3話 復讐ノ誓イ
「ライ様ここに居られたのですね。散歩はもうよろしいので?」
「あぁ」
「では何をしてらっしゃったのですか」
ベルゼが用意していた黒い衣服を纏い、俺は冷たい地べたに腰を下ろし闇に包まれた世界を見ていた。
付近に動く影はなく、周囲にあるものと言えば太古の昔から其処に在ったのだろう岩石群に鬱蒼と生い茂る巨木達。おどろおどろしい闇。
原始的な深い森の中にポッカリと口を開け、不気味に佇む冥府の入り口。
闇夜に浮かぶ木々の枝が生者の侵入を防ぐ様に伸びる様は、此れより先は死者の国だと圧力を放っているかの如く、力強い存在感を醸し出し見た者に恐怖感を与える。
眼前に広がる原始の森。その大地に瞳を向ける俺の背中に、白と黒の衣を纏い胸に紅の宝石が埋め込まれた堕天の女神、ベルゼが声を掛けながら歩み寄う。
「空と【スキル】を見てた」
静かなベルゼの問い。
俺は何も考えず、闇で染まる空を見上げながら淡々と無表情で答えた。
「スキル……ですか?」
「そうだ。この世界では魔法って呼んでるらしいが、俺は勝手にスキルって呼んでる」
「あ、なるほど。魔法の事だったんですね。それで何故魔法を見てらっしゃったのですか?」
「俺は磔にされた時点で屑共に肌着以外の衣服や武器、装飾品全てを奪われていた。で、もしかしたら苦労して習得した魔法も奪われたんじゃないかって思ってな」
「っ!そ、それで結果は」
「奪われてはなかった」
「んぅ?奪われてはなかった……? 」
尚も淡々と語る俺の隣にベルゼが静かに腰を下ろす。ベルゼは少し妙なニュアンスに気付き、小首を傾げながら頭にハテナマークを浮かべた。
スキル。
それは俺がこの世界に来た際に使える様になったモノ。
この世界では魔法と呼ばれるモノ。
己に備わった魔力を消費し発現させる奇跡の力。
この世界に来る以前は魔法が存在しない世界で生きていた俺にとって、それは全く馴染みのないモノだった。
だが、生まれ持った体には、魔法を使用する際に消費する魔力が膨大に備わっていた。それは特筆に値し神にも比肩する程だった。
魔法とは無縁の世界で生きていた俺が神にも匹敵する魔力を秘めていると知ったのは、この世界に来た直後のこと。
俺はこの世界に来たその瞬間から、己に秘められた魔力を媒介とし、この世界の理にそったスキルを、魔法を扱える様になった。
この世界に来てから数年。俺は辛く厳しい修行と訓練と死闘を経て膨大な数の魔法を習得した。
しかし不安だった。
磔にされた際、俺は肌着しか身につけていなかった。それまで着ていた服や所持していた武具、装備品は全て奪われた。
もしや魔法も奪われたのでは?
