覚醒編3
「──わかった。話さなければならない──私のことを」
そう言ってLは、
「とりあえず、死んでくれ」
微笑んで、そう言った。
◆
同時刻、ニューマナランでは兵士殺害の犯人を捜索中であった。
とはいえ、殺害された兵士がいようとその犯人に恨みはなかった。
多分、ニューマナランの住民が殺害したに違いない──つまり、殺害を理由にして色々とできる。それが狙いだった。
見つけた奴には、報酬としてその犯人をくれてやる、というものだった。
上部からすれば、ただの遊びだった。
そんなものなのだ、人間というものは。
人を傷付けてそれで満足──悪寒が奔るのは仕方がないことだった。
ニューマナランの住民は例のごとく怯え縮こまっていた。
犯人ではない住民をいたぶるのは、駄目だという命令だが……それはつまり、後のお楽しみが減るから、という理由なのだ。
「(不快だ……)」
ある少女はそう思った。
壁にヒビや小さな穴がある建物の内部に壁を背にしながら踞っていた。
痩せ細った身体、薄汚れた身体に服。口もまともに動かせないほど衰弱していた。
なんとか思考だけは回るものの、それだけでは死ぬだけだ。
その少女は、ラララの顔に瓜二つだった──それもそのはず、彼女はラララの姉なのだから。
一つ上の姉であるキュールは、ある人たちから隠れるため、この半壊した建物へ逃げ込んだ。
少し前、彼女は隣国の兵士にぶつかり、手にしていたスープを服にかけてしまったのだ。
もちろん、その兵士は怒り狂ってキュールを捕らえようとした──が、子供の体は小さいため、スルリと交わしてどうにか逃げてきたのだった。
多分、今も探しているだろう。
「(あやまったのにな)」
謝ったところで許すわけがなく、それを理由に遊んでやろうと思ったのだろう。
「(胸クソ悪い)」
言葉が汚くなったが、それはしょうがないだろう。
もう、この国に未来は、ない。
「(そういえば、ラララはどうしたんだろう?)」
確か、先に食べ物を取りに行ったはず……しかしそこで会うわけでも擦れ違うわけでもなかった。
どこかをふらついているのか──ラララは今までそんなことはなかった。
家とも呼べぬ我が家でじっとしているだけ。それが日々のやることだった。
その場にいるだけ。
いや、〝いる〟ではなく〝ある〟と言ったほうがこの状況では当てはまるだろう。
そもそも、動く筋力があまりない。少量のご飯を食べたところでたかが知れている。そのため、運動など出来るわけがなかった。この身体では、かろうじてゆっくり歩けるかなー? 程度である。
まあ、その人で状況は変わるが、大して違いはないだろう。
「はぁ……」
そりゃ、溜め息も吐きたくなるというものだ。
これはもう、ストレスで白髪になってしまうやもしれん。
そんなことを考えて──笑えもしないその顔を無理矢理歪めた。そうでもしなければ、挫けそうになるからだ。
この国から出る。
彼女は、家族全員でこの国を出て、平穏に暮らしたいと願っている。
叶えられないかもしれないけど、それでも、抗い続ければ、いつかは──そんな淡い希望を胸に秘めているのだ。
ならばこそ、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「(うごけ!)」
ひとつの場所にいては、見つかる可能性か高い。大して隠れる場所がないのだ。見たところ半壊した建物しかないが、だからこそ探しやすい。いちいちドアを開けて隅々まで探すより、半壊した建物を探したほうが見つかりやすいのは当然。視界が広いか狭いか、その違いだ。
スラム街に行けば見つからないかもしれないが、体力が、いや、そもそも身体が持つかどうか。
ひとつ逃げられる可能性のある方法を持ってはいるが、それも長くは持たない。ここぞというときに使わなければならないため、判断を誤れば、捕まる可能性のほうが高くなるし、また捕まった際に抵抗も出来なくなる。
精々二回が限度。時間にして30秒も持たない。2倍して60秒。
二回目はないと思ったほうがいいだろう。ならば、一回目をどのタイミングで使うか。見極めなければならない。
