1話 汚名の勇者と堕天の女神
この世に存在する全ての負の権化を睨む様な万を超す目線。聞くに耐えない怒号や罵声を発する人々。その人々から向けられた言葉の数々。心だけでなく身を切り刻む様な言葉の刃。
情け容赦なく、一片の慈悲もなく浴びせられる言葉の刃と切れ味鋭い槍に貫かれ、文字通りに切り刻まれて、俺は……久遠 雷は死んだ。
明確な敵意。
嫌悪。
恐怖。
憎悪。
怨み。
この世界に来てから浴び続けた負の感情に晒されながら死ぬ。俺の死を悲しんでくれる者は恐らく1人も居らず、死して尚、俺は第2の魔王と汚名を背負わされ語り継がれるだろう。
何故俺がこんな目に……
ドス黒い倦怠感がドップリと身体を包み込み、鉛の様に身体へ重くのし掛かる。微かな焦燥感がチリチリと、まだ人の理性が残っているらしい脳を炙る。
「あぁ…… 可哀想なライ様……」
様々な想い、考えが錯綜する微睡みの中、俺は少女の声を聞いた。
そして俺の身体全体を包み込み、倦怠感の海から掬い上げる様な大きな手の幻想を感じた直後、俺の意識は覚醒した。
「ライ様!」
「お前……ベルゼか……」
「はい、ベルゼで御座います……愛しのライ様……」
意識がハッキリした俺の瞳に映り込んだのは、一目で此処は洞窟の内部なのだろうと分かる、暗く寒々しい土の天井と土の壁。そして茶色い地面に横たわる俺を労わる様に、優しく肩を抱き上げていた少女の顔だった。
少女は燃え滾る様な深紅の瞳に涙を溜めている。薄暗い空間に少女と俺の静かな息遣いが響く。
俺はこの場所に見覚えがあった。
此処は先程まで居た世界で【死者の住まう場所】【禁忌の地】【冥府】と様々な言葉で呼ばれ、忌み嫌われていた場所。
生前に1度だけ訪れた事がある洞窟。
その大半が魔力で構成された特殊な石……『発光鉱石』と呼ばれる鉱石が朧朧しく青白い冷光を放っている。幻想的な…… 見る人によっては不気味に感じるかも知れない光景の中で、少女は俺を抱いていた。
俺を抱く少女はこの冥府の主人であり、天界に居る神々の末席に名を連ねていた者。
名をベルセフォネ。
かつては天界に住う神の1人だったが、その容姿に心奪われた魔王アスラゴートにより冥府へと連れ去られ、強制的に堕天させられた哀れで憐れな…… 生前に俺と交わした約束が果たされるのを、今なお待っている悲しき女神だった。
「っ…… うぅ…… ベルゼぇぇえ!!」
「がっ!?ら、ライっ……何を!」
俺はまだ生きてるのか?ならば何故俺は生きている?まだ俺に苦しみを味わえと言うのか?あの人々はそれ程までに俺を苦しめたいのか?
