覚醒編2
着いた場所は、大きな部屋だった。
ベッドがあることから、寝室であることがわかる。
部屋の中央には、テーブルと椅子二脚があった。その上には、二つのティーカップが。
「つい先程まで使っていたとしか思えないわね……」
ティーカップの中には紅茶らしき茶色い液体が少し入っていた。
埃がかぶっているのはもちろん、クモの巣は張り、空気も汚れている。そこに目を瞑れば、先程まで使っていたと言っても不思議ではなかった。
「……? あれは……」
見つけたのは偶然だった。例の少女はここにはいないとわかったので部屋を離れようとしたとき。
壁に固定されている棚が少しずれているように思えたのだ。
気になったラララは、棚のもとへ行き、それを見た。
壁に僅かに隙間ができていたのだ。
ラララは閃き、棚を力一杯左へスライドさせた。するとどうだろう。棚が動き、壁に高さ二メートル程の入り口が現れたではないか。
ぱっ! と電気が点き、下へと向かう階段があることがわかった。
躊躇わず、足を踏み入れる。
ひんやりとした空気が薄い服の上から肌を舐め回し、通りすぎていく。かこん、かこん、と靴の音が響き、少しだけ怖さが治まった。暗くはないが、自分しかいないこの場所にまだ年端もいかない少女が一人でいるのだ。よほどホラーに強い人ならともかく、ホラーの苦手な彼女は恐怖があった。
とはいえ、立ち止まるわけにもいかないこの現状、無理矢理足を動かして進む。
それほど降りてはいないだろう──階段の終わりが見えてきた。
最後一段を降りると、一メートル先に扉があった。普通のサイズの扉。だが、扉は鉄か何かでできているようで、重いことがわかる。
試しに触れてみる。
ひんやりと冷たい。それだけで、何の反応もなかった。
「鍵穴も暗証コード打つのないし、のぶもない」
どう開ければいいのか──と、勝手に扉が開き始めた。ギギギ、と音を立てて、扉は開く。
ガゴン! と最後に音を鳴らすと、それっきり動かなくなった。
入れと言っているのだろうか。
ラララはその部屋に足を踏み入れた。
「るほっ」
変な声が出たのは仕方がなかった。なにせ、たくさんの人形が吊るされていたからだ。しかも、女性型の。
不気味だな、と思った。何体もの──にー、しー、ろー……20体以上はある。
「あの老人の趣味か、これは」
人形、というかただ形だけの不気味な人形だった。
髪の毛も目も服もなく、それが吊るされている。
先程の変な声は、恐怖からのものだろう。不気味すぎる。電気が点いているのが幸いした。
そして、目が行くのは、人一人入れる程の白いカプセル。上部は透明な素材で覆われ、その人の顔が見えた。
美しい少女だった。
二十歳かそれ以下か。
白い髪の毛が特徴の、どこか人間味がない少女。
老人が言っていた少女とは、この人のことを言っていたのだろう。
ああ、確かに、魅了されてしまう。折れそうなほど細い身体は、出るところは出ているし、肌は白い。
開口ボタンを押し、覆われていた部分を開ける。すー、とスライドし、彼女がラララと同じ空気に触れた。
「……」
ラララは、いつの間にか少女の頬に触れていた。
温かい。
温もりがあった。
心臓が止まっていると老人は言っていたが……なるほど、確かに止まっている。だが、それ以外は何も変わらなかった。
「……」
桜色をした唇。そこへつい視線がいってしまう。ラララの頬は仄かに赤く染まり、彼女から目線を話すことができなくなっていた。
なんだこれは。ラララはそう思い目線を反らす──だが、どうしても彼女を見たいという感情がその動きを止めてしまう。
ついには、自分の顔を少女の顔に近づけていた。
はっとして後ろへ下がった。
わたしは今なにをしようとしていたのか。まさか、まさか。