体調の面も考えて、使った後は疲労がものすごいだろう。30秒以内に逃げ切り、隠れる場所を見つけて隠れる。これがベストだ。
キュールは耳を澄ませる。
いつでも逃げられるように、周囲に気を巡らせる。
特にこれとっておかしな音は──いや、足音がひとつ、ふたつ。
『──ここらにいりゃあ、いいんだがなぁ』
『そんな甘くはねえだろ』
『いやいや、こういうのは、良い未来を思い描くんだほうがいいんだぜ? 何かでそう言ってたな』
『誰がだ』
『知らん。──オレじゃね?』
『おまえ……さては、バカだろ』
『はっ! 何を言ってるんだ、お前は。──当たり前だろ?』
『開き直るな』
そんな会話を彼らはしていた。
きっと、軍人だ。『ここらにいりゃあ』というのは、キュールのことだろう。『キュールがここら辺にいれば』ということだ。
声の主二人組の男は、玄関であろう入り口の前にいるようすで、自分を探しているのだと確信したキュールは、別の場所から出ることにした。
「──っ」
息を殺し、音を立てず、慎重に動く。少しでも音を立ててしまえば、こちらが不利になる。猫か何かだろうと思ってくれればいいが、それでも猫を見たいと思えば覗いてくるだろうし、人間というのは起きたことの原因を知りたくなる生き物なので、猫が見たいという理由でなくとも、この建物内を覗く、あるいは足を踏み入れる可能性は十分あった。
心臓の鼓動ばかりが聴こえてくる。
うるさい。
こんなにもうるさくてはどうにかなってしまいそうだ。
音を立ててはいけないというプレッシャーで心臓が押し潰されそうになりながらも、着実に目的の出入口に近付いていた。
さあさあ、あと少し──そして、ドアノブに手をかけた!
きゅいっと小さな音が出たが、外の二人に聴こえるほどのものではなく、安心した彼女は、一息にドアを開けた──
がごんっっ!!!
「ドアが、開かない!?」
思わず声に出してしまったことにはっとする。
ミスをしてしまった。
『おい、声が聞こえたぞ』
『ババアの言った通りだったなぁ』
外からあの二人の声が聞こえてきた。
「(やばい、やばい!)」
何度もノブを回すが、どうしてもそのドアは開かず、彼女と外界とを遮る壁となってしまった。筋力がないからなのか立て付けが悪かったり壊れたりしているのかはわからないが、このドアからは出られない。
手段として窓から出る方法があるが、運悪くこの建物には窓はなく、出入口と言えば、玄関と裏口しなかった。
「最悪だっ、くそがっ!!」
口が悪くなるのは仕方がなかった。その声は、枯れていて
遊ばれるくらいならば死んだ方がマシか……などと考えてしまうのも仕方がない。
壁に背をつけて、ずるりと壁に沿って地面に座る。
膝を抱え、丸くなる。
男二人がドアを開けた音が聞こえた。
ここで終いだ。
寿命が短いと言われているニューマナランの人々だが、こういうことがあればそうなるのも当然だ。
まだ成人していない未成熟な精神、身体。
未完成である器を早くにして失うという恐怖。
冷や汗が堪らず溢れ出てくる。
息をするのも命懸け。出来る限り音を出さずに吐いて吸う。ひとつでも咳き込めば、それで終いだ。
緊迫した中で思い浮かべるのは、勿論家族だ。特に妹のラララが心配だった。何をしているのかは知らない。誰かと話しているのかもしれないし、どこかでご飯を食べているのかもしれない。出歩くなと言われているわけでもないので、不思議ではないが、とはいえ、戻ってこなかった妹を心配しない姉などいない。
「助けて……」
結局、命乞い。ああ、なんて無様な姿。晒し者にされるのか──と。そう諦めたときだった。
ものすごい音が空気を震わした。
土煙が舞い、こほこほと咳き込む。
壁が崩れたのか──
「脆いな」
──いや、壊れたのだ。この男の手によって。
「あぁ、女か。それも子供……兵隊……なるほど、理解した」
その声に、身を震わすキュール。
「まあ、落ち着け」
言って、キュールに触れ、持ち上げた。
「い、いやっ──んんつ!?」
