第97話 炎剣乱舞
「状況は最悪みたいだな」
マキナは仰向けに倒れるベローネを抱き抱え、壁際に運ぶ。
彼女の苦しい呼吸も、幾分かマシになった。
「マキナ、アスナは……操られて……」
「分かってる」
「こんなことをする子じゃないんだ……無理矢理させられて」
「分かってるって」
ベローネは掠れた声で言った。
痛めつけられながら、尚もアスナの無実を主張する。
「アスナだけブローチではなく……刀神器ムラサメを……魔力の媒介にされていた……私は破壊出来なかった……また私は救えないんだ」
ベローネは悔しさを滲ませる。
人間の操るための媒介を、強靭な神器にすれば壊される心配もなく、半永久的に従わせられる。
刀神器ムラサメと黒操鎧エレザール――異なる土地、異なる時代に作られた武器は、時を超えて邂逅し、その凶悪な力が街を支配しようとしている。
すると瓦礫からアスナが跳躍、ムラサメで背中からマキナを斬りかかる。
「第二標的、発見」
「――マキナッ!!」
ガキィン!
マキナは振り向かずにイフリートを抜剣し、ムラサメを受け止める。
「許せないよな」
イフリートに力が篭る。
マキナの憤りが剣身の炎となって具現化する。
『私は武器を握らない人間と、背中を向けた人間は斬らないと決めてます』
「そう言ってたもんな」
アスナには刀剣士としての誇りがあった。
神器を扱うに相応しい、清廉な心。
それを……歪に捻じ曲げれた。
街を支配するための道具として使われている。
そこにアスナの意思は存在しない。
今、背中を狙ったムラサメが何よりの証拠だ。
「苦しいよな、2人とも」
イフリートでムラサメを弾き、火花が散る。
アスナは宙を舞い、2人から距離を取る。
マキナはベローネを庇うように、イフリートを構えた。
「俺が来たからには、そんな未来にはさせない」
「だがマキナ、アスナは強い……いくら君でも無傷で終わるとは思えない……」
「ムラサメの破壊に絞るとなると……俺の見立てじゃ1時間以上かかる、腕か脚の1本も犠牲になる」
1度戦ったからこそのマキナの予測、彼がいくら計算しても、必ず五体満足では済まないという結果に行き着く。
それを聞くや否や、ベローネは背後からマキナの両肩を強く掴む。
「だ、駄目だ、そんなことはさせられない! アスナが無事でも、マキナが犠牲になるなら意味がないではないか!」
「今のはあくまで俺1人で戦う場合だ」
マキナははっきりと言った。
「俺たち2人でやれば、アスナも傷付けないでムラサメだけを破壊出来る」
「……私も、一緒なら」
「ああ、ほんの少しだけ力を振り絞ればいい、救うのもベローネだ」
マキナはベローネに作戦を告げる。
それは端的な、この場の2人でしか行えない内容。
「いけそうか?」
「任せてくれ……幸い、まだ動ける!」
「頼むぞ」
マキナはイフリートの炎を強める。
轟々と音を立てて燃える剣身により、周りの景色が歪みだす。
同時にその場から離れるベローネ、それをアスナは見逃さなかった。
「第一標的を排除」
ムラサメの巨大な斬撃が襲いかかる。
すると、炎のカーテンがベローネを隠すように広がる。
斬撃は吸収され、カーテンが舞い飛ぶと、ベローネは既に行方をくらませた後だった。
「ここからは……俺が相手だ!」
マキナは再びイフリートに炎を纏わせ、周りに拡散させながら突進する。
「おおおおおおお!!」
激昂と共に斬り込むマキナ。
噴出する炎が、広場全体を包み出す。