まさかまさかだった。これを恋と呼ぶのかは、ラララは知らない。女性同士の恋。特別おかしな話ではない。現に同性愛を認める法律がある国があるし、全体で見れば少ないものの、ニューマナランにもいるのだ。
ラララは、自身の唇に軽く触れた。
そして、少女に近づく。
もうこの際だから、口づけでもしようかな──とラララは思った。
気になるのだ、気になるのだ。口づけというものがどういうものなのかということが。気になって気になって仕方がない。
生きているのか死んでいるのかわからない少女の唇をロックオン。頭を一撫でして、口づけをする──迫る。顔が迫り、唇も迫る。もう触れそうだ──と、ぱっ! と少女の目が開いた。
「──っ!?」
声も出ない悲鳴をあげて、下がろうとするが、少女の手がラララの頭をガッチリと挟み、動かなくさせた。
少女の唇が動く。
「……おまえ、私になにをしようとしていた? ……いや、そうか、なるほど……ようやくきたか」
そう一人言を呟いて、
「──んちゅっ」
唇を重ねてきた。
ラララの脳内が白く染まる。
なんだこれは。柔らかい唇、ほんのりと甘い味。
そして、彼女を襲った──ある記憶が。
「──んんっ!?」
動かずじっとしているラララは、その懐かしいような記憶を覗いた。
それがなんなのか、今のラララにはわからなかったが──やがて意識が遠退いていく。何かに捕まるかのようにその意識は現実から遠く離れた場所へ連れ去られた──。
◆
西暦2087年6月20日。第三次世界大戦が勃発。
仕掛けたのは言うまでもなく、北朝鮮。
まずは、アメリカへ核ミサイルを一機発射。グライザー002と名付けられたそのミサイルは、ニューヨークへ墜落。半径約50キロメートルもの被害を受けた。
首都ニューヨークを失ってはさすがのアメリカも機能しない──と思ったら大間違い。アメリカは北朝鮮にミサイルを発射。また、戦闘機、戦艦を進軍させ、反撃に出た。
WHOは加盟国に対し、こちらの陣営に加わることを要請した。
このとき、どの国も北朝鮮の軍事力を侮っていた。
衛星による砲撃。
パンデモニウムと名付けられたその衛星は、高熱収束砲・ガレージオを放つ兵器だった。
各国は、独自に自営行動をとるのに精一杯で、北朝鮮に攻め込むなど不可能だった。
『ニュースです。アメリカのオリマン大統領が昨日午後10時頃、殺害されました──』
今日の朝は、目覚めが悪かった。
いや、今日も、と言うべきか。
寝癖を右手で確認しながら、欠伸をする。
まったく、このご時世、ぐっすり眠れやしない。
第三次世界大戦。それは、俺たち日本人にも影響を及ぼしていた。
現在、物資の輸出入は止まり、経済も回らなくなってきていた。飢えこそないものの、物価は高くなり、もうそろっと日本へも攻撃が来るだろう。
どれもこれも北朝鮮のせい──俺の、俺たちの日常は、あの腐った国に壊された。
別に国民まで腐っているとは言わない。国のトップが腐っているのだ。
多分この戦争は、人類滅亡に繋がるのかもしれない。
とはいえ、いつものように過ごすのは変わりなかった。
朝起きる。飯を食う。学校へ行く。家に帰る。飯を食う。夜寝る。
平日はこの繰り返し。
休日は学校へは行かず、適当にだらだらと過ごす。
「てるかー? ご飯はまだか?」
そんな声が、テレビ前のソファーから聞こえた。
「起きるのが早すぎるんだ、お前は。何時だと思っている」
「5時半だが、それがどうしたというんだ」
「……今日は休みだ。にもかかわらず、なぜ俺はお前の飯作りのために早く起きなきゃならんのだ」
「めんどうだからな」
「そこは嫌でも『お前のご飯が美味しいから』とか言えよ」
「それもある」
「あるんだな!? どうした、お前!? 素直にそう言うなんて!」
