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オッサン専用店

看板青年獲得?

最近、異世界の方の《ドラッグストア》も好評。

経営にも慣れてきたころ。

我らが田舎の女性陣の永遠のアイドル、桜田さんから【閉店後にちょっと相談があるんですが、良いですか?】との報告を受けました。


・・・・。

まさか、うちの店を辞めるとかいう話じゃないよね?

もし、万が一、そうなれば・・・・。

ウチの薬局は潰れるんじゃなかろうか?

いや、薬以外の収入も多いし、お客も多いけど、数人の常連客さんは間違いなく桜田さん目当てでしょう。

特に、毎日の様に通って大福とかどら焼きの和菓子と共にお茶飲んでいくお婆ちゃん方。

桜田さんの働きを見守りながら楽しくお茶してるもんね。

桜田さんがいてくれるから販売できる薬もある訳だし、急な呼び出しでも嫌がらずに来てくれる桜田さんがいなくなるのは痛手どころじゃない。。

私にとっても、優しい親戚のオジ様の様な存在なので、いなくなられるのは困る。

給料の値上げも考えておこう。

全力で引き留めよう。

そんな事を延々と考えながら今日の営業時間を終えた頃、一度帰宅したはずの桜田さんがやって来ました。


「こんばんは、美紀さん。忙しいのにお時間をいただいてすみません。今、宜しいですか?」

と、ニコニコと優しい紳士スマイルの桜田さん。

そんな桜田さんの隣には青年が一人。

見たことが無い青年の様な気が?


「大丈夫ですよ~。暇なんで。え~っと、その子も一緒で?そっちで話しましょうか。」

畳席を指さすと頷いた桜田さんを見ると、何やら、その子も重要らしい。


桜田さんと青年にお茶と茶菓子を用意しつつ、青年を観察してみる。

目つきはガッツリ鋭く、短い金髪で横向きに先端が交差する黒のラインが2本。非常に厳つい髪形。

ピアスもいっぱい開いてて、眉ピまで付いてる。

ジーパンは腰パンで、Vネックの黒いTシャツと、ベルトに付いてる、ごついチェーンが何ともまあ・・・・。

まさにヤンキー。

正当派ヤンキー。

ド田舎だからお年頃の子供はそんなにいない地域だが、かといって、皆無な訳でもなく。

不良君や不良ちゃんの割合がかなり高い地域なんだけど、うちの店には決まった不良君以外は全く来ないんだよね。

だから珍しい&対応に困る。


うちの店は周辺の人達が集まるお店なので、不良達には嫌がられてる。

ここに来ると、お店に来てる近所の人達にグチグチと説教されるからなんだけどね。

やれ、〇〇さん家の△△君か?そのズボンは何だ~。髪を染めてどうすんだ~。そんなもんばっかり食べて体に悪いぞ~。〇〇さんが心配してたぞ~。飴っ子持ってけ、ほれ。大福も~。

とか、お説教だったりお菓子でポケットをぱんぱんにされたりする。

しかも、買い物すると、何を買ったのか親に筒抜けになったりする。

婆さんネットワーク、マジ怖い。

それが嫌で、うちには来ないっていう子は多い。

小学生や中学生までは良いけど、高校生にもなると、寄り付かなくなる。

まあ、高校は遠い所にあるし、高校の付近で色々買えるからここに来ないのもあるんだろうけど。


ちなみに、家庭の事情やら本人の問題により、高校に行かずに地元で働いてるタイプの不良の中には、他に行ける店が無いので、渋々、苦渋の決断でウチに来る子がいる。

そんな顔見知りの不良君達はカゴごとレジの中まで入って来て、しゃがんで隠れながら私にレジ打ちを頼む。

万引きを考えたりしない辺り、根は良い子達である。

レジの下に隠れながら、肉まんやらアイスを食べる不良君達は中々、可愛いもんである。

顔は怖いし言葉使いは非常に悪いが。

気の強い兄姉がいたり、大家族だったり、本人が反抗期だったりすると、家でおやつを食べるのも一苦労らしい。

他の不良達の分もまとめて買って行ったりするので、時々オマケしてあげているのは他の人には内緒だ。




とまあ、その話はこの位にしといて。

本当に珍しい。

私が見た事の無いヤンキーがこのお店に来るの。

更に、そんなヤンキー君を連れて来たのが、真面目一筋、微笑みの紳士代表、我らがアイドル桜田さんなのだから、もうプチパニックです。はい。

お二人の接点は何ですか?


