第91話 アスナの過去(2)
それは武器というにはあまりにも美しかった。
薄い刃が輪郭を沿って光る姿、芸術品の如く。
「刀っていうんだ、でも使うと折れちゃいそう……」
アスナは頭を動かし観察する。
説明によると、この武器は主に東国で作られ、素材となる玉鋼の原産地であるのが理由らしい。
また刀を扱う剣士のことを侍と呼ばれ、専用の剣術を用いるという。
「これを使いこなしちゃうんだ、すごい……!」
アスナはその日から刀に魅了された。
刀本来の特性を学び、刀を扱うための身体作りを始めた。
足運びも矯正し、模造武器を刀型の木剣に変えた。
脆く儚い刀身は、受ける面によっては見た目以上の強度を発揮する。
自分も、刀のような強靭な人間になりたい。
そうすればお姉ちゃんもガッカリしない。
皆も認めてくれるはずだ。
アスナは更に数年の努力を経て……いよいよ成果が現れる。
「――な、なにぃ!?」
ある日の模擬戦にて、弾かれた木剣が宙を舞う。
アスナは息を切らしながら、倒れたガヴェインに刀型の木剣を突き付ける。
「私の、勝ちです……!」
この日、アスナは全試合で勝利を収めた。
相手の剣戟を受け流し、タイミングを計って攻め手に回る。
刀の利点である俊敏さを遺憾なく発揮した。
アスナにとって、これほど満たされた瞬間はなかった。
だが、周りはというと。
「……なんかつまんないな」
「ガヴェイン、今日は調子が悪かったんだよ」
「だよな、じゃないとアスナに負けるはずがないし」
想像と違う反応に言葉が出ない。
ガヴェインは悔しさを露わにしながら立ち上がる。
「ぐ、ぐぐ、よもや私が膝を着くとは……これからは距離を取っても戦える方法を見つけなくては……!」
「流石ガヴェインだな!」
「己を改善する姿勢、俺も見習わないと!」
ガヴェインの後ろを付けるように、皆が修練場を後にする。
アスナの勝利を讃える者は誰もいない。
それまでの最弱のレッテルを晴らすには至らなかった。
決して褒められたい一身で鍛錬を積んだわけではない、あくまで自分のため、だが。
「……何もないのは、辛いものです」
「素晴らしい、よくぞここまでの力を身に付けたのう」
一部始終を見ていたギルドリーダーのグラハムは乾いた拍手を送る。
アスナは即座に膝立ちをし、首を垂れる。
「アスナ、お前は『鉄血の四銃士』の存在をどう考える?」
「我がギルド『鉄血の獅子』の名誉、栄光、力の象徴となる、優れた戦士の称号であります」
「良い答えじゃ、先の模擬戦も見事、だがワシはお前を『鉄血の四銃士』に入れるつもりはない」
「……私の力は、まだその域に達しないと」
「そうではない、更にその上に位置付けるべきと考えたのじゃ。ついてこい」
グラハムに連れられた場所は、当時の『鉄血の獅子』ギルドの、厳重な結界が施された一室。
その場には、とある武器が保管されていた。
「こ、これは!?」
「刀神器ムラサメ、東国の刀鍛冶の最高傑作じゃ」
刀の歴史を学んだアスナにとって、ムラサメの文字は幾度となく目にした。
資料には行方不明とされていると記載されていたが、まさか『鉄血の獅子』が所有していたとは。
「お前が『鉄血の獅子』に絶対の忠誠を誓うのならば、このムラサメの使用権を与えようではないか」
「……私が、ですか?」
「不服かね?」
「いえ、滅相もございません」
アスナは胸に手を当てる。
このムラサメを手にすること、すなわち『鉄血の獅子』での高い地位が確立される。
「私、アスナは『鉄血の獅子』に忠誠を、獅子の立髪に誓います……!」
こうしてアスナは刀神器ムラサメを譲り受けた。
翌日から『鉄血の獅子』の冒険者となり、クエストに駆り出された。
実戦は初にも関わらず、Bランク以上のモンスターを何なく討伐した。
「何て斬れ味……神器とはこういう物なのですか」
性能に驚愕しながらムラサメを振るう。
それから、1日に5つ以上のクエストをこなすのは当たり前になった。
鍛錬を積んでいるとはいえ、連日は流石に疲労が溜まる。
「中々大変ですね」
