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無常の風の果てに 転移の勇者は復讐を誓う  作者:
無常の風の果てに
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4話 喰む



「ふぅ……」

「本日はお疲れ様でしたアンリエッタ様」

「ありがとうシグレット」

「明日は昼食会等ございますが、それ以外はこれと言った大きな行事はございません。明日は肩の力を抜いてお過ごし下さい」

「えぇ、そうさせてもらいます。何年経っても王女の責務は慣れません。私は何も考えず体を動かしている方が性に合っているみたいです」


世界は今日も闇の時間を迎える。

毎日訪れる闇の世界。

死者の魂が出歩く時間。

生者は床に就く時間。


だがアルギリア王国王都の至る所で生者は寝る事を拒否するかの様に家々に紅い火を灯し、大通りには揺らめく炎に混じって少数の青白い光が煌々と輝いていた。


それは人々が今日という日を讃える歓喜の光。目に見える無常の風から解放された安堵の輝き。闇に打ち勝った人々を讃え、親しい者、愛する者と生きている事を喜ぶ生者の命の灯火。


耳を澄ませば、微かに人々の喧騒が聞こえる。この生者達の歓喜の喧騒は夜通し続く事だろう。


アルギリア王国王女のアンリエッタは、自身の寝室から続くバルコニーに出て夜風を浴び、眼下に広がる人類の灯りと営みをやや疲労の色が浮かぶ瞳で見つめていた。


式典用の豪華なドレスからゆったりとした就寝着姿に着替えたアンリエッタへ、3歩後ろに控えるシグレットは労いの言葉を向ける。


何事もなく魔王討伐記念式典初日を終えたアンリエッタ。


日中はかつて魔王アスラゴートと戦った仲間達、今では【8英雄】と呼ばれる者達やアルギリア国王、並びに魔王軍との戦闘に尽力した元同盟国関係者等と共に王都をパレードし、パレード参列者に褒美や勲章を授け、魔王討伐記念を祝し建てられた記念碑(モニュメント)の披露会にも立ち会った。


日が暮れればパレードに参列した者達と食事をし、時刻21:00を過ぎた頃、ようやくアンリエッタは王女の責務から解放され肩の力を抜いた。


自室で本等を読むより、どちらかと言えば外で体を動かす事を好むアンリエッタにとって式典は堅苦しいモノでしかなく、ストレスを感じていたらしい。

しかし仮にも王女。アンリエッタは人前に立てば内心で感じるストレスを悟られまいと、女神の様な微笑を浮かべ優しい声を発した。


その反動か、気を許せるシグレットの前だとアンリエッタは表情を取り繕う事はしない。


アンリエッタは常に緊張を強いられ王女としての責務を果たすよりも、ただ目の前に立ち塞がる敵を打ち倒していたあの時の方が、自分の性に合っていたらしい。と、自虐的な事を考えながらシグレットへ体を向ける。


「……では明日は城下を散歩なさいますか? 正午には昼食会にご参加して頂きますが、それまでは何も予定はありません」

「それは良い考えです。普段とは違う雰囲気の城下を歩くのは新鮮でしょうね。是非そうしましょう。お供は任せましたよ」

「かしこまりました。それではおやすみなさいませアンリエッタ様」

「おやすみなさい」


アンリエッタの自虐的な声に気が付いたシグレットは、アンリエッタの気分を変える事が出来ないかと明日の予定を思い浮かべた。


幸いな事に、明日の午前中は参加しなければならない行事も予定もなく丸々空いている。そこでシグレットは散歩をして気分転換してはどうかと提案した。


予想通りの反応に一安心し、シグレットは頭を垂れバルコニーを後にする。

バルコニーにはアンリエッタのみとなった。


「皆まだ起きているのですね…… 彼等も式典に参加すればこの素晴らしい光景を見れたと言うのに」


シグレットに向けていた顔を前に戻したアンリエッタは、再度火を灯す街並みに目を向ける。

アンリエッタは今日の式典に参加しなかったかつての仲間達の顔を頭に思い浮かべた。


「お疲れの様だなアンリエッタ」

「!? 何者です!」


疲労に混じり、微かに哀愁漂う表情を浮かべたアンリエッタ。その背中に男が声を掛けた。


不審な声を聞き、アンリエッタは反射的に半身の構えを取り腰に手を伸ばした。滑る様な、流れる様な、極限までに効率化された体捌き。

剣技に関し天賦の才を持ち、その才と立場から国の英雄になる事を望まれたアンリエッタ。


アスラゴートや魔王軍と対峙した時と同じ様に、アンリエッタは反射的に戦闘態勢に入った。


しかし悲しきかな。就寝用のドレスを纏うアンリエッタが帯剣している筈もなく、唯一の逃げ道である寝室へと繋がるガラス戸の前には、まるで闇から現れたかの様に男が立ち塞がっている。


