不信感
つつがなく夕食は終了した。食事作法も問題なく、不審な行動もしなかった。
ただし、食事の量が普段よりも多かったのか、しばらくするとルチヨの箸が止まりがちになったため、残りはラップをして冷蔵庫行きとなった。
夕食の片づけは男一人で行った。ルチヨは食事後におずおずとソファーの端へと戻って、ぼんやりとテレビを見つめていた。片付けが終われば既に九時半を過ぎていた。
男はルチヨに一声かけてシャワーを浴び、自室に入った。
自室にも昨日から変化したところはない。シーツの皺の寄り方、机の上の小物の配置、椅子の傾き、カーテンの開き具合、それらは記憶にある範囲で何も変わっていない。その他こまごまとしたものにも違和感はなかった。すなわち、部屋を荒らされた痕跡はないということだ。
ルチヨが弟であるということは信じるべきだろう。彼が男に害意を持たないということもおそらく正しいだろう。しかし、どうしても拭いきれない不信感がある。これからなすべきことは、彼の為人を把握し以前の関係を探ること、そして真実を知ることだ。
男はルチヨの容姿を思い出した。一目見てわかるほどに自分と似ている、ということはない。しかし、家族であると紹介されて否定するほどに似ていないわけではなかった。
ルチヨの隣に立てば影は薄れてしまうが、男は生娘の一人二人なら微笑んで少し会話するだけで惚れさせられるくらいの美男子だ。くっきりとした二重やすっと通った鼻筋、額や頬骨や顎の美しい輪郭が黄金比のパーツ配置を包んでいる。美と冠するに迷う余地がないということについては、男とルチヨとで共通していた。
だがしかし、あの体格である。男は上背があり、脱いでも情けなくならないようにある程度鍛えている。つまり体格は良いほうだ。いくら食事量に差があるとはいえ、ルチヨがあそこまで痩せており、背も男より十センチ低いことには疑いの余地はある。
兄弟として同じ環境で過ごしながら出る範囲の差なのだろうか。せめて従弟であったり、別居していたりすれば納得もしやすいものだが。
男はルチヨについて考えながら就寝準備をした。明日の仕事はいつまでかかるかわからないが、明後日は定時上がりできるはずだ。まとまった時間が取れれば彼から話も聞けるだろう。
存在さえ知らない家族が唐突に現れた状況で重要なのは、記憶障害の原因ではなく現状の把握である。
頭の片隅にルチヨが男を騙している可能性を残しながら、明日に備えてアラームの時刻設定を昨日より三十分早めた。
ルチヨの自室はどこにあるのだろうかという疑問が浮かんだので、男は記憶を探り、一つ空き部屋があったことを思い出した。おそらくはそこだろうと見当をつけるが、男の自室から離れていることを確認して一先ず気にしないことにした。
隣室でないのならば心理的距離がある。弟であると仮定しているとはいえ、今日会ったばかりの人間と一つ屋根の下というのはストレスになりそうだった。
仕事に支障が出ては事だと考えた男は、せめてもの安心のためにドアの内鍵を閉めてから眠りについた。