「お茶です。どうぞ~。」

桜田さんと青年の前にお茶と御茶菓子を置く。

桜田さんは丁寧にお礼を言ってくれて、青年は会釈してくれた。

悪い子ではないらしい。

見た目は怖いけどな。

イカチーけどな。


「さて、早速、美紀さんに相談なのですが・・・。この子をこの《ドラッグストア》で雇っていただけませんか?」


って・・・。

ん?

何?

桜田さんが辞めるんじゃなくて、この子を雇うって話?

何でまた。

疑問だらけで返事に困る私を見て、桜田さんが話を続ける。


「ああ、先に紹介した方が良いですね。この子は私の親友のお子さんで、(たくみ)君です。実は・・・。」

と、工君の紹介と共に雇用願いの理由を桜田さんは詳しく話してくれた。


私的に桜田さんの話をまとめると、

工君は両親と高校2年生の双子の兄と小学生の妹の5人で暮らしてた。

が、つい先日、工君の両親が交通事故で亡くなり、双子の兄と小学生の妹ちゃんの3人だけになった。

で、誰が引き取るかという話になったんだが・・・。

ここで問題が発覚・・・・。

工君達双子は父親の連れ子。

妹は母親の連れ子だったらしい。

工君の父親の方の親族はどの子も引き取り拒否。

工君の元母親も病死している為、引き取り不可。

妹ちゃんの方の祖父母は、生活が苦しいので、妹ちゃんだけ引き取りたい。

で、双子の青年たちは妹を祖父母にお願いして、自分達だけで生きて行こうと考えた。

それを知った桜田さんが、奥さんと相談して双子を引き取る事にした。

親友の子供であり、実の子の様に可愛がっていたから子達だから、引き取ることに何の問題もない。

金銭的にも余裕があるし、2人を大学卒業までお世話する気満々だった。

が、双子は今すぐに高校を辞めて働くと言う。

高校を卒業して欲しいと思い、困った桜田さん夫婦は、双子達と何度も何度も話し合った。

その結果。

長男君は頭が良く学年主席であり、勉強する意欲も充分あり、本人の希望も含めて高校卒業&薬科大を受けさせる事に。

工君は、成績が悪く学校にもほぼ行ってない状態で、進級が危うい上に本人のやる気が全くないので、本人の強い希望により高校中退、手に職を付けさせることに。

で、工君は現在、既に学校を辞めて大工さんの元で働いているらしいのだが、勤務時間は朝8時~夕方5時まで。

時間が余るのと、もっと稼ぎたいとの本人の希望により、私に相談してきたのだとか。


「どうでしょうか?力仕事も出来ますし、良い子ですし、お試しでも良いですから、暫く雇って下さいませんか?」

と、お願いしてくる桜田さん。

「ッス。」

と、頭を下げる工君。

う~ん。

ヤンキーか。

しかも、あんまり喋るタイプじゃなさそうだし、正直、顔が怖いよね。

仲良くなれるか、上手くやっていけるかどうか心配なんだけど・・・。

でも、当の本人の工君は真剣な表情でこっちをジッと見てるし。

一応ヤル気もあるみたいだし、早朝や夜間の品出しは私一人だから力仕事してもらえるなら助かるし。

桜田さんの頼みだしな。

よし、女は度胸!


「じゃあ、最初はお試しで。人間的に合うかどうかもあると思うんで。取り敢えず、時給800円で。品出しとかの力仕事メインになると思うから、その辺よろしく。」


「ッス。あざッス。」

と、頭を下げる工君。

うむ。

悪い子じゃないとは思うんだけどね。

喜んでるっぽい顔もちょっと怖い。

ちゃんとコミュニケーション取っていけるかなぁ。

少し不安。


その後のお話合いで、朝の4~7時までの3時間と、18時~20時までの2時間の合計5時間を手伝ってもらう事に。

営業時間を拡大する事になったんだけど、

夜はお客はそんなに来ないので、基本的には早朝の品出しと、夜の商品補充兼レジをやってもらう事に。

寝る時間少ないんじゃないの?

働き過ぎじゃね?

大工さんの元でも働くんだろ、キミ。

って思ったんだけど、本人が

【少しでも多く稼ぎてぇんス。】

と全然譲らなかったので、こんな感じに。


早朝の品物の受け取りやら、商品補充を頼めるのは正直有り難い。

重いし、腰痛くなるし、自分じゃ手が回らないところも多いからね。

でも、異世界のお店の営業時間をどうしようかなぁ。

この子がいる時間とか考えると、あっちのお店が開けなくなりそう。

時間の経過とかについても気になってたし、この子をこっちの店に置いたまま、私があっちに行けるのか知りたい。

なので、女神様!!

