第76話 温泉宿で一息
※明日の土曜(11月19日)から、毎日正午に続きを更新していきます!
「すごかったなぁ……」
広い露天風呂に浸かり、疲れた身体を癒しながらマキナは言った。
演奏会の後、マキナ達は港町の温泉宿に泊まっていた。
このクフラル王国でも隠れた秘湯らしく、屋敷からも近かったので紹介してもらったのだ。
頭上には満天の星が、夜の空に敷き詰められている。
「ふぁ〜、私はもういつ死んでも悔いはないよ……!」
「アンタずっと泣いてたもんね、ここの宿の女将さんも驚いてたわよ」
仕切り壁で隔てられた隣の女湯では、アリアとステラが入浴を楽しんでいた。
「それで隣のアタシに抱き着いてくるんだから上着が鼻水でぐしゃぐしゃよ」
「本当にごめんね、もしあれだったらマー兄の服貸してもらお……?」
「え、マキナの?」
「あの普段羽織ってるのだよ、マントみたいでカッコいい奴!」
「うーん……そうする!」
「勝手に決めないでくれ」
夜空を見上げ、温泉を堪能していたマキナが物申す。
「このままじゃステラちゃん、私のせいで上に何も着ないで帰ることになっちゃうんだよ。マー兄が服を貸すだけで解決なのに〜」
「別に裸で帰らないわよ! もし何だったら水着でも着るし……てゆーか水着も着ないわよ!」
「洗濯はしたし、宿を出る頃には乾くから心配ないだろ。わざわざ俺が貸す必要なんかな――」
すると、男湯の入口が開けられた。
「ん?」
この時点でマキナは違和感を感じた。
宿の女将曰く、今日の客は自分達4人だけだと伝えられていた。
つまり、男性はマキナただ1人。
他に利用する男性はいないはずなのだ。
「湯加減はどうだ、マキナ?」
正体はベローネだった。
湯けむりの中、その裸体が月夜に照らされていた。
「――でぇ!?」
マキナは思わず声が裏返る。
「どうしたのよマキナ?」
「マー兄、何かあったの〜?」
「……何でもない。俺の服で良かったら貸す、これでいいだろ」
「やった! じゃなかった……別に着たいわけじゃないから勘違いしないでよね!」
「良かったねステラちゃん! それにしてもベローネさん遅いね〜、何してるんだろ?」
名前を呼ばれた本人は、この通り男湯にいる。
ベローネは口元に人差し指を立てた。
「迷ってるんだろ、何だかんだ広い敷地の宿だしな」
マキナは隠すことにした。
この状況を知られたらぶっ飛ばされる気がしたからだ。
「まぁいいわ、アタシらはもう上がるわね。アリア、明日朝風呂行きましょ」
「いいねぇ、マー兄も同じ時間に入ろ! ベローネさんとも入りたいなぁ〜」
女湯の入り口がガラガラッと開けられ、アリアとステラの声が遠ざかっていく。
「……行ったか?」
艶めかしい身体を露わにしながら、ベローネは女湯の気配を確かめる。
「行ったんじゃないか?」
「そうか、なら安心だな」
ベローネはそのまま洗い場でシャワーを浴び始める。
「いや待て待て、何で男湯に来てるんだ!?」
「む、何か言ったのかマキナ? 声が小さくて聞こえないぞ!?」
目を瞑りながらシャワーを続行するベローネ。
「一旦シャワー止めろ! 馬鹿なのかお前は!」
「人に対して馬鹿と言い放つのはあまり好きではないな!」
「聞こえてんじゃねぇか!」
ひとしきり身体を洗い終えたベローネ。
そのまま露天風呂に浸かり始める。
「はぁ〜、日々の疲れが溶けていくようだ、なぁマキナ?」
「今からでも女湯に行ってくれ」
「湯に浸かったばかりの私に対してあまりに酷ではないか?」
何故か当たり前のように隣にいる。
今に始まったことではないが、少しは恥じらいを覚えてほしい。
「今回のクエストも君のお陰でクリア出来たんだ。たまにはしっかり労りたいのだよ」
ベローネは身体に温泉を馴染ませる。
「何も今じゃなくてもいいだろ」
「こんな時じゃないと、君の背中を流せないからな」
「俺は頼んでない」
ベローネは近付き、無理矢理マキナを洗い場に連れていこうとする。
「ほら、観念するんだ」
「え、ちょっと、本当にどうした!? 誰か助けてぇ!」
露天風呂での攻防が始まる。
どれだけ腕を引っ張られようと、マキナは動かなかった。
「くっ、やはり手強いなマキナ……!」
マキナとベローネ、お互いに息が絶え絶えになる。
せっかくの温泉で何やってるんだ。
ようやく諦めたのか、ベローネは再び露天風呂に浸かりだす。
「ベローネ、今日のお前どうしたんだ?」
いつにも増して様子がおかしい気がする。
「何でだろうな、私にもよく分からない。ただ」
ベローネは息を落ち着かせながら言った。
「大事なんだよ、君が。君だけじゃない、アリアとステラもだ。今日のミロス様の演奏を皆で共有して理解した。私はもう、大事な人と離れたくない」
「……大事な人か」
海水浴の時に話していた、彼女の妹のことだろう。
「この先も、素敵な時間を君達と過ごして行きたい。だけど未来は誰にも分からない、幸せという物は突然離れていく。だから……今のうちに出来ることがしたかったんだ」
なるほど、それでこの露天風呂での行動か。
どうやらベローネも、あの演奏に深く影響されたらしい。
何というか……。
「すごく不器用だな」
「――なっ!?」
ベローネは頬を赤らめる。
その反応、裸を見られたときにしないと駄目だろ。
「からかうのはよせ!」
「本当のことだろ。日頃のお礼を返したくて、その日のうちに男湯に侵入して、無理矢理背中流そうとするんだぞ。もはや犯ざ――」
ばしゃあ!
「ぐえっ!?」
「それ以上は黙ってもらおう!」
マキナは顔面に湯をかけられた。
よほど恥ずかしかったのか、ベローネはそっぽを向く。
「心配してるんだろうけど、俺はいなくならないぞ。アリアもステラだってそうだ、それに」
マキナは少し間を開ける。
「俺ら4人、もう家族みたいな物だしな」
「家族……そう言ってくれるのか」
「俺には血の繋がりのある人間がいないから分かんないけどな。けど、もし家族がいるならこんな感じなのかもなって思うよ」
「我ら4人が、家族」
ベローネは夜空を見上げ、ほんの少し涙を滲ませる。
「アスナも、きっと喜んでくれるだろうか……?」
アスナ、妹の名前だろう。
「ああ、きっとベローネに幸せに過ごして欲しいと思ってる」
「もしそれなら私が君の姉だな、アリアとステラが妹だ」
「俺が弟なのか」
「私が決めた、異論は認めない」
「意志強いな」
いつもの調子に戻ったように見える。
とりあえずマキナは胸を撫で下ろした。
「嬉しいな、家族が増えるなんて思いもしなかったよ、私は……!」
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