以下に体捌きが良くとも、攻撃手段が無ければ意味がなかった。


「痴れ者め! 衛兵!」

「『奪え 生者の声を 奪え 生者の言の葉を 奪え 生者の奏でる音を 奪音(だつおん)』」

「っ!? ー! ー!!」

「懐かしいだろぉ? アンリエッタぁあ」

「!!」



直ぐに衛兵を呼ばなければ。


数分前までシグレットが立っていた場所に不気味な男が佇んでいる。武器も無く、唯一の逃げ道を塞がれた。


己が今危険な状況にいると悟ったアンリエッタは、声を張り上げ衛兵を呼びつつ牽制くらいにはなるだろうと素手での格闘戦の構えを取り、攻撃魔法(スキル)『業火』の呪文を詠唱しようとした。


すると、かつて何度も聞いた【声と音を奪う魔法】の詠唱が聞こえた。


まさかと感じるアンリエッタ。直後、己が予感した様に、アンリエッタは声を…… 言葉を発する事が出来なくなっていた。


「この魔法(スキル)で何度も魔王軍陣地を奇襲したよなぁ? お前も絶賛した魔法(スキル)だぜぇ? なぁアンリエッタぁあ」


笑みの篭る邪悪な声。


奪音(だつおん)


それは忌むべき者が使用した魔法(スキル)

忌むべき者が任意で選んだ者の声や発する音を封じる事が出来る魔法(スキル)


アンリエッタは目を見開き、寝室から溢れる光で逆光に包まれた男を見つめ続けた。



▼▼▼▼▼▼▼▼



「ライ様、ライ様はどの魔法(スキル)の『熟練度」を優先的に上げるおつもりですか?」


俺が蘇った翌日。全ての『熟練度』、及び能力が初期化(リセット)されていると聞かされたベルゼが、俺に体を寄せつつ顔を覗き込んできた。


『復讐ノ誓イ』を交わして以降、ベルゼは俺に好意を…… 例を挙げるなら文字通り常に寄り添ったり、異様に世話を焼きたがったり、心から安堵した様な笑みを向ける様になった。


それは誰が見ても恋する少女の様で、名前と約束を授けてくれた相手が側に居る事を許してくれた喜びが、行動や表情となって現れたモノだった。


「……まずは生前の『熟練度』が高かったモノから上げる」


俺にとっては復讐を共有した相手。約束を交わした相手。何気なく名前を授けた相手。俺を蘇らせた相手。

それだけの間柄。

何故ベルゼが自分にこれ程の好意を向けるのか理解出来なかったが、それが好意から来る行動だというのは幸か不幸か理解は出来た。


だから取り敢えず怪訝な眼差しを向けはするが、それ以上邪険に遇らうような事はせずベルゼの好きにさせた。


「という事は、戦闘に役立つ魔法(スキル)ですか?」

「あぁ…… 『蒼天の嘆き』や『滅却の業火』、『神風』『魔滅防壁』に『奪音(だつおん)』『空脚(くうきゃく)』。 挙げればキリがねぇ。『鑑定眼』みてぇに役立つ魔法(スキル)も有るが、戦闘に直接関係な魔法(スキル)の『熟練度』は後回しだ」


それはさておき、魔法(スキル)の『熟練度』とはその魔法(スキル)をどれだけ使用したかを数値化したもの。それと同時に、使えば使う程その数値は増え続け、発動までにかかる時間が短縮されたり効果範囲や効果時間等が伸びるといった恩恵がある。


俺は僅かな隙が命を落とす原因となる戦場を歩まざるお得なかった。

故郷に帰る為に、生き残らなければならなかった。

だから俺は己の命を守る為に、役立ちそうな魔法(スキル)の『熟練度』を高めに高めた。


今では目的こそ違えども、魔法(スキル)が必要なのは変わらない。


俺は昨日より軽やかになった足取りで、ベルゼと共に冥府(ヘレ)への入り口へ立ち、言葉を紡ぎながら歩き出した。


魔法(スキル)の『熟練度』を上げるには魔法(スキル)を複数同時に、かつ連続で発動し続けるのが1番手取り早い。でも、『熟練度』を上げる方法は他にもある」


昨晩の不気味な光景とは打って変わり、暖かな木漏れ日を落とす始原の森の巨木達。木々が太陽に照らされる光景に清々しさを感じつつ、腿の辺りまで伸びた草を掻き分けながら進む。進み続ける。


