パーティメンバーに復讐しようと思ったけど心変わりして田舎に帰った
久しぶりになろうを開いたらハイファンタジーのランキングが軒並み復讐に憑りつかれててビビった記念
「冒険者になって一旗あげよう。……幼馴染のジャンが言ったその言葉に、十四歳だった俺と一つ年下のライルは迷わず頷いた。お前も知ってる通り、この村は田舎だ。大した娯楽も無く、年に一度の収穫祭で食える豚の丸焼きが最大のご馳走。男は芋と豆を育てて、女は豆の蔓を煮て干して叩いて縄を編む。そんな毎日の繰り返しの中で、ガキがおとぎ話の英雄やたまに来る商人から伝え聞く冒険者の華々しい活躍に夢を見ちまうのは当然だったんだ。
無策で村を飛び出して、死にかけながら街に辿り着いた。……いや、なんで死ななかったのか今考えると不思議でしょうがねぇよ。幸運に恵まれたとしか言えねぇ。ともあれ、冒険者になることはできた。ギルドに入れるのは成人である十五歳からと定められてはいるが、歳をごまかしてる奴なんて珍しくも無かったし、ギルド側もよっぽど幼かったりしなければ黙認していたな。
そんなこんなで冒険者になったはいいものの、農家のバカ息子が三人集まったところで物語の主人公みたいな活躍は出来ねぇよな。冒険者といえば魔物退治だ! なんて漠然と考えていたが、武器なんて握ったことも無いんだぞ? 刃物の扱いはせいぜいライルが家畜をしめて解体する手伝いをしたことがある程度だし、そもそも握る武器を持っていない。まずは武器を買うために雑用依頼をこなしていった。用水路に虫やネズミが湧かないように掃除しろだとか、クッソ重い家具を運ぶの手伝えだとか、本当に雑用だ。……ああ、変わったところじゃ魔法薬の実験台なんてのもあったな。報酬金額が初心者冒険者向けの依頼としては破格だったんで何回か受けたけど、ある日ライルが虹色に光り輝きながら地面からちょっと浮かぶようになってからは受けるのをやめた。……五日間くらいは光ってたな。
武器が買えるようになるまで半年くらいはかかったっけ。ホント、なかなか金が溜まらなかったよ。金の使いどころが限られてる田舎と違って、街はいくらでも金の使い道がある。俺とライルは村じゃたまにしか食えなかったパンや手の込んだ料理に夢中だったし、ジャンは娼……ゴホン、悪い遊びを覚えちまって飯の金すらケチってたっけ。
武器を手に入れてからも苦労したな。先輩冒険者に武器の使い方や手入れの仕方を教わって授業料をボられたり、ロクに読み書きが出来なかったせいで報酬をごまかされたり、魔物の情報を調べるために貸本屋に行ったら思った以上に高くて稼ぎが吹っ飛んだり。そもそも俺たちに戦いの才能なんてなかった。うん、ハッキリ言って雑魚だったな。だが、雑魚は雑魚なりに努力して、少しずつだがマシになっていったんだ。この三人でいつかは一人前の冒険者になれるって思っていたさ。……あの日までは。
冒険者になって間もなく一年が経とうとした頃、ジャンがやけに目をギラつかせてこう言いだしたんだ――すげぇお宝が眠ってる遺跡を見つけた。ってな。
今考えれば胡散臭いことこの上無いが、冒険者として前進してる実感が俺たちの目を曇らせていた。昔の城跡らしいその遺跡は、魔物の巣窟になっていた。……地獄みたいな光景だったよ。俺たちが休憩をとったタイミングを見計らったかのように襲撃されて、ライルがいきなり負傷した。そこまで重傷ってわけじゃなかったんだが、数えるのもアホらしくなるような大量の魔物にライルの奴は完全に心が折れちまった。聞いたことも無いような金切り声を上げたかと思うと、メイスをブンブン振り回しながら逃げ出したんだ。その時点で俺もジャンも撤退を決めた。ただ、俺は二人で逃げ延びようと考えたが、ジャンは違ったんだ。アイツは魔物に向けていた剣を俺に向け、足を切り付けてきた。そんなことは全く想定してなかったからな。ざっくりとやられたよ。……ああ、そうだ。アイツは俺を囮にして逃げることを選んだんだ。
