2話 闇
闇。
暗闇。
暗黒。
黒の世界。
この国は闇の時間を迎えていた。
生きる者の大半は目を瞑り、死んだ様に眠る時間。1日の半分を占める闇の時間。
人間は本能的に闇を恐れる。闇は死を連想させ、有るはずのないモノを網膜に映し、まるでこの世界に自分1人だけになったかの様な錯覚を感じさせる。
人類はその闇の時間を克服しようと、たゆまない努力と研究を重ねた。延々と続いてるかの様に見える廊下の壁に固定された燭台もその1つ。
かつては蝋燭が鎮座していた燭台。しかし現在では以前の主人である蝋燭に代わり、研磨され形を整えた石が我が物顔で鎮座していた。
永きに渡って仄かに青白く光り続ける鉱石。それは純粋な魔力の塊。この魔力の結晶体を発見した人類は、結晶体に【発光鉱石】と名付け、それを用いて闇を克服しようとした。
宝石の様に象られた発光鉱石に照らされ、怪しく浮かび上がる灰白色の大理石の廊下。
人類は闇を克服したかに思えた。しかし人類が用いる光は、暴力的なまでに強大で圧倒的な闇の前では儚すぎた。
廊下に飾られた……昼間は見る者を癒し虜にする美しい花々や風景画。だが闇に包まれた花々はまるで禍々しい異物の様で、描かれた風景は地獄の世界を映し出しているかの様な印象を与える。
一面に敷き詰められた灰白色の大理石。だがたった数メートル先に目線を向けると、そこに敷き詰められた大理石は炭を塗り込まれたかの様に黒ずんで見える。
眼前に広がる景色は残酷なまでに暗く、黒く、まるで巨大な怪物が口を開けている様だった。
カツカツカツ。
そんな闇の中を、一定の間隔で靴音を鳴らし歩く人影があった。
「あら……?」
闇の中を歩く。
それはこの人影にとってごく普通の日常であり、ごく普通の行動であり、今では慣れ親しんだ行為。恐怖の連続もそれが日常と化せば、感覚が麻痺して恐怖を恐怖と感じなくなる。
手に青白く光る鉱石が埋め込まれたランタンを待っていれば尚の事闇への恐怖を遠ざける事ができる。
長年この闇と向き合ってきた彼女は、闇に対する恐怖を感じなくなっていた。
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時刻は深夜。
派手過ぎず地味過ぎず、機能性と利便性そしてデザイン性を兼ね備えた仕事着を着こなすメイドは1日の最後を締めくくる業務、深夜の見回りをしていた。
ほぼ毎日の様にこなして来た見回り。
鍵は施錠されているか。カーテンは締め切ってあるか。ゴミは落ちてないか。汚れてる箇所はないか。etc……etc……
それ等を確認する為のルーティーン。
己の体を丸ごと覆う様な闇も、不気味な景色も普段と同じ。
初めての見回り時に感じた闇への恐怖は、既にない。
異常なし。
メイドはそう判断し、踵を返して自室に戻ろうとした。その時、メイドは少し離れた部屋から青白い光が漏れているのに気が付いた。
その光は彼女が奉公する職場の中で最も気を使わなければならない場所の1つから漏れていた。
青白い光を見たメイドは実直に職務を全うする。
コンコンコン。
規則に習いノックを3回しても、室内から返事はない。しかし人が動く気配は感じられる。
何かあったのでは……
心配になったメイドは、失礼しますと断りを入れてからドアノブを回す。
微かに開いていたドアを押して室内に入ると、そこには発光鉱石の光に浮かび上がる見目麗しい金髪の美女が、窓際に置かれた豪華なソファに腰を下ろし憂いを帯びた表情で外を眺めていた。
その姿はまるで月夜に咲く黄色のガーベラ。
いや、金色の薔薇。
