翌朝
朝は静かにやってきた。まだ日の射さない室内で目を覚ました男は、枕もとの置時計を見てアラーム前に起きたことを知った。
覚醒した瞬間にルチヨのことが頭に浮かんだ。男は自室の鍵を見て閉まったままであることを認めてから部屋を出た。
朝の支度を始める前に、男はルチヨがいるだろう部屋の前まで足音を立てぬように移動し、ドアの取っ手に手をかけた。そして、そのまま押し込もうとして鍵がかかっていることに気が付いた。ルチヨはやはりここにいるのか、と理解した男は取っ手から手を離し、今日のプレゼン内容を思い浮かべながら朝の支度をした。
さて朝食を作ろうかというところでルチヨが起きてきた。彼は男を見留めると初対面時とよく似た微笑を浮かべ、その後息を詰まらせたような気配を男は感じた。
「おはよう、兄さん。今日は……ずいぶんと早いね」
「ああ、早く起きすぎてしまった。そうだ、今から朝食なんだが、お前の分も作ればいいのか?」
「え、と、いつもは僕のほうが早く起きるから、兄さんは自分の分だけ作ってるんだけれど……」
「お前が構わないならついでに作る。昨日の残りも食べてしまえ」
「それなら、お願いします。わざわざありがとう」
ルチヨは話し終えてソファーに座り、昨日と同じようにテレビを見ることにしたようだった。
朝のニュースをキャスターが爽やかに伝えている声がする。男がルチヨを一瞥すると、彼はぼんやりとテレビ画面を見つめていた。
ルチヨが動揺していることが男には伝わっていた。昨日は心配の色が強かったが、今はショックのほうが強いと見えた。以前の彼を知らない男に悟られてしまうほど精神的に参っているようだった。
ルチヨをまだ疑っていた男も流石に彼に同情した。男に彼の記憶がない以上、彼との会話のたびに彼を傷つける可能性があった。