表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

2

未だナムタル×イルカルラ回です。



 「イルカルラ様は、初代魔王、先代魔王と比較しても、類稀なる魔力をお持ちです。そのお力であれば、天界を制圧することも可能だろうと、皆期待しているのですよ。現に天属たちも陛下を危険視して、今まで何度も攻勢をかけて来ているではないですか。ですからこの際、天界に攻め込んでみてはいかがです?天属ならまだ闘っていない相手も多くいますから、イルカルラ様も楽しめるのでは?ついでに天属のあのすかした面を叩きのめしてやるのも、愉快極まりなさそうですし」


 「ナムタル、一番最後の言葉が貴方の本音でしょう」


 「いえいえまさか。純粋に陛下の享楽になるのではないかと思って、提案しているのですよ。断じて私が個人的に、あの無欲を絵に描いたような気色悪い奴らを、ミンチにしてやりたいとか思っている訳ではありません」


 「ええ、確かに無欲で清廉な天属は、鬱陶しいけれどね。だからといって、貴方のように、ミンチにしたいとは思わないわ。だって刻んだところで、あれらは人間の“信仰心”に根を張っていて、数十年もすれば湧き出てくるじゃない。一々潰す方が面倒よ」


 そう、天属は人間の信仰心によって、幾らでも復活することが出来る。これも、天属が人間を造った所以でもある。そして、魔属がいくら殺しても、天属を消滅させられない理由でもあった。


 勇者に倒された初代魔王はともかく、2代目魔王は勇者を弑して天属も何体か手にかけた。しかし、人間の存在のせいで、折角倒した天属も数十年すれば復活した。結局先代の時代には、天属との争いに決着がつくことはなかった。


 だからこそ、3代目にして最強の力を持つイルカルラに、魔属たちが湧きたったのである。今度の魔王なら、天界の制圧も夢ではない、と。今まで魔王はただ「序列1位」という意味しか持たなかったが、今代になって「王」という名前らしく他者が積極的に従うようになったのも、そんな期待があってのことである。


 当のイルカルラからしてみれば、いい迷惑以外の何物でもない。


 イルカルラは、天属を恐れてはいない。攻めてきた天属を叩き潰したこともあるので、彼らの力量や性質はある程度知っている。


 彼らは白い翼を持ち、薄い色彩をしていて、天界に住んでいる。魔属が魔力を操るように、天属は聖力を糧に活動する。魂を礎にし、外見は様々ではあるが、力の強いものは核族と似たような成りをしている。違うのは翼が白く輝いていることと、角ではなく冠であること、瞳孔は真円であること、耳が短いこと、全体的に色彩が薄い寒色であることだ。


 それから、性質も全く異なる。

 魔属は常に、力を求める。全ては能力の大小であり、強い者が弱い者を捕食し、付き従える。制圧することを快楽とし、殺戮と支配によって愉悦を得る。支配の仕方は種族によって千差万別だが、根本の欲求は皆同じである。

 一方天属は、慈愛というものを欲し、与える。子は産みの親を慕い、親は子供を守り育てる。愛によって守ることもあれば、愛によって争うこともする。善悪という概念で物事を判断し、悪としたものは徹底的に排除する。より完全なる善に近しい者が、万物を司る。


 どう考えても、二者が相容れないことは自明である。特に天属は、快楽と欲のみで動く魔属を、善に仇なす悪として、忌み嫌った。魔属も、善悪という下らない物差しで全てを測ろうとする天属を、邪魔に感じていた。


 こうして二者は、創生の時代から延々と闘い続けている。


 イルカルラは、確かに強い。攻めてくる天属は、易々と殺せる。

 しかし彼女にとって、それは快楽たり得なかった。


 感覚としては、湧いてくるモグラを片っ端から叩き潰しているようなものだ。どちらかといえば面倒くさい。しかし本能は正直なので、自分を害してくるものは、反射的に消そうとする。


 勿論イルカルラだって、魔王になったときに天界に攻め入ることは考えた。天界から攻めてくる個体は、上に支持されて派兵された者たちだ。謂わば弱兵(ザコ)である。だから、天界へ行けば、もっと強い天属と相まみえることも出来るだろう。