この世界に来てから数年が経っているとは言え、俺はこの世界の全てを知っている訳ではない。
もし彼奴等が魔法を奪う術を持っていたなら……
己が第2の人生を歩む上で明確な目標を得た俺は、その目標を達成する為に必要不可欠な力が己にまだ備わっているのかを確かめる必要があった。
「見せた方が早い。これを見ろ」
「こ、これは……!」
静かに己の手を虚空へ向け突き出す。すると何もない虚空に自身の名前や年齢に性別、数値化された【生命力】や【保有魔力】を表す数字。更には【レベル】、そして膨大な文字の羅列が現れた。
この文字の羅列を順に説明すると……
まず『生命力』。略して『HP』とも呼ぶこのステータスは文字通りその人の生命力を表す。傷を負ったりしてこの数値が『0』になると、人は死ぬ。当然俺も例外ではない。
『保有魔力』は略して『MP』と呼んだりする。保有魔力は主に魔法を発現させる際に使用する。この数値が『0』になったり、魔法の発現に必要とする数値に達していないと魔法は発現出来ない。
その他、『基礎攻撃力』とは現時点で生身の俺が持つ攻撃力を表す。『基礎防御力』も同様で、生身の俺の耐久値を果たし表したモノ。
『魔法攻撃力』は俺が攻撃系魔法を使用した際、相手に与えるダメージ数値を平均化したモノ。攻撃系魔法の種類によってはこの数値を上回ったり、逆に下回ったりするが、敵にどれだけダメージを与えられるか目安になる。
『魔法防御力』は逆に魔法による攻撃を受けた際、どれだけそのダメージを軽減できるか数値で示したモノ。
現時点で俺の『生命力』は『194』、『保有魔力』は『700000』。『基礎攻撃力』は『78』、『基礎防御力』は『81』、『魔法攻撃力』は『435』、『魔法防御力』は『323』となっていた。
この世界の人々はこの様に、自身の簡単な情報が載った所謂状態確認画面を、ほんの少し魔力を消費する事で何時でも何処でも開く事が出来る。
基本的にこの状態確認画面は自分しか見る事が出来ないが、自身が念じれば他人に対し見せる事も出来るし、ある技を使えば他人の状態確認画面に書かれている情報を覗き見する事も出来る。
俺は己の名や性別等が書かれたウィンドウを浮かび上がらせ、閲覧許可と念じて隣に腰掛けるベルゼにウィンドウを見る様に言った。
「私より『保有魔力』が多いです!」
「んな事今はどうでもいい。下の文字を見ろ」
信じられないモノを見た。という様に目を見開くベルゼに俺は冷たい言葉を向ける。
かつては末席とはいえ神の1人だったベルゼ。堕天し、名と翼を奪われても人類とは比べ物にならない量の魔力を秘めるベルゼ。
そんなベルゼより多くの魔力を秘めると言われたが、今の俺にとって己の保有魔力量はどうでもいい事であった。
それでも先程、ベルゼが居ない時に己の保有魔力を見た時は疑問に感じた。
俺の現時点での『保有魔力』は『700000』。処刑直前の『保有魔力』は確か『400000』程だった筈。
レベリングもしていないのに、何故か蘇った俺の『保有魔力』は、生前と比べ約4割程増えていた。
『700000』という『保有魔力』量は、この世界で最も『保有魔力』を持つと言われている最強の魔法使いの約1.5倍の数値。
他の『基礎攻撃力』等の数値は生前と比べるまでもないくらいに低下している。なんなら俺がこの世界に来た直後より下回ってるくらいなのだが……
まぁ『保有魔力』が増えた理由はどうでもいいか。多くて困る物でもないし、『生命力』や『基礎攻撃力』等は『レベル』が上がればその分だけ数値も上がる。レベリングさえすれば、さして問題ではない。
などと改めて考えながら、俺は「ど、どうでもいいなんて…… 」と、呆気に取られた様なベルゼの呟きを無視し、名前や『生命力』等の下にズラッと並ぶ文字に目線を向けた。
文字。文字。文字。
この文字の羅列こそ、俺が長年かけて習得した魔法の数々だった。