己の身体に刻まれた傷が無くなっている。生前1度出会った少女の体温を……少女の肌の感触を感じる。
俺は己がまだ生きている事を自覚した。
それと同時に心の奥底でやり場の無い怒りと憎悪がグツグツと煮えたぎり、憎しみが燃え滾る。
そしてその怒りは手近な者へと向けられ、爆発した。充血し真っ赤になった瞳を、名を呼んだ少女に向ける。
俺の両手は力を入れれば折れてしまいそうな程華奢で色白な少女の首に伸び、少女が纏う服の胸ぐらを掴み上げていた。
俺の胸程の身長しか無い少女の身体が、無理矢理宙に持ち上げられる。
「なんで俺が殺されなきゃならねぇんだ! 俺がこれまで死ぬのを我慢してきたのは汚名を着せられて殺される為か!」
「ら、ライ様っ落ち着いて…… 落ち着いてください……」
「殺す! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!! あの屑共は皆殺しだ!」
1度爆発した感情の津波は、とどまる事なく俺の口から溢れ出す。負の感情の濁流を浴びせられる華奢な少女は苦悶の表情を浮かべるが、俺の憎しみは…… 恨みは尽きる事がない。
「ライ様っ!」
この世の物全てに向けた呪詛の言葉を遮る様に、少女の声が鼓膜を揺さぶる。
ハッと掴み上げる少女の瞳へ意識を向けると、少女の紅い瞳には悪鬼の様な顔をした俺が映っていた。
そんな俺を、少女はやや青白くなった顔に小さな微笑を浮かべ、細い腕で包み込む。
苦しかっただろう。怖かっただろう。それでも少女は両手で俺を強く抱き締めてくれた。
この世界の人々に死の象徴と呼ばれ魔獣や魔族と並び忌み嫌われる冥府の主人。
冥府に連れ去られた愚か者。神の名折れと蔑まれ、天界から追放され、本来持っていた名前と羽を剥奪された小さな少女。
俺と同じく、誰1人として味方が居ない少女の冷たい肌が、俺の憎悪の炎を鎮めていく。
「落ち着きましたかライ様……」
「……あぁ」
「良かった……」
少女の大きな瞳から溢れる涙を見て、心を侵食するドス黒い感情の蠢きが鎮まり、小さな風が心を貫く。
目を覚ましてから数分。
俺は気付けた。俺は知る事が出来た。
此処に居たのだ。
人々から忌み嫌われ、禁忌の地とまで呼ばれるこの暗闇の底に、俺の死を悲しんでくれる者が居た事に。
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「状況を教えてくれベルセフォネ」
悪夢の様な経験をしてから体感時間で数時間後。俺はベルゼに連れられ、冥府と呼ばれる洞窟の最奥に在る【死者の宮殿】という建物のサロンと思しき一室に案内された。
発光鉱石の淡い光と死者達の魂の光に照らし出された広大な地下空間に佇む3階建てのこの地下宮殿は、今から遥か昔、何処かの国の人々が死者の魂があの世でも安らかに過ごせる様にと、鎮魂を目的に建てたものらしい。
今では誰が建てたのかも忘れ去られ、その存在さえも忘れ去られようとしている悲しき宮殿。
ただ1人の憐れな少女が住む哀れな宮殿。
億千の死者の魂と共に静かに佇む死者の為の宮殿。
生前、魔王アスラゴートの弱点を知る唯一の存在として助言を求めに冥府へと来た際、アンリエッタ達と共に訪れた事のあるベルゼの心の拠り所。
死者の宮殿。
古の人々の手によって建てられた死者の宮殿と名を冠するこの宮殿は、ベルゼの手によって掃除が隅々まで行き届いており、周囲の無機質な洞窟と相対しあってより異質さを際立たせている。
加えて言えば、発光鉱石だけでなく、この地に辿り着いた死者達の魂……所謂『人魂』が幾つも朱色の光を放ち宙を漂っている光景も異質さに拍車をかける。その光景は、此処は本当は現世ではなく常夜だと言われれば信じてしまいそうな程だ。
最も、魔法なんてあり得ない物が存在する世界に長い事居た俺は、今更人魂程度では驚かなくなっていた。