槍の雨でも降るのではないだろうか。そう思っていると、「なんだ、文句でもあるのか?」と言ってきた。圧があったぞ、今の。
「いやぁ、何作ろうかと思ってただけさぁ~」
少し語尾がおかしくなった気がしたが、まあいい。
今日はパンにしよう。明日にしようかと思っていたが、パンが食べたくなったのだからしょうがない。
トースターでパンを──
「パンにしようかと思うんだが、焼くかー?」
「焼く」
その一言を言って、テレビに集中する。
俺はパンをトースターに入れ、手早くサラダを作りつつ、目玉焼きを焼く。
レタスをちぎり、きゅうりを切り、パプリカを切って、盛り付け、最後にシーチキンをのせればサラダの完成。レタスをちぎってから水っ気を落とす間に目玉焼きを作った。そうすると、ちょうどよくパンが焼け、それらを盛り付ければ完成。スープでも作ろうかと思ったが、まあいいか。めんどいし。
「できたぞ」
一言声をかければ、彼女はテレビを消してリビングへやって来た。
「あれ、マーガリンはないのか?」
「なかった。いつ使いきったのかわからんが……今日買い物行くし、そのときに買ってくるかな」
「そうしてくれ。マーガリンがなければ、パンは始まらない」
なに、『パンは始まらない』って。たまに意味わからないこと言うよな、こいつ。
L。それがこいつの名前である。わけあって──というか、勝手に住み着いている白髪の少女だ。
年齢不詳。と言っても、外見からして俺と同じか然程変わらない年齢だろう。
同年代なのだとしたら、学校はどうしたのだろうか。まあ、中卒で働いている人もいるが、こいつは働いてすらいない。
働かざる者食うべからず、という言葉があるが、そう言ったら、「お前もな」と返り討ちにあった。
「そうだ、買い物がてら昼外で食べよう」
「お、外食か? 炒飯が食べたい」
「自分で作れ」
「お店のほうが美味しいだろう?」
などと会話を交わす。
いつもと変わらない光景。
後に何が起こるのか、このときの俺には知るよしもなかった。
「お、おい……へんじ、してくれよ……」
アスファルトの上に倒れている少女に声をかけた。
倉麻あすみ。俺の幼馴染みである。
彼女は血塗れの身体でそこにいた。
ぐったりと身を投げ出し、あまりにも無惨な姿をしていた。
辺りは戦禍のように、建物は崩れ、地面はひび割れ崩れていた。
見れば、人が倒れていることがわかる。
炎は空高く燃え盛り、爆発する。
「……おいってば……聞こえてんなら、へんじ、しやがれ。なあ、あすみ!」
揺すって声を立てても返事がない。
──いや、今、微かに何かを言ったような……。
「──ηχА───」
「な、なんだ!?」
「──あ……」
耳を彼女の口もとへ近づけた。
「……あ、りあ……と……」
「ありがとう」彼女は確かにそう言った。
ありがとう、だと? 俺になぜ礼を言ったんだ。
彼女は、息絶えていた。
さもあっさりと。あすみは、この世からいなくなった。
・・・・・・・・・
・・・・・・
・・・
「無様だな、少年」
辺りは既に荒れ果て、人影も見えなくなっていた。
雨が降るそんな中、あすみを抱えてその場に座る輝日。ずぶ濡れになるのも構わずにじっと動かずただ涙を流すのみ。
彼の背後には、白髪の少女が黒と白であつらわれた着物を着て立っていた。
「……L、か。何の用だ」
「用がなければ来てはいけないのか?」
まったく、と呆れた様子で言った。
「見ぬと思ったら、こんなところで無様な姿に成り果ておって。何をしている、馬鹿が」
「お前は、こいつが目に入らないのか」
こいつ、が指しているのはもちろんあすみだ。
「嫌でも目にはいる。しかし、おまえ、いつまでもここにいたところで何がが変わるわけがない──わかっているだろう?」