「ゴホン……こ、これが全て魔法ですか? 」
「そうだ」
「ライ様はこんなにも多くの魔法を習得なされたのですね。それより、白い文字で書かれている魔法と灰色の文字で書かれている魔法がありますが」
「これがさっき魔法について聞かれた時、奪われてはなかったって言った理由だ」
ズラリと並ぶ文字を見て咳払いしたベルゼは、白いペンで書かれた様な【篝火】という文字と、灰色のペンで書かれた様な【疾風】という文字を指差した。
『篝火』
『疾風』
これは俺に魔法の素質があると分かったその日の内に習得した魔法。
『篝火』は目の前に拳大の火球を出現させる魔法。これは火球を出現させるだけなので攻撃には用いれず、『暗視眼』という魔法を習得するまで、もっぱら夜道を進む際の光源等として使用していた。(一般人は薪に火を配る時等に使うらしい。)
『疾風』はビューフォート風力階級5程度の風を発生させる魔法。この『疾風』が生み出す風は水面に波頭が立つ程度なので、これも敵への攻撃には使えない。『疾風』は煙幕や毒の霧を吹き飛ばす際に使用していた。(『疾風』に関しては、一般人ならまず使う機会が無いのでこういう魔法がある。程度の認識しかされていない)
この2つはどちらも魔法を習う者が1番始めに教わる初歩的な魔法と言われており、素質があればその日のうちに習得出来る。なので幸いにも素質があったらしい俺は簡単に習得する事が出来た。
「どう言う意味なのでしょう?」
「『吹け 疾風』」
尚も首を傾げるベルゼを他所に、状態確認画面を閉じ、灰色で書かれた魔法の発動条件である呪文を詠唱する。
数秒後、俺の体を微かな光が包み小さな風が吹いた。
体から微かに魔力が抜け落ちるのを感じ、再度状態確認画面を開く。
其処には先程まで灰色で書かれていた『疾風』という文字が、白色で書き換えられていた。
「あ、『疾風』の文字が白色に」
俺は白字に変わった疾風の文字を押する。
すると状態確認画面とは別の、『疾風』の持つ効果や『熟練度』が記された画面が現れた。
「処刑される前、『疾風』の『熟練度』は『700』はあった。お前も知ってるだろうが、『熟練度』はその数値が高い程、それだけその魔法を使ったって目安になる。同時に数値が高い程、消費魔力が軽減されたり威力や攻撃範囲が広がったり発動までのタイムラグが少なくなる恩恵もある」
「今の『疾風』の『熟練度』は……『1』になってますね」
「俺は今、蘇ってから始めて『疾風』を使った。どうやら俺の『熟練度』や能力値は全て初期化されてる様だ」
「えぇ!?」
ベルゼは俺の肩に顔を寄せ、『疾風』の詳細画面を覗き込む。
其処に記されていた『疾風』の『熟練度』……どれだけその魔法を使用したかを示す数値は、確かに『1』と記されていた。
これで俺は自身が感じた疑問が確信に変わった。
▼▼▼▼▼▼▼
ベルゼが来る前、俺は自身の能力値が変化している事、自身が習得した魔法の文字が全て灰色で表記されている事、そして全ての魔法の『熟練度』が『0』になっている事に気付き、疑問を感じた。
生前では全て白色で浮かび上がっていた魔法の文字。そしてどの魔法の『熟練度』も最低『500』はあった。
何故だ?
疑問に感じ、試しに最も消費魔力が少ない魔法『篝火』を使用してみた。
「『灯せ 篝火』」
呪文を唱えると数秒程の時間を置き、ややオレンジがかった小さな火球が現れる。
『篝火』は問題なく使用できた。
「魔法が使えなくなった訳じゃない……」
小さな火球を消し魔法が奪われてない事を確認して改めてウィンドウを開く。
すると先程まで灰色だった『篝火』の文字が白く、そして熟練度が『0』から『1』に変化していた。
▼▼▼▼▼▼▼
ベルゼの前で『疾風』を使った俺は、この2つの変化が指す事を理解した。
「もしやと思ったが、案の定だったな」
『疾風』の詳細画面を閉じ、状態確認画面に目線を落として呟く。
数値が変化したのは魔法の『熟練度』や『基礎攻撃力』等の能力値だけではなかった。
