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思い付きで書いてみました。軽く楽しんでいただければ幸いです。



 魔王は、退屈を持て余していた。



 時は創生歴5060年。天族が天界を作ってから5060年目、魔界を初代魔王が統一してから4060年目、人間が誕生してから2500年余り。


 世界の原初は、混沌としていた。様々な存在が生まれては滅び、力ある者が争っていた。

 最初に団結したのは、白き翼を持つ者たち。彼らは同じ性質を持つ者を仲間にしていき、やがて世界を整え始めた。


 今世界は、大きく分けて3つに分類される。天使と呼ばれる天属たちが住まう、天界。天使たちが生み出した、人間が住む人間界。そして、悪魔と呼ばれる魔属たちが生息する、魔界である。


 天属たちは、世界を自分たちのものにしたがったが、それには魔属たちが邪魔だった。天属と魔属は何度も争ったが、一向に勝負がつかぬ。そこで天属たちは、新しい種族を自分たちで造ることにした。それが人間である。能力が劣る代わりに繫殖力を持たせ、数で攻めようという魂胆である。


 しかし、数で押されるような魔属ではない。彼らは彼らで、人間の“弱さ”につけこむことで、逆に人間を利用しようとした。数多の人間が、魔属に魂を奪われた。


 天属たちは考えた。折角造った人間たちを、魔属に堕とされてはたまらぬ。しかし、自分たち以上の力を与えることは、危険である。

 そこで編み出されたのが、“勇者”である。天属が選んだ人間に、天属に近しい力を分け与える。その人間を頭にして、魔属を攻めさせることにした。


 こうして始まったのが、魔王と勇者の戦いである。


 初代魔王は勇者によって倒された。2代目は辛うじて勇者を制したが、結局同属によって命を散らした。


 そして現在3代目魔王として君臨しているのが、イルカルラだった。

 胸まである紫色の髪に、同じく紫色の大きな眼。肌は真っ白で、唇は紅い。背は高く、頭は小さく、長い脚は綺麗に組まれている。身体は細身だが、妖艶な曲線を描いており、絵に描いたような美しい女の姿をしていた。

 

 「ハァー…」


 深い溜息をつきながら、玉座のひじ掛けに気だるげに頬杖をつくイルカルラ。

 もう一度言おう。魔王は退屈を持て余していた。



 イルカルラが魔王の座を、先代から引き継いで500余年。彼女は退屈で退屈で、仕方なかった。

 先代から引き継いだ、といっても、譲渡された訳ではない。先代とは血の繋がりは全くないし、交流もしていなかった。

 では何故彼女がこうして、魔王の玉座に座しているのか。理由は単純、彼女が先代魔王を圧倒した――端的に言えば、殺したからである。


 魔属は基本的に、実力主義だ。女型の魔属は子供を産むが、血が繋がっているというのは魔属にとって何の意味も無い。己より強いか弱いか。ただそれだけが大切だ。強ければ他者を制圧するし、弱ければ支配される。 

 魔王というのも、そんな魔属の習性から生まれた。魔属全てを圧倒する者、それが魔王である。彼の者は、圧倒的魔力によって他者を制圧し、畏怖される。弱きものは、闘わずして頭を垂れる。

 

 イルカルラは、生まれたときから魔力が桁外れに強かった。誕生から50年にして、自分を産んだ魔属に襲われたので返り討ちにした。100年目で、魔界で強いと言われた魔属は、あらかた支配下に入れた。

 そして生まれて300年目になる500余年前、先代の魔王を嬲り殺して魔王になった。


 正直彼女は、魔王の座に興味は無かった。しかし同時に、彼女は生まれてからずっと退屈で死にそうだった。だから、魔界の強者たちと殺り合えば、少しは楽しくなるだろうかと考えたのである。そうやっているうちに、気が付けば魔王以外屈服させてしまい、そして最後は魔王も殺してしまったので、自動的に魔王に就任しただけなのだ。