ザザーと雨が地面に叩きつけられるのを耳で聞きながら、「そうだな」と呟いた。
「だがな、俺はもう、生きる意味を失った。あすみが死んだ今、この時さえ生きている資格がない。他のやつらも多分死んだはずだ。俺は運が悪いが──だからこそ、こういうときに運ってのは良いほうへと行く。何を言いたいかわかるだろう? ──辛いんだよ、俺だけ生きていかなきゃならんってことが」
ザザーと雨の音。
次第にそれは弱まっていき、ついに雨はやんでいた。
ぽつん、と落ちる雨水が今度は聞こえてくる。
「──戦争はまだ終わってはいない」
「第三次世界大戦が終わり──第四次世界大戦へと向かうか」
短期戦で終戦を迎えた第三次世界大戦は、次の戦争へと変わる。そういう未来が確定された。
「少年。もし、このくそったれな世界を救うことができるとしたら──その力がてるか、おまえにあるのだとしたら、どうする?」
その言葉に、輝日は顔を上げた。
「──冗談は寝てから言え」
「寝言は寝てから言え、の間違いじゃないか?」
「おまえは、死なせない」
「私が、おまえを死なせない」
「死なせたくないんだ」
「1ヶ月という短い時間だったが、そう思えたのはてるかだけだ」
「ならばこそ、おまえの願いを叶えよう」
「言え、てるか」
「おまえの願いを」
「おまえは、柔な男ではないだろう?」
戦闘機が上空を猛スピードで飛び去っていく。
ゴゴゴと地響きのような重低音を身に感じながら、「いいだろう」と輝日は言う。
あすみを優しく地面に寝かせ、ふっと笑って、立ち上がる。
「俺の願いを言おう。それが可能ならば、お前のために生きてやろう」
「ならば、言え。その願いを」
「俺の願いは──」
◆
「──あすみを、救うこと……」
呟いて、はっと目を開けた。
「な、なにを言った、俺は……?」
自分が何を言ったのかが理解できなかった。
頬に手をやると、濡れているのがわかる。
──泣いていた、のか。
ラララは仰向けに寝ていた身体を起こす。
次の瞬間、ピキィン!! と一瞬だが頭痛が襲ってきた。反射的に頭に手をやり、顔を歪ます。
「……これは。……そうか、そういうことなんだな」
ラララは、フッと笑った。すべてを知った彼女は、どういう顔をすればいいのかわからなかったのだろう──だから、笑った。笑うしかなかった。
『──笑えばいいと思うよ?』
懐かしい声が彼女の耳に聞こえた──気がした。
「思い出したか、てるか」
ふと声がしたほうを向くと、白髪の全裸少女がいた。
手には服を持っていて、多分彼女のものなのだろう。
「ああ、思い出したさ、L」
「それはよかった」
いや、よくねえよ。と彼女は言う。
「この力、8回までと言っていたな。ということは、俺はもう転生できないということになるわけだが」
「ふふ。そうだ、そういうことだよ、少年」
「少年言うな。……しかし、にわかに信じられん。俺が転生だと? はっ、記憶は戻ったとはいえ、違和感しかない」
「なれるまでしばし時間が必要か」
慣れたくねえよ。彼女はそう言った。
「説明してくれるんだよな、当然」
「あたりまえだ。何のためにカースを与えたと思っているんだ」
「いやさ、その前にだ、服着れよ。裸のままでいるつもりか?」
「変態だな、お前は」
「お前だけには言われたくない。一応、男だったんだぞ、俺」
「ふふ。今はかわいいかわいい女の子だがな。まあ、お前なら見せても構わんからな」
「それを変態と呼ぶ」
「好きに呼べ」
「じゃあ、変態」
「それでは私の名前が変態という風に聞こえる」
「そのつもりで言った」
久々の会話。懐かしいその声を耳で聞き、脳内に止めながら、話をする。一つひとつ言葉を喉から絞りだし、その時は過ぎて行く。