ただソファに腰掛けているだけで周囲の景色が霞んで見える様な気さえする。そんな彼女には、何処か素朴さを感じるガーベラではやや役不足。
周囲を霞ませ見る者の目を問答無用で引き込む金色の薔薇こそ、彼女を花に例えた時に相応しい。
モノトーンのメイド服を着こなすメイドは何処か妖艶で、それでいて優しく美しい青白い光に包まれながら、ボンヤリと月夜を見上げる美女にほんの数秒目を奪われた。
直後、我に返ったメイドは何事もなく良かったと安堵し、改めて己の意識を美女に向ける。
「アンリエッタ様」
「シグレット……」
改めて声を掛けられた事で、美女は初めてそこに長年仕えるメイドが佇んでいる事に気付いた。
メイドは美女の顔が此方を向くのを確かめると、一歩足を踏み出した。
「アンリエッタ様。まだ起きてらっしゃったのですか」
「えぇ、眠れなくて」
「来週には魔王討伐記念式典が開催されるのですから、お休みできる内に少しでも寝てくださいませんと……」
「分かってます。でも眠れないのです」
「私を困らせないで下さい。もしもの事があれば国王にお叱りを受けるのは私なのですから……」
「それも分かってます。ですが……」
アンリエッタと呼ばれた美女の顔に影が落ちる。それを見たアンリエッタ専属メイドのシグレットは、微かに表情を曇らせた。
「第2の魔王の所為ですか」
彼女とて踏み込み過ぎだという自覚はあった。 今では忌むべき者とされ、名を呼ぶ事さえ憚られる人物と最も時間を共有したのは、他でもないアンリエッタ自身。
そのアンリエッタが誰よりも信頼し、頼りにしていた人物が、自ら第2の魔王アスラゴートと成り世界を支配しようとした。
これ以上ない裏切りを受け、その人物の行動に涙を飲み、自ら率先して忌むべき者を拘束したとされるアンリエッタ。
忌むべき者の……あの青年の境遇は理解も同情も出来る。しかしこの裏切りは余りにも酷い。酷過ぎる。誰よりも傷付いたのは…… 誰よりも傷付けられたのは……誰よりも怒りを感じているのはアンリエッタ様自身。
そう感じているシグレットだからこそ、アンリエッタの微かな変化に気付いた。
「えぇ…… そうよ、その通りよ! あぁ忌々しいです! あの痴れ者が死に際に放った不気味で悍ましくて耳障りな高笑いが耳に張り付いて離れません!その所為で寝不足です! 」
「あ、アンリエッタ様……」
「死して尚私に迷惑をかけるなんて、忌々しい異世界人!」
第2の魔王。
この単語を耳にしたアンリエッタの肩がほんの僅か震えた。
やはり立ち入った事を聴きすぎた。シグレットがそう後悔したのと、静寂に包まれた室内にアンリエッタの怒号が木霊したのはほぼ同時だった。
「私の耳は美しい音楽や小鳥の囀り、愛すべき国民の声を聴く為にあるのです! それをあの下劣な異世界人は! あぁもう! 任務の事も思い出しそうで最悪な気分です! あのまま黙って逝けば良かったものを!そもそもあの異世界人がこの世界に来なければ、私がこの様な苦しみに苛まれる事はなかったのに!」
「あ、アンリエッタ様。お気持ちは痛い程分かりますが、今は夜中ですので……」
アンリエッタはこれまで溜め込んだ鬱憤を爆発させるかの様に、美声を響かせ忌むべき者を罵倒する。
形が整った眉を歪め、瑞々しく長い髪を振り乱し、ギリッと奥歯を噛み締めて忿怒するアンリエッタ。その姿はまるで癇癪を起こした子供の様で、アルギリア王国民が親しみと敬意を込めて【慈愛の女神】と称える王女の姿は欠けらもなかった。
「どうかしたのかアンリエッタ。もう深夜だぞ。」
「こ、国王陛下! 」
