第92話 side『鉄血の獅子』②
◇
「…….嫌なことを思い出しました」
過去を振り返り、アスナは虚しくなる。
『虹の蝶』の女剣士――壮麗のベローネの名を聞いたのはその後、無事だったことが嬉しかった。
同じく剣士となっていたのを聞き、アスナはシンパシーを感じた。
そしてベローネを保護するべく『鉄血の獅子』に入れようと考えた。
彼女の実力なら『鉄血の獅子』でも充分にやっていける。
『虹の蝶』にはマキナを始めとした、心の清い冒険者もいると知れた。
ギルドごと私が管理すれば、あのグラハムにも利用されなくて済む。
加えて所属は、泣く子も黙る『鉄血の獅子』扱い。
『白銀の翼』ギルド跡地に本部を移すというのも、元はアスナが提案した。
「私の扱いは変わらないでしょうが、これで良い」
後はベローネの首を縦に降らせるだけ、なのに断固として崩せる気配がない。
だけど、きっと姉上なら分かってくれる。
今伝えたばかりだ、きっとまだ整理がつかないのだろう。
アスナは『鉄血の獅子』ギルドの前を通りかかる。
ギルドの修復作業が終えてないにも関わらず、不気味な程に人の気配が無い。
いつもなら騒がしい声が聞こえてくるのに。
「……妙ですね」
アスナは裏口からギルドに入る。
他の者に見つかると面倒になるため素早く移動するが、コソコソする必要のないほど人がいない。
しばらくして話し声が聞こえてきた、執務室の方からだ。
扉に耳を付け、聞き耳を立てる。
「いよいよワシらの計画が実行されるわけじゃな」
グラハムの声だ、誰かと話しているらしい。
「……ワシをコケにした報いは受けてもらうぞ『虹の蝶』め。明日の夜、この街ごと支配してやるぞい。我が『鉄血の獅子』の力を見せてやる」
「!?」
反射でアスナは扉を開いてしまう。
目を剥くグラハム、そして角の生えた黒い鎧を見に纏う男の姿。
こんな人間、『鉄血の獅子』では見たことがない。
「誰じゃ! ……何じゃアスナか、お前には顔を出すなと言ったはずじゃぞ。ま、探す手間が省けたわい」
「今のはどういうことですか、『虹の蝶』を攻撃するというのは!?」
「そのままの意味じゃ、無論お前にも働いてもらう」
「街の人々は関係ありません、乱心されましたか!」
「後悔させるにはヤツらの大事な物を壊すに限る。笑いが止まらんのう」
そもそもの原因も『鉄血の獅子』にある。
なのに、この男は更なる争いを生み出そうとしている。
「――そんな非道……させません!」
アスナは執務室の保管庫を蹴り破り、中から刀神器ムラサメを取り出す。
彼女の靴には、結界を破るため魔石が埋め込まれている。
『鉄血の獅子』が暴走した際に反旗を翻すため、厳重管理されたムラサメを取り出す最終手段として用意していた。
アスナはムラサメを抜刀し、臨戦体制に入る。
「私と『鉄血の獅子』との契約は、もはやこれまでです!」
「おお、こわいこわい」
ムラサメを向けられているのに、グラハムは戯けた調子で答えた。
もう自分は操り人形じゃない、繋がれた糸はムラサメの刃が切る。
まず対処すべきは、黒い鎧の男。
このムラサメならば、頑強な鎧ですら切り裂ける。
「――【決闘斬】の力、受けていただきます!」
その時、ムラサメから黒い魔力が溢れ出す。
それはアスナを瞬く間に包み、身動きが取れなくなる。
「こ、これは!?」
どさっ、とその場に倒れるアスナ。
まるで力が入らない、魔力に身体を侵食されているようだった。
「呪われた秘宝――黒操鎧エレザール。物体に魔力を流し込み、それを装備した者を意のままに支配する搭載能力……いつみても強力じゃのう」
「かはっ」
「お前が『鉄血の獅子』に逆らおうとしたとき、ムラサメに込められたエレザールの魔力が作動するようになっておるのじゃ、バカな奴じゃな」
グラハムは腹を抱えて笑い出す。
「この力を直に見るのは久しぶりじゃわい、あの時は大量のモンスターに使ったがの」
「モ、モンスターに……!?」
「そうじゃ『鉄血機関』に送るための孤児を増やすため、小さい村を中心にモンスターを襲わせるんじゃよ。そうすれば勝手にスタンピードだと処理されるからのぅ、確かワシが見たときは……おおそうじゃ!」
わざとらしくポンと手を叩く。
「――ミリシャ村とかいう小汚い村で使ったんじゃ」
頭が真っ白になった。
アスナは倒れながら、ギリギリと歯軋りをする。
「お前が……お前が私の、姉上の故郷を潰したのか……!」
ボロボロと涙が溢れる。
悔しい。
こんなヤツの下で今まで働いていたのか。
自分がこうなった元凶に対し、恩すら感じていた。
「許せない……許せない!」
アスナは渾身の力を振り絞り、立ちあがろうとする。
エレザールの呪縛ですら越えようとする胆力に、グラハムは焦りだす。
「な、おい、何とかするんじゃ!」
黒き鎧――黒操鎧エレザールを装備した男はアスナに手をかざし、魔力を強める。
再びアスナは床に倒れ伏せた。
「う、うぐ……うう……!!」
心を抉られたアスナは、己の無力さを呪った。
そして、完全に意識を無くした。
「焦らせおって……ただのドブネズミが生意気じゃのう。獅子のブローチを野良モンスターに取り付けるようにメンバーに指示してある、自分たちも操られることも知らずにのぅ」
「……所詮利用される人間はそこまでってことさ、勝ち組にはなれねぇのよ」
エレザールを装備した男は、自らの顔に触れると鎧が解除され、手元に仮面のみが残る。
すると大柄な海賊服の男、船長ランザスとしての姿を現した。
「――景気良くいこうぜ、グラハムの大将!」
倒れたアスナの双眸が開くと、赤色に怪しく光るのだった。
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