彼女たちはひとつ前の部屋、つまり寝室へと戻り、テーブルを挟んで椅子に座っていた。
どこから話せばいいのか……と考え込むような仕草をして、
「おまえが死んでからの話をしようか」
そう言ってLは話をし始めた。
「と言っても、私もよくわからないんだ」
「なんでだ?」
というか、話せねえんじゃねえか。とラララは言った。「聞け」とLは言って話をする。ひらひらと手を振って、わかりましたとラララは言った。
「そうだな。まず、おまえと私が契約したことを覚えているか?」
「ああ。死ぬ前のことは多分思い出したんじゃないか?」
「そのときあまりにも時間がなかったから、〝カース〟について何も話していない」
「〝カース〟? 呪い、ということか?」
「そうだ。私がおまえに与えた能力をカースと呼ぶ。〝転生のカース〟がおまえが持っていたカースだ」
「名前だけは聞いたな。転生のなんちゃらだ~とかなんとか」
「カースとは、つまり呪い。一生離れることのない呪われた力なんだ」
少しだけ──いや、結構長くなるが……、と前置きして話始めた。
カース。それはいつ現れたのかはわからないが、どうやら地球にもとからあったものではないらしい。
──アステカ=ヴィ=レイラミル。
「彼女は、カースの生みの親」
「生みの親? カースは地球にはなかったんじゃないのか? 宇宙のどっかから来たって……」
「彼女は、地球人ではない。そして、宇宙から来たのでもない。GCSと呼ばれる世界に忽然と顕現した負の集合体なんだ」
GCS。そこは、生物の負の生命意識が集まる世界である。
デリアスと呼ばれる神よりも遥か上に立つ存在の生命結晶を中心に広がっている。
そこに生れたアステカ=ヴィ=レイラミルは、生まれた直後に負の生命意識から呪いを受けてしまう。その呪いとは、
「──死ぬまで世界を滅ぼすというものだった。
世界、と言ってもどの世界のことを言っているのかわからなかったようだが、ある時、空間が歪み、別世界と繋がってしまった」
彼女は何者かの意思によって空間の歪みに吸い込まれ、気付くと見知らぬ世界の上空に身を投げ出していた。
その世界で彼女は、殺戮を始めた。存在する生命体すべてを蹂躙尽くした。そして、世界を滅ぼした。
このとき、なんとか意識の一部をもとに戻すことに成功し、彼女はGCSシステムを使って呪いを〝カース〟という能力に変換した。呪いを無数のカースとすることで、彼女が受けている呪いを軽減させたのだ。これにより、呪いによって世界を蹂躙することはなくなったが、とはいえ、その呪いを彼女は嘗めていた。よもや、自身もカースを保有することになるとは、思いもしなかっただろう。
不老不死のカース。後にアステカの姫となる彼女が持つそれは、孤独へと導く身に余る力だった。
「つまり、カースというものは、初代アステカの姫であるレイラミルさんが受けた呪いの一部、ということか」
「ああ、その解釈でいい」
カースは互いに互いを求め合う。幾つに別れたか知らぬそれがひとつになれば、レイラミルの呪いは復活し、
「──世界は、滅びるだろう」
ぽつん。と水が落ちる音が聞こえた──気がした。
「なにを言えばいいのかわからんが、そうだな、俺はどうすればいいんだ?」
「ふふ。おまえ、自分の目的も忘れたのか。哀れな脳だな。カラスにでも貪り喰われればいいのに」
しれっと酷いことを言った彼女をスルーして、ラララは喋る。
「忘れちゃいねえさ。あいつを救う。それが俺の目的だ。だがよ、あいつはもう死んでんだぜ?」
そう言えばLは、はっと鼻で笑った。
「何を馬鹿なことを言っている、阿呆が」
「阿呆言うな!」という言葉はスルーして、「阿呆だ、おまえは」って、スルーしてないんかいっ!!