シグレットがアンリエッタを落ち着かせようと歩み寄った。
すると、鈴を転がす様な2つの女性の声色とは真逆な、嗄れ、凄みのある声色が2人の耳を付く。
声の方向を向いたシグレットは其処に居た人物を見て目を見開き、半ば反射的にこうべを垂れた。
何故ならこの嗄れた声の持ち主こそシグレットの雇い主であり、この国の国王だったからである。
「夜空を見ようと思ったらアンリエッタとお主の声が聞こえてな。何かあったのか?」
「……ご心配には及びませんわ父上。少々第2の魔王が未来永劫、煉獄の業火に焼かれる様にと祈っていただけですので」
実父の登場に顔にこそ出さないが内心驚いたのか、先程までのヒステリックが嘘の様に静まり、アンリエッタは女性でさえも惚けてしまいそうな微笑を父へと向けた。
アスラゴートを倒すまでは互いに背中を預け、数多の魔物を屠ってきたアンリエッタと忌むべき者。
かつては曲がり形にも手を取り合い、助け合った存在に対してアンリエッタが平然と放った呪詛の言葉は、シグレットにアンリエッタが抱える怒りという名の闇がどれ程深いのかを垣間見せた。
「そうか…… だがなアンリエッタ。彼奴には煉獄の業火などでは生温い」
そんな娘の言葉を受け、父も呪詛の言葉を噛みしめる様に呟く。シグレットは胸が締め付けられ、息苦しくなる感覚に顔を歪めて俯いた。
このお2人は今なお忌むべき者を……あの青年の思惑を許していない。怒っている。憎んでいる。それもこれも全て、アレがこの世界に現れなければ……
シグレットは俯きながら、アンリエッタ達がここまで怒りと憎しみを向ける相手を生んだ元凶を……魔王と呼ばれる者の存在と、あの青年がこの世界に来た経緯を思い返した。
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禍々しく醜悪な魔物で構成された黒い軍団。魔王軍。そして魔王軍の頂点であり魔物の統率者アスラゴートは、突如としてこの世界に現れた。
人語を解し、並の剣や魔法では傷1つ付かない強靭な肉体を持ち、堅牢な城壁を拳1つで粉砕する魔王。
出生は謎。寿命も謎。何もかもが謎に包まれた存在。
アスラゴートとは何なのか。獣の突然変異体なのか。なぜアスラゴートは人類を滅ぼそうとするのか。アスラゴートは世界を滅ぼす業火、終末の日を齎す者なのか。それとも冥府に眠る魂達が集まり具現化した姿なのか。はたまた神が人類に与えたもうた試練なのか。
それは結局、最後まで誰にも分からなかった。
それがアスラゴート。
それが魔王。
ただ1つ分かっていたのは、アスラゴートは人類の根絶を目的としている。という事だけだった。
アスラゴートは魔法で自らが生み出した異形の者達を従え、人類の根絶を目論み世界に全面戦争を仕掛けた。
人類各国家は対抗策として、対魔王同盟を組織。同盟参加国は自国が持つ軍を同盟の名の下に全て統合。同盟軍を立ち上げ、人類存続の為にアスラゴート率いる異形の者達…… 魔王軍と対峙した。
一時は魔王軍勢力圏の半分を制圧する事に成功した同盟軍。だが、雲霞のごとく押し寄せる魔王軍に同盟軍の旗色は次第に悪くなり、敗走を重ねる様になる。
巨獣が足元に群がる小虫を踏み潰すかの如く、1国、また1国と黒い波は人類の文明を。風習を。歴史を。営みを。生活を。日常を。其処にあった全てのモノを着実に飲み込んでいく。
やがて、度重なる戦闘で兵士が半減した同盟軍は、襲い来る魔王軍から人々を守るだけで手一杯の状態に陥った。
ここに至り、対魔王同盟参加国は、民草諸共死に果てるまで魔王アスラゴートと戦うか、それとも死ぬまで逃げ続けるかと選択を迫られる。