 しかし、そこで初めて彼女は恐怖したのである。

 より強い個体と闘えたとして、うっかり全員倒してしまったらどうしよう、と。


 驕りに聞こえるかもしれない。しかし実際、イルカルラは強かった。攻めてきた天属の方が、彼女の強さを目の当たりにして、一旦派兵を控えた程だ。そう思ってしまうのも、無理はないのである。

 もし天界まで攻めていって、全部の天属を狩りつくしてしまったら、イルカルラは本当に世界一の強者になる。そうすると最早、彼女と互角に闘えるものが世界に存在しないことになる。


 イルカルラは、その絶望的な退屈に堪えられないと思った。それくらいなら、天界には自分より強い個体がいるかもしれない、と想像しながら、退屈を享受する方がましである。まだ、想像の余地がある方が、救いがある、と判断したのだ。


 結果として、攻めて来られれば殺すし、そうでなければ何もしない、稀に迷い込んできた個体を甚振って遊ぶ、というスタンスになった。


 「仰る通りではありますが、イルカルラ様。試しに天界を征服してみるのも一興かと、私は思いますけれど。万が一主上を殺してしまっても、人間がいるのですから、そのうち信仰心によって復活するでしょう?つまり複数回殺せるということです。糞みたいに穏やかな主上を消し炭にするのは、きっと愉しいに違いありませんよ」


 心なしかうきうきして言うナムタルに、イルカルラは黒煙を吐きかけた。

 ちなみに主上とは、天属の頂点に立つものを指す。魔属でいう魔王である。


 「貴方が主上を消し炭にしたいのは、とっても良く理解したわ、ナムタル。でもねえ、ちょっと言わせて頂戴。主上は完全な善により近しいもの、という限り、主上が復活するには、他の天属より強くて多くの信仰心が必要なの。だから、いくら人間がゴミの掃き溜めみたいに生息しているとはいえ、主上の復活には普通より長い時間がかかるのよ。雑魚の天属で数十年だから、恐らく数千年は必要ね。しかも完全に復活となれば、万単位で待たなきゃいけないわ。その計算だと、一回主上を倒してしまったら、次の主上を待ってる間に私の方が寿命が来るでしょう。寿命が来るまで自分が絶対的に最強だなんて、絶望的な退屈でしかないわよ」


 「そうですか、それなら仕方ないですね。うーんでも、殺意を刺激するあの平和な面が歪むのを、一目見てみたいと思っているんですけどねえ…」


 残念そうに眉尻を下げるナムタルに、投げやりな感じで彼女は返事をする。


 「それなら、私が直接殺す以外の方法で、主上の顔を歪ませなさいよ」


 「勿論既に試していますよ。派兵されてきた天属を見るも無残に嬲ったり、一族の者に人間どもの魂を堕とさせたり、主上の愛玩天属の魂を喰らってみたりしたんですけれどね。今のところ効果なしです。何をやっても、反吐が出そうな慈愛に満ちた面で、『どの様な悪でも、救いは与えられるべきである。だからこそ我は、その所業に哀しむことはあれど、それを憎むことはしない。彼の者を赦そうではないか』とか言いやがるんですよ。お陰様で、私の顔の方が歪みます」


 実を言うとイルカルラは、主上の顔を知らない。姿形には興味が無いので、見ようともしてこなかった所為だ。もしかすると目にしたことがあるのかもしれないが、いずれにせよ彼女は全く記憶していない。