魔法が存在するくらいだから人魂も視認できても不思議ではない。以前冥府を訪れた際、宙に漂う朱色の光の正体をベルゼに聞かされた俺の心境はこんな感じだった。
「え、えっと…… どこからお話すれば良いでしょうか」
「……分かった。質問を変えよう。俺は殺されたんだよな?」
そんな具合で以前は外から遠巻きに眺めるだけだった地下宮殿に足を踏み入れた俺は、死者の宮殿のサロンに置かれたソファへ腰掛ける。
そしてベルゼは俺に束の間の安息を味わって貰いたいのか、磨き上げられた机に湯気が登るティーカップを置いた。
俺はそれを無視してベルゼを睨む。
ベルゼの気遣いは今の俺にとって苛立ちを助長させる効果以外齎さない。
少し前の俺ならば飲む飲まないは別として、この気遣いに作り笑いを浮かべて礼くらいは言えた筈。
だが、未だ負の感情が大部分を占める俺の心からは【べルゼの気遣いに礼を言う】という感謝の念さえも抜け落ちていた。
「は、はい。ら、ライ様はあの愚か者達の手によって……そしてその…… お亡くなりになられてから来週で丁度1年になります」
「1年だと!?」
「ひっ!」
ベルゼの口から出た言葉。 あり得ない言葉を聞いた俺は鉛の様に重い身体を反射的に立たせていた。
立ち上がる際に膝が机に触れたのか、ガシャン! と甲高い音が宮殿に響き、床に落ちたティーカップから琥珀色の液体が飛び散る。
嘘だ。ウソダ。此奴モ俺ニ嘘ヲ付イテイル。
1度は静まった怒りが再び燃え広がり、身を焦がす。あの悪夢からもう1年も経とうとは信じられない。信じられる筈がない。
何故なら俺は、あの悪夢の様な光景を…… 人々から向けられた純粋な言葉の刃を。投げつけられた石が頭に命中した時の痛みを。負の感情で歪み、思考を破棄した様な人々の顔を。体に突き刺さる槍の冷たさを。流れ出る血の熱を。徐々に手足が冷えていく感覚を。
そしてアンリエッタの醜悪な笑みを鮮明に覚えているから。
「う、嘘ではありません! 何故なら来週、あの王国で魔王討伐1周年を祝う記念式典が催されるからです!」
「……本当か。哀れな神ベルセフォネ」
「はい。私は久遠 雷様に身も心も捧げた冥府の主人……堕天の神ベルセフォネ。貴方様に向ける言葉に嘘偽りはありません」
「……ちっ。わかった……ベルセフォネの言葉は信じよう」
「あ、ありがとうございます。ライ様っ」
怯えながらも己の言葉が真実だと熱弁するベルゼ。 その表情に射抜かれ、俺は舌打ちして唇を噛みしめる。
俺とベルゼは生前ある約束をした。
それはベルゼにとって、全てを投げ捨ててでも成し遂げたい切なる望み。
俺にとっては、羨ましくも手を伸ばす事を躊躇わせる悲哀に満ちた望み。
しかし俺は約束した。その望みを叶えてやると。
その約束を交わした時と同じ微笑を、ベルゼが浮かべていた。
己の全てを投げ捨ててでも果たしたい願いだからと、そう言って俺に向けたか細い微笑。
ならば対価を寄越せと要求した俺に、この身も、この心も、私と言う存在全てを貴方に捧げると誓います。そう言って俺に向けた今にも消えて無くなりそうな微笑。
あの時と同じ様に。笑顔と泣き顔が混じった様な微笑を、また俺に向けたのだ。
あの時の微笑だけは、あの時の言葉だけは、今ベルゼが俺に向けるこの微笑だけは嘘ではない。
俺はこの瞬間だけ、あの時と同じ笑みを向けるベルセフォネの言葉を信じる事にした。
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「今のだいたいの状況は分かった…… あの屑共…… 」
「ら、ライ様どうか心を鎮めてください…… 今生前の様に動かれては……」
「分かってる……」
暫くベルゼの話を聞き、俺は手から血が滲み出るほど強く拳を握った。
俺が第2の魔王として処刑されてから来週で1年である事は間違いないらしい。