近いうちに遊びに来てくださると助かります!

ウザ幼女じゃなくて、神々しい方の女神様!!

と、心の中で女神様にお願いしつつ、この日は終了。

工君は明日から来たいと言い出したので、明日の朝から来てもらう事に。

思っていたよりもかなりヤル気満々な子なんですけど。

そのヤル気を進級に向けられなかったのだろうか?

まあ、一生懸命働いてくれるなら、文句ないけども。

桜田さんに何度もお礼を言われたが、普段、助けてもらっているのはこちらなので、逆にこっちがペコペコしちゃったよ。



2人が帰ってから、シャッターを下ろすと、目の前には神々しい光をまとった、此方の世界の女神様が。


「久しぶりね。呼ばれた気がしたのだけれど?何か問題でもあったかしら?」

と、いつもの女神様スマイルで降臨なさいました。


「あ、お久しぶりです。先日はお世話になりました。えっと、ですね。実はバイト君を雇う事になりまして。そうなると、異世界の方のお店が開けないなぁ。と。ついでに伺いたいのですが、あっちとこっちの時間の経過の違いってありますか?」


気になっていたことを質問すると、女神様は頬に手を当て、少し悩むそぶりを見せた。

その動作さえ美しいのだから、女神ってスゲェ。


「そうね。あちらとこちらの時間の経過は同じなのよね~。でも、其れだとあちらでお店を開けないだろうし、折角の楽しい時間がパァになっちゃうわよね。う~ん、そうだ!扉をくぐれば、あちらで過ごした時間は此方ではなかったことになるのはどうかしら?それなら、あちらで過ごせる時間も増えて楽しめるでしょ?」


んーと、あちらでの時間がこっちでは換算されないって事?

こっちを20時に閉めて、異世界で5時間営業したとする。

本来なら、1時にこちらに戻ってくることになるけど、今度からは5時間営業してもこちらに戻ってくれば20時って事?

それだと、私の年齢とかどうなるの?


「そうそう、そういう事よ。あちらで何時間過ごしても、此方では時間は経過してないって事。年齢は・・・。そうね、肉体だけ老けるのも可哀想だし、此方の時間でのみ加算されるようにしておくわ。あちらでは身体の時間は止まったまま。それでいいでしょ?」

って、簡単に人の脳内を読まないでいただきたい。

まあ、有り難いお言葉ですが。

これで、時間を気にせずオッサン達とお茶が出来る。

あちらのオッサンも、此方のオッサンも大事だからね。


「朝でも昼でも夜でも時間経過無しで行けて、身体はこっちの時間だけで成長するなんて可能なんですか?出来るなら助かりますけど・・・。」


「出来るわよ。あっちのウザ女神にも命令権で言っておくから、安心してね。ただ、あちらで睡眠をとっても、此方では眠ったことにはならないからね。ちゃんと、此方でも休むこと。忘れずに気をつけてね。」

と、素敵な笑顔をいただいた。

相変わらず、神々しくも素敵な笑顔です、女神様。

そんな女神様にお願いされて、あちらでのオッサン達との面白話なんかもしてあげて、食べてみたかったという御茶菓子を出してあげたりして、最終的にはかなりご機嫌なご様子でお帰りになられました。

私、明日も仕事なんだけどね・・・。

まあ、お世話になったので、恩返しするのは当然ですが、眠いです。。。。

でも、これで工君を気にせず、自分の好きな時に好きな時間オッサン達とお茶が出来るって事だ。

私の癒しの時間だから、助かった。

しかも、変に老けたりする心配もなくなって安心。安心。




そんなこんなで朝になりました。

さあ、今からやって来ますよ。

昨日のヤンキー青年、工君。

現在、3時48分。

本当に来るかな?

もしかしたら寝坊とかもありそうだよね。

なんて考えてたら、自転車に乗ってこちらにくる青年の姿が。

あの金髪、間違いなく工君ですね。はい。

ちゃんと来たみたい。


「おはよー。配達のオジサン来るのに まだ時間があるから中に入って休んでて。」

と声をかけると


「・・・はざっス。」

と、軽く会釈する工君。


うん、無視とかは無いみたいだね。

昨日は桜田さんの前だから良い子だったのかも。

なんて考えたりしたんだけど、一応、挨拶はしてくれるみたいで安心。

自転車の置き場所を教えてあげて、ドラッグストア内のいつものお茶のみ場へ案内する。

麦茶で良いもんかな~?