「この世界は、一度滅びているんだ」
まだこの世界が地球と呼ばれていた頃、戦争によって人類は存亡の危機に陥っていた──が、実際は戦争によってそうなったわけではなく、ある存在によって仕向けられたものだった。
ヒュリエリ。追放された異界の神。そいつが、仲間を引き連れて地球を滅ぼし、自身が頂点に立つ世界を創ろうとした。
それが、この世界。
一番危険であろう国にヒュリエリの力の一部を分け与え、駒にした。それが第三次世界大戦なのだ。
「どんな力を与えたかは知らないが、それは最悪なものだったに違いない」
元々地球にいた神、創造神は戦争が終わると姿を消した。これはもう創造神はヒュリエリによって殺されたとしか思えない。
創造神がいれば、多分この事態を収拾することができただろう。神には、人界に手を出してはいけないという掟がある。それは、どの世界でも同じ。つまり、ヒュリエリはその掟を破ったということになる。その掟を破った神を罰することができるのは、その世界の神だけ。
ヒュリエリは、創造神を消すことで、罰されぬようにしたのだ。
希望は、創造神。
しかし、その創造神は消されてしまった。
──ただひとつ、希望があるとするならば──
「幼馴染みが助けられると断言できる理由──それは、一度世界は滅んでいると言ったのを覚えているか?」
ラララはこくりと頷いた。
そこからは、Lの独壇場だった。
「正確に言うと、戦争によって世界が滅んだのではなく、ある誰かの手によって、その事実はなかったという事実がつくられたんだ
「つまり、創造神の仕業──
「──そう、創造神の仕業なんだ。
「私は事前にそう聞かされていた。だから驚きもしなかったし、そんなことできるはずがないとも思わなかった。
「記憶の保持。
「どうやら私の知り合いだけ記憶を保持できるようにしてくれるようで、それは願ってもないことだった。
「ただ、一度輪廻の輪を潜れば記憶を保持していたとしても記憶が戻るかというとそうではないらしい。
「輪廻転生をするということは、別の人格へと上書きれるということだ。
「消去ではなく、上書き。
「そこが甘いところで、私たちにとっては重要だった
「カース保有者には、カースの能力は干渉できない。しかし、神の能力ともなれば、私とて影響を受ける。
「その事実はなかったという事実をつくる──
「それはつまり、私の知り合いの人間もその影響を受けるということに他ならない。
「とはいえ、創造神と私の仲だ。輪廻転生が上書きであることが幸いして、創造神の力で知り合いの記憶だけをどうにか保持することができた。
「──何故そこまでして一度その事実──つまり、おまえの幼馴染みや姉が死んだという事実をなくし、生きていることにしたのか、記憶を保持できるようにしたのか。
「どうやら、おまえに助けられたことがあったみたいだぞ。
「覚えているか? ああいや、言わなくていい。どうせおぼえていないんだろう?
