殿下の婚約者候補の筆頭だったはずですのに。
私の唯一のお友達でもあるグリーンベル侯爵家のディナシス様も候補ではあるけれど、本人が婚約を望んでいないのだから仕方がないのでしょう。
とても美しいお二人が並ぶ姿はお似合いですのに、ディナシス様には殿下の心に決められた方(リビラス様)が分かるらしく引くことにしたと仰っていました。
そしてその後すぐに次期宰相と名高い私の従兄弟であるザックバート・キャデリルぜ侯爵子息と婚約をして、来年に結婚を控えているのです。
ディナシス様とザックお兄様は殿下と同じ年なので、殿下と三人で会われることも多いと教えていただきました。
もしかするとディナシス様とリビラス様の不仲が、今回の婚約騒動に関係しているのではないかしら。
不仲と言っても何でも言い合える仲だからこそ、他の方々から見ると仲が悪そうに映るだけで本当は仲良しだと教えて差し上げたい。
「お父様、お母様、もしかすると私殿下のお気持ちが分かったかもしれません」
「「殿下のお気持ち?」」
「はい、婚約のお話もなかった事になると思うのでどうか他言せずに、お祝いもせずに見守って下さいませ」
「うん?アンシーこれは陛下が下された決定だからなくならないよ、安心しなさい」
「お父様、陛下もこのお話に一枚噛んでいるのではないかと思います」
先ほどのお父様よろしくドヤっとしたり顔を決めてみれば、お二人の顔が困惑を隠せていません。
「陛下とペルチーノ公爵様が殿下とリビラス様の仲直りを望んで、絶対に殿下の婚約者になり得ない私を使って婚約話をでっち上げたのではないでしょうか?」
もう一度先ほどの顔を決めてみましたのに、お二人ともぽかんとしています。
「殿下もこの話に乗っかることで、リビラス様のお心を知り晴れて婚約という流れではないかと思います」
完璧なシナリオだろうと、三度目のドヤっとしたり顔です。
「ま、待って、それだとアンシーはただの当て馬だわ」
「そうです。まだ婚約もしておらず、殿下を崇拝している私だから出来る役です」
「ハウザー、まさかそんな事ないわよね?」
お母様の怒気を乗せた声は我が子を思えばこそでしょうが、私としては光栄な役割です。
これで殿下のお役に立てるのであれば、お安いもんです。
「そんなわけがないだろう!陛下も殿下も本当に望んでくださった婚約だ」
少し焦ったようにお父様が続けば、ジトッとした目線でその真偽をはかるお母様。
本当に仲良しな二人で、私もいつか誰かとって願ってしまいます。
「明日殿下が改めて挨拶に来て下さるから、アンシーは殿下と話しなさい」
明日殿下と作戦会議をしなさいという事でしょう、長時間のお話になると手を合わせて拝みたくなるので、自分の考えを殿下に簡潔にお伝えできるようまとめましょう。
「頑張ります」
そう笑顔で応えれば、不安そうに顔を歪めるお父様と目が合いました。
次回ようやく殿下登場です><