「っ! ライ様……前方に獣が 」

「『静狼(せいろう)』の幼体だな。食ってるのは……『飛び兎』か。運が良い」

「ライ様? 何を……」


といった具合で暫く森の中を歩いていると、微かに懐かしさすら感じる血の香りが漂ってきた。 嗅ぎ慣れた香りに誘われ、まるで街灯に引き寄せられる虫の様に、その香りの根源へと向かい歩く。

血の香りを感じてから数分後、俺達は朽ち果て地面に身を沈める枯れ木の側に、【静狼(せいろう)】と呼ばれる灰色の獣を見つけた。

頭胴長は50cm。『静狼(せいろう)』の成体は頭胴長が1mを超える。以前見た事がある成体より大分小柄だから、俺はこの獣が生まれてまだ間もないというのが分かった。


ということはレベルも精々2〜5程度だろう。不意打ちすれば問題なく狩れる。


俺は死者の宮殿(トーテンパラスト)で見つけた錆びだらけの剣を鞘から抜いた。


遥か昔、死んだ者の魂と共に死者の宮殿(トーテンパラスト)に納められたのだろう剣の中の一振り。

ベルゼが死者の宮殿(トーテンパラスト)に住む様になってから、掃除の一環で宝物庫に纏められていた剣の中の1振り。


武具や装飾品が持つ効果や性能、果ては相対した敵のレベルまで数値や文字で網膜に投影する魔法(スキル)『鑑定眼』。この魔法(スキル)を使い、耐久値や攻撃力が最もマシな剣を選んだ俺は、久方ぶりに手にした剣の重さを確かめる様に握り締める。


「『滾れ我が脚よ 空を踏め 空を蹴れ 空脚(くうきゃく)』 『奪え 生者の声を 奪え 生者の言の葉を 奪え 生者の奏でる音を 奪音(だつおん)』」


そしてベルゼの言葉を無視して【飛び兎】と呼ばれる小さな獣を貪り食う獣に視線を向け、保有魔力(マジックポイント)を『3500』消費し、足場に魔力の磁場を発生させ僅かな間空中を走れる様になる魔法(スキル)空脚(くうきゃく)』の発動条件である呪文を詠唱。重ねて保有魔力(マジックポイント)を『6000』使い、対象とした者の声や発生させる音を奪う魔法(スキル)奪音(だつおん)』を発動。自らにかけた。


「……」

「あ、コレを見ろって事ですか?」


軽く剣を振るい、『奪音(だつおん)』の効果で風を切る音がしなくなった事を確認して、『奪音(だつおん)』の詳細画面(ウィンドウ)を開き、指先の仕草でベルゼに熟練度を見るように促す。


奪音(だつおん)』の熟練度は『1』となっていた。


ベルゼが詳細画面(ウィンドウ)へ目線を落としたのを確認した俺は、『奪音(だつおん)』の詳細画面(ウィンドウ)を消す。


そして飛んだ。


「あ、あれ? ライ様!?」


突然俺が目の前から消えた事で、驚愕し立ち上がってキョロキョロと周囲を見回すベルゼの姿が下方に見えた。俺はベルゼを見下ろしながら駆ける。


「ギャイン!?」

「あっ!」


ベルゼが次に俺の姿を捉えたのは、俺が上空(・・)から『静狼(せいろう)』に無音で襲い掛かり、首筋に錆びた剣の切っ先をねじ込んでいる時だった。


静狼(せいろう)』の首筋から噴き出した血が俺顔を汚す。それでも表情1つ変える事なく、俺は淡々と、より深く獣の首に切れ味の悪い粗悪品にも劣る剣をねじ込む。

事切れた獣を見下ろし、奪音(だつおん)の効果を切って言葉を紡ぐ。


「ふぅ…… 久しぶりに血を浴びた。まだ本調子には程遠いな。武器の質も最悪だ」

「ら、ライ様…… お怪我は?」

「ない。……なぁベルゼ。さっき俺はスキルの『熟練度』を上げる方法は他にもあるって言ったよな」

「は、はぃ」

「その方法がコレだ」

「え、えと……どういう事でしょうか」

魔法(スキル)を覚える方法の1つに、魔法(スキル)を使う動植物を食べる方法がある。魔法(スキル)を使う希少な動植物を大量に食う事で、食った動植物の魔法(スキル)と、魔法(スキル)を発現させるのに必要な呪文が頭に浮かんで使用出来る様になるって訳だ。