「ばっか、声出すんじゃねえよ。終われてんだろ、おまえ。おとなしくしてりゃぁ、安全なとこに連れてってやるから」
「んんん?」
「いや、何て言ってるかわかんねえけど」
まあ、じっとしてろ。
その声は、キュールに安心感を齎した。
「お、おい! 貴様、何者だ」
──詰んだ。キュールはそう思った。
◆
ところ変わって。
Lがラララに死んでと言ってから数時間。ラララは目を覚ました。
「……」
記憶ははっきりしていて、なぜ眠っていたのかも理解していた。
眠っていたラララはわからないが、数時間も経過していて、もう夕方になろうかという時間になっている。
数時間前、Lはラララを殺した。そして、生き返らない筈のラララは、こうして生き返った。
どういうことだ、と。彼女は思っているに違いない。彼女はもう、生き返ることができないのだから。
「起きたか、てるか。──いや、ラララ」
その声は、知っているものだった。
先程、ラララを殺したLである。
「まあ、待て。言いたいことはわかる」
だが、待て、と。彼女はそう言った。
ラララは何も喋らず、口を閉ざしていた。──いや、違う。ラララは喋らないのではなく、喋れないのだ。自分の意思とは関係なく。
「おまえは、前世の記憶を取り戻した。それは私としては好都合で、うれしい限りだが、この世界にとっては少々邪魔なまものなのだ。いや、だった、と言うべきか」
L曰く、
記憶を取り戻す前のラララ(輝日)でいた場合、転生という事実だけが世界に記録される。しかし、記憶を取り戻したラララ(輝日)となれば、プラスで前世七つの記憶が不自然に事実として世界に記録されることになる。転生などそう珍しいものではないし、また、転生という事実が記録されたとしても、それが害あるものなのか詳しいことまでは記録されない。しかし、そこに前世七つ分の記憶がプラスされれば話は別だ。記憶というものは、ひとつのネットワーク集合体の中に共有フォルダとして存在している。通常、共有フォルダでも他人の記憶情報を見ることはできないが、ある特定条件下ではそれが可能になる。正夢は簡単に言えばその一種だ。人間には、未来の可能性を選択する力を保有している。それはつまり、時間が一方通行であることを示していて、それを遡ることはできないが、俯瞰するようにして未来を見通せるのである。正夢というものは、他人が自分を俯瞰しているときの視覚情報を共有フォルダから共有した状態のことをいう。さて、件のこの世界の神だが、ネットワーク集合体にまで権限があるわけではない。創造神であっても創造神以外が作り出したものには扱う権限がない。それも当然で、自分のものではないのだから顕威領域不可侵システムというその世界自身が発する防御プログラムによって阻まれる。そう、生物に関する全ての事柄は、その世界の顕威領域下にあるのだ。世界の力の方が強いため、神とて不可侵システムを破壊することは事実上無理で、逆に言えば、世界の力が弱まればシステムを破壊することは可能ということだ。今現在、世界は件の神によって支配されている状態で、全ての情報を知ることは出来ないが、ある程度の情報を知ることか出来れば上々だ。七つの記憶という情報をも知ることが出来る神の目から反らすことが出来る方法──それが、ラララ、いや、輝日を殺すということだった。ラララの中にある輝日を殺し、記憶を保有したまま完全なラララにさせれば、共有フォルダから何かしらの方法で共有出来たという事実になるので、神が訝しむ情報ではなくなる……筈である。
「俺から輝日を切り離す……なるほど、この身体には、ラララと輝日の二つの魂が入っていたんだな?」
そういうことだ、とLは頷いた。
それで納得がいった。
本来、ひとつの肉体にひとつの魂しか入ることは出来ない。〝発生した〟というならば問題はないが、〝入った〟となれば話は別だ。転生というものは、ひとつの肉体に二つの魂が入った状態。しかし、前世の記憶を思い出すと共に二つの魂はひとつへ混ざり、ひとつの新しい魂へとなる。それがラララ(輝日)にはなかったのだ。