俺は魔王アスラゴートを倒す為に、過酷な訓練を行い数多くの獣や魔王配下の魔獣、そして魔族達と死闘を繰り広げてきた。その結果、俺自身の熟練度は『500』目前まで迫っていた。
この世界の奴等は人生を歩む過程で様々な経験をすればレベルが上がり、その都度数値化された体力や『基礎攻撃力』、『基礎防御力』、保有魔力等が向上していく。つまりレベルが高ければ高い程殺し難くなる訳だ。
これまで見てきた20代の一般男性ならレベルは大体『30』から『50』の間。訓練をたっぷり受け何度も戦を経験した歴戦の精鋭兵士で大凡『60』から『80』程。
経験則と実体験からの判断だが、レベルアップするにはどれだけ戦闘経験を積んだかが重要らしい。
加えて言えばかつて共に戦った彼奴等の中で最も高かったレベルは『234』。この世界でレベル『100』を超える奴は滅多に見ない。
つまり俺のレベル……正確に言うと『488』という数値は、それだけ俺が鍛錬を積み、過酷な戦場で戦い、敵を葬り、生き抜いてきたという証。俺が受け続けた理不尽と不条理の証明となる。
しかし俺のレベルは今は『1』。レベル『1』は生まれたばかりの赤ん坊や獣の幼体と同じ。
この世界に来た直後ですら、俺のレベルは『18』もあった。歳を重ね肉体が劣化……所謂老いが進むと各能力値が落ちるという事はあるが、一度上がったレベルが下がるなんてこの世界にある伝承の中ですら聞いた事がない。一度上がったレベルは2度と下がらないのがこの世界の常識。
加えてこの世界に来た直後並み、もしくはそれ以下になった基礎能力値等の状況を鑑まみれば、結論は1つしかなかった。
「つ、つまりライ様は1度亡くなった所為で、それまで得た魔法の『熟練度』や経験値全てが『0』になったと?」
「それ以外考えられねぇ。魔法は習得した時点で『熟練度』が『1』になるし、そもそも、魔法を習得するには生まれ持った素質も大事な要素だが、殆どのスキル……魔法は、魔法を使う動植物を食べたり、魔道書を読んだり、発現させる為の呪文を学んだり、その魔法がどんな物なのか、どんな効果を持っているのかを自分自身が強く認識する必要がある。 生前の記憶を持って蘇ったから、こんな事態になったみてぇだ」
生前の記憶を引き継いで蘇った俺は、魔法を習得する迄に必要な様々な過程を全て飛ばし、其々の魔法の効果や呪文を熟知しているある意味矛盾した状態にいた。
そして『篝火』と『疾風』を使った事で、己が死んだ為に全ての『熟練度』が初期化され、習得した筈の魔法の文字が灰色になり『熟練度』が『0』になったのだと確信した。
「だが魔法が使えなくなった訳じゃねぇ。俺は此処に書かれてる全ての魔法の効果や呪文を覚えているからな」
俺は魔法を習得する為に様々な経験をしてきた。その経験を俺は覚えている。
出題された問題の解答方法を知っていれば答えを導き出すのは容易。それと同じ様に、魔法のイメージと発現させる為の詠唱さえ覚えていれば使用は可能だ。俺はそう確信した。
しかし全ての魔法の『熟練度』が『0』ないし『1』なのは大問題である。
現状だと魔法は使えこそするものの、全盛期の頃と比べて半分以下の効果しか出ないだろう。
魔法は『熟練度』の補正があって、より高い効果を発揮するからだ。
復讐ヲスル為ニハ準備ガ必要カ。
「幸い冥府は側に置いとくだけで魔力回復を早めてくれる魔力の結晶、発光鉱石で溢れてる。魔法をどれだけ使っても消費した魔力は直ぐに回復する。『熟練度』が『0』になったのなら、また上げれば良いだけだ」
「ど、どれだけ魔法を乱発するつもりなんですか……」
「必要最低限の『熟練度』になるまでだ。……ん? なんだこのスキル……」
「どうかしましたか?」
淡々とベルゼの声に返事をしながら、何気なしに状態確認画面を下にスクロールする。