なんて用意しながら思ってると、

【ぐぎゅ~】

と、変な音が。

音の出所を見てみると、工君の姿が。


「・・・・。食いモン売ってもらって良いっすか?朝飯食ってねーんで。」

と、お財布を出す工君。


「ん?別に構わないけど、桜田さんのお宅で朝ごはん食べてこなかったの?」

と聞いてみると


「こんな早く、桜田のおばさんを起こすつもりねーんで。ここで働く間、朝飯買わせてください。」

と、お願いされた。


桜田さんの奥さんは優しい人だし、子供の為なら朝の早起きも何のそのだと思う。

でも工君は、お世話になってる身だからって断ったんだろうな。


「別に構わないけど、おにぎりは後2時間ぐらいしないと届かないよ?パンで足りる?工君、この後は大工さんのとこで肉体労働でしょ?」

と聞いてみると


「・・・平気っす。」

と微妙な間合いの返事と共に、あんこ&バターのコッペパンを1個と牛乳1個をレジに持ってきた。


いやいやいや、足りないでしょ!?

成長期、男子高校生の身体でしょう!?

しかも、この後も肉体労働の!!

パン一個って、成長期舐めてんのか!?


「ちょ、待った、待った!!なんでこれ一個!?足りないでしょう?」


「・・・安いしデカイし、腹にたまるんで。」


おうっふ。

成長期なんて何も考えてないようなお言葉ですな。

そんなんじゃ倒れるぞ、青年!!


「いやいやいや。そんなに満腹にはなんないでしょう。しかも、栄養面でも心配だよ?朝ごはんはちゃんと食べないと倒れちゃうよ?」

と、勢いのままに思ったままの言葉を返すと


「売ってもらえねーんなら、イイっす。」

と、不機嫌そうに棚に商品を戻しに行った。


あー、失敗した。

ヤンキー君なんて相手したことないから、緊張してたのもあるけど、対応を間違ってしまった。

私が口出しすべき事じゃないのも分かってるけど、桜田さんから預かってる子だと思ってほっとけなくて、つい、思った事をそのまま言ってしまった。

結局、私が出した無料の麦茶だけを飲み始めた工君。

初日から険悪ムードとか働きにくくてしょうがないわ。

少しでも空気が良くなるように、ちょっと頑張ってみよう。


「余計なお世話だったね、ごめんね。男の子って沢山食べるイメージだったから、気になったの。ごめんね。もう一度持ってきてもらえる?レジ通すから。」


「・・・・・。」


うん、無視か。


「あのパンと牛乳で良い?持ってくるよ?」


「いらねー。」


ああ、そう。

ご機嫌斜めですか。そうですか。

でも残念、私はしつこいのが売りだからな。

持って来て売りつけてやる!


「持ってくるよ?あのパンで良い?」


「いらねーつってんだろ。うぜえ。ババア。」


って、はあぁぁぁっ!?

ババアだと!?

この野郎!桜田さんから預かってる子だと思って下手に出れば、その態度かよ!

ここの店長は私で、ここでのルールは私だぞ!?

もう持ってきてやんねー!!

うぜえって言うんなら、お望み通り、本当にウザく接してやろう。


「ババアじゃないですー。そんな歳じゃないですー。もしかして、工君って目悪い?あ、そっか。少年からしたら少し年上のお姉さんは皆ババアって呼びたいお年頃かー。」

急に態度が変わったからか、驚いた表情の工君は黙った。

私はそのまま続ける。


「なんであのパンを選んだんですかー?好きなんですかー?甘いものが好きなの?あんこが好きなの?パンLOVEなの?餡バタLOVEなの?どうなの少年?アンパンと牛乳って刑事みたいだね。ウケる。ねーねーねーねー!無視しないでよー、しょうねーん!!」

と、ウザイテンションで話しかけたら


「うぜぇ。」

って。

なんか、楽しくなってきた。


「えーひどーい。そっか、そっか、あんこLOVEなんて少年は恥ずかしくて言えなかったかー。ごめんねー。繊細な少年にそんなこと言わせようとしてー。あ、桜田さんには内緒にしておいてあげるから安心してねっ!」