だがこの方法で魔法(スキル)を使える様になるのは稀だ。何故なら魔法(スキル)を使う動植物の存在自体がそもそも少ないから、食いたくても食えねぇからな」


顔を青ざめ俺の言葉に返事を返すベルゼ。

堕天したとはいえ、周囲に魔力さえあれば食事を必要としない神であったベルゼには、他の命をいただき食事を取る習慣がない。


しかし俺の行動がどういった物なのかは知っていた様だ。

そして獣の魂が肉体から離れた事を知った。


ベルゼは生命が消え去る瞬間を初めて目の当たりにし、同時に獣の血とその血で体を染め上げた俺が何処か悍ましく見えたのだろう。


「でもその動植物が使う魔法(スキル)と同じ魔法(スキル)を既に覚えた状態で、新たにその動植物を喰えば…… 」


怯えた様子のベルゼを他所に、物言わぬ肉の塊となった獣から剣を使い少量の肉を剥ぎ取る。

血が滴る生臭い獣肉。先程まで獲物を貪っていた獣の肉。弱肉強食を体現した光景をベルゼに見せる俺は、剥ぎ取った肉を徐に頬張った。


「っはぁ…… 『熟練度』が上がるんだよ」


噛み締め、咀嚼し、すり潰し、その肉に宿る物全てを己の血肉にする。

喉を鳴らし、固体から半ばクリーム状になった肉を飲み込む。


口から溢れた獣の血を『復讐ノ誓イ』の紋章が浮かぶ右手の甲で拭いながら状態(ステータス)確認画面(ウィンドウ)を開き、血に染まる指で白くなった『奪音(だつおん)』の文字を(タップ)する。


魔法(スキル)を使う動植物の血肉には、其奴等が使う魔法(スキル)の記憶が代々刻まれてる。この『静狼(せいろう)』は狩りの時に『奪音(だつおん)』を使って自分の足音や声を消す。『 飛び兎』は敵に襲われた時、『空脚(くうきゃく)』を使って空へと逃げる。その記憶が刻まれた血肉を食み己の血肉に変える事で、魔法(スキル)を使用した時以上の『熟練度』が得られるんだ。

それにこの方法なら『熟練度』と同時にレベル上げも一緒に出来る。鈍った体を動かす事が出来る。戦いの感覚を取り戻す事も出来る。一石四鳥だ」


先程までは『1』と記されていた『奪音(だつおん)』の『熟練度』。それが静狼(せいろう)の肉を食べた直後、一気に『65』に変化していた。


「これで分かったろ? さぁベルゼ協力しろ。獣を探せ。植物を探せ。この生者の侵入を阻む森に住み、魔法(スキル)を使う全ての生命体を」

「は、はい!!」


こうして俺は夜は冥府(ヘレ)に引き篭もり、数種類の魔法(スキル)を同時に使用して『熟練度』向上に努め、日中は冥府(ヘレ)周辺の森に生息する動植物…… 魔法(スキル)を使い狩りや巣作りをする獣を始め、捕食されそうになると眩い光を放ち身を守ろうとする植物や、火を放ち攻撃してくる鳥等。魔法(スキル)を使う生命体の多くを狩った。


それ等狩った獲物は山の様に積み上がったが、俺は僅か1週程で、全てを己の血肉に、復讐の為の血肉に変えた。


魔法(スキル)を使い狩り等をする獣達はその恩恵にあやかろうと人間達に狩られ続けた。

今では国が保護しなければならない程に数を減らした獣達だが、冥府(ヘレ)は勿論周辺の森は誰も近づかない禁忌の地。人の手が入っていない手付かずの自然の宝庫。


そこで数を増やし続けた獣達は、俺という人間の血肉となった。



▼▼▼▼▼▼▼▼▼▼



「あの場所に人間の手が入ってなくて良かったぜ。そうじゃなきゃ、こうも早く熟練度は溜まらなかっただろうなぁ」


1週間前の事を思い出しながらダラリと肩の力を抜き、ガラス戸の前に立った。


現時点で俺のレベルは『48』になっていた。蘇った直後がレベル『1』だったから、1週間でこのレベルはまずまずと評価していい。

といっても、このレベルは精々アルギリア王国軍の一兵卒か喧嘩自慢の町人並みでしかなく、本気になったアンリエッタや衛兵達に囲まれたら今の俺に勝ち目はない。


以前ならアンリエッタも衛兵達も逆に返り討ちにするだけの力があったのに……とも思ってしまうが、面倒なレベリングをする羽目になった元凶を見下ろせば、今までの苦労も多少は報われるというモノだ。今の俺のレベルが生前の10分の1しかないとしても。