大剣のストームブリンガーと違い、ショートソードの炎魔剣イフリートならば、ムラサメに対して攻撃を仕掛けられる。
ムラサメの搭載能力【決闘斬】、剣以外の如何なる武器も無力化してしまうこの刀には、自らも剣で対抗する他に対策はない。
眼前を舞うムラサメをいなしつつ、気を窺う。
――何て危険な太刀筋なんだ。
剣戟の最中、マキナは戦慄した。
『鉄血の獅子』ギルドで剣を交えた時とまるで違う、相手を仕留めることに特化した動き。
今のアスナなら、少しの気の緩みも見逃すことはない。
もし『虹の蝶』ギルドに彼女の侵入を許せば、甚大な被害が予想される。
何としても食い止めなければ。
だがアスナに傷は負わせない、ムラサメを破壊することに尽力する。
「この広場から出すのも駄目だな」
イフリートとムラサメが交差――瞬間、ムラサメの刀身が下方向に流れ、石畳に刺さる。
「……!?」
マキナは接触の刹那、イフリートでムラサメの横腹に目掛け、ほんのわずかに力を加えていた。
それによりムラサメの軌道がずれ、受け流す結果となったのだ。
もし、あからさまな防御体勢で待ち構えていれば、アスナに警戒されていただろう。
マキナは攻撃の最中にそれを実行したのだ。
神の刀に相対するは――灼熱の魔剣。
「もらった」
ガキィィィィン!!
マキナはムラサメの峰に対し、イフリートを突き立てる。
炎魔の顎が喰い込むかのような切削音がギリギリと響き渡り、石畳は突き刺さったムラサメの地点を中心にヒビ割れていく。
アスナはムラサメを抜き取るべく渾身の力を込めるが、上からのマキナの力で押さえつけられる。
相手がいくら頑強な武器でも、こちらの武器が全力で威力を発揮出来るタイミングならば、破壊は充分に可能とマキナは考えた。
それが、このムラサメを石畳に固定という形になった。
これで反撃はされず、威力は逃げない。
しかし、剣身を使用した高威力の一撃にも関わらず、肝心のムラサメに外傷が見られない。
鍛冶スキル【武器ステータス】で見ても、耐久値の減少は無かった。
「ならこうだ!」
マキナはムラサメを抑え込んだまま、イフリートを片手に持ち直し、【収納】で破壊棍ダモクレスを装備。
そして左手のダモクレスを……イフリートに向かって垂直に振り下ろす。
ドカァァァァン!!
地盤が揺れるほどの衝撃、礫と砂煙が舞う。
【決闘斬】の効果は『刀神器ムラサメに接触した、剣を除く武器と防具の耐久値を0として扱う』という物。
一見凶悪なこの能力、だが裏を返せばムラサメに武器本体が接触しなければ発動しない。
つまり、今のようにイフリート越しに攻撃を加えれば、他の魔導武器でもダメージを与えられるのだ。
「……!」
その時、アスナはムラサメを握る手を離した。
支えを失ったムラサメの固定が緩み、ダモクレス本来の威力が霧散する。
そのまま、アスナはマキナの土手っ腹に回し蹴りを食らわせた。
「ぐはっ……!?」
ミシミシと鋭い脚がめり込む。
その場で空を蹴り、更なる回し蹴りを繰り出す。
可憐な少女の見た目から想像が出来ない、密度の高い筋肉による体術。
マキナはイフリートとダモクレスを持ったまま、後方に吹っ飛ばされる。
「第二標的を最重要危険人物と断定、優先排除します」
炎に彩られた広場の中、ムラサメを抜き取ったアスナが迫る。
「くっ……!」
マキナは身体に散らばる瓦礫を払い、ダモクレスで防御体勢に入る。
ザシュッッッ!!