俺をこの世界に連れて来た人々が住む王国、【アルギリア王国】で来週から3日間、魔王と第2の魔王の討伐を記念した式典をアルギリア国王と姫が大々的に執り行うと、ベルゼが風の噂で聞いていたからだ。
憎らしい。恨めしい。今すぐにでも怨敵が住まうアルギリア王国へと乗り込み、憎い彼奴を彼奴等を皆殺しにしてやりたい。
しかし1年ぶりに動かした肉体は、俺の衝動を嘲笑うかの様に骨を軋ませ微かな痛みを齎す。僅かに体を動かしただけで凄まじい疲労感が全身を襲い、倦怠感が積もっていく。
先程ベルゼを掴み上げた時は、怒りで我を忘れ気にもならなかったが、今の俺は外見こそ生前のままでも内面は死期が迫った病人の様に脆く、動く事さえままならなかった。
この様な体たらくでは、俺を裏切った彼奴等に復讐する事など出来ない。
「ライ様は1年もの間寝たきりになっていた病人と同じ…… 肉体が再構成された直後ですので、まだ骨と魂がその肉体に馴染んでいないのだと思います。ですがその苦痛は直ぐに消える筈です」
這ってでもアルギリア王国へ向かうと駄々をこねる俺に、ベルゼはそう語りかけた。
この言葉を聞き、今は衝動に身をまかせる時ではないと悟った俺は、何故俺が此処に居るのか。どう言った経緯で俺は2度目の人生を歩む事になったのかをベルゼに聞いた。
俺の死後、魂の抜けた俺の体は磔にされたまま王の住まう居城前の広場に晒され、獣や虫に肉を貪られた。
やがて獣達が見向きもしない程に朽ち果て、骨のみとなった俺の体は、ゴミと一緒に郊外の掃き溜めに投げ捨てられた様だ。
俺の骨が掃き溜めに捨てられた頃…… ベルゼが言うには、俺の魂が弱々しい光を放ちながら冥府へと辿り着いたらしい。
俺の魂を見つけたベルゼは俺が死んだ事を悟り、冥府を飛び出す。
天界から追放された際、名前と共に翼を没収され飛ぶ事が叶わなくなったベルゼは3日3晩走り続け、ゴミに半ば埋もれた俺の骨を泣きながら回収したと言った。
「だが肉体を与えてくれたのは感謝する。魂だけで復讐は出来ねぇからな」
「と、当然の事をしたまでです。英雄であるライ様があの様な姿で…… ライ様が余りにも不憫すぎます」
「ふん…… 何にせよこれで奴等に復讐出来る。俺は俺を裏切った奴等を、見捨てた奴等を絶対に許さねぇ。お前が与えてくれた第2の人生…… 有り難く使わせてもらうぞ」
「ライ様……」
様々な感情が混同した声を漏らす少女の胸がキラリと光った。その光は少女の胸に埋め込まれた紅の宝石の輝き。
俺はこの宝石のお陰で今この場に立っていられた。
つまりどう言う事かと言うと……
この少女は、骨となった俺を蘇らせる為に天界で【禁術】と呼ばれ、大量の魔力を消費する【蘇生魔法】を使用したらしい。
天界で蘇生魔法が禁じられし術とされた最大の理由。
それは以前、蘇生魔法が神を殺したから。
森羅万象を司り地上の理の外側にいる存在。人智を越えた存在。食事を必要とせず、周囲に魔力が有れば永劫生き続ける事が出来る存在。無尽蔵とも思える魔力を秘めた神秘の存在。
それが神。だが、そんな神にも欠点はあった。
神は自身が持つ魔力が尽きそうになると、自我とは関係なく、魔力を回復する為に休眠状態になってしまうのだとか。
……人類が誕生するはるか昔。神々が住う天界で、とある神が己の持つ魔力を全て使い果たし塵となる事件があった。
神を神足らしめる膨大な魔力。この魔力が尽きてしまうと、神は己の肉体を保つ事が出来なくなり霧散する。
この事件を受け、神々の生みの親である創造神は深く悲しみ、2度とこのような不幸が無い様にと、全ての神の胸に【宝珠】と呼ばれる宝石の様な器官を埋め込んだ。
この宝珠は神が魔力を溜め込む為の器となり、神が持つ魔力の残量を計る計測器となり、魔力の枯渇を検知すると、魔力の回復を最優先にして、肉体が塵と化す前に埋め込まれた者を休眠させる緊急停止装置となる。