そこからは無我夢中だった。完全に囲まれちまって、涙と鼻水と小便を垂れ流しながら必死に槍を構えてた。多分、魔物共は余裕かまして嬲ってたんだろうな。そうじゃなきゃ一瞬で死んでたろうよ。それでもあちこち齧られて、片耳がもげて、腕も上がらなくなってきた。いよいよ死んだと思った時だ、たまたま別口で遺跡に来てたベテランの冒険者パーティが通りがかったのは。そのパーティは俺たちが絶望した魔物の群れを鼻歌交じりに蹴散らすと、俺を担いで街まで連れ帰ってくれた。ホント、感謝してもしきれねぇよ。礼に財布ごと有り金渡そうとしたんだが、にっかり笑って断られたっけ。冒険者は恰好つけてこそ冒険者って言うんだぜってな。ああ、最高にカッコイイ人たちだったよ。俺もいつかそんなこと言ってみたいって思ったね。
結局お礼どころか逆に治癒の魔法薬まで貰って、そのパーティと別れた。三人で借りてた家に戻ると、中から人の気配がした。ジャンもライルも逃げきれてたんだ。俺は、ジャンとライルに対する怒りが込み上げてきた。あの二人からすれば、自分が生きるために考えうる最善手を打っただけなのは茹った頭でも理解してはいたさ。それでもやられた側は頭にくる。特に、ジャンの野郎は許せなかった。扉を蹴破って槍をお見舞いしてやろうかと思ったが、街中でヤったら普通に捕まる。思い知らせてやるなら、二人が街の外で依頼をこなしてる時だ。冒険者の命が簡単に失われるなんてことは、身をもって知ったからな。
計画を練るために、俺は見るからに安っぽい酒場に入って一旦落ち着くことにした。単純に腹も減っていたし。
葡萄酒と、安くて腹の膨れるモノがあればそれをくれと注文すると、茹でた芋と豆が山盛りになった皿が出てきた。八つ当たりのようにかぶりつくと、なんだか懐かしい味がした。ああ、故郷で食ってた味とそっくりなんだ。他に客が居なくて暇だったのか、店主が話しかけてきて自慢げにこう言うんだ。美味いだろう? アザルの村で採れた芋と豆なんだぜってな。
アザル。聞き覚えがあるなんてもんじゃなかった。なにせ、故郷の名だ。
軽く混乱する俺に構わず、店主は勝手に話しを続ける。曰く、アザルの芋と豆はでかくて美味いから金の無い冒険者に人気だとか、この街で一番のパーティも駆け出しの頃はこれを食って強くなったんだとか。……その一番だってパーティの名前を聞いたらさ、さっき俺を助けてくれたパーティでやんの。俺は故郷を捨てたのに、故郷は俺を助けてくれたのかって思ったら、涙が出てきてよ。泣きながら食って飲んでいつの間にか寝てて、起きたら妙にすっきりしてて、なんか復讐とかどうでもよくなって故郷に帰ることにしたんだわ」
「えー?」
「なんだよその期待外れっぽい反応」
気だるげな夕日が差し込む自宅で愛する息子のパトリックに己の過去のやらかしを語って聞かせていたヴィクトルは苦笑した。もっとも、幼い頃の自分に似て生意気なパトリックならどういう反応をするかなど、なんとなく分かってはいたが。
「そこは復讐して、ざまあみろ! じゃないのー?」
「バカな俺が冒険者になって学んだ事はいくつかあるが、その内の一つはよく考えて行動しないと痛い目に合うってことさ。満腹になった俺は考えたんだ。復讐した先に、俺の幸せはあるのかってことを」
「幸せー?」
「そう。幸せだ。ジャンをぶっ飛ばして手に入るスッキリよりも、たかが冒険者が死にかけた程度のどうでもいいことに拘らず、腹いっぱい芋食って幸せになる方が大事だと思ったんだ。……お前もでかくなれば分かるさ。幸せの形ってのは人それぞれ違ってて、自分にとってしっくりくる形を理解してる奴は意外と多くないんだってよ」
「父ちゃん、なんか説教くさーい。じいちゃんみたーい」
「このクソガキは親父殿に対する敬意が足りんなぁ……!」