焦点が合わない目で、討伐対象のモンスターを探すべく森や渓谷を歩き回る日々。
ムラサメを使う以上、仕事量が多くなるのは仕方ない。
アスナはブラックな環境を無理矢理肯定した。
それから『鉄血の獅子』は少しずつ、武闘派として名が知られるようになる。
そんなある日、アスナはクエスト依頼主の住む民家にやってきた。
『鉄血の獅子』が提示した報酬金を貰うためだ。
「――ふざけるな!」
契約書類を見せるや否や、依頼主の男は語気を荒げた。
アスナには怒鳴られる覚えが一切ない。
「どういうことでしょう?」
「俺はハウンドウルフ5匹の討伐を依頼しただけなのに、何で50万Gも払わないといけないんだ! 元の額は5万Gだったはずだ!」
「……50万G? そんなはずは」
ハウンドウルフ1匹辺りの討伐依頼相場は1万G、10倍も膨れ上がっていた。
元の書類にはアスナも目を通している、記載ミスだろうか。
アスナは確認を取るべく、書類を手にグラハムの元へ向かった。
「ええいくそ! また『白銀の翼』の話題か!」
執務室のグラハムは、新聞をぐしゃぐしゃにしてゴミ箱に投げ捨てる。
最近『白銀の翼』という武闘派ギルドが勢いに乗っているらしい。
特にギルドリーダーである炎剣のジュダルの活躍は目覚ましく、クフラル王国最強の冒険者候補にも上がっている。
同じく武闘派を名乗る『鉄血の獅子』は、今の段階では下に位置している。
グラハムが不機嫌なのも頷けた。
「お取り込み中失礼します」
「なんじゃ、間の悪い!」
「契約書類に不備があったので、その確認をお願いしたく戻って参りました」
「不備じゃと?」
「ハウンドウルフ討伐の件です。元は5万Gだったのですが、1桁多く記載されておりました。依頼主の方にはこちらの不備とお伝えしておきました。新しい契約しょ――」
バシン!
グラハムに頬を叩かれる。
「何を勝手なことをしておる」
一瞬何をされたか分からなかった。
頬は赤く腫れ、ジンジンと痛みが伴う。
「それはワシが直したんじゃ、この『鉄血の獅子』は、今後安請け合いをしないことにしたのじゃ」
「……ですが元の数字を変えるのは……ギルドの運営違反に抵触します」
「お前はいつワシよりも偉くなったのだ。いいか、金を徴収するまでギルドに戻ってくるな! それが出来なければ『鉄血の獅子』を辞めろ!」
長い時をかけ、アスナは今の地位を手に入れた。『鉄血の獅子』をクビになったら、また無価値な自分に戻ってしまう。
アスナはそれが怖くて仕方なかった。
「……失礼します」
アスナはギルドを後にし、依頼主を脅して無理矢理金を用意させた。
恐喝のために刀を抜いてしまった。
自分の傷の痛みより、心の奥が痛んだ。
それはずきずきと音を立て、収まらない。
「私は、何をして……」
自分は強さを手に入れた。
『鉄血の獅子』の名はこの先も大きくなるだろう。
なのに、いつまでも満たされることはなかった。
「……ここは」
帰り道、アスナはいつの間にか『鉄血機関』に足を運んでいた。
ミリシャ村のスタンピード以降、幼少時代の思い出はここしかない。
「――わぁ、お姉ちゃんもしかして『鉄血の獅子』の冒険者の人!?」
すると修練場から、稽古中の子供たちがやってくる。
「うわぁすごい本物だ!」
「カッコいい〜!」
あっという間に群がり、アスナは戸惑う。
遅れて『鉄血機関』の人間がやってくる。
「お前たち戻らないか! 申し訳ございませんアスナ様」
「いえ、構いません」
「私もお姉ちゃんみたいに冒険者になりたいなぁ」
「……!」
「俺もアスナさんみたいな剣士になりたい!」
「僕も、ここで頑張って『鉄血の獅子』になるんだ!」
「アスナさんみたいに出世すれば、良い暮らしが出来るもんね!」
「私は……」
この時、アスナは自分で何を言ったのか覚えていない。
ここで頑張っても、グラハムに良いように使われるだけだと告げたのか。
ただ、この子たちは自分のようにはなってほしくない。
それだけは間違いなかった。
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