運転手が見たものは。
これは私が、実際に体験したノンフィクションのお話なのです。
それは当時、私がとあるラボで研究していた時のことなのですが、朝から晩まで働いていれば当然のように終電間際の電車に詳しくなってしまいます。研究所が、あったのはベッドタウンの近くなので、降りる方は多けれ、乗る方は少ないということ、そして、時にはホームに誰もいないということも、覚えていたのです。
その日、あと数本で終電という、ちょっと早めに帰れた日のことなのですが、ちょうど、目の先で踏切がカンカンと音を立てて電車が来ることを、告げたのですよね。夏の蒸し暑い日で、その音はちょっとその先あたりで返ってきて、暑苦しいような鬱陶しさでした。
ともかく、踏切を渡った先に改札があるのですから、急ぎ足になって、そのせいで汗が垂れていきます。
改札を通り、良かった、って内心で安堵しながら数段ほどの階段を上がって見れば、ホームには誰もいませんでした。ああ、なるほど、通過電車だ。なんてがっかりしつつ、そもそも、それが通過電車だということを知っていたハズの私は、ボケていた私に毒づきます。
近くのコンビニに行って、涼んでからでも良かったのに!
アイスとか、お酒とか!
などと溜め息も熱くて、ウンザリしたときに起きたのです。
それは、電車の警笛でした。
プァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!!!!
時間にして、十秒か、もう少しくらいでしょうか。
ホームを横切る特急電車が、向こうからずっと、警笛を鳴らしながらホームに入って来たのです。始めは、何か、障害物でもあったのでしょうか? なんて暢気に考えていたのですが、それが、ホームの端の、こっち側までずっと続けば、別です。
すでに、ホームの中ほどの時点で異質なものを感じた私は、咄嗟に運転手さんのお顔を、見てみたのですよね。
もしくは、見てしまったのです。
例えるなら、悲壮感に満ちた形相、でしょうか。
元からそういうお顔だったのなら、ごめんなさい。でも私には、明らかに何かに怯えているように見えました。そして、そのまま速度も落とさず、ホームを通過していきました。ドップラー効果を体感した夜でした。通過してちょっとして音が消えて、耳鳴りだけが残りました。
といったところで、ひとつ、思い出したのです。
そういえば、その日の数日前の昼、この駅で自殺した方が、いらっしゃったな、と。
奇しくも、その駅は特急電車などがホームを高速で横切るものですから、隣駅と同じくらい、天国か地獄までの距離が近いのですよね。そうなると、どうしてか2年に1回くらいの頻度で、片道切符を持って出かけたっきり、帰ってこない方がいらっしゃってしまうのです。
そういう事実を思い出してしまうと、どうしても結び付けて考えてしまうのがオカルト脳なので、運転手さんは、何も見えてなかったと仮定しましょう。
さて。
そうなると、なぜ、運転手さんは警笛を、押し間違えなんて言いきれない長さでずっと、鳴らし続けたのかいうことと、なぜ、あんな顔をしていたのか、ということが気になります。例えば、何か障害物などあれば、それが人なら、私にも見えていたハズなのです。それと、それを通過すれば、それ以上鳴らしている必要はありません。
つまり、鳴らさなければならなかった理由があるなら、それは、私のいたところの近くか、踏切のあたりに何かあった、ということになります。何もない、静かな夜でしたのに。
またオカルト脳に走ってしまったので、そのお話を一旦置いて、運転手さんは何も見えてなかったと仮定し直しましょう。そうなると、何も見えていなかったのに、ちょっと人様の前には出られないような表情を浮かべて、そして、異常な行動をとっていたことになります。……さて、そっちの方がむしろ、怖いじゃないですか。
ですから、見えていた方が、まだ、安心できるということに気が付きます。
では、何を見たのか。
そして、どうしてそれを見たのに、ブレーキを一切踏まずに通過して良い、という判断ができたのか。
それが気になるのです。
~fin~