 「魔王になったけど、今までと何にも変わらないじゃないの」


 毛先をくるくると弄びながら、イルカルラは気だるげに呟く。伏せられた長い睫毛が、物憂げな表情をそれらしく彩っていた。


 「イルカルラ様、そう気落ちなさらないで下さい。確かに東の巨人族とのレスリングは、全員一斉攻撃というハンデにも関わらず陛下が秒で制圧してしまいました。加えて巨人族が数十体死にましたが、そういうこともありましょう。また何かお気に召しそうなものをご用意致します。次は何が良いでしょうか、バジリスク666匹縄抜けとかはどうでしょう?」


 「それ、もう736年前にやったわ。バジリスク程度の締め付けじゃ、一瞬で抜けられちゃうわよ。抜けたついでにひ弱な牙を引っこ抜いて、全部堅結びしてやったんだけど、あれ自力でほどけたの?」


 彼女がそう言うと、声を掛けた男は残念そうに肩を落とした。


 「そうですか。私が発見したときに、全員堅結びにされていたのは、陛下の所業でしたか。…あれ、解くのが大変だったんですよね」


 「あら、もしかして全部貴方が解いてやったの、ナムタル?」


 ナムタルと呼ばれた男は、魔界の序列2位にあたる。つまり魔界の中で、魔王イルカルラの次に強い魔属ということだ。

 彼は赤黒い髪に真っ赤な眼をした、これまた整った顔立ちの男の姿をしている。背も高く、手足もすらりとしていた。その背中には、骨ばった大きな黒い翼が一対、綺麗に畳まれている。頭には、2本の太く捻じ曲がった黒い角。よく見れば瞳孔は縦長で、耳は長く尖っている。


 ナムタルは、魔界で「核族(かくぞく)」と呼ばれる種族だ。魔属はみな、核の生み出す魔力によって活動している。核は謂わば、人間でいう心臓及び魂のようなものだ。核族は、自分より弱い魔属の核を主食としている。稀に人間界に降りて気紛れに人間と契約し、代償としてその魂を食することもある。

 力の強い核族は、基本的に魔界でしか食事をしない。弱い者ほど魔界で捕食することが難しいので、より弱い人間を獲物にする。人間界で「悪魔と契約する」と言われるのは、弱小核族のつまみ食いを指している。


 ちなみにナムタルは一族の中で最も力が強いので、生まれてこの方魔界でしか食事をしたことが無い。加えて、魔界の中でも強くえぐみのある核を持った魔属しか襲わない。彼は大変な美食家なのである。

 

 「いやあ、驚くほど面倒でしたよ。ぬるぬるしている癖に物凄い力で結んであるんで、何度も途中で止めたくなりました。こんな事をしたのはどこのどいつだと思いましたが、イルカルラ様なら納得ですね」


 「ええ、抜けただけじゃ退屈だったから、試しに結んでみたの。ああ、あの時は私も芸がなかったから堅結びにしてしまったけれど、どうせならもっと複雑な結びにしてみようかしら。そうねえ、折角なら666匹使って編み込みも良いかもしれないわ。1匹ずつ模様が違うから、模様の組み合わせを考えながら編んで行ったら、暇潰しくらいになりそうね」


 「やめてください。100年程バジリスクが使い物にならなくなりますよ。今お吸いになられているの、彼らの吐息でしょう?」


 イルカルラの片手には、黒煙を立ち昇らせる長い煙管がある。彼女の吸っているそれは、バジリスクの吐息。文字通り、バジリスクの吐く息を凝縮したもので、魔界における嗜好品の一種だ。効能は個体差があるが、主に気分の高揚や意識の覚醒を促すとされている。