と、ウインクしてみた。

そしたら、暴言に必死に耐えてた工君が切れた。


「あれが一番安かったんだっつーの!!あんこなんて好きな訳ねーべや!!牛乳も値引き品だったからだわ、このクソ女!!」

って、お腹を盛大に鳴らしつつ、机ドンで怒った。


「安いから選んだの?」

今度は割と真面目なトーンで聞いてみた。


「ったりめーだろ。金貯めてぇって言ってんだろーが。じゃなきゃ、こんな店で働かねーわ。」

と、キレ気味ながらも返事をしてくれるので、《こんな店》って言葉は聞かなかったことにして、こちらも更に質問してみる。


「なんでそんなにお金貯めたいの?」


「・・・・。お前に関係ない。」


うん。

そうだね。

そうなんだけど、昨日、帰る直前の桜田さんから聞いてるんだよね。

【情けない話なのですが・・・。工君は遠慮しているのか、あまり話をしてくれなくて。まだ上手くコミュニケーションが出来ていないんです。なんでそんなに働きたいのか、本当に働くことに納得しているのか、教えてもらえないんです。一応、年相応のお小遣いはあげているつもりなんですが、渡す分をそのまま貯金箱に入れているみたいで。《自分の分は自分で稼ぐ》というつもりなのかもしれませんが、少し寂しいんですよねぇ。美紀さん、もし可能であれば、工君が無理をし過ぎないように、目をかけてあげて下さい。】

って。

だから、言いたくない言葉だけど、あえて言ってみる。


「桜田さん、頼りにならない?」


ドンっ!!!!!!

凄い力で机が叩かれた。


「あの人を馬鹿にすんな!!!!」

胸倉を掴まれながらも、話を続ける。


「じゃあ、なんでそんなにお金貯めたいの?ご飯食べるお金減らしてまで。桜田さんには言えない事に使うお金?」

私の言葉に怒髪天の工君が声を荒げて続けた。


「金、かかんだろーが!薬科大!難しい大学通って、一人暮らしで、学費も生活費も稼ぐなんて出来ねーべ!だから、今のウチに俺が稼ぐんだよ!」

と、ぎらつく目で答えた工君。


なるほど。

【薬科大】ね。

確かに、大学に行くお兄さんは高校を卒業したら、この村を出なければならないはず。

この付近に大学なんてないからね。

そのお兄さんが大学に通って、一人暮らしして、バイトまでとなると、かなり厳しい生活だろうと。

だから、自分が稼いで、お兄さんには無事に大学を卒業して欲しいって事かな?

おいおいおいおい。

想像してた理由と全然違ったんですけど。

てっきり【自分の金は自分で稼ぐ!他人の世話にはなんねぇ!!】とかいう考えだと思ってた。

お兄さん想いの良い子じゃないの!!

ギャップ萌えじゃないか!!この野郎!

ツンデレ君も嫌いじゃないのよ!!

私、同年代&年下は範囲外なんだぞ!!

っでも、可愛いなこの野郎!!

ちょっと、ちょっとだけ、弟に欲しいとか思っちゃったじゃない!!

しょうがないなー。

可愛い青年にちょっとお裾分けしてあげましょう。


「そっか。お兄さんの為に稼ぎたいのね。分かった。じゃあ、パンじゃなくて米にしよう。パン1個で肉体労働なんて、ぶっ倒れてクビになって終わりだよ。ちょっと待ってて。」


私の胸倉を掴んでいる工君の手を解いて、カウンターの後ろ側にある小さな冷蔵庫を開ける。

私の昨日の残りご飯を冷凍したもの、昨日の残りの肉じゃが、田所さんからいただいた茄子と鶏肉の揚げびたし、順子ちゃんからの御裾分けのお漬物、賞味期限ギリギリのメンチカツを持って席に戻る。


「これ、地域の皆さんからのいただき物と店の余り物。店の電子レンジで温めて適当に食べな。余り物と有志の方々からの《ドラッグストアへの御裾分け》だからお金はいらないし、飲み物はそこの無料の麦茶でも飲んどきな。カウンターの後ろの冷蔵庫に入ってる物は好きに食べていいから。ウチで働いてくれてる桜田さんにも同じ様に言ってあるし、桜田さんもあの冷蔵庫の中身は好きに食べてるから。あれは従業員用だと思って勝手に使っていいよ。私の夕飯の残り物とか、皆からの御裾分け、形が崩れて売れない商品、賞味期限切れギリギリな商品とかも入れてあるから、悪くなる前に消費協力よろしく。」

と、今日のお昼ご飯にでも食べようと思っていた物を机の上に広げながら説明する。


工君はポカーンと、口を開けていた。


「あ、自分の食べ物には名前を書く事。それと、名前が書いてあるものは食べちゃダメだからね。桜田さんのアイスとかマロングラッセとか、間違って食べたら《抜き打ち暗算》させられるから。一日中。笑顔で。マジヤバいから。」