「私かおまえに出会う前だと言っていた。
「車に轢かれそうになっていた猫を助けたようだな。
「あれが創造神だったらしい。
「ああ、覚えていたか。それはよかった。鯛焼き買ってくるの忘れたくせに。
「──もちろん、根に持っているに決まっているだろう? あの鯛焼き、食べたかったのに。もう食べられないじゃないか。
「まあ、いい。今度おまえが再現しろ。食べたんだろ? ならできる。
「それで──ああ、そう。助けられたという話だったか。
「創造神が猫だったという話だったな。
「……あれ、なんか違う? まあいい。
「創造神は、猫や犬に化けて人界を徘徊するのが趣味で、その日も例のごとく猫の姿をしていた。それがおまえが助けた猫だった──。
「創造神にも命がある。もちろん、ひとつだ。猫の姿は本物の創造神で、分身ではない。つまり、車に轢かれれば──もっと言うと、人間が死ぬ方法で簡単に死ぬ。神であろうと人界に落ちれば、その理は歪むことはない。
「──多少は歪んではいるが。
「そんなわけで恩を感じていて、力を貸してくれたようだ。
「とはいえ、その当人が死んでいるんじゃ礼もできないがな。
「そんなわけで、まあ、この説明で理解できたか?」
ズカズカズカズカと恨みでも晴らすかのような勢いで話したLを見て、ラララは言った。
「……未だに全裸って、見せつけてるんですかね、お嬢さん」
それに対し、「ふっ」と鼻で笑って、
「甲斐性なしが」
「まてまて、どう見ても無表情だっただろうが! 甲斐性なしじゃねえだろ!」
「じゃあ、変態」
「すいませんでしたぁぁぁっ!!」
土下座せざるを得なかったラララであった。
「で、どうだ?」
「どうだ、とはどういう意味だ? 少年」
「少年はやめろ」と言って話す。
Lはきちんと服を着たのでこれで安心。
……と思ったけど、これはこれでアリなのでオッケー!! とラララは内心思っていた。
「声に出ている」
……声に出ていたようだ!
何せその格好、あれよ、もう、破壊力半端ないのよ。
──胸元に『3ねん2くみ える』と書かれた紺色のスク水を着ていたのだ!
そうこれは不可抗力。
不可抗力だから! 不可抗力だから! ──この目にしかと焼き付ける!! と言わんばかりに上半身を前方へ乗り出した。
ぷるんっ、と揺れる小さくもなく大きくもないラララが好きな大きさの胸が揺れる。
「(至福~)」
そんなことで至福と言えれば、皆楽しく暮らせるのに。
彼女はそうどこかで思っていたとかなかったとか。
閑話休題
「なるほどな」
そう頷くラララは、まあそんなこと知ったところで幼馴染みであるあすみを助ける手掛かりになるわけでもないしなーと思っていた。
Lはそう思っているだろうと予測していた。だから、事前に創造神に聞いていたのだという。もしそうなった場合の解決方法を。
「器──つまり、肉体は、変わっているのは確実だそうだよ。おまえみたいに性転換しているかもしれないし、歳もおまえと同じなのか下なのか上なのか。老人になっているかもしれないし、貴族になっているかもしれない。スラム街で生活しているかもしれないし、孤児かもしれない。ただ、たったひとつ言えることがある。それは、記憶は保持されているが、記憶を取り戻してはいないだろう、とそんなことを言っていた」
「その記憶をどうにかして思い出させることも考えなければならないということか。しかし、手掛かりが〝無〟じゃん。いや、マイナスじゃねえかこれ」
「ああ、博打もいいところだ。死ぬまでに見つかればいいがな」
おいおい、なんちゅーところに放り出してくれるんだ、とラララは天を仰いだ。
「可能性として、キーとなるのが、おまえだ──と私は思う」
「あー、なるほど。俺がキーなのか」
「私はおまえがここに辿り着いたことによって意識を取り戻した。だから、おまえが生きた7度の時は知らない。どんな世界なのかも知らない。産まれたばかりの赤ん坊と思ってくれていい。私が意識を取り戻したのはどういう条件でだったのかは定かではないが、おまえが来たタイミングで偶然私を覚醒させるキーが起きた──その線はないと言えるな」
「じゃあ、俺がこの世界を渡り歩いて何かをすれば、誰かの記憶が戻る……そういうことか」
その通り、と言うばかりに背もたれに背を預けたLは、「さて」と呟いた。
「これで大方話しただろう──そろそろここを出よう」
椅子から立ち、そういう彼女を「まて」と呼び止めた。
「お前の話が聞けていないぞ。おしえろ、L。そうしなきゃ、いけねえんだよ」
言って、Lを見る。そして、ぶつかり合う二人の目線。そして──
「──わかった。話さなければならない──わたしのことを」
Lはそう言って、長い話が始まった。