 だから主上の慈愛に満ちた表情は、彼女にとって未知だった。仕方なくこれまで見たことがある天属の顔を思い浮かべて、百倍増しにして想像してみる。


 素直に、気持ち悪いわ、とイルカルラは思った。


 「そうねえ、それは顔が歪みそうだわ」


 「イルカルラ様の表情が歪んだことなんて、生まれてこの方一度もありませんけれどね」


 「そうだったかしら」


 「ええ、天属がぞっとするような善悪二元論を説いてきた時でさえ、イルカルラ様は『つまりそれは、愉しいの?愉しくないの?』と仰って微笑んでいましたよ」


 「んーん、そうだったかもしれないわねえ」


 興味無さげにイルカルラが相槌を打つ。

 彼女にとって、愉しいこと以外は記憶の外である。


 「そういうわけで、私も考えに考えまして」


 「主上の顔を歪ませることは、諦めていないのねえ」


 「そんな愉しそうなこと、諦められるわけがないでしょう。それでですね、新しい案なんですが」


 「ふふ、良いわね、貴方今とても良い顔をしているわよ、ナムタル」


 「有難きお言葉恐縮です。つきまして新しい案というのは、他でもない、人間を利用するのですよ」


 「ふうん。でも貴方、先程人間を堕としたところで、何の効果も無かったと言ったじゃないの」


 「ええ、国の王程度では、全く意味がありませんでしたね。あれは失策です。ですから今回は、もっと特別な人間を対象にしようと思いまして」


 特別な人間、という言葉に、イルカルラは首を傾げた。


 「人間に区別なんてあるの?」


 「通常なら、人間に特別も普通もありません。皆一様に脆弱で、取るに足らない存在です。しかしですね、過去に2体程、“特別”だった例がありましたでしょう」


 「何だったかしら」


 全く覚えが無いわ、と思案するイルカルラに、ナムタルは得意気に笑顔を見せた。


 「初代魔王を倒した人間が、何と呼ばれていたかご存知で?」


 「ああ、『勇者』のことね」


 「そうです。『勇者』は主上から力を与えられた存在。彼の者は翼こそ無いものの、類稀なる聖力と、清い魂を持つと言われています。更に聖剣を振るい、魔属を滅することが出来るとか。実際初代魔王は、初代勇者によって消滅しましたしね」


 「そうねえ、確かに勇者は、魔王を倒すことの出来る一個の可能性よね」


 「はい。勇者はその点、主上にとっても特別な存在かと思われます。そこで、その様な者の魂を堕落させれば、今度こそ主上の輝き溢れるおぞましい面を、見事に歪められるはずです」


 清々しい笑顔を浮かべるナムタル。イルカルラはその顔を一瞥して、溜息を吐いた。


 「それで?思いついたなら、早速やってみたらどうなの。態々私に報告しなくとも、別に貴方がやる事に首を突っ込んだりしないわよ」


 「いえいえとんでもない。まさかこんな愉しい事を、私だけ独り占めするなんて、そんな狭量な思考はしていませんよ」


 「聞いている限り、私にとっては少しも愉しくなさそうだから、勝手に独り占めして宜しくてよ」


 「それでですね、どうやって堕落させるかなんですが」


 「聞こえなかったのなら、一回貴方の頭に風穴を開けて差し上げましょうか、ナムタル?」


 「ええ、謹んで遠慮申し上げます、イルカルラ様。それは勿論、私が直接出来ることなら喜ばしいのですが、残念ながら勇者は聖力が強すぎて、私の力量では堕とすことが難しいのです。ですからここは一つ、魔王陛下である、イルカルラ様の出番かと愚考致しまして」


 「素晴らしい愚考ね、貴方の核をぶち飛ばしてやろうかしら」


 「全身全霊、辞退させていただきます」


 「そもそもね、勇者は稀にしか現れないんでしょう。主上が勇者を選ぶのは、気分次第なのではなくて?直近で勇者が生まれるとは、限らないわよ」


 イルカルラが黒煙を吐きながら言うと、ナムタルは我が意を得たりと言わんばかりに答えた。


 「ふふふ、それがですね、何と直近で勇者が誕生したのですよ」


 「ふうん、誤報じゃなくて?」


 「いえいえ、きちんと主上の折り紙つきですよ。19年前に、主上が1人の胎児に力を与えましてね。人間界にも『勇者が誕生する』と通告済みです。それでついこの前、とうとう1人の人間が勇者に指名されたとか」


 ナムタルの言に、イルカルラは疑わし気に返す。


 「どうして勇者だと判定したの?」


 「勇者は人間の国の都にある、聖剣を引き抜いたそうですよ。それと同時に、手の甲に紋様が現れたと」


 「ああ、聖剣と紋様ね…」


 イルカルラには、心当たりがあった。

 確かに聖剣は、勇者しか握ることが出来ないとされている。更に、彼らは手の甲に勇者の紋が刻まれているらしい。前代も、前々代の記録にも、そう書かれている。魔王は純粋な暴力による襲名だが、一応次代のために大事な事由は資料化されているのだ。