習得した順に羅列された魔法の数々。今では灰色に変わった魔法の数々。その最後尾に、見覚えのない魔法がある事に俺は気が付いた。
『復讐ノ誓イ』
羅列された文字の最後尾に、その5文字はあった。
「『復讐ノ誓イ』……禍々しい文字です」
「この魔法は……」
少しの恐怖と嫌悪感を顔に出し、ベルゼが白く書かれた魔法の名を読む。
その声を聞きながら、俺は禍々しい魔法を押した。
『復讐ノ誓イ』
コノ『魔法』ハ信頼シタ者達二裏切ラレ、復讐ヲ誓ッタ際二解放サレル。
コノ『魔法』ヲ使用スレバ、怒リニヨリ全テノ能力ガ向上スル。他者二対シ使用スレバ、対象トシタ者ト自身ノ復讐ヲ共有スル事ガ出来ル。マタ、対象トシタ者ノ復讐ヲ共有スル。
復讐ヲ共有シタ者同士ハ、死スルソノ瞬間マデ、互イニ対シ悪意ヲ抱ク事ガ出来クナリ、裏切ル事ガ出来ナクナル。
「ほう……」
『復讐ノ誓イ』の詳細を見て、思わず声が漏れた。これまで俺が習得した魔法の中には、使用者である俺が任意で選択した相手に様々な効果を齎すモノも確かにあった。
だが、それは相手の声や発する音を奪い悲鳴や物音を抑えるといった肉体に関係するモノや、相手の放つ攻撃魔法の威力を半減させるオーラを纏わせたり出現させたりといった間接的なモノが殆ど。
この様に魂や感情をも拘束する魔法は見た事がなかった。
「ライ様…‥」
不意に隣に座るベルゼが俺の名を呼んだ。悍ましい言葉が書かれた魔法の詳細を見て、恐怖に怯える様に体を強張らせながらも、ベルゼは何かを決意したと感じさせる鋭い眼差しを此方へと向ける。
俺は顔だけを向け、ベルゼを無言で見つめ返した。
「貴方は以前、私の望みを叶えると約束してくれました」
「……そうだな。お前は俺と似た存在だ。疎まれ蔑まれる冥府の主人…… お前は俺と同じ忌み嫌われる者。世界から追放された者だ」
「はい…… そんな忌み嫌われる私に、追放者の私に、貴方は名前と約束を与えてくれました」
「要件を言え。簡潔にだ」
噛み締める様に言葉を紡ぐベルゼ。
彼女が何を言わんとするのか察した。俺は状態確認を閉じ、体をベルゼに向けた。
「私に『復讐ノ誓イ』を使ってください」
「……それはお前の望みを叶える為か」
「はい…… 私の望みは貴方でなければ叶えられないでしょう。望みの為かと問われれば、それは認めます」
「だからお前は、望みを叶えてもらうせめてもの代償として、俺がさっき言った復讐を共有すると?裏切り者達への恨みを共有すると?」
「その通りです。ですがそれ以外にも理由はあります」
「……言ってみろ」
「はい。私は、私の苦しみを理解し、共感し、共有して下さった貴方をあの様な目に遭わせた人達を許す事が出来ないからです」
ベルゼは薄っすらと瞳に涙を溜める。俺は死者の宮殿でベルゼと話した際、裏切り者達への復讐を宣言していた。
叶う事はないと思っていた願い。望み。しかし今は違う。俺は蘇ったのだ。この願い、この望みは俺が手を伸ばせば叶える事が出来る。
俺はあの時宣言したのだ。俺は俺を殺した奴等を、俺に汚名を着せた奴等を、それを見て見ぬフリした奴等を、 絶対に許さないと。
ベルゼに対し改めてこの宣言をした時、ベルゼは何も言わなかったが、『復讐ノ誓イ』という禍々しい魔法を見た事で、彼女は決意した様だ。
俺ノ復讐ヲ共有スルト。
その覚悟を示す様に、ベルゼは涙を大きな瞳に溜めつつも拳を握り締めながら言葉を紡ぐ。
「きっと貴方は私が何を言っても復讐の道を歩まれるのでしょう。まるで風の様に、留まる事なく。怨嗟と激情を纏う無常の風となって……
わ、私は、そんな貴方と共に風になりたい…… 例え数え切れない人々に忿怒を向けられようとも、絶望の底で嘆いていた私に新たな名前を授けて下さった貴方の側に居たい…… 私の望みを叶えてやると言って、手を差し伸べてくれた貴方の側に居たい…… 貴方の望みが叶うその瞬間まで…… 私は、ライ様の側に居たい」
「 …… 」