宝珠とは、2度と神々が塵とならない様に創造神が与えた愛。
唯一の死因を防ぐ為の器官。
この創造神の愛によって神々は塵と化す事はなくなった。それと同時に、塵と化した神が死ぬ直前まで使用していた魔法…… 蘇生魔法は神をも殺す魔法と疎まれ、禁術となったらしい。
宝珠を埋め込まれた神であれば、蘇生魔法を使用しても塵と化す事はない。
だが、膨大な魔力を消費する為に肉体を維持する魔力が枯渇し【休眠状態】に陥る可能性が高い。 だから神々は蘇生魔法を遠ざけ、使用を禁じた。と、ベルゼは言った。
1度宝珠の緊急停止装置が作動し休眠状態になってしまうと、如何に神と言えど自力で目覚めるのは不可能となってしまう。目覚める為には長い年月をかけ、自らに備わっていた魔力がある一定まで回復するのを眠りながら待たければならないとも。
暗闇でただ魔力が溜まるのを永遠と待つしかない。それはある意味で死と呼んでも差し支えなかった。
この宝珠は堕天したベルゼの胸にも残されていた。冥府に連れ去られ、神の面汚しと罵られた彼女に創造神が残した慈悲。
今ではベルゼの胸で輝くこの宝珠だけが、ベルゼがかつて天界に居た事を証明する唯一の証拠になっていた。
ベルゼは焦ったのだろう。
俺の死。それは約束を…… ベルゼの望みを叶える事が出来るかも知れない唯一の存在がこの地上から消滅した事を意味する。
だからベルゼは俺を蘇らせた。
ベルゼは俺という存在が消え去る事を恐れた。
約束が果たされない未来を恐れた。
だから休眠状態に陥るかも知れないというリスクを背負い、神をも殺す魔法と呼ばれ疎まれた蘇生魔法を使い、俺を蘇らせた。
全ては俺に望みを果たしてもらう為に。
こんな事ベルゼは一言も口にしていないが、俺は勝手にそう解釈した。それに冥府には神々の生命の源である魔力の結晶体、発光鉱石が数多く存在している。
堕天したとは言え元神であるベルゼだからこそ、蘇生魔法で消費した魔力はそのまま発光鉱石で補えるので、この賭けには充分部があると踏んだのだろう。
ベルゼの真意はどうであれ、行動の結果だけを見れば、アンリエッタと同じ打算あっての行動と言える。
だが俺はベルゼの打算に感謝した。
コレデ彼奴等二復讐ガ出来ル。
信頼していた仲間達に裏切られ、見殺しにされた事で荒みきっていた俺の心に光が射した様な気がした。
死ぬ間際に肌を撫でた風は、俺の望みをしかと届けたのだ。
天に在わす神ではなく、地に堕ちた神に。
荘厳な神殿に住まう神々しい創造神ではなく、不気味な宮殿に住まう名を奪われた堕天の女神に。
無常の風の先に、俺は俺自身が呪いとなる機会を与えられたのだ。
俺とベルゼは約束で繋がれている。この繋がりは誰にも冒す事は出来ない。俺の血肉はベルゼから与えられたモノ。
ならばせめてもの礼として、彼奴等に復讐する序でにベルゼの望みも叶えてやる。
だがその為には、数百数千数万の敵と血で血を洗う戦争をしていたあの頃の体を取り戻さなければ。全盛期の頃のあの感覚を取り戻さなければ。
この体でアルギリア王国に乗り込めたとしても衛兵に殺されるのがオチだろう。
暴れたいが無理は出来ない。口惜しい。
とは言え……
「ライ様? どうされたのですか? お手洗いですか?」
「散歩だ。少し1人にさせてくれ」
「わ、わかりました」
この倦怠感と疲労感さえ無くなれば、彼奴等を殺すのは容易だ。
焦る必要はない。時間は掃いて捨てるほど有るのだ。
どうせなら体の感覚が戻るまで、憎い彼奴等を無残に惨めに屈辱的に残忍に惨たらしく殺す方法を考えよう。
だが待てよ。1週間後には俺が死んだ事を祝う式典が催されるんだっけか。ならそこに乗り込むのも面白いかもな。
そんな事を考える余裕が出来る位、俺は1年越しの宿願が叶うと分かり、頬の緩みを抑えきれなかった。