「人類は滅びるのか」
「否。そんな事はさせない」
「ではどうやって魔王軍を退ける」
「まだ戦力が残っているうちに同盟軍で総攻撃をかけよう」
「だがその総攻撃が失敗に終われば我等はどうなる」
「しかしこのままでは同盟軍はジリ貧だ」
喧喧囂囂。
集まった対魔王同盟参加国の長達が議論を交わす。
この場に居る人々。いや、この世界に生きる全人類は、明日も自分が生きている確証が持てなかった。
無常の風は時を選ばず。
人の死はいつ訪れるか分からない。
しかし、その無常の風は黒い異形の者に姿を変え、死という風を人々に運ぶ為、ゆっくりと迫りつつあった。
「……ふむ」
魔王の討伐に与した各国の長が結論の見えぬ議論を続ける。
この光景を見たアルギリア国王は内心で、もはや同盟軍に魔王軍の攻勢を防げる手立てはなく、このままでは人類はそう遠くない未来、確実に根絶させられるだろう。
そう結論付けた。
それと同時にその様な結末は認めぬと、我等は生き残ると固く決意し、古より代々アルギリア王家に受け継がれてきた大規模魔法を使用して、自国民だけでも救おうと壮大な計画を脳裏に思い浮かべた。
その大規模魔法こそ、あの青年、久遠 雷をこの世界に連れて来た魔法。
【転移魔法】である。
アルギリア国王は議論の席を立つと、早速行動を開始した。
アルギリア国王は所々風化し読めなくなった古文書を…… アルギリア王家に受け継がれる転移魔法の伝承を頼りに、転移時に必要な【魔方陣】の生成を命じる。
しかし魔法陣の生成は遅々として進まない。
魔法陣を生成するには、膨大な魔力。魔力をふんだんに含んだ土壌。湖が作れる程の聖水。魔力を増幅させる聖銀。その他挙げればキリがない程の材料を必要としたからだ。
焦るアルギリア国王。それでもアルギリア国王は何とか魔法陣の生成に必要な最低限の材料を揃え、人里から遠く離れた国有地で1000人の魔法使いに魔法陣を生成させた。
魔力をふんだんに含んだ土壌で作られた人工的な小高い丘。その丘を取り囲む聖水の湖。湖の対岸で聖銀の装飾品で身を包み魔法陣を開く為に必要な詠唱をする1000人の魔法使い。
やがて眩い光が広がった。
神々しい光を放ち小高い丘に浮かび上がる魔法陣。その神秘的な光景はアルギリア国王の目を奪い、昂ぶった激情を口から溢れさせた。
「魔法陣の生成は成った!これで我等は争いの無い世界へ旅立てる!友も家族も愛する民達も共に旅立つ!人類は決して根絶させぬ!」
アルギリア国王がそう叫んだ瞬間、より一層強い光が人口の丘を包み込んだ。
だが……アルギリア国王は知らなかった。
無常の風に怯え、多くの民が懸命に用意した材料で生成された魔法陣。転移魔法。
その転移魔法は他の世界から、この世界に人を転移……召喚する為の魔法だという事を。
この世界から他の世界に転移する為の魔法ではないという事を。
この世界の人々が他の世界へ旅立つには、他の世界の人々が魔法陣を開き、この世界の人々を招くしかないという事を。
転移魔法とは、この世界に勇者を召喚する為の魔法だという事を。
アルギリア国王は知らなかった。知る由もなかった。何故なら、風化し読めなくなった箇所に転移魔法の本質が書かれていたから。
故にアルギリア国王は、転移魔法とは異世界へ旅立つ為に使う魔法なのだと勘違いしてしまったのだ。
この事実をアルギリア国王や計画を聞かされていた側近達が知るのはもう少し後の事になる。
結論としてアルギリア国王の行い・計画は根本から間違っていた。しかし苦労して材料を集めた手前、アルギリア国王は計画の失敗を認める訳にはいかなかった。