「ですがライ様は信頼した人々に裏切られ、汚名を着せられました。そんなライ様が私を側に置く事を警戒するのは当然です。不安を感じるのも当然です。なら…… 私を裏切れない様に拘束して下さい。『復讐ノ誓イ』という名の鎖で。私を縛ってください。禍々しいその憎悪の誓いで」
水面の様に静かに、それでいて心にジンワリと広がる様なベルゼの声。
言うべき事は全て言った。そんな清々しさと悲しみが混じり合ったべルゼの瞳から一雫の涙が零れたが、彼女は目線を反らす事なく俺の瞳を見つめ続けた。
「……お前には利用価値があるかもな」
確かな覚悟が宿った瞳を向けられた俺は、ベルゼに手を差し伸べる。
「はい。どうか私を利用して下さい。私は以前貴方と約束した際、全てを捧げました。私は既に貴方の…‥ライ様の物…… それが『復讐ノ誓イ』の名の下でより明確な形になるだけの事です」
「……物好きめ」
差し出した手をベルゼは両手で握りしめる。手の平から伝わる体温を感じ取る様に。自らを差し出し、全てを捧げた相手を包み込む様に。
「『復讐ノ誓イ』」
これ以上俺達に言葉は必要なかった。
俺は小さく、声を発した己にさえ聞こえない位のか細い声で、ベルゼを縛る魔法の名を呟く。
詠唱を必要としないらしいこの魔法は、闇となって2人を包む。
直後、心の奥底でくすぶる闇が蠢き、ベルゼの手へと伝る感覚がした。
「っ!!こ、これがライ様の復讐の…… 怨みの根源…… ライ様が経験した闇……」
俺の手を握るベルゼの体が震え、直後硬直する。
『復讐ノ誓イ』の詳細画面に書かれていた様に、ベルゼは俺の復讐を、復讐を決意した理由とその瞬間を追体験し共有した様だ。
吐き気を催したのか、ベルゼは手を口に当てる。すると、俺達の右手の甲に黒い紋章が浮かび上がった。
「これで後戻り出来なくなったな」
「その様ですね……」
右手に刻まれた毒々しい紋章を見て俺達は呟く。この紋章が意味する事は1つ。
今この瞬間、互いの苦しみを理解し、共感し、共有し合った俺達は禍々しい誓いで結ばれた。
俺達は悍ましい誓いで繋がる運命共同体となった。
俺達は決して違える事の出来ぬ絆で結ばれた。
俺達は死するその時まで、互いの側に寄り添う事を誓い合った。
その誓いが紋章となり形となった。
「安心しろベルゼ。お前の望みは叶えてやる。全てを終わらせたら、今度こそな」
「っ……はい。ライ様」
どうか私を……
殺して下さい。
ベルゼは満面の笑みを浮かべ、そう言った。
その言葉と笑みを受け、俺は微かに口元を緩める。
ベルゼが俺に向けたそれは、全ての重圧から解放されたかの如く晴れやかで、そして屈託のないモノだった。
▼▼▼▼▼▼▼
「お集まりの皆様! 今から1年前、我等人類は輝かしい勝利を手にしました!」
隅々までよく手入れされた広場に集まった人々へ、式典の開会宣言を任されたのだろう男の響きのある声が向けられる。
栄誉ある役目を任された故か、それとも今日という日を迎えられた事を心から喜んでいるのか、もしくはその両方か。叫ぶ男の声は上ずっていた。
1年前のあの日の様に集まった人々。彼等の目には安堵があった。幸福があった。喜びの色があった。
恐怖に怯える事のない日々。人々はこの幸福を齎してくれた者達の名を声高らかに叫び、讃え敬う。
「悪しき魔王とその魔王に成り代わろうとした第2の魔王は我等が勇者! アンリエッタ・ラル・フリージア王女殿下と勇敢なる8英雄の手により倒されました!
今ここに! 人類の勝利と繁栄を祝し! 魔王討伐記念式典を執り行います!」
ワァァァァァア!!
荘厳なファンファーレと人々の雄叫びがアルギリア王国王都に響き渡った。
彼等彼女等は、魔王アスラゴート討伐隊が王都に帰還して1年また俺という第2の魔法が死んで1年という記念日を迎え、これからも人類の繁栄は続くのだと信じて疑わない。
「1年前とは真逆の顔しやがって…… 反吐が出る……」
そんな緩みきった人々を、俺は心底嫌悪した瞳で見下ろしていた。