工君はまだ動かない。


「冷蔵庫の物は食べて良い。でも、わざわざ用意してあげたりもしないから、自分で判断して勝手に食べて。特に値引き品とかお惣菜系は早めに処理してください。お願いします。4日連続コロッケパンとか、マジで地獄だから。冷蔵庫が満杯の時は押し付けてでも持って帰ってもらうよ。この店の決まりなんで。よろしくー。」


多分、私から食べ物を受けとりたくないんだろう、工君は苦虫を噛み潰した様な顔をしているが、残念。

私はそんなに優しくはない。

オッサンには優しいが、青年には厳しいぞ。


「うぇーい、という訳で、目の前のご飯を全て消費するまで、工君は仕事を始められませーん。なんでかって?私が店長で私がルールだからでーす。ついでに言うと、急がないと朝の荷物のトラック来ちゃうよ?良いのかなー?急いで食べないと、仕事に間に合わないよー?どんどんお給料減っちゃうよー?」

自分で言うのもなんだけど、腹立つ言い方だと思う(笑)

工君も盛大な舌打ちを一つ。

イライラした様子でレンジを使用しに行った。

でも、ちゃんと


「・・・いただきます。」

って言ってからご飯をかっ込む姿を見ると、やっぱり悪い子じゃないんだよね~。

急がせて悪いとは思うけど、こうでも言わないと食べなそうだしね。

外をチラチラとトラックが来ないか確認しながら、食べ進める青年は見ていて中々に面白かった。

食器は重ねて片付けてもらって、お店用のエプロンをしてもらって、お仕事開始。

ちなみに、桜田さんは白衣を着用なさります。似合うんだよ、コレがまた!

と、話を戻して。

勿論、工君は【ごちそうさまでした。】もきちんと言える良い子でしたよ。

めちゃくちゃ睨まれたがな!



働き始めたら、いくら腹立つ相手でも上司だという事が分かってるんだろう。

ちゃんとこちらの指示に従うし、きちんと切り替えている感じ。

良く働く子だ。

思っていたよりも即戦力。

「ん。」「ッス。」

とか、返事は短い上に

「分かんねーっす」「はぁ?」

とか、平気で言う子だけども、

説明の度に、メモ帳とペンを出して必死に書き留めていく。

字が汚いのはご愛敬。

桜田さんが愛用しているメモ帳と同じなので、桜田さんがプレゼントしたんだと思われる。

後で桜田さんに報告してあげよう。

大事に使ってると知ったら、きっと喜ぶ。

桜田さんのハニカミ笑顔、プライスレス!


私には重くて運ぶのが大変な段ボールを2個も重ねて、さっさか何往復もしてるの見ると、本当に雇って良かったと思う。

男手って大事。

冬には雪かきを頼もう。

桜田さんはギックリ腰もあり得る年齢なので頼みにくい。

期待してます、工君。

今日から君はウチのドラッグストアの主戦力だよ。

いつもの何倍ものスピードでトラックから荷物を運び終え、バーコードをレジに登録していく。

んで、品出ししていると


「おい、てんちょー!婆さん来たぞ!?」

と、少しテンパった様子の工君の声がした。

あらあら。

いつの間に《てんちょー》なんて呼ぶようになったの?

さっきまで《おい》だったのに。

一応、【他の勤め先で上司を《おい》とか《ババア》って呼んだら間違いなくクビだからね。・・・ここでも桜田さんの前では気を付けなよ。私と2人の時は構わないけども。】と、注意はしてあげた。


「どーしたー?」

と、顔を出してみると、工君が腰の曲がった婆さんにガッツリ身体を触られてた。

ん?

あれ?

これ、どんな状況?

え?助けるべき?

テンパっている青年の背中を触り腕を揉む婆さん、最高に面白い絵面なんだが・・・。

写メるべき?


「おい!なんとかしろ!!」

って叫んでるけど、商品の入った段ボールを持ってるからか、相手が老人だからか、自分ではどうにもしないのね。

と、じっくりと眺めていると、私に気付いた婆さん、基、トミコさん。


「あら!みっちゃん!この子、もしかして新しい子?」

と、工君の背中をぺちぺち叩くトミコさん。

結構な御歳なのに、怖いもの知らずですよねー。

私なら、こんな見た目が怖い子の背中叩けないわー。

言い合いして胸倉は掴まれたけどねー。


「おはようございます、トミコさん。そうですよ~。新しくバイトに来てくれている工君です。桜田さんの所のお子さんなんで、仲良くしてあげて下さい~。」

と答えると


「まあっ!桜田ちゃんの!!まあまあ!先に言ってよ、いつも桜田ちゃんにはお世話になっててね~、って、そうだわ!みっちゃん!この子、細いじゃない?しかも、お腹なってるでしょう?だからね、もっと食べなきゃ駄目よ~って言ってたところなのよ、家の孫の五郎の若い時なんて毎朝どんぶりで5杯は食べてたわよ?それに、お昼のお弁当なんて4つ持って行ってたんだから!家の家計はいつも火の車だったわよ~!あっはっは!」