子供特有の細い髪を畑仕事の匂いが染みついた太い指で乱雑に掻き回してやれば、なにが面白いのかパトリックはケラケラと笑い出した。ヴィクトルはしみじみと息子が自分に似ていることを再確認し、喜んでいいのか心配していいのか複雑な気持ちになった。――幼いヴィクトルも父親に対して挑発的な物言いをよくしていた。そうすれば畑仕事で疲れていても自分に構ってくれると理解していたが故に。
「お前も年頃になったら冒険者に憧れるのかねぇ……」
「そんなことより父ちゃん。話の続き」
「そんなことってお前……。はぁ、まあいいや。続きといっても、あとは大したことは何も無いぞ? ジャンとライルが不在のうちに自分の荷物をもってこの村に帰ってきた。あの二人がその後どうなったかは知らん。んで、村長に頭下げて、親父に一発ぶん殴られて――ああ、親父ってのはパトリックのじいちゃんのことな? お袋に泣かれて、俺も泣いて、ジョゼットにボロクソ言われて喧嘩して、ジョゼットと結婚してお前が生まれて……村に戻ってきてから十年か。なんだかんだで、俺は今幸せだよ」
あのたった一年の冒険者生活は愚行としか言いようがない。しかし、無意味ではなかった。凡人であるヴィクトルにとって、失敗も自分を形作る上で大事なものなのだから。
感傷的と呼ぶには穏やかな気分に浸りながらパトリックの乱れた髪を手櫛で直していると、家の戸が叩かれた。村の共用調理場で豆を煮ているであろうジョゼットが帰るには少し早い。目を丸くするパトリックを一撫ですると、表に出る。そこには村長の孫が落ち着かない様子で立っていた。
「どうした? 猪でも迷い込んだか?」
「いえ、来たのは獣じゃなくてですね……その、十年くらい前に村を出て行ったジャンって人が突然戻ってきました」
「……噂をすれば旗だっけ? 冒険者時代に、なんかそんなジンクスがあったなぁ」
「ヴィクトルさん?」
「なんでも無い。それより、俺を呼びにきたってことは荒事になりそうなのか?」
「いえ、無害そうには見えるんですけど。……相手は冒険者をやっていた人ですし、念のためヴィクトルさんを呼んで来いと、じいちゃ――村長が。今は集会場の近くで、男衆が囲んで万が一を警戒しています」
ヴィクトルの言えた義理ではないが、元冒険者というのは一般的に厄介者として扱われることが多い。引退した理由にもよるが、自分が強者であるという自負――大体は驕りを持ち、それでいて集団行動に馴染めない場合があるのだ。そのため常識的な冒険者はある程度稼ぐか歳をとると身の振り方を考えるようになるのだが、楽観視は危険だと思う程度にはジャンという男をヴィクトルは知っていた。それを踏まえたうえで、ヴィクトルは笑顔を浮かべた。
「よし、早速行って話し合いだ。十年ぶりの仲直りといこうか」
「あ、え? 仲直り、ですか?」
ヴィクトルの過去は村人なら皆知っている。かつて村を捨てた負い目のあるヴィクトルにとって恥を隠さないことはある種の処世術であったし、そもそもこの男は葡萄酒を飲むと途端に口が軽くなって過去の失敗談とそこから得た教訓を軽く苛立ちを覚えさせる顔で語り出し、妻のジョゼットに襟首を掴まれ連行されるのが常なのだ。
「そうさ、仲直りさ。実はさっき、息子に偉そうなこと言っちまってな。その、なんというか、俺が心から尊敬する冒険者の言葉を真似るなら――」
ちらりと家を見れば、息子がこっそりとこちらを覗いていた。
かつて少年だったヴィクトルは大人になり、色々なことが変わった。背は大きくなり、家庭を持ち、責任という言葉の意味を知った。ついでに足も臭くなった。
一方で、変わらなかったものもある。今も昔もバカなのは変わらず、つい物事を楽観的に捉える悪癖も、完全になくなったとは言い難い。さらに言うなれば
初めて冒険に旅立った興奮を覚えている。仲間と語らった夜を忘れるわけもない。カッコイイものに憧れる少年の心なんて、悪化している節さえある。
「――子供の前で、父親は恰好つけてこそ父親って言うんだぜ!」