そしてアルギリア国王は不要な混乱を避ける為、事前に民へ転移魔法の詳細と己の計画を発表していなかった事を幸いにと、魔法使いは勿論計画を知らされていた者全員に箝口令を敷き、今回の一件を闇に葬り、同時にいつの間にか魔法陣の真下に居た青年を機密保持の名目で拘束した。
アルギリア国王は此度の件を始めから無かったことにしたのだ。
この間違い、行いがやがて拘束した1人の青年の人生を壊し、心を歪ませ、破壊を呼ぶ事になるとなる。
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「クソが…… 忌々しい……」
重苦しい空気が充満する洞窟を、俺は壁に体を寄せながら歩いていた。
一歩踏み出す度に足が地面にめり込み、耐え難い重力が肩にのし掛かる。
俺は歩いた。只々歩いた。俺は空が見たかった。
だから歩く。鉛の様な足を前に運び、倒れそうになる体をゴツゴツとした岩肌で支えながら。生前の記憶を頼りにしながら。
「待っていろ屑共…… 」
俺は空が見たかった。空を見れば、この空の下に復讐すべき相手が居るのだと実感出来そうな気がしたから。
「見えた……」
虫が這う様な速度で歩き続ける。長い時間をかけ歩き続ける。やがて充血した瞳はポッカリと口を開ける冥府の入り口を捉えた。
「は、はははっ!」
洞窟を抜けた瞬間俺の瞳に飛び込んできたのは、世界そのものが飲み込まれた様な闇。世界を包み込む暗黒。
瞬く数多の星々。
眠れぬ夜を過ごした時いつも見上げていた星空。
眼前には、生前瞳に焼き付けた夜空が広がっていた。
嗚呼、ナンテ暴力的デ強大デ圧倒的ナ闇ナノダロウ。
俺は改めて己が蘇った事を。この闇の世界に彼奴等が居ると実感した。
ビュォオォオ!
風が吹く。
どこまでも響く俺の笑い声はその風に掻き消された。
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ガタガタガタ!
「風……?」
数年前の出来事を思い出していたシグレットの思考は、突如現吹き荒れた風がけたたましい音を奏でてガラス戸を揺らす音で現実世界に引き戻された。
先程まで物音1つしなかった外の世界。闇の世界。
室内に居る3人の目線がバルコニーに繋がるガラス戸へと向けられる。
シグレットは誘われる様にガラス戸に近寄った。まるでガラス戸の向こうに広がる闇に誘われる様に。まるで部屋の外に広がる闇に操られているかの様に。
ガシャン!!
「きゃっ!?」
「シグレット!」
「むぅ!」
シグレットがガラス戸に手を掛けようとした瞬間、荒れ狂う風がガラス戸を蹴破り室内に雪崩れ込んだ。
砕けたガラス片がシグレットの頬に小さな傷を作る。
「シグレット血が!」
「……擦り傷です。ご心配には及びません。それよりもアンリエッタ様、直ちに別室を用意させますので本日は別室でお休みください」
「そ、そうですね。そうさせてもらいます」
「はっ。陛下、この部屋はガラス片が飛び散っており危険です。どうかご移動を」
「あぁそうだな。掃除は任せるぞ」
「かしこまりました」
切り傷から溢れた血が頬を伝うのを感つつも、シグレットは不測の事態にも冷静に努めて室内から国王と王女を退室させる。
夜の帳が下り闇に包まれた世界。
ガラス片が散乱するアンリエッタの寝室。
今なお吹き続ける風に撫でられ蠢くカーテン。
戸枠だけとなったガラス戸の向こうに広がる闇。
シグレットの頬を伝う血は、彼女が久しく忘れていた闇への恐怖を呼び起こした。