アンリエッタも生前の俺のレベルを知っているだけに下手な真似はしないだろう。


そんな事を考えながら、状況が理解出来ずに困惑している怨敵を見下ろす。

俺はこの表情を見る為に蘇ったと言ってもいい。それ程、俺は此奴を此奴等を憎悪し憎み妬み恨み怨んだ。


その相手が力なく床に座り込んでいる。


愉快。大変愉快だった。


「おい、なんとか言えよアンリエッタ。感動の再会だろ?」


対するアンリエッタはケラケラと笑い声を上げる笑みを浮かべる俺を見て、顔から血の気が引いている。当然だろう。今は平時で戦時中とは違い比較的警備が緩いとは言っても、王都の、しかも王の居城に誰にもバレる事なく忍びこまれたのだ。


絶対に安全な筈の場所に不審者が居れば俺だってこんな顔になる。その不審者が1年前に死んだ人間ともなれば尚更だ。


アンリエッタは後退ってバルコニーの手すりに背中を寄せる。それでも徐々に瞳には凛とした色が戻り始め、目付きだけは鋭く俺を捉えた。


奪音(だつおん)』を受けて俺の正体を察しただろうに、こんな目付きを向けられるとは。


そうでなくては面白くない!


「1年ぶりの再会だろ? 何か言う事あるだろぉお? なぁ! なぁなぁなぁ!!」

「ー!? ー! ー!!」

「あぁ、そう言えば声奪ってたんだ。悪ぃ悪ぃ」


俺はアンリエッタの腹部を本気で蹴り飛ばした。アンリエッタのレベルは覚えていないがそこそこ高かったと記憶している。だから今の俺が全力で蹴っても精々クソ痛いだけで死ぬ迄には至らないだろう。

アンリエッタは『奪音(だつおん)』の効果で声を発する事が出来ず、無音で数メートルは転がった。しかし口は大きく開き、無音の絶叫を上げている。



此奴…… 私のお腹を蹴り上げた……!



目を見開いたアンリエッタの表情がそう物語っている。腹部を蹴り上げられた事で強い吐き気を催し、今日食したであろう物が胃液とともにバルコニーの床にぶち撒けられる。 自身でも良く知っている魔法(スキル)で声も音も封じられ、危機を知らせる手立てがなく嬲られている様は見ていて爽快だ。


俺は絶えず白い肌を踏み付け、踏み躙り、蹴り上げ、蹴り飛ばす。



良イ気分ダ! 実ニ良イ気分ダ!!



かつて自分を裏切り汚名を着せ処刑させた女をいたぶりながら、第2の魔王の汚名を着せられた俺は、自らの足で痛め付けている憎い相手を見下ろし満面の笑みを浮かべる。


「ふぅ…… 多少はスッキリしたな」


一頻り足蹴にして心から浮かび上がる高揚感を堪能する。


無様に虫の様にバルコニーに這い蹲り、苦悶の表情を浮かべながら俺から距離を取ろうとするアンリエッタ。

憎い者が成す術もなくただ惨めに逃げる事しか出来ない現状に、かつてない程の興奮と満足感に支配されかけたが、鬱憤を多少晴らした事で本来の目的(・・)を思い出した。


危うくこのクソッタレを蹴り殺す所だった。

俺が味わった恐怖や苦痛はこんなモノではない。このままアッサリ殺してお終いなんてのは有り得ない。


「なぁアンリエッタ。俺が分かるよな?」


此奴には、否、俺を裏切った者には全員地獄にも勝る苦痛を与え、殺してくれと涙を流して懇願したくなる様な究極の責め苦を与える。


そうして復讐を果たした時、初めて俺の心は癒されるのだ。


俺は床を這うアンリエッタの前に屈み込むと、心の底から笑みを浮かべた。




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