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「アンシー、今日はとても良い話があるんだよ」
王宮から帰宅したお父様をお母様と出迎えれば、挨拶もそこそこに誇らしげに笑顔でお父様がそう告げた。
いつも王宮の色々なお話しを聞かせてくれるお父様だけど、こんなに嬉しそうに先を話したくてたまらないという感じは珍しい。
「良いお話ですか?お父様」
私のこの言葉を待ってたと言わんばかりに、お母様に向き直り胸を張っている。
どうしたのでしょう?
「一年前、スティーは僕を怒った」
「何の話ですか、一年前?」
お父様の言わんとしていることが分からないのは私だけではないみたいで、お母様はとても訝しんだ顔でお父様を見ている。
お母様とお父様が仲の良い夫婦であることは、国民であれば誰もが知っている事実だけど、お母様のその顔は旦那様に向ける顔ではないような気がします。
「ま、まぁ話を聞いたら君も僕に惚れ直す可能性があるということだ」
お母様の視線に、お父様が負けました。
「もうすぐ王太子殿下の生誕祭、すなわちアンシーのデビュタントから一年が経つ」
「去年は殿下の姿絵が配られることはなかったけれど、今年は二十と言う節目でもありますから配られますよね?」
「ん?あ、あぁそれも配られるとは思うが、今年はそれをもらうために市井に向かうのは無理だろう」
「お父様、殿下の姿絵のためならば生誕祭への準備も積極的にして、市井に行っても間に合うようにします」
二年前、殿下の成人を祝って姿絵が配られた時、両親の反対を何とか説得し護衛をつけることで外出許可を得た私は、今回も必ず手に入れるために説得してみせます。
殿下の生誕祭は国を挙げてのお祝いとなるため、市井では朝から賑わいを見せる。
姿絵は朝から配られるため、姿絵を頂いた後お昼過ぎまで市井の生誕祭を見て回って、今年こそは殿下の蜂蜜色の髪と碧眼をイメージしたハーバリウムをゲットしなくてはなりません。
「アンシー生誕祭の事を考えてるだろうが、一度話を聞きなさい」
「失礼しました、良いお話ですよね?」
「あぁ、生誕祭の事どころではなくなるだろう」
にっこりとどこかドヤっとした顔のお父様は、私の生誕祭にかける気持ちを見誤っているみたいです。
「ハウザー先程から話が見えないし、まるで進んでいないわ」
「あ、ああ、何せ事が事だから勿体ぶってしまった。すまない」
ひとつ咳払いをしたお父様が、姿勢を正して私たちに向き直る。
「アンシーと殿下の婚約が決まった」
「それは本当なの?」
「あぁ、今日の会議で陛下より賜った」
「なんて素敵なの!あぁハウザー一年前の私を許して」
「いいんだ、これであの日のきみに許してもらえたんだから」
「でもハウザーが婚約を受けただなんて、やっぱり陛下からの話は断れなかったのね」
「いや、殿下が成人を迎える事もあって今日から本格的に会議に参加していて、一本取られたというやつだ」
「?まぁ良いわ。でもペルチーノ公爵がよく許したわね」
「殿下の希望であり、陛下の決定だからね」
実際はすごく荒れていたのは、また別の話だろう。
「あぁアンシー、私たちの宝物のあなたがついに婚約なのね」
「殿下とであれば、安心だろう」
「えぇ、殿下はアンシーがお慕いしてたお方だもの、本当におめでとう」
「まぁそういうわけだから、アンシーは生誕祭でお披露目とかもあるし姿絵をもらいに行くどころではないだろう」
「あら、婚約して無事に結婚すれば毎日拝める顔だもの、姿絵は必要ないでしょう」
「それもそうだな」
「ところでアンシー、あなた嬉しくて固まってしまったの?」
婚約?誰が?誰と?
お父様とお母様は何を喜んでいるのかしら?
「アンシー?」
「婚約?」
「そうだ」
「誰が?」
「殿下とアンシー、君だ」
「殿下と…」
「お前がお慕いしている殿下との婚約だ、もちろんお受けしてきた」
「…り、む、ム、無理です!私、殿下と婚約はできません!こ、こん、婚約は辞退させて下さいませ!!!」