 ちなみに、魔力の弱い者にとってバジリスクの吐息は、触れるだけで死に至る猛毒である。


 「そうねえ、バジリスクの吐息が吸えなくなってしまうのは、困るわねえ」


 すぱーっと黒煙を吐いて、イルカルラが再び詰まらなそうに視線を彷徨わせる。


 「では、恐竜族との空中格闘技はいかがでしょう。イルカルラ様は両腕両脚に枷と錘を付け、恐竜族全員と空中戦を行うのです。陛下は飛行での戦闘が、お好きだったと心得ております」


 ナムタルの提案に、イルカルラは少し思案顔になる。


 恐竜族は、巨大な図体に鉄の鱗、鋭い牙と爪、大きな翼を持つ魔属だ。口腔から放たれる魔力の砲撃はブレスと呼ばれ、ありとあらゆる者を吹き飛ばす。魔属の中でも長命で好戦的だが、小食なので200年に1度巨人族の肉を喰らう程度である。


 「航空戦は好きよ。急降下からの地上すれすれで反転して、一気に上昇するあの感覚、堪らないわねえ」


 「ええ、イルカルラ様の空を駆けるお姿は、それはもう殆ど視認できない程流麗であります」


 「貴方に褒められて嬉しいわ、ナムタル。ちなみに枷と錘を付けたら、私の巡航速度でも視認できるようになるかしら」


 「ハイオーガ数十体程ぶら下げれば、魔素抵抗で多少は速度が鈍るのでは」


 ハイオーガとは、オーガの上位体である。知能が低く、狂暴で、筋骨隆々の身体をしている。岩のように固く、鉛の塊のように重い。


 「ハイオーガ数十体ねえ。恐らくそれ自体を武器にしてしまいそうなんだけど、錘を武器にするのは反則かしら」


 「反則にするか否かは、イルカルラ様が判断すれば宜しいとは思います。ただ、良しとした場合、まず間違いなく開始数秒でゲーム終了になるでしょうね」


 「じゃあ錘を武器にしてはいけない、というルールにしたら、面白いゲームになるかしら」


 「あと数十秒程は、恐竜族も持ちこたえると思います」


 「数十秒だけ?じゃあ、私が魔力砲撃無しという条件はどう?」


 「イルカルラ様が直接体当たりすると?駄目です、断固として反対します」


 「あら、私は恐竜族くらいなら、ぶつかっても平気よ」


 「当然です。イルカルラ様が怪我をする訳が無いじゃないですか。恐竜族の方が死にます。恐竜族の卵殻が、この城を彩るのに一役買っているのはご存知でしょう?貴重な資源を、一時の快楽のために無駄にしてはいけません」


 イルカルラが住まう城は、窓や照明が色とりどりの透明な欠片で装飾されている。それらは全て、恐竜族の卵殻で作られたものだ。


 ナムタルの言葉に、彼女は再び溜息と黒煙を吐いた。


 「それじゃあ全然遊べないじゃない。それくらいなら、飛び回る恐竜族にぶつからないように、空中を旋回するという方が、余程ゲームになりそうよ」


 「恐竜族に当たったら負け、ということですか?」


 「そう」


 「イルカルラ様、そうすると陛下が負けた時点で最低一匹の恐竜族が死ぬことになります」


 「そうね、素敵な死闘(デスゲーム)じゃない?」


 「それだと、デスゲームをしているのはイルカルラ様ではなく、恐竜族の方ではないですか」


 「あら、確かに。考えてみたら、私は命が懸かっていないわ。そんなの死闘とは言えないわね。詰まらないの」


 イルカルラは考えるのも飽きてきて、煙管をくるくる回し始める。高速回転する煙管の口から、黒煙が鞭の様にしなり、宙に模様を描く。


 「イルカルラ様、魔界には陛下のお気を紛らわせるものは、殆どありません。ですから――」


 「――はいはい、天属と戦争しましょう、と言うのでしょう。362年前からずっと言われるものだから、その話はもう聞き飽きているわ」


 頬杖を更に深くして、鬱陶しそうにイルカルラは言う。首が傾いた拍子に、艶々した髪が一房、さらりと高い鼻梁にかかった。



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