と、マシンガントーク。


うん。言いたいことは分かるんだけどね、

トミコさんとこのお孫さんの五郎さん、クマゴロウってあだ名が付いてる人だから、そんな人と比べちゃいかんと思うよ?

しかも、初対面でそんなに身体を触るのも、青年のトラウマになりそうよ?

流石の工君も引いてる。

取りあえず、トミコさんを工君から引きはがして、工君に段ボールを置いてくるように指示する。

その間に私はトミコさんが引いてきた荷台から商品を受け取り、中に運び込む。

うむ。

今日の【トミコさん特製、おにぎりセット】

は炊き込みご飯のおにぎり2個と卵焼きが2個、から揚げが2個、キュウリの漬物2個。

内容は日々違うけど、こんな感じ。

朝から揚げ物を揚げてきてくれるなんて、トミコさんは凄い。

私だったら絶対に面倒。やんない。茹でたブロッコリーでも詰めてやるわ。

ボリュームもあって値段も安い。

しかも、こうして早朝に届けてくれるので、朝一でレジの前に特設コーナーを作れる。

オープンと同時に完売するほどの人気商品だ。

皆朝ごはんに買って行くのだ。


少し離れた所から此方を窺っている工君が、唾をのんだ音が聞こえた気がした。

分かる。

分かるよ。

トミコさんの炊き込みご飯もから揚げも、胃袋に直撃の匂いだもんね!

分かる!

私も、毎朝並べるのツライ!

今も出来立て熱々のこの商品をつまみ食いしたい!!

トミコさんに怒られるからやらないけども!

と、それよりも紹介しておかないと。


「工君、こっち来てー。紹介する。こちら、トミコさん。【トミコさん特製、おにぎりセット】を毎日納品してくださってるトミコさん。毎日会うと思うから、ご挨拶して~。」

と、声をかけると、威嚇する猫の様に、じりじりと近づいてくる工君。一応、頭は下げてくれたけど、まだ一定の距離がある。

背中ナデナデはそんなに嫌だったか。


「あらあら、そんなに離れなくても。最近の子はシャイ?ねー。もう、恥ずかしがり屋さんっ!まあ、この年頃の男の子はしょうがないかっ!ウチの孫達も、この歳の時は流石に隣に立ってもくれなかったからねー!あっはっはっは!今では荷物も持ってくれる、敬老の日のプレゼントもくれる、良い子になったけど!グレて、財布からお金盗って行った上に、酒と煙草吸う様になった時とか、目の前でお弁当捨てられた時は、ぶん殴って血の雨降らしてやったけどね!あっはっは!」


うーん、強い。

特に、トミコさんはお孫さん達を引き取って育てた人だから、息子さん達だけじゃなく、お孫さんにとっても母。

母は強し。

って言葉って本当だよね。

沢山育ててきてる分、本当に強くて明るい。

この御歳でも元気に毎日おにぎりセットを作れてるのはきっと、長年母として全力で生きてきたからだと思う。

皆に元気を分け与える笑い声と、力強さ、とても有難いお方です。


警戒しながら何もしゃべらない工君。

血の雨って単語が出て、若干ビクッってなってたけど、見ないふり~。

それにしても、お腹鳴ってたって事は、やっぱりあれじゃあ足りなかったか。

工君に嫌がられなさそうな、上手く押し付けられそうな、期限切れ間近のパンあったかなー?

なんて思ってると


「ああ、そうだ!それでね、みっちゃん。今日のおにぎりセット、1つ、納品キャンセルにしてほしいのよ。」

と、突然のトミコさんの発言に驚いた。


「ええ、構いませんけど。どうかしましたか?」


「この子に食べてもらおうと思って。たくみ君だったわよね?お腹空いてるんでしょう?これ、お婆ちゃんの手作りなのよ。愛情いっぱい入ってるし、孫のお墨付きだから味にも自信あるわ。お食べなさい。お金はいらないから。」