 それと照らし合わせると、ナムタルの話す限りでは、勇者は本物である可能性が高い。


 「そう、魔王就任519年目にして、勇者の御出ましね。ご苦労様ね。あら、これって私からも何かお声がけするべきなのかしら」


 「ええ、是非とも声明を出してはいかがでしょうか」


 「んん、それじゃあ『勇者よ、良く食べ、良く眠り、良く遊び給え』とでも伝えておいて頂戴」


 「いや絶対違うでしょう」


 ナムタルが秒で突っ込みを入れる。イルカルラは首を傾げた。


 「え?何よ。食欲・睡眠欲・性欲は、生物の三大欲求だと聞いたのだけれど、違うの?」


 「知識は正確ですが、勇者に対する言葉ではないでしょう」


 「ええ?じゃあそうね、蜥蜴族を数匹贈って『聖剣の切れ味をお試しあれ』というのはどうかしら」


 「より一層おかしいですよ。自分の配下を聖剣の試し切りに送り付けるなんて、どんな魔王ですか」


 「こんな魔王じゃないの?というか、配下にしたつもりはないわよ。蜥蜴族ならよく尻尾を切って生やしてを繰り返しているし、何度切ったって問題ないでしょう」


 「一応この魔界にいるものは、全て陛下の配下なのですよ。それから彼らは尻尾が生え変わりやすいだけです。聖剣で切られたら、魔属は普通に消滅します」


 「あら、そう」


 全く興味がなさそうに、イルカルラが相槌を打つ。

 その様子に頭を抑えながら、ナムタルが助言した。


 「ですからね、イルカルラ様。もう少し魔王らしい声明を出してはいかがでしょう。初代も2代目も、きちんと勇者に宣戦布告をしていますよ」


 「宣戦布告って、例えばどういう風にするの?」


 「そうですね、こういうのはいかがでしょう。『この世界は魔王が支配する。勇者よ、絶望するがいい!』とか」


 「別に私、世界征服が夢ではないわよ。それから、勇者が絶望したところで、私は毛ほども愉しくないわ」


 「いいんですよ、このくらい挑発的な方が、それらしく聞こえるんですから」


 「誰を挑発するの?」


 「それは勿論、主上ですよ」


 「なら、直接主上に伝えた方が良くないの?」


 「そんなのじゃ主上は動きませんよ。あれは頭自体が沸いていて沸点が無いんじゃないかと思うほど、怒りを表しませんからね。その子飼いを挑発する方が容易いと思われます」


 「だったらこうすればいいじゃない。『主上よ、その柔和な気色悪い顔を、少々歪ませてもらいたい。勇者よ、汝がその従順なる僕であるならば、この言葉を主上に伝え給え』。子飼いである勇者から伝言すれば、主上も我が子の可愛さ余り、顔を歪めてくれるかもしれなくてよ」


 彼女は心底良案だと思って提案したのだが、ナムタルに一蹴された。


 「そんな直接的な言い方で、主上が逆上するわけが無いでしょう」


 「あら、そうなの?」


 「そうですよ。主上は魔属に当然として具わる“破壊衝動”が、全くありませんから。そんな文句で攻撃性を引き出せるような、簡単な相手ではないのですよ」


 それを聞いて、イルカルラは心底面倒臭そうに呟く。


 「まあ、何て理不尽な方なのかしら!主上を怒らせるというのは、存外面倒な作業なのね…。私面白いことは興味があるけれど、面倒さが上回ることはやらないわよ…」


 「――と、そんなイルカルラ様にご助言いたしましょう!」


 嬉々として笑みを浮かべたナムタルに、イルカルラは胡散臭そうな眼を向けた。


 「…期待はしないでおくわね、ナムタル。で?何を言いたくて?」


 イルカルラの投げやりな言葉にめげず、ナムタルは浮き浮きした声色で返答する。


 「はい、それはですね!ずばり、勇者と一世一代の一騎討ちをするのですよ!」



I'm so sorry, please wait for a second till the brave will appear in the story...:)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