「転生は、神からすればあまり好ましくないんだ」
「アニメとかだと神が転生させるってのはよくある話だが……まあ、現実と二次元をごちゃまぜにするのはどうかと思うが」
「いや、それは実際にある」
転生させるのは何故か。それは、世界のエネルギーバランスを保つためである。
E.A.エネルギーと呼ばれる地球活動に必要不可欠なエネルギーがここ近年、枯渇してきているという。理由は、生命の増殖。E.A.エネルギーは〝生〟を誕生させる度に減り、〝生〟が滅亡する度に増える。現在、この世界の生命は増加傾向にあるらしく、そのため、使うエネルギーも増える。結果として、E.A.エネルギーは枯渇した、と思われている。E.A.エネルギーは循環型エネルギーである。生命が誕生し、生命が滅亡し、また生命が誕生し、生命が滅亡する……このサイクリングを行っている。しかし、長寿者が増えたために、この循環が崩れてしまったのだ。異世界であるこの世界は、勿論のこと魔物もいるし、魔族もいる。魔物を討伐して金にする冒険者、人種別戦闘、戦争が起こるのは当たり前で、そう考えると、循環しないわけがないと思ってしまう。
「死者よりも生きているやつのほうが多いのか?」
「それはそうだろう。死者のほうが多い状況は、つまり、世界の終わりに近付いていると同じことだ」
「じゃあ、何でだ?」
それ以外に何があるというのか。
おまえはわからなくて当然だな、とLは言い、
「聖と魔の均衡が崩れてきているからだ」
聖と魔。
簡単に言うと、人間やエルフなどの人外が聖、魔物や魔族などの魔王側が魔である。
「魔の陣営が聖の陣営の私たちを殺しまくっている、ということだ」
さっき知ったんだがな、とLは言う。
「先ほど、GCSへ行ってきたが、何も変化はなかった。やはり、変わったのはこの世界だけのようだ。まあ、おまえには関係はないが……歪みが生じていた」
「ああ、GCSの歪みのせいでレイラミルさんが別世界へとばされて殺戮したって言っていたが、その歪みか?」
「そうだと思う。しかし、すぐに閉じてしまったからな、調べることはできなかったが、多分、この世界と繋がっていたのだろう」
まあ、それはどうでもいい、と自分から話しておいてなんだそりゃと言ったラララをスルーして、Lは話をする。
「GCSは、世界を記録する機能を持っている。神すら侵入できないGCSは、まあ安全地帯と言えるだろう。何故世界を記録できるのかは、私にもわからない。突然現れたそれを知るものなど、この世界にいるのか──知っているのは、いや、知っていたのは、私たちの神様なのかもしれない」
ひとつ、と。
確かなことがあると彼女は言う。
「GCSは、私たちの味方をしてくれる」
◆
「お、おい! 貴様、何者だ」
軍服を着た金髪の男が、対面する男に問うた。
その男は、金髪の男よりも遥かに体格はよく、外套とを着ているためか、威圧が凄かった。とはいえ、金髪の男は軍人である。威圧を纏う相手と対面することには慣れていた。
「おい、ディッセン、そっちにいたか?」
顔を覗かせたのは、茶髪の男。ディッセンと呼ばれた金髪の男は振り向くと、
「いんや、男がいただけだ。……なぁ、おっさん」
おっさんではない……と外套の男は思ったが、口にはしない。
「ここに女はいなかったか?」
「女、か。大人か? 子供か?」
「えっと、子供だったよな?」
茶髪の男に確認した。頷いた彼を見て、
「子供だってさ」
「さあな。ここに来たときには誰もいなかったが。ああ、壁が壊されてたな、ほらこれ」
後ろの壁を指す。
「ありゃ、マジか。捕まえられると思ったのになー」
ちょっと棒読みなのはどういうことか。
「何かあったのか?」
「いやね、うちの同僚がそいつに殺されてね」
「ほぅ……あぁ、植民地になってるからな、隣国の兵士か」
「おう、そうだぜ。しっかし、あんた、なんでここに来たんだ? ニューマナランなんて、植民地になる前から酷い有様だったんだぜ? 観光、というわけでもなさそうだが」
いや、なに。と、男は言う。知人に会いに来たんだ。