ムラサメはダモクレスを一刀両断した。
マキナの持つ半分は綺麗な断面が顕となり、もう半分は宙を舞った。
魔導武器は魔力を内蔵しているため、深刻なダメージを負うと爆発の危険がある。
「……すまない!」
マキナは半壊したダモクレスを横に投げると、宙を舞う半分と同時に爆散した。
「仇は取る!」
すると、ダモクレスを破壊したアスナはその場で後方に宙返り、間合いを取る。
両の眼はマキナの姿を捉えており、撤退の素振りはない。
イフリートだけでなく、ダモクレスを交えた攻撃を見て、迂闊には攻められないと判断したらしい。
「警戒しているのか……?」
マキナは【収納】で迅雷弓ミカヅチを装備。
相手の射程外からの攻撃で、主導権を握る。
電撃の魔力を溜め、無数の矢として撃ち出す。
対するアスナは、ムラサメの巨大な斬撃を放つ。
ズガアアアアアアン!
横薙ぎの一閃が、雷矢の雨を一掃する。
「今だ!」
この攻撃を知っていたマキナは、既に次弾用の魔力を込めていた。
解き放たれる巨大な雷矢は、ムラサメの刀身に目掛け、一直線に突き進む。
それを見たアスナは、振り抜いたムラサメを突きの構えに直す。
どれだけの力が腕に込められているか、浮き上がる血管がそれを表していた。
「殲滅します」
アスナは巨大な雷矢に対し、突きを繰り出す。
ほん一瞬、風が吹いた。
そう感じてすぐに突風が襲うと、巨大な雷矢に穴が空いた。
突風はマキナの頭髪を掠めたかと思うと、遅れて後方の建物が爆発、壁には風穴が開いていた。
「そんなこともできるのか……!」
はらり、と前髪が少し切れ落ちた。
マキナはここでようやく、今の突風が突きによる斬撃だと理解した。
横薙ぎの巨大な斬撃と違い、威力もスピードも桁違いだ。
使い手次第では、例え刀だろうと距離を選ばない戦い方が出来る。
剣士の常識を超えた強さ――アスナはそれを遺憾なく発揮している。
マキナの一瞬の隙を見出したアスナは、再び間合いを詰める。
「く、迎え撃つ!」
その時、マキナの腕が両断される。
「……!?」
再び見ると、腕は繋がったまま。
マキナは本能的に、ほんの少し先の未来を予測したのだ。
このまま斬り込んだら、確実に腕を斬られる。
マキナは咄嗟に、身体ごと腕を引っ込める。
だがムラサメの刃は、マキナの腕に装備されたミカヅチを捉えた。
ザシュッッッ!!
ミカヅチに深い刀傷が刻まれ、雷の魔力がバチバチと滲み出る。
マキナはミカヅチを解除すると、漏れた雷の魔力と共に爆散した。
「まだ……まだだ」
【決闘斬】をケアするために、炎魔剣イフリートを中心に戦闘を組み立て、途中で別の魔導武器を挟む。
だが、アスナは一瞬の隙を見破り、多数の武器は破壊されてしまった。
ここまでは、マキナの想定内。
「俺の仕事はもう終わったような物だ」
広場には炎魔剣イフリートの影響で、辺り一面に炎が燃え上がっていた。
マキナとアスナを取り囲む様に燃え、立ち込める炎の奥は、視認すらままならない。
アスナは煤の付いた顔のまま、マキナを始末するべく追撃する。
「排除します」
ガキィン!
マキナはイフリートを真横に構え、振り下ろされたムラサメを受け止める。
ムラサメの上からイフリートで突き立てた、最初の展開と真逆の状況になる。
マキナは、アスナの冷酷な目で見詰められながら必死に耐え忍ぶ。
反撃を考えない防御、今の彼は完全に後手に回っている。
この攻め込まれた状況、アスナの意識が完全に自分に向いている瞬間。
これこそ、マキナの狙いだった。
「――今だっ!!」
マキナは腹から声を出す。
別の誰かに呼びかけたその台詞が響くと、すぐそばの炎の壁が斬り裂かれる。
隙間から覗くのは、揺れる赤い長髪に、魔を断つ漆黒の大剣。
満身創痍のベローネが、最後の力を振り絞り、戦いの庭に現れた。
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