って、おにぎりパックを工君に押し付けようとするトミコさん。


驚いたらしい工君は


「イイっす。いらねっス。平気っす。」

と首を振っていたが


「良いからお食べ。お腹が空くと、人は他人に優しく出来ないし、イライラして人を傷つけたりするのよ。それに、お腹が空くことが一番悲しい事なのよ?ほら、お食べ。」

そう言って、更に工君におにぎりパックを押し付けるトミコさん。

でも、首を振って受け取らない工君。

案外強情だな。

そう思っていたら


「良いからお食べ。お婆ちゃんね、小さい頃、貧乏で毎日ひもじい思いしてたの。お婆ちゃんの弟は病気で食べたいものを食べることも出来ないまま死んだの。だから、空腹だけは絶対にダメ。コレはお婆ちゃんからのお願いだから。食べてちょうだい。ね?こんなに《か弱い》お婆ちゃんを虐めないでおくれよ。ね?」

と、さっきまでの勢いはどうしたのか、突然弱弱しく、老人らしさを前面に押し出してきたトミコさん。

強ぇ~。

あんな風に言われた受け取らざるをえないよね~。

と、ついでに私も援護射撃しておきましょう。


「工君が食べないなら、私に頂戴よ~。朝から力仕事でお腹減った、気がする!というか、トミコさんのおにぎり好きー。炊き込みには鶏肉に油揚げ、根菜の旨味と牛蒡の食感がたまらんでしょー。卵焼きも私の大好きな家庭の味ー。から揚げなんて熱々ジューシーで肉汁ぶじゅわー。キュウリの漬物はさっぱりポリポリ、うまうまだよねー。いいなー。食べないなら私にちょうだいよ~。」

と、工君の手元のパックを狙いつつおねだりしてみる。


「アザッス。いただきます。」

と、腹をくくったのか、トミコさんにガッと勢いよく頭を下げてから、私から隠すようにおにぎりセットを受け取る工君。

そんなに、私に渡したくなかったか・・・。

私の今の工君からの好感度ってどれくらいなんだろ?

すんごい気になるんだけど・・・。


でも、受け取ってもらえたトミコさんは凄く嬉しそうだ。

で、私には?

ああ、自分のお金で買いなさい、大人なんだから。って?

そうですよね。

はい。

キープしておいて、後程、お昼ご飯にいただきます。はい。


「工君、温かいうちにいただきな~。トミコさんもお茶どうぞ~。」

と、トミコさんにお茶を出すと、仕事に戻ろうとした工君は困惑している。

が、今、この場で一番強いのはトミコさんだ。


「そうね!温かいうちに食べてちょうだい!それに、感想とかもらえると嬉しいわ~。たくみ君くらいの年齢の子だと、味付けが薄くないか気になるのよねぇ。ほら、私お婆ちゃんだから!薄味が好きなのよ!個人的にはね!!あっはっは!」

と、工君を座らせる、あの力はどこから来ているのか・・・。

もしかして、工君よりも力あったり?

工君を見てみると、一応、私が店長だからか、待ての姿勢である。


「うんうん。温かいうちにお食べ~。唐揚げも揚げたてだし、今の方が美味しいよ。感想もちゃんと言ってあげてね。新作メニューとか作ってもらえるかもだし、そのお手伝いも立派な仕事だから。バーコードは通しとく。軽い物もやっとくから、醤油とか油とかの重量級は頼むよー。」

と、2人を置いて仕事に戻る。


一度に大量に仕事教えてもキャパオーバーしそうだし、まず、トミコさんと仲良くなってもらう方が大事だ。

なにしろ、このドラッグストアには工君が今まで付き合ってきたような人種はあまり来ないのだから。

トミコさんの様なお年寄りや、オッサン、奥さん達とか子供たちばかりである。

苦手とか言ってらんないからね。

話を聞くのも営業の一部だ。

それに、トミコさんは商品を卸してくれている人でもあるが、お客様でもあるので【工君が良い子だった】という印象を広めてもらわねばならない。

さっきの対応から見るに、工君は老人には比較的優しい・・・。

いや、怖い対応はしなそうなので、スーパーポジティブなトミコさんにかかれば、工君は【ちょっと反抗期に入っちゃってる、シャイな可愛い男の子】扱いになるだろう。


工君がおにぎりセットを食べつつ、トミコさんの質問にたどたどしく答える声をBGMに作業を進める。

最後には、「美味かったッス。ごちそうさまでした。」とお礼を言った工君を感極まったトミコさんが抱きしめ、どうしたら良いのか分からなくなった工君が「テンチョー!!!!!!」と、叫んだりもしたが、初日の朝にしては、中々の始まりだったんじゃないかと思う。


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