「知人か? へー……じゃあよ、その知人に会わせてやるから──ついでに連れてっていいからよ──隠してる女、よこせ」
女とはつまり、キュールのことである。
外套の中に隠れているキュールは、恐怖に怯え、男にしがみついていた。
ああ、もう終わりだ。そんな考えが思考を埋め尽くしていた。
「……っち、気付いていたのか」
「逆に聞くが、気付かないとでも思ったのか?」
「会話に気を付けたんだがな」
そう言って、男は一歩後ろへ下がった。
「動くな」
茶髪の男──アルバートは拳銃を片手に、その銃口を男に向けた。この距離で銃弾は避けられまいと考えた結果だろう。まあ、もし男が銃弾をも弾く武具を装備していたのならば別だが、彼にはキュールがいたため、隙になると考えた。
チッ、と舌打ちをして男は、
「……嫌だと言ったら?」
「お前を殺す」
物騒だな、と男は呟き、
「さっき言っていたこととは随分違うようだが」
「う、うるせえ!! とっとと渡しやがれ!」
「はっ、理由もなく渡せるかよ」
「理由? さっき言ったろ? 同僚を殺されたってよぉ」
ああ、そんなこと言ってたっけなぁ、と頬を掻く。
「そんな嘘、通じるとでも思ったか。兵士が小娘一人にそう容易く殺されるものなのか?」
「どういうことだ? オレが嘘をついているとでも思っているのか!?」
そりゃ当たり前だろう、と男は息を吐いた。
「ならば、お前たち兵士は子供に殺されるほど柔なんだな」
「おい、貴様。口を閉じろ」
アルバートは、銃弾を男の足下に射った。乾いた音と、砕けるコンクリートの音が部屋中を響き渡る。
男はそれに動じず、アルバートは舌打ちをした。
「今度は射つ」
「できるなら、やってみろ」
男は挑発する。
「お前、人を射ったことないだろ?」
男の言葉に、アルバートは顔を歪ませた。拳を固く握り、そのせいかカチャカチャと音をたてる拳銃。歯を食いしばって、よく見ると震えているように体が動いている。
図星と言わんばかりの態度に、男は鼻で笑った。
「軍人だろうがなんだろうが知らんが、人を殺すことのできないお前は、この世界では生きていけんだろうよ。この外なら、まあ、わからないが、この壁の中は、もう終わっている」
遠い目をして、彼は言った。
「お、おい、アルバート。どうするよ?」
ディッセンは目だけでアルバートを見て返答を待つ。が、返事は返ってこない。
「お前、ああ、ディッセンって言ったか? お前はそもそも武器自体持ってないな」
「な、なんでわかる」
「おー、そう言うってことは、持ってないんだな? いや、だってよ、武器仕込んでたら、どこかしらが膨らむだろうが」
その膨らみがないんだ、と彼は言った。
ディッセンたちが着ている軍服は普通の衣服と同じ厚さで、その中に防弾チョッキを着ているにすぎず、どこに拳銃を携帯してようが軍服はそこの部分だけ膨らむ。例えば、手が義手で銃に変形するならそれがない──が、ニューマナランとハンズ三国連合国の保有する技術ではそれは不可能だろう。
「ハンズ三国連合国は、ニューマナランには勝ったものの、小国が集まった連合に過ぎない。他の大国に比べて技術の進歩がない国だ。いつ侵略されるやら」
ま、関係ないけど。と男は言った。
「んじゃまあ、俺はここいらで退却したいんだが、いいか?」
いい加減この国から出たいんだけど。男は踵を返す。
「待て」
制止の声がかかる。アルバートだ。
彼は拳銃を構え、目を鋭くしている。
「撃てるのか?」
挑発するように、男は言う。
「ああ、できるっ──!!」
ぱ────ん!!と銃声が響く。
弾は男に吸い込まれ、着弾した──
◆
──ああ、愛しの我が弟よ。君は、どこにいるのか。
一人の少女が、歌うように言った。
白い、所々金の装飾のされたドレス。
バルコニーで夜空を見上げながら、彼女は歌った。
──会いたい。会いたいの、君を抱き締めて、抱き締めて。ああ、早く私の元へ来て。
その願いは、果たして叶うのか。
記憶を取り戻した少女は、愛しの弟を見つけるべく、彼女が最も信頼をおく人たちに捜索命令を出した。
弟の名は、輝日と言った。